16 二人なら寒くない
ルミナさまVS暇人の代行者さんたちによる模擬戦は、当然のようにルミナさまの圧勝で終わった。
「えぇ!? ルミナちゃん、山の魔獣を倒しに行くつもりなの!?」
休憩と交流を兼ね、地面に座りつつ雑談に興じる中。私たちの目的を打ち明けると驚きの声が上がる。
「マジで言ってるの? 危ないって! 怪我どころじゃすまないよ!」
「いやでもよ。さっきの見たろ? ルミナちゃん、とんでもなく強かったぜ」
「あんたらが弱いだけでしょ?」
「仲間からのひどい評価に涙を禁じ得ない。その通りだけど」
「そこはもうちょっと見栄張ろうぜ」
テント住まいの皆さんとはだいぶ打ち解けられた。もともとお店に来ていた人もいるようだし、ルミナさまはかなりの人気者です。私のルミナさまなのにー。なるべく近くに寄り添っておこう。
「バカでかいリザードなんだろ? それだけだったら特に問題はないよ。ただオレたち、エルド山を越えるの初めてで。……え? フィオレは違う? ああ、そういやそうか。とにかく勝手がわかんなくてさ。そもそもその魔獣って山のどこにいんの?」
ここ最近はお店が忙しくて、情報収集がまるでできなかった。なので山も越えの準備も、魔獣が陣取っている場所も、チンプンカンプンなのです。
「そうなのか。いや、実際向こう側へ行くのは大して難しくないぞ。エルド山……つーか、隣のカラクシナ山との間に峠道が通っててな。馬車で通れるし道幅も広い。朝方、町を出発すりゃ昼前には余裕で向こう側に辿り着ける」
「魔獣はちらほら出るけどね。だけど峠には大人数が一度にキャンプできるくらいの広場があってさ。結界魔機具も設置されてるから、テントを張って一泊することもできる。そこまで気負うほどのもんじゃないのよ」
「なるほど……」
だんだん思い出してきた。八年ほど前にお母さんたちとここを通った時も、そんな感じで全然大変じゃなかった気がする。
「んで。その件の魔獣ってのだけど。……まさにそこなんだよ。陣取ってるの。峠のキャンプ場を占拠してやがる。結界なんか屁でもねぇ、って顔でな。いや姿は見たことないけど」
「つまり。その魔獣を倒さない限り、どうやっても山を越えられないってわけだ」
ルミナさまの締めくくりに一様に頷く代行者さんたち。
「いや、助かったよ。山を越えなきゃいけないって思ってたからさ。そんな楽な道があったのか。フィオレも教えてくれれば良かったのに」
「ご、ごめんなさい。覚えてなくて」
「まあ、八年も前のことならそんなもんか。とにかく魔獣が陣取ってるのも広場というなら戦いやすくていい。探す手間もなさそうだしそれなら何とか――」
「ちょい待ち! それともう一つ。もしも向こう側に急ぎたいなら、猶予はそんなにないかもよ」
「? どういうことです?」
思ったより魔獣の討伐は簡単そうだと胸を撫でおろすルミナさま。だけど魔術師のお姉さん――セイランさんが待ったをかけ、その言葉の真意を話し始める。
「エルド山は例年、一の月の中旬から二の月にかけて急激に降雪量が増えるの。その期間は山越えが禁止されるくらいね。当然、そんな状況下での魔獣討伐なんか持ってのほかよ。そうなったら少なくとも三の月の中頃くらいまでは、この町で足止めを喰らうことになる」
「一の月の中旬って……あと半月くらいしかないじゃないですか!」
そんな……いえ、別に私たちに時間制限があるわけじゃない。三か月この町に滞在して、暖かくなってから安全に、というのも一つの手。……だけど。
「それだと、皆さん困っちゃいますよね」
私たちはミモリさんの家に泊めてもらえてるけど、ここにいる代行者さんたちは町の外でのテント暮らしが続いてる。商人さんたちだって早く向こう側に行きたいでしょう。
「ルミナさま……」
「そんな声出さないフィオレ。大丈夫。ちょっと急展開だけど、オレのやることは変わらない」
つい縋るような声が出てしまう私に不敵に笑いかけ、ルミナさまは凛と声を張り上げる。
「――――あと数日の間にケリをつける。山賊まがいの不法占拠ヤローを、いっちょ懲らしめに行ってみるか!」
うおおおおおお! と周囲から歓声が上がる。やっぱり、精神的にも肉体的にも疲れが溜まってたんでしょう。みんなルミナさまへと声援を送ってくれている。
「頼んだぜルミナちゃん! 俺たちにゃ応援することしかできねえが……頑張ってな!」
「やばいと思ったらすぐ逃げなよ? 命あっての物種なんだからさ」
「ああ、やっと、町の明かりを指くわえて見ながらテントで寝る生活ともオサラバできるのか……! くぅぅ、長かったぜ……! ホントにサンキューなルミナちゃん!」
「みなさん……」
くれている、のだけど。……これ、ちゃんと突っ込んだ方がいいですよね?
