4 弟子入り?
「ルミナ様。どうかこの子に、魔術を教えてはいただけないでしょうか」
朝食の後。シルヴィア様がいきなりそんなことを言い出した。
「恩人である貴方様に、こんなことをお願いするのも……と思ったのですが……」
「……い、いやちょっと待ってください!」
あまりにも唐突だったので理解が遅れたのでしょう。ルミナ様は少しの間を置き、驚きの声を上げた。
そして私はというと、
「――――――???」
完全に思考停止。まるで石化したように動けなくなってしまいました。あれ、それじゃあ今、思考している私はいったい?
「シルヴィアさん、それってどういう……」
「おや……? 私は、"どうかこの子に、魔術を教えてはいただけないでしょうか"――と申し上げたのですが……」
「まさかの同音同句きた。いや聞こえてなかったワケじゃないですから」
「――――なんと」
「なんとて。え、なんでそこ驚きます?」
「だって、聞き返されるとは思ってなかったものですから。"はっ! もしや私、噛んでしまったでしょうか! いやだ恥ずかしい☆"――と、勘違いしてしまいました」
「――ちょっと脳がバグるんで可愛く言うのやめてもらっていいです?」
親しげな会話のキャッチボール。いつの間にか二人はすごく仲良くなってます。私、複雑。
「いやいやシルヴィアさん……流石に唐突過ぎ、というか。それってつまり、フィオレを弟子にしろってことですよね?」
「そうしていただけたら、とても安心します。もちろん無理強いはしません。我が家に滞在する間、家庭教師のようなことを。それだけでも十分、有り難いと思います。……フィオレを貴方様の弟子としてもらえるのが、一番ですけどね」
「家庭教師って……――いえ、ちょっと待って下さい。今……"我が家に滞在する間"って言いました?」
その言葉になぜか、とても可笑しそうに笑うシルヴィア様。
「ふふふ……だって。――貴方様は、優しいですから。私とこの子の為に、と言えば、きっと断れない」
「うぐ……」
「どうせ明日以降もずっと、ここに来るつもりなのでしょう? それなら最初から、我が家に滞在すればよろしい。……私も、そのほうが嬉しいのです」
明日以降も? ルミナ様、どうしてそんなことを……はっ! まさか私に会いに来てくれるとか!? ……そんな訳ないですね。じゃあシルヴィア様に……だとしてもなんのために?
二人のやりとりが私には理解出来なかった。というか、そろそろ石化、解かないと。はいパキン!
「……し、シルヴィア様。あの……私、魔術には興味ないって……」
「フィオレ? 貴女、昨日あれだけ私とルミナ様に迷惑をかけたのですよ? まさか口答えなんて……しませんよね?」
おずおずと口答えしようとした私を、あっさり黙らせる子供舌な薬師さま。
うう!? それはずるいですシルヴィア様! い、いえむしろ……
魔術を教えるのはルミナ様なのだから。それこそご迷惑になるのでは……! と縋るように、隣に座るルミナ様を見る。
ルミナ様にとってもこの話は寝耳に水。きっと私の面倒なんて見ている暇はない、と断るでしょう! あ、それはそれでとっても悲しいですね!
「…………はあ。言っときますけど、オレ、誰かに魔術を教えたことないので。上手く出来なくても知りませんよ」
「構いませんとも。頑張るのはこの子なので。……この子ったら、きっと役に立つからと私がいくら言っても、魔術を学ぼうとしなかったものですから。ルミナ様相手ならば、喜んで教えを乞うでしょう」
あ、あれーーーー!? 当事者の私を置いて、勝手に話が進んでしまいました!
なんて速度。あまりの急展開に私はまるで反応出来ない。おや、もしかして時間、加速してます?
