26 暑苦しくも美しきかな
『かんばーーい!!』
リザード討伐後の、喫茶エルディオにて。
協会に依頼解決の報告をした私たちは、それはもうみなさんに感謝されました。
"ありがてぇ……さすがルミナちゃん"
"やっぱタダものじゃなかったな。すごいぜルミナちゃん"
"ルミナちゃんしか勝たん。あ、ゴミを見るような目線、いいっすか?"――などなど。
……私、頑張ったんですけど。確かにトドメ刺したのルミナさまですけど! あとやっぱり変態さんが多いんですけど!
とまあ、不満はあれど喜んでくれたなら幸いと思い直し。セイランさんの提案で祝賀会的なものを開いている私たちです。セイランさんたちも何もしてないですよね?
「良かった……あたしたちの応援のおかげで、二人が無事に帰ってきてくれて。すごく――応援したの。心の中で。ああいや、感謝なんてしなくていいわ。大人として当然のことだもの」
大人って調子いいことしか言わないなぁ、と思う私だった。
「ロックさんはさすがにベッドから動けなくて、残念ですね……」
「いいさいいさ嬢ちゃん。命があっただけ儲けもん、てな」
気にすることはない、とイーガさん。
瀕死の重傷を負ったロックさんは、今は病院のベッドの上。胴体に二カ所も風穴が空いたため絶対安静だけど、一命を取り留めることはできた。
"死なない限り治療してやる"。ルミナさまの言葉は本当だった。致命傷すら治せるなんて、さすがです。
"いやギリギリもギリギリ。あんなに焦ったのなんて久しぶりってくらい"
とは、本人の弁。それなら、私が戦ったことも意味があった……のかな? それなら、嬉しい。
と、そこで。
「――――ほら。ビーフシチューおまたせ」
ウェイトレス姿のルミナさまが大きな鍋を持ってきた。ちなみに格好はセイランたちたっての希望。ホントにこの大人たちは……
「うおおお! 待ってましたボスのビーフシチュー!」
「これが……何よりの報酬だ……」
色めき立つ盗賊団……じゃなくて、ヘンリーさんのお仲間たち。もう盗賊と呼ぶのは違うでしょう。
ルミナさまがテーブルの上にドン、と置いた鍋の中には、ヘンリーさんお手製のビーフシチュー。
なんとあのイケボ中年さん、料理が得意らしい。最初、ビーフシチューの食材を要求してたのも、得意料理がそれだからなのだそう。
「これは、割と自信があってね。美味いものを食えば心が満たされる。嫌なことがあっても、それだけでやけっぱちにならずに済むものだ。なんで、ことあるごとに作ってたせいか、こればかりが上達してしまった。……昔、妻にもよく振る舞って……」
「え? ヘンリーさん、奥さんがいるんですか!?」
ぽつりと呟かれた、おそらく無意識の一言。それを耳聡く聞きつけた私と、
「――はあ? それでルミナちゃんに求婚したのこのクズは」
「サイテー」
「フケツ」
「女の敵」
「死にさらせ」
セイランさんとなぜかいる常連の女の子三人、そしてミモリさんによりボロクソに叩かれた。あ、ちなみに私はなにも言ってませんよこのくそやろう。
「君ら辛辣過ぎないかな? あとオーナー、それは言い過ぎだろう……!」
「い、いや待ってくれ、ボスは……」
ションボリするヘンリーさんと、なにやら慌てた様子のイーガさんたち。……おや? なにか事情でもあるのかな、と思っていたらなんとルミナさまが間に入ってきた。
「くくっ。まあいいよ過ぎたことは。きっと気が動転でもしていたんだろう。なにせ尋常でなく緊張していたようだったしなぁ?」
「ぐ……それは……というか少年、気づいてたのか」
「そりゃあんだけ震えてたらな。あのときリザードの一撃に合わせて跳んでいたことといい、大した勘のよさだよ」
?? よくわからないけど……ヘンリーさんは別にルミナさまに一目惚れしてたわけじゃないってこと?
「と、とにかくだな。せっかく作ったのだから冷めないうちに食べてくれ。口に合うといいが」
咳払いで誤魔化しつつ、ヘンリーさんは鍋を指し示した。確かに、見るからに美味しそう。
今日は私もものすごく頑張ったし、お腹も空いた。それでは遠慮なくいただくとしましょう。
「どれどれ……はむ。…………おお、なんと」
「おいしー! え、これホントにオジサンが作ったんですか!?」
「ソースの酸味に野菜とお肉の旨味が混ざって……これは、プロの仕事だね!」
「これは確かに、元気でるかも~!」
一足先にパクついたミモリさんたちから、感嘆の声が上がる。私も一口……あ、美味しい……
「ヘンリーさん、すごく美味しいです。お店で出せそうなくらい」
「それは良かった。これで不評だったら、俺は本当に何の取り柄もない男になるところだった」
「取り柄? は。逃げるのは、大の得意だろう?」
ルミナさまが悪戯っぽく笑い、そして少し表情を引き締めて言葉を続けた。
「逃げるのはいい。だけど逃げ続けるのは違う。その先には何もない。逃げるってのはさ、いつか立ち向かうための準備運動なんだよ。決意や覚悟を固める猶予を得るための行為だ。なのにそれを続けてしまったら、そのまま腐るのは当然だろ?」
「…………耳に痛いな。本当に、その通りだった」
俯くヘンリーさんはなにを思うのか。なにを、思い出しているのか。それは私にはわからない。……ただ。
「ルミナさま。ヘンリーさんはちゃんと立ち向かってましたよ。あのとき私を――助けてくれましたから」
「そうだぜルミナちゃん! ボスはそういうの、ちゃんとわかってるからよ!」
「俺たちに声をかけてくれたこと……感謝してもしきれない……」
「お嬢さん……お前ら……」
