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星の真理は切なくて、全てを滅するバ火力魔法!  作者: オマエもネコだニャ
第二章 変態どもへ捧ぐ、幻痛の天象儀
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23.5 幕間 逃げ続けた果てに

 臆病者のトカゲ野郎。それがその男の正当な評価だった。


 国の南方にある小さな町。農家を営む両親の間に生まれたその男は、その生まれと同じく、特筆するような才能は何一つ持っていなかった。

 強いてあげれば口が達者なことか。友人たちと馬鹿話に興じ、ともに笑い、時には大人たちに怒られもする平凡極まる少年期。そんな、どこにでもいるような人間の一人としてありふれた日々を送るだけの。


 将来のことなんて当然考えもしない。漠然と両親の農家を継ぐことになるんだろう、というくらい。

 一生をこの町で過ごし。一生をこの家で終える。良い伴侶を得られたら、まあ、つまらなくはあるが順当な人生だ、と。


 それが変わりだしたのは男が十五歳になったころ。友人たちとともに禁じられている町の外――結界魔機具(シェル・マギア)の外に出たことがあった。いわゆる若気の至り、好奇心による向こう見ず。蒙昧さを勇猛とはき違えた、この年代の若者ならとくに珍しくもない暴走。


 そしてそこで――――魔獣を打ち倒す代行者の姿を見た。


「す、すげぇ……」


 かっこよかった。それは平凡な毎日に退屈した少年には劇薬でしかなかった。

 迸る剣。魔を焦がす火。まるで旋律を組み上げるような、芸術的な連携。


 目を奪われた。これだ、と。

 自分が進むべきは、退屈な一生を約束された両親の後継ぎなどではない。

 この、自らの全てを賭して駆け抜けるような、戦場こそが。


 そう決意してからは早かった。まず魔術を修得しなくては話にならない。幸いにも男には心礎(スロット)が一つある。

 別にゼロでも珍しくはない魔術の素養。今までまったく興味を持っていなかった、己の才能。

 代行者の道に進め、という天の采配だ。そう信じたかったが、残念なことに基礎はあっても才能は――やはり平凡なものだと挫折する羽目になる。


 魔獣との戦いにおいて必須とも言える強化魔術は、数ヶ月かけて修得はした。だがそれ以外がてんで身につかない。

 なにせ変異式(コード)を覚えることは苦行とすら言っていい難易度だったのだ。これが文字だとは到底許容できない奇怪な模様の羅列。強化だけでもモノに出来たことは奇跡に近い。


 それを修得する人間が()()()といることには目を背けて、両親の反対を押し切り、男はついに代行者として活動を始めた。


 代行者は依頼を代わりにこなす者たちの総称。よって依頼は多岐に渡り、別に魔獣討伐だけが仕事というわけでもない。

 だが男は魔獣との戦いのみを己の職業とした。人々の穏やかな日常を脅かす魔性の群れ。それらを打ち倒すことこそが、自分が憧れた代行者の姿なのだから。


 ――――そんな、みんなから尊敬される、輝かしい未来像は。

 自身の致命的な欠陥(さいのう)により、泥に(まみ)れるように消え失せた。



      ◇



「てめえ、ふざけんじゃねえよ!!」


 仲間の罵倒が聞こえる。こんな仕事だ。精神を高ぶらせるあまり、諍いに発展することなど日常茶飯事。こういうとき、昔から男は得意の口八丁で仲間をなだめ、場を和ませるのが常だった。


「い、いや、俺は……」


 それが、自身に向けられたものでなければ。


「お前――――なんであいつを見捨てた!!」


 それが男の欠陥。いやある種、正常な人間の、正常な反応と断じられる、正常な行動の極致。


「――――ただ、怖くて」


 ――――命の危険がある場所に、踏み込んで行くことができない。


 なにもおかしくはない。燃え盛る火の中に、死ぬと分かっていて飛び込んで行く人間などいない。崩壊の兆候が見える家屋に、中の住人もろとも押し潰されたい人間などいやしない。

