14 残骸を見る
結局、私の攻撃は一度もルミナさまに届くことはなかった。
「あ、ありが……とう……ございま、した……っ。は、あぁぁぁ…………」
どころか掠りすらしなかったので、私はただ闇雲に武器を振り回して疲れ果てただけだった。精も根も尽き力なくその場にへたり込む。
都合、三セット。『境界線』の破壊と再起動による魔力の枯渇。魔力の譲渡からの全回復。それを最初の一回目はカウントせずに三回、時間にして一時間ほど繰り返した。
……ちょっと訂正。今の私には『境界線』二回分の魔力が残っている。ルミナさまが途中で終了としたのです。
「うん。今日の所はこれくらいでいいか。おつかれフィオレ。最初だから、あんまり無理はしないでおこう。ゆっくり呼吸を整えるといい」
「は、はい…………はひぃ…………」
乱れきった呼吸。それを深く長く緩やかに、ただ整えることだけに専心する。
ぜえぜえと喘ぎたがる喉を、意志の力でねじ伏せる。お腹を使って肺の挙動をコントロール。
吸って吐いて。吸って吐いて。
泥のように沈殿した疲労感は拭い去れないけれど、呼吸は次第に正常な状態へと戻っていった。
「水、飲める? 少しは落ち着いたか」
「あ、はい、ありがとうございます。大丈夫です。……んく、んく…………はあ」
やっと人心地ついた、という感じ。こんなに体を動かすのは本当に久しぶり。
コルトス在住のおっきなワンコ、アルベド君と追いかけっこして遊んだり。はたまた蜘蛛型魔獣や魔人に追い詰められたことはあったけれど。
やっぱりただ走るのと、武器を手に立ち向かっていくのでは勝手がまるで違う。目指す地点は目と鼻の先。同時にそれが最大の障害物。
踏み込む足と得物を握る手の連動。彼我の間合いと相手が選択する不規則な行動。それらを知覚し最善手を導き出す思考の躍動。
そして何よりも死地に自ら飛び込んでいくという、生命体にあるまじき無謀。戦いとはまさしく、肉体頭脳精神、己の全てを酷使し行う生存競争です。アイオーンと対峙した時は、生きるためにただ逃げれば良かったけど……
目指すのは私の手による障害の打倒。逃げるだけじゃ何も変わらない。だから――頑張ろう。
きっとそれを成し遂げるには、意志の強さが必要だと、思いますから。
「……ふう。ルミナさま、すみません少し休んでていいですか? まだちょっと、立てそうにないです」
「いいよ。休憩しよう。それから次のに移ろうか」
「はい、ありが――え、次?」
耳を疑う。あれ、さっきも疑いましたね。もしかして私の耳、ぽんこつなんですか?
「あ、あのあの。次って? 今日はこれくらいって、言ってませんでした!?」
言ってた。絶対言ってた。無理はしないようにって……なのに、まだやるんですか? もう全身ばっきばきなんですけど。心優しいルミナさまはどこ行っちゃったんですか!
「ああ、模擬戦は終わりだ。なんでこの後は魔術のターン。――攻撃魔術、使わせてほしいんだろ?」
「――! は、はい!」
どうやら私の早とちりだったみたい。もう過酷な運動はお終いで、そして――ついに。
「私も……攻撃魔術を」
ここまで長かったような短かったような。とにかく、やっと私もルミナさまみたいにカッコよく、攻撃魔術をぶっ放す時がきたのです!
◇
「それじゃフィオレ。変異式は覚えたな?」
休憩を終えて。気合い十分の私にルミナさまは声をかけた。
休憩時間中に見せてもらった魔術書。攻撃魔術など戦闘関連の変異式が記述されているそれから、ルミナさまは一つの魔術を指定した。
割と初歩的な魔術。心象を氷の矢に変異し、対象に放つもの。シンプルですが、私がこれまで使ってきた魔術の中では難しい方です。射程距離や射出角度、矢自体の攻撃力なんかの変異式も必要なので。
「大丈夫です。ちゃんと暗記出来ました」
だけど私なら一目で覚えられる。『境界線』なんかと比べれば、この程度お茶の子さいさいです。
「……うん。こっちはラクでいいけど。よくもまあ、そんな一瞬で覚えられるな。羨ましい限りだ」
「えへへ、自分でもよくわからないんですけどね」
正直、かなり不思議な感覚だった。見たことない、意味も分からない、そんな記号の羅列が意義あるものとして頭に刻まれていく。私のこの目のおかげ、なんでしょうか。
「攻撃魔術を使う前におさらいだ。フィオレは今、同時に二つの魔術が使えるよな?」
「はい、そうです」
人間が一度に起動出来る魔術の数は、個々人で決まっている。魔術は自身の心を形にした心象を変異させることで発動するわけですけど。その心象は無限に形成出来るわけじゃない。
その個々人の心象形成可能数を、魔術師の間では『心礎』と呼んでいるそうです。
心礎はざっくりと言えば『心の余裕』。そのスキマが心象を形成するための土台となっているわけです。
そして私は、それが二つあるということ。少なく感じるけど、ルミナさま曰わく才能の塊だそう。
「普通は一つか、もしくは全くない――つまり心礎がゼロなんだよ。そういう人はそもそも魔術を使えない。鍛錬で増やすことは出来るけど、最初から二つは多いほうだ」
