10 それはちょっと詐欺では?
「ルミナさま。失礼します」
ノックをして部屋に入る。喫茶エルディオの二階、ミモリさんは自宅の一室を、私とルミナさまそれぞれあてがってくれた。……同じ部屋でも良かったのに。
「――!?!? フィオレ、か。っていうか、返事する前に入ってくるな」
「ごめんなさい。でも、返事は待ちましたよ?」
「二秒だけな」
それだけ待てば十分では? まあとにかく。
ベッドに腰掛け本を広げるルミナ様に質問をば。
「――――今の歌、なんて歌なんですか?」
「……ぐ……やっぱり、聞こえてたのか」
そう。ルミナさまは今、魔機具の明かりに照らされ、本を読みながら――歌っていた。
ルミナさまは時々ですけど、小さな声で歌っていることがある。そのどれもこれもが、私にとっては不思議な歌。だって、歌詞の意味がわからない。
この国の公用語じゃない音の羅列。耳馴染みのない優しげな旋律。きっと、ルミナさまの故郷の歌。その詳細はいくら聞いても教えてくれない。
「くそぅ……いつもいつも……」
「もう、ルミナさまったら。歌を聞かれたくないなら、歌わなければいいのに」
それは私が困りますけどね。ルミナさまの歌、聞きたいですし。
「……つい、口ずさんじゃうんだよ。まあとにかく。フィオレ、何か用か? 荷物、何か取り出したいとか?」
私の荷物の一部はルミナさまの魔法の中に預けてある。手荷物は少ない方がいい、でも旅に必要なものはたくさんある。持っていきたいものも。そんなジレンマをルミナさまの魔法は解決してくれます。
例えば本とか。コルトスで暮らしていた時に買った、思い入れのある一冊。一冊どころじゃなく持ってきました。
あとはやっぱり服ですね。どれもこれもお母さんに買ってもらった大切な宝物です。そしてそこで、ちょっとした事件。
”あ、あの……ルミナさま? わ、私の――下着も、ルミナさまの中に入れちゃうんですか?”
ひと悶着とは、まあ、そういうことです。
真っ赤になって”それは自分で持ってろ!”と顔を逸らすルミナさまの中に、私は下着入りの衣装カバンを強引にねじ込みました。
”ぎゃーーー! なんか入れちゃいけないもの入れられたーーー!”
あとで怒られました。
「いえ、荷物ではなくて。……少し、お願いしたいことがあって」
「……お願い? まあいいけど」
ルミナさまの隣に座ろうか、とも思ったけど。大事な話なので立ったまま、真っ直ぐルミナさまの顔を見て話すことにする。……ちなみにルミナさまの視線は私の顔に向けられたまま。
あの時、私の胸を見ていることを指摘されたルミナは、必ず私の目か、あらぬ方向を見たまま話すようになった。私が恥ずかしい気持ちを圧し潰しコテンパンにし、覚悟を決めて自分から胸を強調するようなポーズをしても一切揺らがない。恐ろしい精神力です。っていけない。ふざけてる場合じゃなかった。
「なんだ。割と深刻な話? ……ちょっと、怖いんだけど」
「い、いえその……そう、ですね。すごく大事なお願いなんです」
そう。すごく大事。私の今後を左右するほどの。だから私は。
「お願いしますルミナさま。私に戦い方を――――攻撃魔術を、教えてください」
お師匠さまをまっすぐ見つめ、頭を下げて、自身の願いを口にした。
「――――――――」
ルミナさまは黙っている。
旅に出てから一か月。魔獣に襲われることも多々あったけれど、その全て、ルミナさまがあっという間に倒してしまった。――私には待機を命じて。
もちろんわかってる。ルミナさまは私を守ってくれている。戦い方なんて知らないし、そんな生き方、今まで考えたこともない。……でも。
たぶん、私は魔獣を倒せるはずなんです。武器もなく、攻撃魔術も使えないけど。
――――殴ったり蹴ったりすれば、絶対に殺せるという確信がある。
「ルミナさまはきっと、私に危険なことをしてほしくない、って思ってくれていますよね。すごく嬉しいです。でも……それじゃあ、駄目なんです」
私の最終目標は魔人を倒すこと。今のままでは到底届かない。焦りが、胸に燻り続けている。
「いえ、届かなくても構いません。無駄足に終わるのだとしても。ルミナさまや他の強い人が仇を取ってくれるなら、それでもいい。だけど――」
私はいつだって全力で生きたい。そういう風にしか生きられない。
「機会だけは、与えてはもらえませんか。私にお母さんの仇を取る、機会を」
だから、そのための、強さをください。
「どうかお願いいたします――――お師匠さま」
深く深く、頭を下げ続ける。
「……………………」
ルミナさまは黙っている。私には自分のつま先と床しか見えないから、ルミナさまがどんな表情をしているかわからない。そのまま、一分ほど同じ体勢を維持し続ける。
そして。
「……………………はあぁぁぁぁぁ………………」
ルミナさまが、大きく、深く、諦めるように――――ため息をついた。
「ああ、くそ。そこまで真摯に向き合われたら無下には出来ない。……わかったよ。戦い方、教える」
「!! ルミナさま……! ……あぅ……」
ばっ、と顔を上げる。くらり。
ずっと頭を下げてたせいで血が上ってしまった。ふらふらしつつベッドへと。なんとかルミナさまの隣に座ることに成功する。
「大丈夫か? ……まったく。加減を知らない子だな。今更だけど」
「ご、ごめんなさい……」
ルミナさまの呆れた声に思わず謝罪してしまうけど。……ホントは私もルミナさまに不満があるんですよ。
「だってルミナさま……旅立つ前に、”師匠が弟子を鍛えるのは大自然の摂理”って言ってたのに。全然戦い方を教えてくれないんですもの。”仇討ちを止めようとは思わない”とも言ってました。なのに……」
「あん? そりゃ鍛えるとは言ったけど。戦い方を教えるとは言っていないだろ。それに仇討ちは止めないけど、仇討ちさせてあげるとも言ってない」
「え…………えぇ!?」
な、なんですかそれ!? 確かに言ってませんけど、そんな言葉遊びみたいな――――というかほとんど詐欺です! 私、ルミナさまが私の想いを理解してくれたって、すごく嬉しかったのに!
