15 見えた色は
「――どう――――、フィオ――」
………………?
あれ。誰かが私を呼んだ、ような。
「おい、しっかり――――」
この声……ルミナさま? どうしたんでしょう。なんでそんな、慌てた声を出して……というか。
どういう状況でしょう。ルミナさまの声は私の上から聞こえる。身長差があるといっても、こんな、真上から聞こえるなんて――って。
「――――はっ!」
パチリと目が覚める。視界いっぱいに、恋しちゃいそうなほど美しいルミナさまのお顔が。いえもう恋してるんでした――ではなく!
「あ、あああああのっ!? る、るるるルミナさま!? その、えっと、お顔がちかい、です……!」
仰け反ろうとして、自分が倒れていることをようやく自覚した。ルミナさまのお顔の向こうに青い空。抱き抱えるように上半身を支えられているので動きようがない。思わず両手で顔を隠し、でも指のスキマからちらりとその美貌を堪能しつつ、顔を背けた。
「ほっ……起きたか。その感じだと体に異常もないな?」
「え? あ……は、はい。痛いところとかは、ないです」
気がついたときにはこの状況だった、ということは。私は突然倒れたのでしょう。意識は少しぼんやりとしているけれど、体のどこかをぶつけた様子はない。
きっと倒れる直前にルミナさまが抱き抱えてくれたおかげ。ちゃんと感謝と、謝罪をしないと。
「る、ルミナさま。その、ありがとうございます。ルミナさまが支えてくれたんですよね? ……本当に、ごめんなさい」
「謝る必要はないけど……とにかく、自分で立てるか?」
「はい、大丈夫です」
ルミナさまの手を借りつつ立ち上がる。特に、問題はない。
「どこも捻ったりしていないようです。ちゃんと立てます」
「そりゃ良かった。まあ怪我してたら魔術で治すけど……そんなことより。――――今、なにがあった?」
「……え? えっと」
問われて、困惑する。それは私のほうが聞きたいくらい。
「今、なにがあったんでしょう? 私、気がついたらこうなってて」
「ちなみにさっきまで何してたか覚えてるか?」
「えっと、攻撃魔術を使おうとしてた、ような」
確かそうだったはず。ルミナさまに教わった攻撃魔術を使おうとして、でも出来なくて。焦りを感じていたことは覚えていた。でも……
「そのあとがわからなくて。私、急に倒れたんですか?」
「そう。いきなり。……さすがに、肝が冷えたぞ。本当に体に異常はないんだな?」
「し、心配させてごめんなさい。本当に大丈夫です」
「それならいいけどさ」
ルミナさまはずいぶん気を揉んでいたらしい。その目は私を心から労るような色を帯びていて……すごく嬉しい。不謹慎でごめんなさい。――だけど。
「それで? なんで魔術を使えなかったんだ?」
その質問に。
私の心は一気に、冷や水を浴びせられたように張り詰めた。
「オレには、フィオレが自分から使うのを止めていたように見えた。あれか。緊張しすぎたとか気合いを入れすぎたとか。いや、それで意識を失うくらいになるとは思えないけどさ」
「そ、そういうわけ、では、なくて」
「違うのか? それならあとは――怖かった、とか」
「………………それは」
いくつかの推測を並べ立てるルミナさま。そのうちの一つが、ずばりと私の内側を言い当てたような気がして。
「……ん、まさか怖かったのか? 魔術を――攻撃魔術を、使うのが」
「…………」
私は、なにも言えなくなってしまう。
怖かった。そう、私はたぶん、魔術を使うことを怖がって――それどころか。
――――私は。
どうしようもないくらい明確に絶対的に、攻撃魔術を使うことを忌避していた。
「…………」
「…………」
そのまま気まずい沈黙。ルミナさまは考え込むように顎に指を当て、私をじっと見つめている。
すごく居たたまれない。だって私のほうから攻撃魔術を使わせてとお願いしたのに。
その結果が、怖くて嫌で使えません、だなんて。情けなくて涙が出そうになる。と、そこで。
「おーーい! あんたたちーー! 大丈夫ーー?」
町の方から声が聞こえてきた。
見ると何人かが私たちの方へ駆け寄ってくる。剣を持った男性とか魔術師然としたローブを纏ったお姉さんとか……代行者の人、でしょうか。
「その子、急に倒れたように見えたけど。何かあったのかい? 町の病院まで行く?」
「い、いえ。もう大丈夫です」
魔術師のお姉さんが心配そうに話しかけてきた。他の代行者さんたちと一緒に、町の外に立てたテントから見ていたらしい。いきなり私が倒れたもんだから、助けが必要かと思い走って来た、とのこと。
「それで、どうしたの? あなたが魔術を使おうとしてたのはわかったけど。自分に見合わないやつ無理に試してたとか? ……でも、むむむ。あなた、普通の人より遥かに魔力量が多い気が……」
「そうなのか? まだ子どもじゃねえか」