確かにヘンリーさんは臆病なのかもしれない。リザードとの戦いでも全然前に出ようとしなかったし。
でも。それを変えようとする意志が、ちゃんとある。もしかしたらヘンリーさんも――
私が、シルヴィアお母さんとマイクお父さんと出会えたように。
それに恥じたくないと思える、出会いがあったのかもしれませんね。
「……なんか、いい話ふうになってるけど」
そこでミモリさんがジト目で呟く。
「そこのおじさんたちが、あたしを人質に取った事実は消えないよ」
『うぐっ!?』
冷や汗を流しながら固まるヘンリーさんたち。
……ああ、そういえば。というか、それを考えたらミモリさん、よくこの場を提供してくれましたね。
「……はあ。まあケガとかしてないからいいけど。あたしを怖がらせた責任、取ってくれるんだよね」
「そ、それはもちろん。報酬も山分けしてもらったし、金ならいくらでも……」
「ううん。お金より、もっと欲しいものが出来た」
「?」
そう言うとミモリさんは、ヘンリーさんを真っ直ぐ見つめて。
「えっと。ヘンリーさん、だっけ。責任取ってウチで働いて欲しい。――シェフとして」
突然、喫茶エルディオにスカウトし始めた。
「!? み、ミモリさん? 本気で言ってます?」
「ほんき。もっと言うと、このビーフシチューが欲しい。ウチの名物にしたい」
確かに、このビーフシチューは美味しい。それにこの喫茶店、名物といえるメニューがないのも本当。これがあればお客さんも喜んでくれるだろうけど……
「それ以前にフィオレの料理って普通すぎる。飛び上がるほど美味しくもなければ、笑えるほどマズくもない。なんのネタにもならないなって思ってたんだ」
「ひどくないです?」
すみませんねぇ! なんの印象にも残らない料理で!
「い、いやオーナー。俺は代行者なのだが……」
「でもさっきの話を聞いてる限り、なんか向いてなさそうな気がした。事情、分かんないけど。なら得意分野を生かすべきでは」
「そ、それは……」
「いまならこんな可愛いスタッフもついて来る。おとく」
「はいはーい! あたしたちもここで働くことに決めましたー!」
女の子三人が手を上げる。どうやらいつの間にかミモリさんと仲良くなったみたい。
「なんかルミナちゃんたち、旅に出るんだって? そしたらさ、このお店営業できなくなっちゃうじゃん。それはオーナーさん可哀想かなぁって」
「なんか……ほっとけない感がすごくてこの人」
顔を見合わせて頷き合う女の子たち。脱力系オーナー、ミモリさんのダメさ加減に母性が刺激されたのかもしれない。気持ちはちょっとわかる。
ということはついに、このお店にも新規雇用が。私たちが働き始めてからそんなに経ってないけど。
「ちなみにほかの人はいらないよ。特に顔、良くないし。あ、ヘンリーさんも厨房から出ないでね。その声はイケてるから、声だけ店に出演で」
『このオーナー、マジでひでぇなぁ!?』
なんだか話がまとまりそうな流れ。でも、いいんでしょうか。ヘンリーさんに問い掛けてみる。
「ヘンリーさん、代行者はどうするんですか? お店で働くのなら、続けるのは難しくなるんじゃ……」
「いやまあ、正直そろそろ潮時かとは思っていてね。今日の一件で骨身に染みた。――俺は、やっぱり戦うのが怖い。傷付くのが怖い。死ぬのが……死ぬほど怖い。もう普通に働くべきなんじゃないか、とね。イーガたちには悪いんだが……」
「――――そんなの、気にしないでくれよボス」
イーガさん、ハミルトンさん、ニコルさんが笑いかける。
「俺らもボスが戦いに向いてないってのはわかってたし。隠してるつもりでも、震えてんのバレバレでしたよ」
「本当にすみません……俺たち、甘えてしまって……」
「声かけてくれたの、マジで嬉しかったからさ。だからこの人と一緒にいようって……だけど、それはボスにとっても、俺らにとっても良くないっすよね」
「お前ら……」
それは心からの感謝の言葉。それはきっとこの三人、いえ、ロックさんも含めた四人にとって。
ヘンリーさんとの出会いは得難いものだったことの、なによりの証拠。
「きっとロックもおんなじこと言うと思います。今まで……っつってもそんなに長くないか。とにかくありがとうございました。ボスはそっち側が似合ってます」
「また……ボスのビーフシチュー、食べに来ます……」
「俺らもこれから、頑張っていきますんで!」
「う、うう! お前らぁぁ!」
ひし、と抱き合う四人。暑苦しい……けど清々しい。
男の人の友情っていいものだな、なんて思う私だった。
「暑苦しっ。このお店の中でそういうのやめてほしい。でも女の子同士の絡みならおっけー。どんとこい」
「…………ミモリさん…………」
我らが変態さんはお気に召さなかったらしい。
「と、とにかくそういうわけだ。すまんが世話になる、オーナー。俺の名前はヘンリー・グレイコフだ。よろしく」
「あたし、ミモリ・フェンネル。よろしくねシェフ」
何はともあれ、これでこのお店の従業員問題も解決――――あれ?
「……ヘンリー・グレイコフ?」
「? そうだが?」
ほかの三人を見る私とルミナさま。
「俺、イーガ・ウォルス」
「ハミルトン・ニールだ。改めまして」
「……ニコル・ケッツァー………よろしく………。ちなみにもう一人はロック・マクドール……」
………………………………ほ、
「本名じゃねー「ないです」か!!!」
『いやぁ。あっはっは』
ふざけた五人組にまんまと騙された私たち。なんだか力が抜けてしまった。
……やっぱりこの人たち、いっぺん殴っていいですか?