「というか。みなさんも代行者ですよね? 誰か手伝ってくれたりとかは……」
その、私の当然の愚問……ではなく疑問に。
「……………………………………………………」
おお、すごい。一瞬でしーんってなっちゃいました。あれだけルミナさまに声を送っていたのが嘘のよう。みんなあらぬ方向を向いて、誰一人目が合わない。
どうやら私、いつの間にか音を消し飛ばせるようになってたみたい。あ、なんだかルミナさまが星の魔法を使った時の静けさに似てますね。いであ・あくせす! なんちゃって。
「いやまあ。いいけどな。危ないし。皆は期待して待ってるといい」
と、いうわけで。
準備を終えたら、いよいよ山の魔獣退治に向かうことと相成りました。
◇
「ふう。結局、今日も疲れましたね……」
セイランさんたちに別れを告げ、私たちは町に戻ってきた。
広場のベンチに腰を下ろす私。ルミナさまはいない。正式に山の魔獣討伐の依頼を受けるため、協会に足を運んでいる。
”フィオレは先に帰ってていいぞ”と言ってくれたけど、そんなに時間はかからないだろうし。協会からほど近いこの場所で、ルミナさまが出てくるのを待つことにした。
「私、ちゃんと強くなれるんでしょうか……」
今日一日の出来事を思い返す。
本格的に始まった戦闘訓練。握り慣れない武器の感触。振るわれた刃の鋭さと、一度も届かなかった私の決意。
魔術ならと挽回を図ってみれば、致命的な欠陥が露呈しただけ。訓練初日は、まるでダメな結果に終ったと言っていい。
「――――はあ」
そのことに、ため息の一つもつきたくなるというもの。落ち込む私をよそに、町の人々は穏やかな休日を謳歌している。
「想縁逢瀬の日、か」
おとぎ話の英雄たちが出会える日。悲しい結末となった物語の、『そうであったなら』と誰もが願う有り得ざるエピローグ。
……魔法使い様は愛する人を永遠に失って、何を思ったんでしょう。
きっと、死にたくなるくらい悲しかったはず。私もお母さんがいなくなったとき、ルミナさまがそばにいてくれなかったら、と思うと……いえ、それはともかく。
あのおとぎ話の最後、魔法使い様は災厄を退けたあと姿を消した、とある。その生死については触れられていなかった。それなら、もしも。
魔法使い様はその後も生きていて。勇者様のいない世界で一人きりでいたとしたら。なんて。
「大昔のおとぎ話なのに。何を考えているんでしょう、私」
思考を切って町に目を向けてみる。あちこちに見える商人さんのテントと、そんなのお構いなしに遊びに興じる子供たち。元気に走り回るその光景はなんだか微笑ましい。と、そこで。
「あっ……!」
小さな男の子が勢い余って転んでしまった。思わずベンチから腰を上げそうになる。でも私よりも早く、黒いマフラーをした十二、三歳くらいの女の子が駆け寄って助け起こしていた。
ちょっと泣きそうになっている男の子。だけど女の子がその頭を優しく撫でると、その顔は次第に笑顔に。……良かった。
私よりも年下なのに、女の子はなんというか、慈愛に満ちた表情をしている。その仕草はまるで、男の子のお姉さんというよりお母さんみたいで。
それを見ていたらつい、私の本当のお母さんはどんな人なんだろう、と考えてしまった。
