25 細氷の眠り
「……まあ、後先考えずに魔力を無駄使いしたこととか。最後の最後で油断したこととか。まだまだ拙い部分はあるけどな。すごく頑張ったのは間違いない。――――さすが、オレの一番弟子って誉めてあげよう」
極度の緊張から解放され、へたり込む私を労うルミナさま。ちょっと泣きそう。
「それに。――――これは、イレギュラーもいいとこだ。まさかここまで損傷して、なお動くなんて。フィオレは戦いに勝ったけど、殺し合いには負けた――って感じだな」
ルミナさまは、いまだのたうち回るリザードに視線を向ける。
――本当に、どうして動いているのか。
頭部を完膚なきまでに砕かれ、お腹と背中がくっつきそうなくらい胴体がひしゃげているのに。まだ再生しようというのか、異常なほどの蒸気を全身から噴き出している。
通常の生物、どころか魔獣だってとっくに息絶えている致命傷のはず。それに……あの爪。
もはや大剣を五つ備えているかのような威容に震えが走る。さっきまではあんなに大きくなかった。そういえば最初に盗賊団のみなさんに砕かれ再生したときも、以前より長くなっていたような。
……もしかして、だけど。
あの、通常よりも巨大だというリザードは――――再生するたびに大きくなっていく?
「再生する魔獣なんてものも初めて見たけどな。死にかけるごとに巨大化するなんて、どこの戦闘民族だよ。爪だけすぐに再生するのは、"殺人"という単一機能特化のなせる技か。……そうまでして人を殺したいとは、生き汚いにもほどがある」
魔獣は人を殺す。それしかしない。それ以外には何もない。
つまり、魔獣にとって生きるとは人を殺し続けることにほかならない。この世の害悪の具現、とはよく言ったものです。
「とにもかくにも、これで終いだ。サクっと仕留めて――と、そうだ」
「? ルミナさま?」
魔力を高めリザードの息の根――息してないけど――を止めようとしたルミナさまは、なぜか私の方をチラリと見て、
「…………まあ。弟子がこんなに頑張ったんだからな。師匠として少しはいいところを見せないと嘘か」
なにやら意味深な発言を――――はっ、まさか!
呆けている場合じゃありませんよ私! これからルミナさまが行うことを、いえ、変異式刻印を余さずこの眼に焼き付けないと!
「ぐ……すんごい見られてる。言わなきゃよか……って、見られた時点でわかるんだから関係ないか。くそぅ、どうしてオレはこれに名前を付けてしまったのか……」
後悔と諦めをないまぜにしたような顔をするルミナさま。だけど次の瞬間。
「ああ、もういいや。とりあえずこのクソでかいトカゲを――――師匠らしく派手に仕留めるとするか!」
規格外の魔力がルミナさまから溢れ出す。
「さあ。冬籠もりの時間だ爬虫類。栄養は十分か? まだ殺し足りない? そんだけデカくなればもういいだろ。それに、どちらにせよ――」
ルミナさまは右手にカタナを持ち、左手を天へと掲げて。
「――――オマエに、目覚めの春は訪れない」
終わらぬ眠りへいざなう必殺の魔術を起動した。
「――――寒、い?」
体が震える。もとより気温は氷点下。寒いのは当たり前だけれど――それすら生温い。
明らかに気温がさらに低下している。かと、思えば。
「!?」
ガガガガッ! と空から、のたうつリザードを囲うようになにかが降り注いだ。あれは、透明な四本の柱――いえ、違う。
――――氷で出来た、巨大な剣?
きん、と。落ちてきた剣を頂点とした四角い結界が形成される。わずかに寒さがマシになった。あの剣の内側に、極低温の冷気が渦を巻いているらしい。
「わ、あ……」
思わず感嘆の吐息をもらす。もう、私にはなにが起こるか理解できている。きっと今から見える景色は、すごく美しいものになるだろうことも。
極限まで下降する気温。世界を斬り取る剣。であれば、その結末は考えるまでもない。
そこで私はもう一つの勘違いに気づく。あれは、剣というより、檻と呼ぶべきなのだということに。
私の目が、あの魔術に込められた想いを読み取る。
――――これは一つの終わりを示すもの。
たとえ目の前の存在がどれほどの質量、どれほどの熱量を誇ろうが関係ない。
それを超える密度。それを凌駕する絶対零度で閉ざし、砕き、殺す。その終局から逃れることは許されない。
そう、あの氷の檻の名は――”斬り鎖す終極の檻”。
「そら、仕上げだ」
掲げた左手を振り下ろすルミナさま。とたん。
バキッ!! と結界内が一瞬で凍結する。まさしく氷の檻。そこに閉ざされたリザードの姿はなんだか、氷づけにされた古代生物を思わせる。……首とか前脚とかないので、なんの生き物かさっぱりわかりませんけど。
「来世までおやすみ――ってオマエたちに魂なんかないけど、さ!」
ルミナさまが右手のカタナで檻の一部を軽く切り上げた瞬間。
「…………きれい」
しゃん、と透き通った音とともに、中のリザードごと檻が微細な粒子となって弾け飛んだ。それはまるで雪のように風に乗り、きらきらと日の光を反射しながら空を流れていく。
「……どうやらあのトカゲ、最後に空を飛べたみたいですね」
地を這う、といったのは撤回しないといけないかも。まあ、その代わり。
――――二度と地に足をつけることはできないけれど。