「そんな気がするのよ。てか年齢は関係ないし。あんたは魔術の才能ないからわかんないかもだけど」
「なっ!? お、俺にゃあ、この愛剣一つで十分だからよ!」
「愛剣て。まだあんたのじゃないじゃん」
「くそぅ、早く借金返済してえなぁ!」
皆さんはパーティーを組んでいるのでしょう。仲良さげに会話をしている。……ミゲールさんたちを思い出す。
ちなみに今の私は普段の五分の一の魔力しかない。それでも、このお姉さんにとっては驚愕に値するもののようです。
「えっ……と。実は……」
ルミナさまが何も言わないので私が答えることにした。心配させてしまい、なんだか申し訳ない気分。誤魔化すことなく正直に、起こった出来事を話してみる。
「――――なるほど、攻撃魔術の練習。それでいきなり気分が悪くなって、意識を失っちゃったのね?」
「はい……そうなんです」
お姉さんは私の話を聞き、少し思案した後。
「それってあれかもね。あなた、もしかして以前、攻撃魔術で嫌なことがあった?」
私には、よく分からないことを聞いてきた。
「嫌なこと、ですか?」
「そ。あたしの知り合いにもいんのよ。火属性の魔術が使えないやつ。そいつ昔、家が火事で焼け落ちたことがあるらしくて。それ以来、火を使う魔術は一切使えなくなったんだって。無理に使おうとすれば――」
お姉さんは私を指差した。つまり、同じことになる、ということでしょう。
「ほら、魔術って元々は心の力じゃない? だからそういう、本人の心に起因した問題の影響を受けやすいのよ。あなたが攻撃魔術を使えないってことは、そういうことだと思う。ま、詳しくは聞かないけどね」
……心の問題。だから私は、攻撃魔術を使おうとすると心に負荷がかかる。
もしかしたら、私が以前から感じていた魔術に対する忌避感も、それが原因なのかな。でも……全く身に覚えがない。
深い霧に視界を奪われた気分。目指す方向は理解しているのに、今の私には、どうやっても辿り着くことが出来ない。もどかしさに頭を抱えたいくらい。と。
「ありがとうお姉さん。教えてくれて。オレもそんなケースがあること知らなかった」
今度はルミナさまがお姉さんにお礼を言った。考え事は終わったらしい。
「あら、いいのよぉルミナちゃん! 困った時は助け合い、ってね! あとその三つ編みメッチャ可愛い! 似合ってる!」
「え? あっ」
お姉さんがルミナさまの名前を知ってることに驚いたけど、よく見たら喫茶エルディオのお客さんの一人だった。というか他の人たちも見たことあった。
「いやぁ、遠目で見てただけだけど、ルミナちゃん強ぇな! 俺、びっくりしちまったぜ!」
「これは、時折拝める鋭い視線はウソじゃねえな……。下手したらマジで魔獣のエサにされそうだ」
「い、いやあ、あはは」
まさかあの姿を知ってるとは思わなかったのか、ルミナさまは引きつった顔で笑っている。でも自業自得だと思います。
だってあれ。ルミナさまが自分からノリノリでやってるんですから。別にミモリさんにムリヤリやらされたのではないのです。
「な、なあルミナちゃん。俺とも模擬戦頼めるか? 最近、体が鈍っちまってよ。一回、一回だけでいいからさ!」
「あ、ずりぃぞテメエ! お、俺とも頼むルミナちゃん!」
「ちょっとあんたら! ルミナちゃんが怪我したらどうすんだ! ゴメンね、こいつらの相手なんかしなくていいから……」
「な、待てよ怪我なんかさせるワケないだろ! ちょっと、模擬戦の最中に体が触れ合っちまうかも? って期待してるだけだ!」
「なお悪いわボケェッ!!」
思いっきりお姉さんに張り倒される男性陣。それを見てルミナさまは。
「――――くくっ。いや、いいですよお姉さん。模擬戦、やりましょうか。ただし一人一人とやんのは面倒なので――――全員まとめてかかってこい雑魚ども☆」
『ウオオオオオオオオオオオ!!!』
またしても愛らしい声で煽りたおし、不純な動機で向かってくる代行者さんたちをケチョンケチョンに蹴散らしていくのでした。
「………………」
その残酷な公開処刑を見守りつつ、物思いに耽る。
私が攻撃魔術を使えない理由。たぶんそれは、私が失った過去に関係があるのでしょう。
お母さんに拾われてから今まで、魔術で嫌な思いなんてしたことない。ということはそれよりも前。
……私の知らない『私』が、それを知っている。
もともと自身の素性を探ることもこの旅の目的だったけど。どうやら、それを解明しないと私は魔人と戦うことすらできないようです。そしてそれを知ったところで、どうにかなる保証はない。
……そういえば。最後に攻撃魔術を使おうとした時。何か、風景が見えたような。白昼夢、でしょうか。
「…………変なの」
その言葉がなんだか可笑しくて笑ってしまう。白昼夢だなんて。
――――――――見えた風景は、赤かったのに。




