3 三人で朝食を
「――――もう。フィオレったら。言ったそばから突っ走るのですから」
「う、うう……」
一生消えない映像を記憶に焼き付けた、大ハプニングののち。
私たちは三人で朝食を取っていた。……結局、全部シルヴィア様に準備させてしまったことが悔やまれる。
「申し訳ありませんルミナ様。うちの子が大変な粗相を……」
「――――さて、なんのことですか。特に、なにもありませんでしたけど」
「? いえですから、フィオレがルミナ様のすっぽんぽんを――」
「なんにも! ありませんでしたぁ! ってかすっぽんぽんて! 今日日そんな言い回し聞きませんよ!」
顔を真っ赤にしつつ先ほどのアレコレをなかったことにするルミナ様。あと今日日って言い回しもなかなか聞かないですよね。
「とにかく! ……なんにもなかった。そうだよなフィオレ」
「えっ!? ……え、えぇっと……」
「なかったよな?」
「……………………はい、ありませんでしたシルヴィア様」
美少女にしか見えないけど、紛れもない男の子にじっと見つめられドギマギする――わけもなく。
恐ろしいまでの圧力を感じ、頷くしかない私。……まさか絶対忘れないよう記憶に刻み込んだ、なんて言えるはずもない。二人にはナイショです。
「まあ……ルミナ様がそう仰るのなら。――ふふふ」
「なんで笑うんですか……」
「いいえ、なんでも。ところでルミナ様? 料理は口に合いますでしょうか。なにぶん、お客様に振舞うことなど滅多にないもので」
「あ、ああ。お気遣いなく。美味しいですよ、ありがとうございます――と、言うかですね」
そこでなぜか私とシルヴィア様を交互に見る命の恩人様。
「これは、フィオレもだけど。――――様つけて呼ばれるの、すっげえ恥ずかしいんですけど」
『――――???』
「なぜそこで二人して首を傾げる。仲いいね」
ルミナ様ったら……なにを言っているのでしょうか。そんなの。
『命の恩人だからですが……』
「ほんと仲いいね!?」
答えまでぴったりとハモる私とシルヴィア様。ルミナ様の言う通り大の仲良しな――大切な家族、なのです。
「昨日のこと。もうお忘れでしょうかルミナ様。貴方様のおかげで私たち二人が助かったのですから。相応の敬意を払うのは当然というもの。……ふう、つべこべ言わず様付けで呼ばれてください」
「なんでちょっと面倒くさそうにするんですか? え、これオレがわがまま言ってる感じ?」
シルヴィア様の言う通り。
昨日のこと。南東の森で意識を失った私は、ルミナ様に介抱されてすぐに目を覚ました。
だけど疲労の蓄積はどうしようもない。もう一歩も歩けない。立つのもつらい。しかも森、ズッタズタだし。足の踏み場どこにあります?
なので。ルミナ様にお姫様抱っこで街まで運んでもらったのです。わーい。
恥ずかしくもあったけど、そこは女の子同士――とその時は勘違いしていた――ということで、ルミナ様にしがみついていたらあっという間に街まで帰り着き。
しかもいつの間にやら、目的の薬草まで確保してくれていた。私、大感激! これはお礼をしないと罰が当たる、というかシルヴィア様に黙って出てきたから心細い、一緒について来てください! と強引に我が家に招いたのです。
そしてベッドで安静にしていたシルヴィア様にルミナ様を紹介したのですが……ああ、そういえばあのとき。
”――――――――――――は?”
ベッドで横になるシルヴィア様を見て驚いていたような。まるで有り得ないものでも見たかのように。なんだったんでしょう、あれ。
不可解なことはそのあとも。急にルミナ様が私に、手に入れた薬草で解熱薬の調合をしてくるように言ってきた。柔らかな口調、でも有無を言わせないような声色で。
そうして四苦八苦して、なんとか調合を終えて部屋に戻ってみたら。
”し、シルヴィア様!? もう起きて、大丈夫なのですか!?”
なんと、ついさっきまで高熱のために起き上がることも出来なかったシルヴィア様が、少しだけ元気になっていた。ベッドのそばにルミナ様が膝をついていたので、おそらく『なにか』をしてくれたのだろう、とは思うのだけれど……
結局、二人ともなにも教えてくれなかった。隠し事をされているみたいでちょっと疎外感。それに。
――――どうしてあのとき。
ルミナ様はこちらを見ようとしなかったんだろう?
「フィ……レ。フィオレ。聞いていますか?」
「……? え、あ、は、はい? な、なんでしょう?」
「なんでしょう、ではありません。今、貴女のことを話していたのですよ」
い、いけない。考え事をしていたら話に乗り遅れてしまっていた。
ちなみにそのあと、シルヴィア様から『ルミナ様は男の子』であると知らされて。
叫びそうになるほど悶絶してしまったのは、ちょっと忘れたい記憶。……私、同世代っぽい男の子にお姫様抱っこされちゃいました……きゃあきゃあ!