酷いです非道です詐欺師です! ルミナさまのうらぎりもの! ぐももーーっ!
「あー、悪かった悪かった。そんな見つめるな、毎度のことながら圧がすごい。……まあ、ホントはさ。フィオレを鍛える、ってのは言葉の綾というか。シルヴィアさんに頼まれていたこととはいえ、あんま危険なことさせたくなかった、っていうか。適当にあしらいつつオレが件の魔人を殺して、ついでにフィオレの素性を明かして。んで、全部解決したらコルトスに送り届けてあげるつもりだったんだよな」
そ、そんなこと考えてたんですか!? うぅ~~、やっぱり酷いです……
「だから悪かったって。……実際のところ、フィオレはそんなに弱くない。
――――膨大な魔力。魔術行使の速度。瞬間的な判断力。諦めの悪さならピカイチだ。そうでないと魔人から逃げおおせるなんて奇跡、起こせなかったろう。……ああ、なんか魔術を見たらどんなものでも理解できるんだっけ? オレにとってはそれが一番羨ましい。……そんな能力があったら、あんなに苦労しなかったのに……」
なぜか遠い目をするルミナさま。つらいことを思い出しているのでしょうか。
「……ま、まあとにかく。単純にオレの踏ん切りが付かなかった、ってだけの話だ。フィオレに足りないのは言うまでもなく経験値。今のままでも、そこらの魔獣くらいなら負けはしない……かは、状況次第だけど。鍛えれば二枚羽根の魔人くらいなら倒せるようになるかもな。――――というわけで」
ルミナさまはこほん、と一つ咳払いをし。
「しょうがない。明日から本格的に、攻撃魔術の使用も視野に入れた特訓、やっていくか」
「っ! はいっ!」
ようやく。
私は戦う力を手に入れられそうです。……良かった。
まあ不安がないとは言えませんけど。兎にも角にも、頑張らないと。
話は終わった。地獄のようなお店経営で疲れたし、今日の所はもう寝よう。
ベッドから立ち上がり自分の部屋へ戻ろうとして、
「あ、そうです。ルミナさま」
伝えておきたいことがあるのを思い出した。
「ん? どうかしたか?」
「はい。あの、明日の朝、私に時間をいただけますか? 少し、考えていたことがあって」
「考えていたこと? まあ、いいけど。なんかしたいことでも?」
「それは、明日の朝に。それじゃあ、おやすみなさ――」
い、と言おうとして。
もう一つ、もっと大事なことを言わなくては、と閃いてしまった。
「……………………」
どうしよう。言ってもいいのかな。とんでもなく恥ずかしいけど。う~~~~ん――――よし言おう。
一秒くらい大いに悩んだ後、すぱっと決断。急に立ち止まった私に怪訝な顔を向けるルミナさまに近づいて。
「あの。ルミナさま? 他の女の子のは見ちゃだめですけど。――――私の胸なら、いくらでも見ていいんですからね?」
顔を寄せ、その耳元で小さく囁いた。
「んなっ!?!?!?」
「そ、それじゃあおやすみなさいっ」
逃げるように部屋を出る。ばたんと扉を閉じて、
「~~~~~~~っ」
その場にへたり込んだ。まったく私ったら。よく考えてから言ったくせに恥ずかしくなるなんて。扉の向こうから微かな声。
「…………やっぱりハレンチ娘じゃないか…………! シルヴィアさん、教育方針間違えてないか…………!?」
むむ、失礼ですね。ルミナさま以外にこんなことしません。そう思いつつも、自分の部屋に戻り枕に顔を埋めて悶絶し続ける私だった。