 いるとしたら、それは()()()()()()をしている人種であって――つまり、そういうこと。


 魔獣を倒す。その選択を自身でしておきながら、男はまともに魔獣と戦うことができなかったのだ。


 男のそれは極まっていた。

 仲間と戦いに出るたびに、魔獣から背を向けて逃げ出す。

 魔術でフォローすると言いながら、仲間の戦いを棒立ちで見守る。

 挙げ句、仲間の危機に際し、助けるのではなく見捨てることすらあった。

 ――――まるで、仲間を囮にして逃げるように。


 最初は得意の話術で乗り切っていたが、それが毎度続けば誰でも気づく。

 不規則でありながら『人間を殺す』という一貫した行動を取る魔獣。それらとの戦いにおいて仲間はまさに一心同体。それを切り捨てるなどあってはならない。


 トカゲの尻尾切り。男はそれが出来る臆病者なのだというウワサはあっという間に広がり、その町に、男の居場所はなくなってしまった。


 ……一番の問題は、男はそれを何とも思わなかったことだ。

 魔獣は恐ろしい。自分には才能がない。戦えば死んでしまうかもしれない。


 なら――――戦える奴が前に出ればいいだろう?


 自分は後ろでサポートをする。攻撃魔術なんて使えないけど。使えても、こちらに敵意が向いてしまうからやらないけど。


 何かあれば、例えばお前たちが死んでしまったとしたら。

 それを家族に伝えてやろう。とても勇敢だったと。得意の話術で、お涙頂戴の物語を奏でてやろう。

 自分はそれを見届けるのが役目。土台、本に出てくるような主人公は荷が重かったのだ。


 だから、せめて――――死んでも魔獣は倒してほしい。

 そうしないと報酬が出ないから。


 そうして町を転々とし。

 行く先々で同じことを繰り返し。

 だから男は何処でだって、何一つ変わることなく、臆病者のトカゲ野郎として名を馳せていた。



      ◇



 数年後。故郷から遠く離れた町にて。

 かつてトカゲ野郎と罵られた男は、見事に改心を果たしていた。

 きっかけは単純なこと。――――好きな女性が出来たからだ。


「すみません。一緒に依頼を受けてはもらえませんか? 一人だと、自信がなくて」


 その頃になるとさすがに協会から目をつけられていたので、新規で魔獣討伐の依頼を受けられなくなっていた。代行者登録に『魔獣討伐に難あり』と記載されれば、もうどうしようもない。

 依頼を受けないと生活は立ち行かない。だが実入りの少ない依頼など受けたくもない。貯金を切り崩しながら協会のエントランスホールで腐る日々。


 そんなときに声を掛けられた。同じ代行者の女性。まだ駆け出しの。

 ……正直ありがたかった。男の逃げ根性はなにも魔獣討伐だけにはとどまらない。実家を継ぐことから逃げ出した実績がそれを証明している。


 くだらない自尊心を『まだ不慣れな新人を支援する』という大義名分で誤魔化して、作物の収穫の手伝いなどに手を出してみた。すると。


「わあ! ありがとうございます! あなたのおかげで、こーんなにたくさん収穫出来ました! 依頼、成功ですね!」


 ――――その時の胸の感情(ふるえ)を、男は生涯忘れることはない。


 それ以来、その女性と一緒に依頼を受けることが多くなった。聞けばその女性も魔獣と戦うのは怖いのだという。だけど人の役に立ちたくて、代行者として活動することに決めたらしい。


 それからの日々は、男の人生の中で最も満ち足りた時間だ。報酬は少なく、だけど死からは遠い依頼の数々。あくびが出そうな穏やかな営みと、身近な人々の感謝の言葉。


 新しい仲間も出来た。今度は魔獣討伐じゃない。荷物を近隣の町まで届ける、配達専門の代行業だ。

 道中、魔獣に襲われることはあっても別に倒す必要はない。適当にあしらいつつ全力で逃げればいい。逃げるのは大の得意なのだから。


 そして男は、危険の少ないルートを模索するのはずば抜けて得意だと仲間から重宝された。

 危険察知能力。それが自身の本来の才能なのだと、男はようやく気付くこととなる。

 