「それに……ご安心を。フィオレに魔術を教えるのは――」
そうしてシルヴィア様は、話について行けず取り残された私を見つめて、
「――そんなに難しくはないと思いますので」
意味深に微笑むのだった。
◇
「ん~~~っと……どれがいいか……あ、これでいいか」
加速した時を堪能した、朝食後の一時。それから少しして、私とルミナ様は庭に出ていた。
ちなみにシルヴィア様は私にお使いを頼んだ後、お休みになられた。……昨日の今日ですし。やっぱり安静にしていてほしいと、私が寝室に押し込んだのです。強引に。
"わ、わかりましたから。押さないでくださいフィオレ。……それでは、休ませてもらいますが。ルミナ様の言うことをちゃんと聞いて、決して、街の外に出たりしないように。――いってらっしゃい"
柔らかな微笑とともに、私を見送ってくれるシルヴィア様。……むう。まるで私が人の話を聞かない問題児みたいな言い方。大丈夫ですよー、です。街の外に、なんてそんな自殺志願者みたいなこと、私がするわけないじゃないですか! 昨日のこと? さあ、覚えがありませんね。
そして今。私に背を向け地面に座るルミナ様が、なにやら呟いている。何かを探すような、でもルミナ様何も持ってないし……と思っていたら。
「おまたせ。んじゃ、ちょっとこの魔術書を見てほしい」
おもむろに立ち上がると、いつの間にか一冊の本を手にしていた。魔術書、らしい。
「え? あ、はい……?」
「これ、初歩的な魔術が載ってるから。とりあえず今のフィオレには……えっと、確かこのページに……」
――? ルミナ様、今どこからこの魔術書を出したんでしょう? 確かに何も持って――いえ、考えてみれば。
昨日、ルミナ様をお部屋にご案内した時も、荷物らしきものを持っていなかった。一人で旅をしている――って言っていたのに、おかしいなぁって思ってたんだっけ。
そして、あの白い剣。
魔獣を易々と切り裂いていた、あの不思議な剣もどこにもない。まさしく不思議だらけ。
この現象も不思議なら、この魔術師様の素性も不思議。見た目は私と同い年くらいに見えるけれど……それにしては、すごく落ち着きがあって大人びた雰囲気。極めつけに……この容姿。
女の子にしか見えないほどの麗しさ。今は外套ではなく白くてゆったりとした、というかサイズが合ってないような服を着ている。今後の成長に乞うご期待! ということでしょうか。私は黒のワンピースなので、色合いが対称的だった。
……よく考えたら、髪色もそうですね。私は白に近い薄桃色、ルミナ様は黒に近い青――って、だからどうだということはないのですが。瞳の色は対称ではありませんし。ルミナ様が金で、私が赤。
とにかく、ルミナ様はフードを被っていないので、そのお顔もよく見え――……前髪、長いです。
お顔が良く見えません。右目が隠れちゃってます。目隠れです。あれでちゃんと前が見えてるんでしょうか……う~~~ん、不思議です。
「――? フィオレ―? どうした、ぽけーっとして。やっぱり魔術、教わりたくないとか?」
「……あっ、い、いえ! そんなことは!」
いけない。またしてもじろじろと見てしまった。ルミナ様は気付いていないようだけれど……気を付けよう。ルミナ様が開いてくれたページを見る。……だけど。
私は昔から、魔術に対して強い興味を持てなかった。唯一使えるのは指先に明かりを灯す魔術だけ。それも、やむにやまれぬ事情があってシルヴィア様に教えてもらったもので……いえ、それはいいんです。とにかく。
世界中の誰もが使っている、便利な技術。
それを私はなぜか――――遠ざけたい、と思っていたのです。
まるで、私には関係ない、とでも言うかのように。
「……」
魔術書に記載された、『世界の法則』を文字にしたとされる変異式。その組み合わせによって発揮される現象、魔術の一覧。ルミナ様がその一つを指し示す。
「あったあった。これだ。えっと、この魔術はだな……」
「……身体強化、でしょうか」
「え? あ、ああ、そうだけど。解説文小っさいのに、そこから読めたのか。目がいいんだな」
「い、いえ、その」
ホントは解説文は小っさ過ぎて読めなかった。変異式しか見えなかった。だけど……
それは、そういうものである。なぜかそんな風に、理解してしまった。
「さってと。教える、教えるね……う~~ん。教えるのはいいが、魔術ってどうやって教えればいいんだ……?」
「え」
る、ルミナ様? 教える側がそれだと、教わる側も困ってしまうのですが?
