12 教えてルミナさま! そのに
「――――あ、そうでした。ルミナさまに謝らないといけないことが」
お買い物を済ませ、私たちは町の外へ。戦闘訓練なんて町中では出来ない。
代行者さんたちのテントが並び立つ壁から少し離れた場所。そこまで来てから、私はルミナさまに言わなければならないことがあることを思い出した。
「ルミナさまに教えてもらった魔術、勝手に改良しちゃいました。ごめんなさい……」
「ん? ……ああ! そういやオレも聞きたかったんだ。――それ。フィオレが自分で改良したのか?」
それ、とはもちろん私が起動しっぱなしにしている『境界線』のことです。
「はい。……えっと、アイオーンから逃げる時に。それより前から考えてはいましたけど」
「それより前……って言っても、オレと魔術修行してたの数日くらいだろ? それだけでどうやって……」
「そ、その。夜にお母さんから借りた魔術書を読んでたんです。それに書かれてた変異式を参考にして」
「なるほどなぁ……とは到底納得できないけど。それだけでそんなこと、出来るはずないんだけど! ……でも実際出来ちゃってるからなぁ……。"反転"とはよく考えたもんだ」
「……えへへ」
褒められた。嬉しい。……おっといけません。今はちゃんと謝らないと!
「だからごめんなさい。ルミナさまのすっごい魔術を、私みたいな素人が改良しちゃって」
「え? いやいいよ別に。それネタで作ったやつだし」
「そう、ですか? それなら良かっ――――え、今なんて言いました?」
「別にいいよって」
「そのあとです」
「ネタで作った」
「…………………………はい?」
――――――――なんですって?
この魔術が? 魔獣どころか魔人の一撃すらも防いだ『蒼天越え得ぬ境界線』が?
…………………………ネタ?
「どどどどどどういうことですかルミナさま!? これっ、ネタっ? こんなすごい魔術なのにっ?」
「近い近い近い! そのお澄まし顔で寄ってくるな! 表情の変化がわかりづらいんだよフィオレ! 圧がすごい! ……とにかく。あー、ネタって言うのはだな」
ぐももーっと見つめて解説を要求すると、ルミナさまは体をのけぞらせつつ答えてくれた。
「その魔術は昔、オレがまだ小さい頃に作ったやつで。”とにかく防御力重視で!”――ってコンセプトで変異式を組んだんだ。まあなんていうか。師匠をびっくりさせたかった……っていう、イタズラ心の産物だよ」
照れくさそうに語るルミナさま。頬を指でぽりぽり掻いたりなどしている。
「ルミナさまのお師匠様……ですか?」
「そ。オレの師匠は、なんていうかその……アレなヒトでさ。魔術の修行と称して攻撃魔術をバカスカ叩き込んでくるんだよ。んで、オレは必死に逃げ回ってなんとか生き延びる、っていうのを延々繰り返してたのさ」
「…………えー」
「ちなみに修行っつっても、"今からオマエに魔術ブチ込むから。見て、つーか体で覚えろ"――とかいう親切設計。涙が出たね。死ぬわ」
あ、あれー? なんかイメージと違うんですけど? 『心優しいルミナさまの師匠だから優しい人』っていう人物像が掠りもしてません。鬼師匠ですか?
「だからオレはその魔術を作った。魔力消費度外視、起動難易度完全無視のバカみたいなネタ防御魔術。それを使って師匠の攻撃を凌いでドヤ顔をしようと思ったんだけど……」
「……だけど?」
一拍置くルミナさま。その表情は震えるような、恐れるような、でも……懐かしむような。そんな何とも言えない顔で、びっくり仰天間違いなしなことを語りだした。
「一撃目は防げた。師匠もびっくりさせられた。だけど――続く二撃目。師匠はちょっと楽し気にこう言った。”へえ。小賢しいマネするじゃん。それじゃ――これならどうだ?”って。そしてオレの右腕は吹き飛ばされた」
「――――は? え!?」
「落ち着け落ち着けちゃんとくっついてるから。右腕さわさわしない。そのあと師匠に治してもらったから大丈夫」
ででででででもでも! 右腕っ! 吹き飛ばすって! というかそれ以前に!
つまり。ルミナさまのお師匠様はあろうことか。――――たった二撃で、魔人すら通さぬ境界線を越えた、ということですか? どんな化け物ですか!
「気を失ってベッドの上で目覚めた後。師匠は呆れた声でこう言った。”バカかオマエ? そんなんに魔力割くくらいなら、敵ぶっ殺した方が速いじゃん”――って。ごもっともーって思った。だからお蔵入りした。……そういう経緯の魔術なんだよ」
「…………えっ、と」
そんな話を聞かされて私はどうすればいいのでしょう。これ笑い話です?