 逃げるばかりだった男の人生。だが、一度だけ。


「あー……その、なんと、いうか…………ええい、うるさいお前ら! というか、なんでいる!? こ、こほん。――――すまない。どうか、俺と――――」


 仲間に背を蹴られながらではあったが。

 ()()から逃げずに立ち向かったことは、その男が唯一誇れる勲章である。



      ◆



 結末は、本当に一瞬で訪れた。


「あなた。その……話したいことが――」


 配達の依頼に出かける直前。一人で出かけていた妻がちょうど帰ってきた。話があるらしい。

 ここ最近、体調が悪そうにしていたのは知っている。恐らく診療所で診てもらっていたのだろうが……

 

 ――――もしや、どこか深刻な問題が? いや、だとしたら。

 どうして、愛おしそうに――――お腹を撫でているのだろう。


 それが意味するところを、男はなんとなく察し。


「す、すまない。すぐに出なければならないんだ。話はまた、その時に」


 なんだか気恥ずかしくなって、逃げるように家を出た。

 その選択が、かつて幾度となく繰り返したものと同じなのだと、気づかないまま。


「今日の依頼は楽勝だな」


 仲間があくび交じりに口にする。今日の配達は静かすぎると。

 安全なルートを通っていると言っても、普段であれば一度か二度は魔獣に襲われる。絶対に、ゼロになることはない。

 話を聞かずに出てきたことを後悔し始めた男にとっては朗報だ。仕事が終わればすぐに家に帰りたい。浮足立つ心を抑えつつ、そうだな、と馬車の手綱を握る仲間に返したとき。


「――――ねえ。ちょっといい?」


 馬車の前方から、なにかの声がして。


「実は僕、遊び相手を探してるんだ。魔獣どもでもいいんだけど、どうにも(おもむき)に欠ける。この辺り、遊び尽くしちゃったし。

 ――――ほんとさ、すごくヒマなんだ。ヒマすぎて死にそうなんだ。ヒマすぎて殺したいくらいなんだ。オジサンたち――ダイコウシャ、ってやつなんでしょ? 困ってる人を助けるのが仕事なんでしょ? ならさ――――」


 今すぐここから逃げるべきだと、荷台の後方からすぐさま飛び出し。


「悪いんだけど――――僕のオモチャになってくれない?」


 そこから先は、よく覚えていない。ただ。


「ぎ、あ、ああああああああああああああああああ!!!!」

「た、たす、助け、とれる、そんなことしたら、取れ、あががががが」

「が、がぎ、がぎ、まぜないで、おねがい、じまず、やめ、やめでやめでやめで」


 聞き覚えのあるような、ないような音が。

 そんな、おぞましい()()()が、耳にこびりついていた。



      ◆



 気がつくと男は町に帰り着いていた。いつの間にか日も傾いている。

 自分はいったいどうしたのだろう。呼吸が荒い。今にも死にそうだ。立っているのがやっとの満身創痍。

 もしかしたら早く帰りたすぎて、全力疾走でもしてきたのかも。きっとそうに違いない。悪い夢なんて――――見て、いない。


 なにかの残響を振り払いつつ家に向かう。そうだ、今は、家に帰らないと。


 彼女がきっと、嬉しい話をしてくれるはずだ。さっきは恥ずかしくなってしまったけど、今度はちゃんと聞こう。一緒に喜び合おう。

 そうすれば。この、耳に残る誰かの断末魔も消えてくれるはずなんだから。


 家路につく。ざわりとした空気。町を染める茜色。周囲の声がよく聞き取れない。


「可哀そう…………強盗…………」

「……怖い……いままで、こんなこと……」


 よく、聞こえない。町の人たちはなにを騒いでいるのだろうか。

 なぜか、自分の家の周りに人だかりが出来ている。憲兵……それと、武器をもった代行者? 見覚えがある。すまないが通してほしい、そこは俺の家なんだ――と、野次馬をかき分けようやく家に帰り着く。