「し、仕方ないだろ。教えたことなんて一度もないんだから。……師匠と同じやり方は……有り得ないしな……」
ぽつりと零れた呟き。ルミナ様の、師匠。
そっか。ルミナ様も誰かに魔術を教わって、それであんなに強く。……どんな人なんでしょうか、そのお師匠様って。
心優しいルミナ様を鍛えたのだから、きっと、シルヴィア様のように優しくて素晴らしい方なのでしょうね。
「……基本から説明してみるか。よし、フィオレ。確か、明かりを灯す魔術は使えるって言ってたよな? それなら知ってるかもだけど、魔術の基礎知識について説明するよ。まあ、おさらいってことで」
「は、はい。お願いします」
全然乗り気はしないけれど、折角ルミナ様に教えてもらえるのだから。……って、シルヴィア様の言う通りになっちゃってます、これ。
「じゃあ、ざっくりと。この世界における魔術っていうのは、いわば心の具現化。誰もが持っているけど、何の役にも立たない"心を形にする"能力を、使い物にするために編み出した技術。……ここら辺は大丈夫だよな?」
「大丈夫……です」
詳しくは知らないけれど、ざっくりと。
「魔術に必要な要素は三つ。魔力、変異式、そして――”心象”。心を形にする能力を使って……そうだな、例えるなら真っ白なキャンバスか。それを作り世界法則を示す変異式を刻む。そして、あらゆる事象の構成要素である魔力を用いて、刻まれた式通りの現象を引き起こす。これをこの世界の人々は、魔術と呼んでいるわけだ」
こくり、と頷く私。そのあたりのことは多分、子供でも知っていること……だと思う。それくらい魔術という力は、当たり前のものとして認知されている。特に興味の無かった、私でも知っているくらいなのだから。
「心象変異なんて言い方をされることもあるけど……これはいいか、別に。まあとにかく、普通なら心象の形成やら自身の魔力操作やら。そのあたりの感覚を掴むところから始めるはずなんだけど……ふむ」
そこで一旦言葉を切り、なにかを思い付いたようにルミナ様は頷いた。
「……うん。考えてみればフィオレ、一つだけとはいえ魔術が使えるんだし。そのあたりすっ飛ばしても問題ないな。とりあえず一度、挑戦するだけしてみようか」
「わ、わかりました」
習うより慣れろ、ということでしょうか。正直、不安はあるけれど……やってみなければ始まらない。やろう。
手元の魔術書に目を落とす。身体強化の魔術、それを引き起こす為の式。それを、一目で暗記する。
効果はシンプルゆえに、そこまで長い式じゃない。……相変わらず、よくわからない記号にしか見えないけれど。
あとは明かりを灯す時と同じようにすれば……
自分の内側に意識を向け、心象を形成。私の心の力で出来たものだから、その形も自由自在。そこに覚えた変異式を刻むイメージ。さらに自分の魔力を注いだ。
これで――――起動するはず!
「えいっ」
「おお?」
変異式、そして必要量の魔力を注がれた心象が、刻まれた式に従った性質を帯びる。私の身体機能を強化するものへと。
「え、すごいな。いきなり起動出来てる。やり方を知ってても普通、こんなあっさりとは……しかも速いし」
驚いた顔をしながら、私を見つめるルミナ様。
――!! ルミナ様、いま誉めてくれましたよね!
誉めてくれた誉めてくれた! やったやった嬉しい!
