23 戦う、ということ
バキン! と一瞬で拘束魔術を砕かれた。
「……やっぱり、重すぎですね」
この巨体なら当て放題、と魔術で動きを封じてみようとしたけど、ほんのわずかしか歩みを阻害できなかった。変わらずズシンと大地を揺らしだすリザード。
この拘束魔術はもう少し常識的な質量の物体に使うもの。こんな馬鹿みたいにデカいトカゲは想定外もいいところです。スッパリと、時間稼ぎは諦めることにする。
「――!!」
私から向けられる敵意に反応したのか。標的を完全に私に定めたリザードは右前脚を振りかざす。鈍く光る五本の爪。――まるで曲剣のよう。
「速……!」
空をがりがりと削りながら迫る五つの剣閃。……鈍重だなんてとんでもない。
さっきまでは離れた位置から見ていたから、そう錯覚しただけで。それは戦闘に不慣れな素人が回避できる速度じゃなかった。
「う、わわっ」
マギアロッドによる防御すら間に合わず爪の直撃を受けてしまう。パリン。発生した『反転』によりわずかに体勢を崩すリザードと、即座に再起動する『境界線』。
……情けない。ルミナさまに大口叩いたのに、速攻で一撃をもらってしまった。残り九回。でも。
「やあっ!」
生まれた隙を見逃したりはしない。驚いたように右前脚を引っ込め揺らぐ巨体に、恐怖を噛み殺しつつ武器を叩き込む。
ルミナさまに教わったことを正確になぞる。踏み込む足の裏、振るう両手の初速、衝撃の瞬間のだめ押し。その全てで魔力放出を行い破壊の結果を生み出していく。
『グアアッ!?』
ぐしゃり、と打ち込んだ左前脚からなんとも生々しい音が響く。――いける。
私の攻撃はちゃんとダメージを与えられている。さすがに一撃程度ではリザードの巨体はびくともしないけど、ウロコが砕け魔力光が漏れ出す様子に確かな手応えを感じた。
……普通に殴る分にはなんの問題もないのに、どうして攻撃魔術を使えないんでしょうね、私。自分でも摩訶不思議な精神状態だと思う。
「よし、このまま……ひゃあ!」
打ち込んだ左前脚が私を振り払うように大きく動き、びっくりしつつ後ろに飛びすさる。目と鼻の先を裂く鋭い爪にヒヤリとした。
――――油断しちゃダメ。私はまだ素人同然なんだから。
魔獣との初陣がこんな、とんでもない化け物相手とは思わなかったけど。自分でも、どうかしてると思うけど!
「――――ふう」
やると決めたからにはやる。それだけです。
「どんどん行きます――ていっ!」
リザードの動きを注視しつつ、わずかな隙を狙ってマギアロッドを振るっていく。
拘束魔術は効果が薄いけど無意味というわけでもない。地面に穴を掘る魔術を使えば、その巨体を簡単に傾がせることができる。
私が使える攻撃以外の魔術であの手この手を尽くし、その一挙手一投足をとことんまで邪魔し尽くし。
リザードにとってはかすり傷みたいな一撃を、一つ一つ積み重ねていく。
なんだか本のなかに迷い込んだ気分。いま立ち向かっている魔獣は、実情はどうあれ見た目はドラゴンそのもの。その爪も顎も、大きな翼も。毎晩、眠りにつく前に夢見た物語と何一つ変わらない。
かつて読みふけった幻想は今、私を主役としてここに再現された。
残念なのはその主役が大根役者なことか。転がるように逃げ回り、力任せに武器を打ち付ける私はどう見ても主人公には程遠いでしょう。
ルミナさまのような目を奪うほどの剣舞なんて望むべくもない。私にできることはただ、
「ひあっ!?」
泥臭く攻撃を回避し、
「こ、このぉ!!」
一生懸命武器を振るう。
「これで……どうですか!!」
要するに――――いつも通り全力で生きることだけだった。
『――――グウゥッ!!』
煩わしいハエを叩き落とさんと、上空より降り注ぐ十本の斬撃。バックステップ……は間に合わない、爪がかすってしまう。なら!
「っ! え、えぇい!」
スライディングでリザードの胴体下に潜り込み、全力でその無防備なお腹を打ち上げた。
『グオオオォォァッ!!』
たまらず悲鳴――のような咆哮を上げるリザード。押し潰される前に胴体下から這い出し、私は再び武器を構え直す。
……あの大きさだから、鳴き声が本当にうるさい。ちょっとした精神攻撃です。
『境界線』はさすがに音までは防げない。そうしたら会話もできなくなるし。集中を切られないように、気をしっかりと持たないと……!
「はあ、はあ、はあ…………くうっ!」
私を噛み砕かんと迫る顎を辛うじてすり抜ける。ほかの攻撃はともかく噛みつきは駄目です。なんとしても回避しなくてはいけない。
そう簡単に傷を負うことはないし、噛みつかれてもすぐに口が開きはするでしょう。でも、もし上手く抜け出せなかったとしたら? 連続で『境界線』を割られる危険性がある。
そればかりか、万が一牙の一本が刺さりでもしたらその時点でアウト。ぐちゃり、とトカゲのお腹行きです。イヤすぎる。
アイオーンとの追いかけっこで足に穴を開けられたことは、ちょっとしたトラウマ。これはほかの全てのケースにも言えるけれど、とにかく『掴まれる、拘束される』系の攻撃は一切受けてはならない。
「はあっ…………はあっ…………」
……だけどここで、致命的な欠点が露呈してしまう。
私はつい先日戦闘訓練を開始したばかり。実戦なんてもってのほか。アイオーンとの一件はただ逃げ回っていただけなので、到底戦闘と呼べるものではなかった。
自ら武器を持ち、間合いを測り、恐れを越えて踏み込んでいく。
その、あまりにも一般的な『立ち向かう』という行為がどれほど体力を消耗するか、私はルミナさまとの訓練でしか体験出来ていなかった。
しかも。敵は自分よりはるかに巨大な化け物。放たれる咆哮は否が応でも身を竦ませる力を持っている。魔人の絶望感には及ばなくとも、精神を削るには十分すぎるほどの存在強度。足の震えを抑えるのが難しくなる。
つまり。
初めての戦いという緊張感から、私は五分も経たないうちにバテてしまっていた。
「う、うう……ルミナさま、まだ…………い、いいえ」
弱音がこぼれそうになり、ぐっと武器を握る手に力を込める。
ダメ。自分から言い出したことなんだから。ルミナさまがロックさんの治療を終えればそれでおしまい。私はただ、このトカゲを引き付けているだけでいいんだから。
いまルミナさまがどういう状況なのか、確認する余裕はない。一時たりともこの化け物から目を離すことができない。集中、集中しないと!
なんて決意を固めているそばから、また右前脚の振り下ろし。地面ごと私を叩き潰す、ないし切り裂くための、馬鹿みたいな質量をともなった一撃。圧し潰されて、ドカンドカンと連続で『境界線』を割られたらたまったものじゃない。サイドステップで回避しようとして――――
「――――あ、れ」
何かに足を取られてしまう。これは――さっき私が――魔術で掘った穴――――?
『――――――――!!!』
リザードの大きな口が迫る。ズラリと並んだ寒気がするほど鋭い牙。冬の冷気すら超えて私の体温を奪う、冷たい死の予感。
その牙の向こう側には、何もない暗闇が私を飲み込もうとしていて。
――――――――――――あ、これ、まずいです。