――とのこと。ちなみにルミナさまは三つらしい。さすがです。
「よって、フィオレは基本的に空いた方の心礎を使いながら戦うことになる。その防御魔術は絶対に解除するなよ? 死ぬから」
「はい」
『境界線』は破格の防御性能を誇る。魔力の続く限り、ではあるけれど、これさえ起動していればどんな攻撃でも即死することはない。どころか、『反転』によって相手の体勢を崩せれば反撃に転ずることも可能。心礎が二つある私は、一つを『境界線』、もう一つを状況に合わせて臨機応変に――という戦闘スタイルになるわけですね。
……私もいつか、ルミナさまみたいに心礎が三つに増えるのかな……と、そこで気になっていたことを思い出した。
「あの。ルミナさま、アイオーンとの戦いの時におかしな魔術の使い方、してませんでした?」
「ん? ああ、気づいてたのか。そう、あれも魔法の応用でウラ――こほん。魔法内の星に変異式を刻んで保存してるんだよ。んで、魔人との戦闘の時はそれを呼び出して、魔力を通すだけで発動するようにしてんの」
魔機具を見て思いついた、とのこと。
なるほど、確かに魔機具は変異式刻印がいらない。魔力を通すだけで魔術がすぐに起動するから、私にも魔人であるアイオーンにも、発動するまで変異式が見えなかったんですね。一度に五個くらい魔術を使っていたのも、それのおかげってことでしょう。
――――ところで。
「ルミナさま? その技術――なんて名前をつけたんですか?」
「よぅしそれじゃあ、周囲に人がいないか確認して、一発撃ってみようか!」
誤魔化された。まあいいですけど。
「――――――ふう」
緊張する。やることは今までの魔術と変わらないけど、扱うものはまるで違う。
この手の中――いえ、心の中に刃がある。
もともと変異式自体は知っていた。ルミナさまやアイオーンが振るったそれを、私も使おうと思えば出来た。だけど、そういう話ではなく。
――その刃を、私自身の意志で振り下ろそうとしている。
周囲を念入りに確認。体の向きは町とは真逆の方向へ。
手に汗をかいている。なんだかすごく冷たい。そういえば今は冬なんだから冷たくて当たり前だった。
……落ち着かないと。慌てちゃったら大変なコトになる。だって。
誰かに当たったら、驚かせてしまうんだから。
誰かに当たったら、怪我させちゃうんだから。
誰かに当たったら――死なせてしまうかも、しれないんだから。
「………………」
大丈夫。私は落ち着いてる。私はルミナさまも認めてくれた、天才魔術少女なんだから。よし、やろう!
そうして私は震える手とかこみ上げる気持ちワルさとかを無視して、チカチカと明滅する視界は気のせいだと振り捨てて、心象に変異式を刻
◆
「…………? おーいフィオレー? なにぼーっとしてるんだ? 早く魔術を起動してみたらどうだ?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――? あれ?」
ルミナさまに声をかけられ、我に返る。
あれ……私いま、何をしようとしてたんだっけ。えー……っと……ああ、そうでした。攻撃魔術を使おうとしてたんでした。
「ご、ごめんなさいルミナさま。少し、ぼーっとしてしまったみたいです」
「大丈夫か? さっきの疲れがとれてないなら、もう少し休憩してから――」
「い、いえ問題ありません」
ルミナさまを心配させてしまった。しっかりしないと。
気合を入れ直しもう一度集中。別に焦る必要なんかない。これはただの訓練。ゆっくりと心象を形成し、一つ一つ、変異式を刻も/
うとして出来ないことに気づき愕然とした。
「え……あれ……!? な、なんで……!?」
消えていく。形成したはずの心象が霞のように散っていく。
焦りながら何度も試す。何度試しても変わらない。
まるでうっかり火の中に手を突っ込んで反射的に引っ込めたみたいに、ビクッと意識が弾け飛ぶ。そして気がつけば、私はただ棒立ちで突っ立っているだけで、なんにもしていなかった。
――――魔術を使おうとすらしていなかった。
「なんで……なんで……どうして?」
「お、おいフィオレ。なんかあったか? さっきから様子が……」
「あ、だ、大丈夫、大丈夫です! い、今、魔術を起動しますから!」
心配そうに近寄ってくるルミナさまを制止し、私はもう一度心象を形成する。
大丈夫。そう、大丈夫です。
私は出来るんだから。戦えるようになるんだから。そのための力は、もうここに在るんだから――――!
決意は固く。私は今度こそ、命を奪うための魔術を起動しようとして、
◆
――――――――――――ゆらゆら。ゆらゆら。
ナニかが、涙を流しながら嗤っている。
ナニかが、可笑しそうに悲しんでいる。
ダレかが、ゆらゆらと、陽炎のように揺れて存在を誇示している。
鮮やかな光が目にささる。憧れは儚く地に落ちる。
視線を下げれば、そこには――――
「――――――――ぁ」
そんな、狂おしいほどに、間違いだらけの、残骸を見た。




