8 実は○○好き?
事は一週間ちょっと前に遡ります。
「それじゃあルミナ、フィオレ。――――これを着て」
この店で働くことを承諾したのち、ミモリさんにあれこれとお店のことを教えてもらっていた時。
突然お店の奥に引っ込んだかと思うと、ミモリさんが何やら怪しいものを手に戻ってきた。
「………………なんです、それ?」
「制服。ウチの。あたしの肝いり。だから着て。早く」
「えぇ…………」
どうやら喫茶エルディオの従業員用制服らしい。ミモリさん考案の。……なんか、イヤですね。見たくないような、見たくないような。つまり見たくないわけですが。
「んー? どれどれ…………って。……これさぁ。マジでオレに着ろっつってんの?」
「どうしたんですかルミナさま? …………え、これ……」
ルミナさまが手渡された制服……制服ですよね? まあとにかくそれらしきものは、どう見ても。
「――――女性用に、見えるのですが……」
ルミナさまの髪色に合わせたと思しきパステルブルーの配色。古式ゆかしい趣を持ちつつも、所々にミモリさんの趣味と思われるアレンジが見受けられる。短めのスカート。愛らしいフリル。大胆な胸元。さりとて下品にならないくらいのギリッギリを責めた絶妙な塩梅。
シンプルかつプリティ。クラシカルかつキュート。
それは紛うことなき――――メイド服ですこれーーーー!?!?!?
すごい。初めて見た。いえ、正確に言うとお母さんと王都で暮らしていた時に、ちらっと買い物中のメイドさんを見たことがあるのですが。
なんだか可愛さの中にある芯の通った凛々しさが感じられて、お母さんに聞いたら”ふふふ。あれはメイドさんって言って、お金持ちの家で家政婦をしている人ですよ”と教えてくれた。あの時見たメイド服とはもちろん違うけれど、これは間違いなくメイド服だった。
「はい。これフィオレのぶん」
「え!? わ、私もですか!?」
自称変態のオーナーさんは私にも制服を手渡してくる。私のはピンクだった。カラバリ、あるんですね……
「どう? どう? 自信作。デザインに一カ月くらいかけた。制作を依頼した服屋さんも誉めてくれたし。"こいつぁ、ヤベエ奴がきちまったぜぇ……"って」
「それ誉めてるか?」
誉めてるかもですね。変態的な意味で。
「あっちに更衣室あるから。さ、さあ。うへへ、ルミナ、は、早く着替えて――」
「はあ……まあ、いいけど」
「きて、って、え?」
「る、ルミナさま?」
明らかに挙動不審になったミモリさんに促されて、あっさり承諾するルミナさま。え、ホントにいいんですか!?
困惑する私たちをよそにルミナさまは更衣室へと向かい、ガサゴソするりと布擦れの音が聞こえてくる。ご、ごくり。
「……これどうやって……ああ、ここにファスナーが……」
なんだかイケないことをしている気分になりつつも待っていると。ついに。
「――――ふん。これでいいか?」
その麗しいお姿が、白日の元に晒される――――!
「な……こ、これは……!」
「わ、わあ……」
息を呑む私たち。だってこんなの――可愛すぎる。
普段着ていた大きめの白い服を脱ぎ、魔性のメイド服に袖を通した魔法使いさま。
その愛嬌。その麗容たるや、『あー、もうこれ世界取りましたね。負けです、負けちゃいました!』――と膝をつきたくなるくらい。そしてなによりも。
「ど、どうして……」
その堂々たる立ち姿。一切の迷いを排斥したそのお姿は――なぜかちょっと、かっこよかった。
「……んで? 感想は?」
「――――最高。さい、あんど、こー。あたしの目、ガラス玉になっちゃった」
「なんだそりゃ?」
「トキメいてキラキラしてるってこと。まさかここまでとは。あたし、大感激。ウェイトレスルミナ、ばくたん! いえーい! ……でも」
大喜びのミモリさん。だけど少し納得出来ないことがある様子。
「ん? なんか間違ってたか?」
「うん。いや、着こなしはカンペキだけど。……どうして?」
「は? なにが」
「――――どうして、恥ずかしがらないの?」
……あー、それですか。
たしかにルミナさまは迷うことなくあのメイド服を着てしまった。いくら可愛いといっても、本当は男の子なのに。――でも、それは。
「あたし、期待してた。"こ、こんな服着れるか! おれは男だぞ!"――ってルミナが恥ずかしがるのを。それをムリヤリ、"うへへ、そんな赤い顔じゃこの青いメイド服は着こなせないぜぇ"――って着させる妄想をしてたのに!」
「マジで変態だなアンタ」
「ねえ、どうして? どうして普通に着ちゃうの?」
「いや、そんなの――――オレに似合うと思ったからだけど?」
「――――――」
絶句するミモリさん。
そうなんです。私のお師匠さまにして女の子にしか見えない男の子なルミナさまは。
――――ご自身の容姿に、絶対の自信を持っているのです!