「まあ気にする必要はないってこと。それはもうフィオレの魔術だ。存分に使い倒すといい」
「ルミナさま……」
優しく笑うお師匠さま。気にするな、とは言うけれどやっぱり感謝は伝えないと。この魔術のおかげで生き抜くことが出来たのだから。
「ありがとうございますルミナさま。私、この魔術――"蒼天越え得ぬ境界線"改めて、"極夜越え征く境界線"を大切に使っていきます」
「いやそんな畏まらなくても――――いまなんつった?」
「大切に使っていきます」
「その前」
「"極夜越え征く境界線"」
「それもだけどその前!」
「"蒼天越え得ぬ境界線"」
「…………………………なんで、知ってる?」
引きつった顔で私を睨むルミナさま。
……え、どうしたんでしょう。私、何か変なこと言いましたっけ。
「あの。この魔術の名前、ですよね?」
「そっ……うだけど。そうじゃなく! ――なんで、フィオレが、その名前を、知ってるんだ!」
「えっ?」
うがー! と今にも噛みついてきそうな勢いのルミナさま。そのお顔はなぜか真っ赤で……あ、そういえば。
「言い忘れてました。私、魔術の変異式だけじゃなくて。――その魔術の名前もわかるんです」
「は? ――――なにぃ!?」
そうでしたそうでした。言ってませんでした。うっかりです。だからそんな、おかしなものを見るような目で見てくるんですねルミナさま。ショック受けちゃうのでやめてほしいです。その目。
「待て待て待て! 確かにフィオレが"魔術を一目見たら何でもわかる目"を持ってる、てのは聞いてたけど! それでどうして名前までわかる!? 変異式に書いてないだろそれ!」
「な、なんでと、言われましても……」
私にもわからないので答えようがない。ホント、なんででしょうね?
「あ、ありえない……心象への変異式刻印を"見れる"ってだけでも天才呼ばわりされるんだぞ? しかも見れたとしても、その変異式の知識がなきゃ解析なんて出来ない」
「あ、そうだったんですね」
ルミナさまやお母さんも普通に変異式刻印を視認しているようだったから、それが普通なんだと思ってました。
「初見の変異式を解析出来るのは魔人だけ。だからこそヤツらとの戦闘は多人数で圧倒するのが鉄則――ってこれはいいや。とにかく! フィオレはそれに加えてどこにも書いてない名前まで見れるとか! どうなってんだその宝石みたいな綺麗な目は!」
「そ、そんないきなり誉められると……照れます」
「誉めてるわ存分に照れとけこの天才娘ぇ!!」
えへへ……あっと、一つ訂正を。
「正確には名前を見てるわけじゃなくて。その魔術に込められた想いが見える、と言いますか」
「……想い?」
「はい。なので、何となくこういう名前かなーって推測している、って感じなのですけど」
「それでも十分おかしいわ。……だけど想い、か。まあ確かに魔術はもともと心の力だからな。感受性が強い、ってことか? よくわかんないけど」
「よくわからないですねー……あ、そうでした」
「?」
さっきのルミナさまの反応からある推測をし、警戒するように身構えるそのお耳に囁いてみる。
「――"貫き焦がす終炎の槍"」
「う!?」
「――"万魔応殺す四相の指先"」
「うう!?」
おお、今にも発火しそうなくらいお顔が真っ赤っかです。
「ルミナさまの名前の付け方、カッコいいですね。そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」
「こ、この……!」
「ああ、それと」
「今度はなんだ!」
「森で初めて出会った時に使っていた風の魔術。あれって、対象を結界で閉じ込めて使うのが本来の使い方、ですよね?」
あの時。
魔獣に追い詰められた私を救うために、ルミナさまが使った魔術。何かが欠けている、と感じたことの正体。
本当は『終炎の槍』と同じ使い方をするのが正しいはず。
魔獣は広範囲に散らばっていた。多分、結界の範囲から漏れてしまっていたのでしょう。だからルミナさまは面倒くさがって、結界の変異式を省略して森ごと全部粉砕した――ってそれ酷すぎますね。助けられた私が言うのもなんですけど。
だけど、そうなのだとしたら。
「そんなことまでわかるのか。……んで? それが?」
「はい。多分、不完全な形だったから私には見えなかったんだと思いますけど……」
「あー、うん。その先は言わなくていい」
「あの魔術。――――なんて名前をつけたんですか教えてください!」
「言わなくていいっつったろ! だれが教えるか!」
「な、なんでですか! 教えてください気になって夜も眠れません!」
「ウソつけ! いつもすぐ寝てるだろうが!」
「え!? どうしてそれを!? ま、まさかルミナさま私にヨバイをしようと――うきゃん!」
ぱりん。びしっ。
なんということでしょう。縋りつく私を守る『境界線』を謎の攻撃で割り、ゼロコンマ一秒の間隙をぬってデコピンを食らわしてくれました。どうやったんですかお師匠さまぁ……
とまあ、そんなこんなで。
今日も仲良しな私たちです。――――結局名前は教えてくれませんでしたけど!