 そこには。


「――――――――――――――――あれ?」


 やけに、目に痛い。

 おかしい。夕日が差し込んでいる。部屋を鮮やかに照らしている。

 窓から差し込む明かりじゃない。それだけじゃ到底、説明がつかない。


 ――――だって、こんなにも、赤い。


 屋根がなくなったのでなければここまで赤くはならないはず。ああ、だからみんな騒いでいるのか、と納得しかけて一大事だと思い直す。彼女は無事だろうか。屋根の崩落に巻き込まれていたら大変だ――そう、慌てて探しかけるけど。


「……………………あ、れ」


 探す必要はなかった。すぐそこで寝ころんでいた。夕日に染められて真っ赤になっていた。

 おいおい。どうしたんだ。そんなところで寝て。さっき話を聞かなかったから拗ねてるのか。

 そう、何度も体をゆすってみるけれど。

 男は結局、彼女の機嫌をなおすことはできなかった。


「――――なあ。ひとつ、教えてほしいことがあるんだが」


 天を仰ぐ。天井が邪魔で、空は見えない。

 憲兵たちはよくわからないことを話し続けている。

 見ず知らずの強盗がこの家に押し入ったこととか。もうすでにそいつは死んでいることとか。

 だけどそんなどうでもいい話なんかより。男には、どうしてもわからないことが。

 どうしても、知りたいことがあった。だから。

 

 痛ましいものを見るような目をする、知り合いの代行者に縋りついて問い掛けた。


「――――俺の子供。……どこに行ったか、知らないか?」



      ◇



「こ、このぉ!!」


 なんとも愛らしい勇み声に、男は我に返った。

 どうやら、特に懐かしくもない、惨たらしい夢を見ていたらしい。


 峠に開設されたキャンプ場。仲間を傷つけられたショックで、男がほんの少し白昼夢に微睡んでいた間に。


「な、なにがどうなって……?」


 ――――そこはまるで、物語の一節を切り取ったかのような風景になっていた。


「っ! え、えぇい!」


 年端もいかない少女が、人間なんて丸のみに出来そうなほど大きい竜――いや、トカゲの魔獣と相対している。

 知っている。あの恐ろしい代行者の少年の、弟子だという少女。

 確か経験を積ませるために、という話で一緒について来ていたはず。別に戦いに参加させるつもりはない、とも。そのはずなのに。


「なんで、あの子が戦っている……? そ、そうだ、ロックは!」

 

 死を覚悟する重傷を負ったはずの仲間を探す。ほかの三人はどこに行った? この場から逃げ去りたい衝動を必死で抑え込み、男が周囲を見渡すと、


「……ああ、くそ……これホントに……アク――――でもギリギリ……」


 すぐに見つかった。神秘的なほどに美しく、男にとってはただ恐ろしいだけの少年が、腹部に穴を開けた仲間に治療を施していた。ほかの三人も、少し離れた場所で倒れている。身動きはできないようだが、命に別状はなさそうだ。ほっとしかけるが、そんな場合ではないと男はもう一度ロックの方を見る。


「もう少し――ってフィオレ、無茶しすぎだ……! 引きつけるだけでいいっつーの!」


 恐ろしい少年ルミナは、弟子の少女フィオレの危なっかしい戦いぶりに気が気ではない様子。だが治療の手を休めるわけにもいかず、その麗しい顔を焦りに歪めている。――そのことが、男には不思議だった。


 そう。不可思議だ。


 "安心して死んでこい"


 あの言葉はルミナにとって、嘘偽りのない本心だった。男はそれを嫌というほど理解していた。いや、それ以前に。


 "命は取らない。だけど――"

 "殺してくれ、と言いたくなる――"


