6 変態オーナー、ミモリさんのお願い
ミモリさんが私たちに声をかけてきた理由。それはなんというか、とても切実なものだった。
「あたし、この”喫茶エルディオ”のオーナーってことになってるんだけど。見ての通り、今は営業してないんだ」
「はあ。確かにそんな感じですけど。何か問題でもあるんですか?」
「おおあり。だって――――店員が、だれもいないんだもん」
「…………なんだって?」
喫茶エルディオ。それがこのお店の名前らしい。そして従業員さんはゼロ。……それは、営業なんてできないでしょう。でも……
「店員がいないなら新たに雇えばいいんじゃないか? っていうか、今まではどうしてたんだよ」
「えっと。もともとはあたしのおじいちゃんのお店だったのね。それで、半年前にそのおじいちゃんが死んじゃって」
「…………え…………」
「あ、気を遣わなくていいよ。もう慣れたし。……そんで、おじいちゃんの家族ってあたししかいなかったから。そのままあたしがこのお店を引き継いだの」
……変な人、だと思っていたけど。
”おじいちゃんの家族はあたししかいない”。ということは必然、ミモリさんの家族も……
この人も深い悲しみを抱えて、それでも頑張っている人なんですね。人を見かけで判断してはいけない、ということでしょう。反省しよう……
「あたし、おじいちゃんの店を守ろうと頑張ったんだけど。……今までそんなことしたこと、なかったから。上手くいかなくて。働いてた人に逃げられちゃった」
「そうだったんですか……」
「うん。ちょっと趣味全開のプリティあんどキュートかつエクスタシーな制服に変えようとしただけなのに。そんなん着られるか! ……って」
「おい」
前言撤回。やっぱり変な人ですね。
「逃げちゃったものは仕方ないって割り切って、新しく働いてくれる人を探そうとしたんだけど。……なんか、”あそこのオーナーは頭がおかしい変人だから近づくな”――みたいな噂が広まってて」
「誰も働きに来ない……ってことか。っていうか、アンタが店に立てば? これくらいの規模の店なら、営業時間を短くするとかすれば一人でも回せるんじゃないか?」
「むり。あたし、料理ドヘタだし。コーヒーも紅茶も入れらんない。それに現実問題、それじゃ生活出来ない」
「べ、勉強するとかすごく頑張るとか……」
「あたし、何かに打ち込むとか、そういう熱血な感じ性に合わない。ありていに言って死ぬ」
えぇ……まあ、そんな感じしますけど。
こうして話している今も、ミモリさんはなんだかぼーっとしているというか、全く覇気というものが感じられない。転んだらそのまま、地面で寝ちゃいそうな雰囲気を醸し出している。
「そんな絶望的な状況で運命的な出会いをしたのが君たち。宿屋に泊まれなくてどうしよう、ってなってるんでしょ? ならウチに泊めてあげる。その代わり――――」
「ここで働け――と?」
こくり、とミモリさん。
「君たちが、山の向こうに行きたい、って言ってたのは聞いてた。だからずっとじゃなくていい。この町に滞在する間だけでも、助っ人として働いてほしい。……あ、お給料も、ちょっとくらいなら……出せる……可能性がなきにしもあらず」
「いや、こっちとしちゃ泊めてくれるだけでも有り難いから、それは気にしなくていいけど」
……なるほど。大体の事情はわかりました。
私たちは泊まるところがほしい。ミモリさんは働いてくれる人がほしい。お互い、メリットのある話のようです……あっと、一つ確認。
「……あの。期間限定で、ということですけど……いいんですか? 私たちがこの町を離れたら、また従業員ゼロに逆戻りなのでは?」
「それも君たちに解決してもらいたい。具体的に言うと、この店の悪いウワサを払拭してほしい」
「オーナーが変態だって?」
「そう。あたしは変態」
「否定しないのかよ事実じゃねーか!」
やっぱりミモリさんは変態さんだったようです。ルミナさま? 近づいちゃダメです。何かしてきそうならすぐに燃やしちゃってください。
「それは冗談――じゃないけど。とにかく君たちが楽しそうに働いてくれたら、自分も働いてみたい、って人が出てくると思う。あたしの直感に狂いはない。君たちにはそれだけの――可愛さが、ある!」
さあ! と私にもフードを取るように促してくる変態さん。ルミナさまはさっき剥ぎ取られてから顔を隠していなかった。あとは私だけ……ということですか。ルミナさまを見てみると……こくりと。
ミモリさんは今か今かと私が顔を見せるのを待っている。……うう。なんか、そんな見つめられると恥ずかしい……最近はマシになってきたけど私、人見知りなんですけど。
「…………」
――よし。見せてやります。見せてやりますよー。その目に焼き付けてください。こ、これが……私、ですっ!