私も最初は勘違いしていました。もしかしたらコンプレックスとかあるのかもって。だけど実際はそんなことはなく。
"……これ、もうちょっと安くなりませんか? お願い――オジサマ☆"
お買い物の時にその可愛さを活用して値切ったりします。初めて見た時、私は仰天しました。そして怒りました。私以外にそんなことしないでくださいって。……約束は、してくださらなかったけど。
「ま、まあ、いいや。似合ってるし。髪型とか変えてみる? 結ぶ位置変えたりとか」
「いやいいよ、めんどいし。そもそもどうすればいいかわからん」
「……そこは、男の子なんだね」
確かにルミナさまはいつも同じ髪型。長い髪を無造作に束ねて、肩から前の方に垂らしている。……前髪も長いし、伸ばしっぱなしなんですよね。もうちょっと、なんとかしてあげたいな。
そんな物思いに耽っていると。
「それじゃあ、次はフィオレ。早く。あたし、もう待ちきれない」
「え? あ、ちょっと、ミモリさん!?」
更衣室へと押し込まれてしまった。うう、仕方がありません。私も着替えよう……
「でも……こんな、可愛い服……」
着たことない。コルトスで暮らしてた時は、お母さんに買ってきてもらった服を着ていた。そのどれもが落ち着いた色合いの、それこそお嬢様みたいなお淑やかな服だった。
そして今は基本、旅立ちの日にルミナさまに買ってもらった旅装束。それも黒を基調としたもの。……なのでこんな可愛らしい服に袖を通すのは……恥ずかしい。
「えっと。着れました、ミモリさん」
なんとか着替えを終える。……あうう、これ、ちょっと胸が苦しい……
二人にこの姿を晒すのは恥ずかしいけれど……ルミナさまにはぜひ、見てもらいたい。えいやっ、とカーテンを開ける。
「っ!?!?」
「…………おー……これは……」
「ど、どうでしょうか」
ルミナさまとは色違いのメイド服。たぶん、そんなに変じゃない……と、信じたい。と、思っていたら。
「――――――ふーん。えっちじゃん」
「はい!?」
なんかとんでもないこと言われました!
「しまった……これはあたしのミス。フィオレなら、可愛くも清楚な感じになると思ってたのに」
「え、な、なにかおかしいでしょうか?」
「うん。えっちすぎる。なにその胸。ふざけてるの? あたしのメイド服が可哀想。それじゃあ違うお店になっちゃう。あたしの目、情欲に濁っちゃった。キラキラを返して」
「し、知りませんよぉ!」
なぜか罵られた。さっき自分のミスだって言ってたのに……
「ほら。ルミナだって目を逸らしてる。きっとチラチラ盗み見するつもりだよ」
「!? おいこっちに話を振るな……!」
あさっての方を向いて顔を赤くしてるルミナさま。ものすごく恥ずかしい。けど……
「な、なに言ってるんですかミモリさん。ルミナさまは――」
「そ、そうだぞミモリ。オレは……」
「――――いつも、私の胸をチラチラ見てますっ!」
「……………………は?」
ぴしり、と石化したように固まるルミナさま。アイオーンの真似ですか?
「え、そうなのルミナ。意外。女の子に興味なさそうなのに」
「……………………ナ、ナンノコトカナ。ワガデシヨ」
「なにそのカタコト」
いつぞやみたく、おかしな言葉づかいで誤魔化そうとするルミナさま。でも駄目です。
私、気づいてるんです。宿屋に泊まって、お風呂上りにお話しするときとか。
寝間着に着替えていつもより薄着になっている私の胸に、ルミナさまの視線が吸い寄せられているのを!
「る、ルミナさまはちゃんと、女の子に興味があります! 変なこと言わないでくださいミモリさん! ……そ、そうですよねルミナさま!」
「ちょっ!? その格好で近付いて来るな……! こ、この……万年桜満開ハレンチ娘ぇッ!」
「は、ハレっ……!? ひ、酷いですルミナさま! 私はただ、ルミナさまによく見えるように……!」
ぎゃあぎゃあ言い合う私たち。以前ならいざ知らず、今ではこんな風に言い合えるくらい打ち解けられました。見ていますか、お母さん。
そんな、師弟二人の仲良しぶりを。
「……うーん。ルミナってやっぱり男の子なんだねぇー……」
ミモリさんは生暖かく見守っていた。
ちなみに私のメイド服姿はお蔵入り。普通にエプロンで厨房に立つことになりました。…………あとでミモリさんにあのメイド服を譲ってもらえないか交渉しよう。いえ、特に理由はないんですけどね。こほんこほん。
――――ところでサクラって何でしょう? と思って後でルミナさまに聞いてみたら、そういう木があるそうです。なんでも、私の髪色に似た花を咲かせるのだとか。
いいですねそれ。今度から薄桃色の髪、じゃなくて、桜色の髪って形容するようにしましょう。
教えてくれてありがとうございますルミナさま。私もいつか、そのお花を見てみたいです。