 男が初めて遭遇したとき、ルミナはふざけてはいたが。

 それらの言葉の数々は、真の意味で、言葉通りの宣告だった。


 恐ろしかった。同じ人間とは到底思えなかった。

 だから道化を演じた。男にとって深刻な命の危機を叩きつける存在に対し、見惚れたようなフリをし人質を解放し、なんとか見逃がしてもらおうとしたのだ。


 結果、こんなことになった。男の方から言い出したことではある。魔獣とルミナ。どちらかを相手取るなら魔獣のほうがはるかにマシだと判断した。


 あれ以来。魔人と思しき存在に仲間を惨殺され、愛する妻を縁もゆかりもない誰かに奪われてから。

 男はやはり逃げ続けてきた。仲間たちがどうなったのかも確かめようとはしなかったし、妻とお腹の子の死から目を逸らして町を飛び出した。

 その性根は変わらない。生まれ持った性質は切り離せない。だけど、それなら。


「イーガ……ロック……ハミルトン……ニコル……」


 ――――どうして自分は、あの四人に声をかけたのだろうか。


 男は今の仲間たちの力を信頼している。辛い現実から逃れるように、各地を転々としていたときに出会った四人。強くはあるが要領が悪く、町でくすぶっていた気のいい奴ら。

 男の欠陥を知っても、魔人に殺される仲間を見捨てて逃げた臆病者の身の上話を聞いても、それでも。


 "ボスが後ろから見守ってくれると勇気が出る"


 そう言ってそばにいてくれた。男にとっては二度と失いたくない、大切な仲間たち。


「はあ、はあ、はあ…………くうっ!」


 それをルミナとフィオレは守ろうとしてくれている。おそらくフィオレのほうから言い出したのだろう、と男は推測した。そうでなければ、あんな素人同然の少女を戦わせたりしないはずだ。

 ルミナに彼らを救うつもりはない。彼は一度身内判定をすれば、それを傷つける存在を断じて許しはしない。そのことを男はなんとなく感じ取っていた。だから。


「はあっ…………はあっ…………」


 これは、あの少女の意志。

 フィオレは本当に戦いの素人だと確信できる動きをしている。手にした武器による破壊力は目を見張るものがあるが、それだけだ。攻撃を避けるのも打ち込むのも、見ているだけで寿命が縮みそうな危なっかしさ。

 足の震えは抑えきれていないし、呼吸なんて乱れきっている。

 それでもまだ、少女は自分よりはるかに巨大な存在に立ち向かっていく。


 その様は、男がかつて憧れた代行者とは程遠いもので。

 その姿は、男がかつて夢見た、物語の主人公そのものだった。


「――――――――」


 どうして、と男は首を傾げそうになる。

 そうだ、どうして――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうなりたかったはずなのに。みんなを守りたかったはずなのに。

 逃げて、逃げて、逃げて。多くのものを失い続けて、それからも逃げてきた。


「う、うう…………」


 いまでも夢に見る。もし、あのとき彼女の話から逃げずに、ちゃんと聞いていたら。

 もし、それを仲間に伝えて、配達の時間を遅らせていたら。

 逃げた先には地獄しかなかった。逃げ切れたつもりでもずっと追いかけられていた。いまも、ずっと。


「っ!!」


 フィオレが自分で掘ったくぼみに足をとられた。戦いの素人ゆえの、視野狭窄。

 足がびくりと震える。二つの感情が男の中でせめぎ合う。


「う…………く」


 逃げなくては。助けなくては。

 魔獣の顎が少女に迫る。このままでは危険、いや少女はなんだかんだと攻撃を回避し続けている。大丈夫だ、自分が行かなくても――


 "ありがとうございます! あなたのおかげで――"


 だけど。その逃走(せんたく)を否定する、四人に声をかけた時と同じ、胸の感情(ふるえ)が男の背を押した。


「く、そおおおおおおおおお!!!」


 走る。射程距離までもっと近づかなくては。

 今の仲間のために必死で覚えた攻撃魔術。今まで一度も実戦で使えなかったそれを起動する。

 もしこれで魔獣の敵意を向けられてしまったら。そう思うと足が震えて止まらない。意識が断絶しかけるほどの恐怖。視界が真白に染まる中、ふと、男は。


 もしも自分と彼女の子供が、女の子だったら。

 あの少女のように、眩しく勇敢な子に育っただろうか――なんて、もう取り戻せない夢を見た。

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