9 想縁逢瀬の日
『つっかれ「まし」たぁぁぁ…………』
時刻は十九時過ぎ。営業終了後の喫茶エルディオ。
お客さんのいなくなったテーブルに突っ伏す私、ルミナさま、ミモリさんの三人。もう、はたらきたくありません。
最後のお客さんがお帰りになり、私たちはようやく一息つけた。もう朝から晩までてんてこ舞い。休憩時間? お手洗いに行ったくらいですね。
お昼ご飯なんか、働きながら余った食材の切れ端をパクついただけ。おなか空いた……でもまだ動きたくない……そんな、疲労困憊の死に体。誰かに見られたら、何か事件があったのかと疑われそう。
「二人は元気だね……あたしなんかより、ずっと動き回ってるのに」
「オレたちは魔術で強化してるからな……」
「でも……さすがに……げんかいです……」
この数日、ずっとこんな感じ。マシだったのはまだ評判が広まる最初の日だけで、あとは地獄の忙しさだった。あれ、ホントに地獄? 実はもう死んでてリビングデッドになっちゃってます?
視界の端に、あのキモ……前衛的な絵画が映りげんなりする。……誰か外してくださいよ……私ですか? いえ、なんか触ったら呪われそうなので遠慮しておきます。
「なあミモリ。やっぱり営業時間短くしようぜ。これ、無理だ。このままだと過労死する。……こっちでの死因がそれって笑えなさすぎ」
「そうだねー……そうしよー……人が、増えるまでは」
「でもあの感じだと、すぐに応募者が来るんじゃないですか? 女の子はここの制服、可愛いって言ってましたし」
ちなみに以前働いていた人は、五十代のおばさま方だったらしい。それは……逃げますね……
「まあそもそも、このメイド服を着る必要とかないしな。――んで? 結局、応募者の一人や二人は来たのか?」
「いんや。まだ。商工会の掲示板に求人は出してるけど。うーん……おかしいなぁ。どうして働きたいって人が来ないんだろう」
そういえば。女の子たちが言っていたような。
"あれはルミナちゃんだから似合うんだって!"
だとしたら……ルミナさまが可愛すぎて、尻込みしてしまっているのかも。
「とにかく明日と明後日は"想縁逢瀬の日"。お店は休みだから。ゆっくり休もう」
「……ああ。そういやもうそんな時期か」
想縁逢瀬の日。
一年の終わり、十三の月の三十日。
そして一年の始まり、一の月の一日。
この二日間は、この世界に住む人々にとっては特別なもの。
――――それはおとぎ話の続きを祈る日。
離れ離れになってしまった、世界を救った勇者様と魔法使い様が、再び出逢える二日間なんです。
この日だけは働き者の商人さん以外、大体のお店がお休みになる。みんな、英雄たちの逢瀬を想い、祈りを捧げているのです。
「………………」
「? ルミナさま? どうかしましたか?」
「……ん? なにが?」
ミモリさんが想縁逢瀬の日について言及した時。ルミナさまがなんだかおかしな表情をしていた。
言葉にしにくいのだけれど……なんというか。
認めたくないけど、認めるしかない。そんな、苦虫を噛み潰したような――
「――さて。そろそろ夕飯にするか。二人とも、ってオレもだけど。朝食べたっきりで、まともに食事とれなかったろ。今日はオレが作るよ」
「あ、わ、私もお手伝いを……!」
「いやいいよ。フィオレはずっとキッチンに立ってたんだから。少し休んでるといい」
もう、さっきの表情はかき消して。ルミナさまは一人でキッチンに向かっていった。
「……ルミナさま、どうしたんでしょう」
「んー? なんか変だった?」
ミモリさんにはわからなかったらしい。
「いえ、想縁逢瀬の日になにか思うところがあるような感じが……」
「そう? あたしは気づかなかったけど。でもまあ、もしかしたらイヤな思い出でもあるんじゃない? ほら、そういうのに限って何時まで経っても覚えてるもんだし。フィオレと旅する前は一人だったんでしょ、ルミナ。いろいろあったんだよ」
「……そう、ですね」
考えてみれば、ルミナさまとはすでに三カ月以上一緒にいるのに。ルミナさまのことは、ほとんどわからないと言っていい。
魔法使い。すごく強い。男の子だけど可愛い。そんな、ある意味表面的なことしか私に見せてくれていない。
ルミナさま自身の旅の目的は知っているけど……
"オレはただ、家に帰りたいだけだ"
そもそも、どこから来たのかを教えてくれないんです。
時折口の端にのぼる『師匠』の存在。たぶん、ルミナさまが旅に出る前は、その師匠のところにいたのでしょう。――でも、その前は?
「…………うーん」
もしかして。ルミナさまも記憶喪失……とか?
私はシルヴィアお母さんに拾われる前の記憶がない。だから、失った自身の素性を明らかにする、というのも私の旅の目的です。
ルミナさまもそうなのかな。だから、『帰り方』がわからないって……ああでも。
"魔王様に会いに行こうと思ってる"
このエクスマキニア国の統治者である、魔王様ならなにか知っているかも、というのはどういうことでしょう……?
「………………う~~~ん」
さっぱりわからない。全然わかりません。ああ、考えすぎて頭から湯気でちゃいそうです。
「おーい、フィオレー? どしたん? うんうん唸って。疲れすぎて眠くなった?」
「……はっ。い、いえ大丈夫です」
ミモリさんに心配されて我に返る。いけない、思考の迷路に迷い込んでたみたい。
……だめですね。ルミナさまの事情を詮索するような真似。いくら師弟関係といっても、踏み込んでほしくないことだってあるはず。
――――例えば。ルミナさまのご両親はどうなったのか、とか。
そういうのはやっぱり、ルミナさま自身が話したくなったら、にしよう。なにせこれからもずっとお側にいるつもりなのだし。
生前、お母さんは言っていた。ルミナさまの旅の終わりは、悲しいものになると。今となっては、お母さんが何を知っていたのか、それはどういう意味だったのかはわからない。
だけどこうも言っていた。ルミナさまと一緒にいたら、私たちは幸せになれると。なら、私がすることは何一つ変わらない。
私はルミナさまが好き。ずっとお側にいたい。それが私の旅の、三つ目の目的。下心、ですけど。でもこの目的はすごいですよ。
だって。ルミナさまと一緒にいたら。
お母さんの仇討ちも。
自分の素性を探すことも。
そして、幸せになることだって出来る。
一石三鳥です。いいことずくめです。私にメリットしかありません。
ずっと一緒に旅をしていれば、いつかルミナさまのお話を聞く機会もあるでしょう。だから一旦、ルミナさまのことは置いておこう。
私が今、考えなくてはならないことは、一つ。