頬が緩む。たったそれだけのことなのに私は舞い上がってしまって、思わず、ぴょんと跳んだ。――強化魔術を使った体で。
「ちょ!?」
「――え?」
軽く……そう、本当に軽くジャンプしただけなのに。
私の体は、ルミナ様の胸の高さまで簡単に飛び上がり――ふわりと。
ワンピースの裾がめくれて――――!?!?
ま、まにあえーーーー!
直前まで舞い上がっていた私の気持ち。それを代弁するかのような裾を、必死に叩き落とす。
なんとか転ばずに着地。ふう……せーふ、ですね。
期待を込めてルミナ様を見る。……顔、真っ赤。あ、これ、あうとですね。泣きそう。
「え、えー……っと。その……だ、大丈夫! み、見えてない、ぞ!」
見えたらしい。もうお家帰りたい。
「こ、こほん! と、とにかくフィオレ、初めて使う魔術なのにすごいな。もしかしたら魔術の才能、あるかもだぞ」
「そ、そう……ですか?」
手で顔を覆い蹲る私を、慰めるように誉めるルミナ様。なんとか気を取り直し返事をする。
うう……もう忘れよう……
「さて。せっかくだから、他の魔術も試してみるか? その魔術書、初歩的なやつが色々載ってるし」
「それなら……えっと、これとか」
その後からは、お試し魔術祭りみたいになってしまった。
「よっ」
「へえ、やるな」
「やあっ」
「ほうほう」
「ていっ」
「…………ほう?」
魔術書に書かれた魔術を、次々と起動する。
水を出して手を洗う魔術、とか。
風を起こして洗濯物を乾かす魔術、とか。
本当に簡単なものばかりだったけれど……元は私の心の力だと思うと、なんだか不思議な気分だった。
不思議と言えば……ルミナ様の反応。最初は誉めてくれたのに、私が初見で魔術を起動していくと段々――怪訝な顔になっていった。
「……ちょっと、あっさりすぎじゃないか? 今まで魔術を学んだことないって……」
どう……したんでしょう。私、何か変なことをしてるんでしょうか……?
「あの……ルミナ様? なにかおかしなことでも……?」
「おかしい……と、いうかなんというか……ん-?」
首を傾げ黙ってしまった。……不安になる。さっきまであんなに褒めてくれたのに。
我ながら現金なものです。たったそれだけのことで、興味なかったはずの魔術でもっと褒められたい、と思ってしまった。あんな、おかしなものを見る目をしてほしいわけじゃないんです。しょーにんよっきゅーが暴れ狂ってるんです。
……どうすればもっと褒めて……あっ、そうです!
「ルミナ様。もっと難しい魔術ってありますか?」
「――え? もっと?」
「はい。こんな簡単なものじゃなく」
今まで以上に難しい魔術を使えたら、きっとさっきよりも、もっとたくさん褒めてくれるはず。そう考えて提案したのだけれど……その言葉に。
「――――簡単? 確かに初歩的ではあるけど……まじか。…………ふーん。それならちょっと……試してみるか」
ルミナ様は虚を突かれた、といった顔をし……またしても私に背を向け、何かを探し始めた。
「……危なくないやつで、というと……アレが……確か取っておいたはず…………あった」
何かを……いえ、どこかをまさぐっている? ルミナ様、いったい何をしてるんでしょう……?
「それじゃ、フィオレ。難しいのがいいと言うなら――これはどうかな?」
「これ……ですか? えっと………………え」
どこかから何かを見つけ出したルミナ様。その手にあるのは一枚の紙で、そこには。
「こ、これ……まさか……」
紙一面にびっしりと書かれた変異式。
先ほどまでの魔術とは比べ物にならない、複雑怪奇な世界法則。
魔術書に記載されてた魔術の、何個分かもわからないその式は。
「たった一つの魔術なんですか!?」
恐ろしいことに、ただ一つの魔術を起動するためのものだった。
その驚愕の変異式を示した張本人は、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ、挑発的にこう言った。
「へえ。よくわかったな。……さあ。お望みのとっても難しい魔術だ。果たして魔術初心者に、起動できるかな?」