意外とルミナさまが遅いから、再びカラカラと思考が回りだす。
私にとってのお母さんは、シルヴィアお母さん。それは誰が何と言おうと揺るぎない真実。
だけど。私になる前の、『誰か』を産んでくれた人が必ずいるはず。お父さんとお母さんが。
その人たちは今どうしているんだろう。娘がいなくなって悲しい思いをしていないかな。それとも。
――――もう、どこにもいないのかな。
「――――――――」
夕日が目に痛い。今日はなんだか夕焼けがすごく赤い。
世界が燃えるよう。あらゆる生命。積み上げた時間。置き去りにした過去。何もかもが炎にまかれていく。
笑い合う友人も。仲睦まじい恋人も。暖かい家族も。
その光からは逃げられない。赤い光は、遠くまで届いてしまうから。無意識に閉ざしたモノすら照らしてしまうから。
何一つの例外もなく、世界は赤く燃え尽きる。
「…………」
……ああ、そういえばあの時の白昼夢も、こんな色だったような。こんな風に、まるで――――
「……そうだったっけ」
少し、違ったかも。こんな世界の終わりみたいな赤ではなくて、むしろ。
「――――――命の、終わりみたいな」
赤い、血の色のような。
「……っ」
赤い光を振り払う。やっぱり疲れてるみたい。良くない妄想が止まらない。
ここは、寒いから。一人だと凍えてしまいそう。だから。
「……ルミナさま、まだかな」
早く姿を見せてほしい。
――――アカイヒカリが、私を凍死させてしまう前に。
ベンチに座り俯いて願い続ける。その祈りが届いたのか、すぐに。
「フィオレ? 何やってんだ?」
待ちわびた声が聞こえてきた。
「もしかしてオレを待ってたのか? 先に帰ってて良かったのに」
「――――ルミナさま」
「……? なんだ?」
「……いいえ。何でもないんです。帰りましょう」
そうして立ち上がり、ふと思いついてルミナさまにお願いをしてみる。
「ルミナさま。手を繋いでもいいですか?」
「え、駄目だけど」
「ありがとうございます。それでは失礼して」
「え、駄目って言ったんだけど!?」
恥ずかしがるルミナさまの言葉は無視して、えいやっとその空いた右手を掴んでみる。
「って冷た!? フィオレ、めっちゃ冷えてんじゃん。防寒用の魔術使ってなかったのか? ほら」
なんだかんだ言いながら、私の優しいお師匠さまは手を振り払うことはしない。ほんのりと、その手が魔術の温もりを帯びる。……あったかい。
「ルミナさま、なんだか顔が赤いですよ。もしかして……」
「知らん! きっと夕日のせいだろうよ!」
「……くすくすっ」
そんな、女の子みたいだけど、女の子に慣れてるわけじゃない男の子の温もりに包まれながら。
私たちは仲良く手を繋いで、ミモリさんの家に帰るのでした。
……ちょっと情けない思いもしたけれど、終わり良ければすべて良し、ってことで。
◇
翌朝のこと。
「フィオレー。昨日の三つ編みってどうやんの?」
恐る恐る、ルミナさまが私の部屋を訪ねてきた。けっこう、気に入ったらしい。
「くす……いいですよルミナさま。私に全部、おまかせください」
その後の私の朝のルーティーンに、ルミナさまの御髪を整える、が追加されました。やった♪