「この子ったら……ふう。昨日の疲れが残っているのでしょうか。あんな、無茶をして。私、寿命が縮んでしまうところでした」
「いやシルヴィアさん、それは……」
「おっと、冗談が過ぎましたか。申し訳ありませんルミナ様。……ですが、すごく心配だったのは本当。もう昨日のようなことはしないでくださいね、フィオレ。貴女、私に黙って協会にも依頼を出していたのでしょう?」
――協会。『日々のお困りごと何でもご相談ください! あなたに代わって、スペシャリストが解決いたします!』という、いわゆるお仕事仲介所です。
私は一週間前、なけなしのお小遣いを手に協会に赴いた。普段あんまり外に出ない――というか人見知り気味の私にとっては、とてつもなく勇気のいる行動だった。
でも、そうするしかなかったから。森には魔獣がいるってわかっていたし、一人で薬草を採りに行けるわけもない。……いつも採って来てくれていたマイクおじさんは、もういないのだから、と。
「そうして依頼を出したものの、誰も受けてくれずに自分で採りに行こうとした――んだったか? いや行動力。普通、なんの武器も持たずに街の外に出ないっての」
「だ、だって……」
ルミナ様には森で助けてもらったときにお説教をされた。正座刑に処された。足がびりびりになるくらい。
「最近、この街の北東方面で魔獣が大量に湧き出してるんでしたっけ」
「ええそうです。なので代行者の方々は、そちらの対処に掛かりきりになっているはず。魔獣が蔓延る森まで薬草を採りに、などというこの子の依頼を受けるような暇人はいなかったのでしょう」
代行者。協会で依頼を受ける人のことをそう呼ぶのです。
一週間前に依頼を出してから、一向に薬草が届かない。しびれを切らした私は昨日、直接誰かにお願いしようと協会まで足を運んだ。……そうしたら。
"その依頼を受ける奴なんていない。そんなに薬草が欲しいなら、自分で取りに行ったらどうだ?”
待っていたのは、冷たい拒絶。
「でもあの人たち……お酒、飲んでました。すごく、騒いでいたし……」
なんなら話しかけたとき、まるで私が、これから告白でもするかのような態度をとった人もいた。"モテ期キターー!"とか言ってた。思わずぐーで殴りそうになりました。
「それに関しては、私も憤りを感じますが……それはそれとして、その言葉通り一人で森に向かうことはないでしょう。……ああ、こうして話しているだけで不安に駆られてしまいます。貴女も……マイクのように突然いなくなるのでは……と」
「……本当に、ごめんなさい。シルヴィア様」
マイクおじさんは、私たちがこの街に来てからずっと、ここでの生活を支えてくれた人。かかりつけの診療所の先生と同じく、シルヴィア様の昔からの友人らしい。
おじさんは代行者だった。そして、シルヴィア様とすごく……本当にすごく仲良しで。
だけど。一ヶ月くらい前に、街の北東に湧き出した魔獣討伐の最中に……
「ルミナ様。改めて、この子を救って頂いてありがとうございます。そればかりか、貴方様が来てくれなかったら私もどうなっていたことか」
「……いえ。オレも街の門付近ですれ違ったとき、引き止めなかったので。それにオレがしたのは応急処置です。それは、わかっていますよね」
「ええ、もちろん」
ルミナ様は昨日私とすれ違ったあと、協会で話を聞いて追いかけてきてくれたらしい。協会の受付嬢さん――確か、ウェンディって呼ばれてたかな。そのお姉さんが話してくれたのでしょう。初めて依頼を出したときにも、すごく親切にしてくれたいい人です。
「この子、人見知りなものですから。家からもほとんど出ないため友達もいなくて……」
「……え、ちょっ、シルヴィア様!?」
ぽけっとしていたら私の評判が貶められていた。ひ、ひどいですシルヴィア様! まるで私が引きこもりで友達もいなくて学校にも行ってなくて家で本ばかり呼んでいる根暗な引きこもり(二回目)であるかのような物言い! ち、違いますルミナ様。単に外に出る用件がないだけで、ちゃんと友達もいます。
一人――じゃなくて一匹ですけど。
「そ、それを言ったらシルヴィア様だって。薬師のクセに薬嫌いじゃないですか。昨日、お薬飲んだときすごい顔をしてましたよ」
シルヴィア様はこの街で自作の薬を売っている。それは病院や薬局に卸され、街の人たちからは効き目がいいと評判だそう。でも本人は大の薬嫌い。苦いのニガテな子ども舌。いつも、薬を飲んでもらうのが一苦労だったりする。
「い、今はそのことは関係ないでしょう。な、なんですかフィオレ。お客様がいる前で……」
「シルヴィア様だってぇ……」
むむむ、と視線をぶつけ合う私たち。残念です。こんな些細なことで人はすれ違っていくものなのです。と、そこに。
「――――ぷっ、くくく」
堪えきれずに、ということが伝わるような笑い声が聞こえてきた。
「くっくっく。いや、ごめんなさい。――本当に、二人は仲良しなんですね」
「――――――」
その表情。大人びた雰囲気を持つ美少年の、ふわり、と綻んだ年相応の笑顔。
それを見て私は胸が高鳴るのと同時に。
――――最初に会ったときにも思ったけど。ルミナ様のお顔を、どこかで見たことがあるような。それも、割と身近なところで。
そんな、よくわからない既視感にとらわれてしまった。……はて? 断言は出来ないけど、ルミナ様とは完全に初対面のはず、なのに。
「……フィオレ。絶対にルミナ様を逃がしてダメですよ。アピール、アピールをするのです」
「な、なんの話ですかシルヴィア様!」
思い出そうとしていたら、シルヴィア様からとんでもないパスが飛んできた。せ、せめて小声でお願いします! ルミナ様に聞かれちゃってるじゃないですか!
それからは、少し赤くなったルミナ様のお顔を盗み見る朝食となってしまい。
味が、よくわからなくなってしまった。