ただフードを取るだけに大げさな気合いを入れつつ、ミモリさんに素顔を晒してみる。すると。
「――――おお。おおーーー……! 君、もしかしてどこかのお嬢様? もしくは……どこぞの領地のお姫様だったり? お忍び中? あたし、失礼千万で処刑されちゃう?」
「い、いえ私、ただの街娘です」
「そうなんだ。薄桃色の髪に……キレイな赤い瞳。宝石みたい。儚げで、なんか気品みたいなのも……こんな可愛い子、そうそういないよ。あ、こっちの子も神秘的な感じですごくいい。さっきからトキメキが暴走中。吐いていい?」
「吐くな吐くな」
ミモリさんは興奮しながら私たちの容姿を誉めちぎってくれた。ものすごく――恥ずかしい!
よくよく考えたら私、真正面から他人に容姿について言及されたことがないかも。だって皆、私の魔力に怯えて顔を逸らしてしまうんですもの。
なのでほぼ初めて『あなたはすごく可愛い』とまっすぐ言われて、私は別の意味で逃げ出したくなってしまった。
「あたし、ツイてる。こんな子たちと知り合えるなんて。一生分の運を使い果たしちゃったかな。あれ、あたしもうすぐ死ぬ?」
「死なない死なない」
「そう? 良かった。ならあたしのお願い、どうか聞いてほしい。君たち二人がこの店でキャッキャッキャッキャッと働いてくれたら、絶対お客さんも増えるし人手も確保できると思う。だから、どうか……」
殊勝に頭を下げるミモリさん。う、うーん。これ……どうしよう?
ルミナ様に近寄り、小声で相談する。
「ど、どうしましょうルミナさま……?」
「そうだな……。まあ、そんな長くは滞在しないし。山の魔獣を討伐するまでの宿が確保できるのは、願ってもないことだ。フィオレが良ければ、この話を受けてもいい……かな」
「わ、私はルミナさまのおそばにいますっ」
じゃあ決まりだ、と頭を下げたままのミモリさんに向き直る私たち。
「えっと……ミモリ、さんだっけ? それなら少しの間だけどお世話になるよ」
「……! ほんと? いいの?」
「ああ。ただ悪いけど、オレたち飲食店で働いたことないからさ。期待に応えられるかわからないぞ?」
「いいよいいよ。だってあたしだって未経験だもん。一人じゃなんにも出来ない。でも三人ならきっと、なんとかなる!」
「…………不安しかない」
とりあえず握手を交わす私たち。先延ばしになっていた自己紹介も。
「オレはルミナ。んで、こっちの子が」
「あ、わ、私、フィオレと言います」
「ルミナにフィオレ。良い名前だね。よろしく。あたしのことは好きに呼んでくれていいよ。ミモリでもフェンネルさんでもミーちゃんでもフェンフェンでも」
「じゃあミモリで」
「……ミモリさんでお願いします」
……うーん。なんかミモリさん、独特の感性というかテンポというか……話してると調子が狂いますね。
「よし。それじゃあ女の子三人で頑張ろう――――」
「あ、オレ男だから」
!?!?!? ルミナさま、今それを明かしちゃうんですか!? いえ黙っているわけにはいきませんけども!
そして衝撃の事実を知った変態さんはというと、
「――――――――うそ、でしょ…………?」
膝から崩れ落ちていた。わなわな震えながら両手をルミナさまに伸ばしている。
「…………え、マジ……? こんな可愛くて綺麗なのに? 男の子――いやさ男の娘? …………え、神サマ?」
「違う違う拝むな」
まるで神の奇跡を目の当たりにしたかのように両手を組んで拝んでいた。
まあ、気持ちはわかりますよ? でもルミナさまは私のお師匠さまですから。ふふん、いいでしょう? 絶対に誰にも渡しませんからね!
――――とまあ、そんなわけで。
私たちは当面の寝床と、全く経験のないお仕事を確保することができたのでした。
…………あれ、よく考えたら私、飲食店なんて人と接する仕事、こなせるんでしょうか?
…………………………早まった、かもです。




