3 空いてない、んですか!?
「――ありがとうございました。……あなたたちも」
馬車でここまで運んでくれた御者さんと、お馬さんにお礼を言う。ちょっと撫でてみたり。……大人しい。嬉しい。可愛い。
「それじゃフィオレ。宿屋を探すか」
「はい、ルミナさま!」
慌ててルミナさまのあとを追う。ルミナさまに言われた通り、外套のフードで顔は隠したまま。なんでも、余計なトラブルを避けるためだそうです。
ここは東エルドヴィレッジ。山脈を形成する山の一つ、エルド山の麓にある町。東、とついているのは山の向こう側にも町があるからです。そっちは西エルドヴィレッジ。
村とは言いますが実際はそこそこ大きい町です。というのも、山脈の向こう側へ行くには峠を越える必要があり、そうなれば必然、この町で峠越えの準備をする旅人が多くなる。
元は名前の通り村だったはず。だけどそうやって人が集まっていった結果、町と呼べるほど大きくなったのでしょう。
そして私たちの目的地である王都に行くには、峠を越えて向こう側へ行く必要があるのです。
「……コルトスって、本当に大きな街だったんですね」
今は遠き故郷に思いを馳せる。
ルミナさまと旅に出てからいくつかの町を渡ってきたけれど、コルトスを超える大きさの町はなかった。いえ、この地方で一番大きな街ということは知っていたし、初めてコルトスに引っ越してきたときも『すごく大きいところ』という感想を抱いたのですが。……やっぱり魔獣の発生頻度が低いから、あそこまで発展したんでしょうか。
王都からは遠く離れているけれど、すごく恵まれた地域だったんですね――などと、少しだけ故郷が恋しくなりつつも。
「……あ、あそこが宿屋じゃないですか?」
最近見慣れてきた看板が目に留まり、隣のルミナさまに指し示す。
「そうみたいだな。それじゃ、行ってみよう。……部屋が空いてるといいけどな。この町、旅人が多いみたいだし」
道行く人に目を向ければ、旅装束の代行者らしき若い男女や、馬車から降ろした積み荷を運ぶ商人らしき中年の男性。この町に住んでいる、ようには見えない風体の人が多かった。……なんか皆さん、うんざりした表情のような? どうしたんでしょう。
「そうですね……一部屋だけでも、いいんですが」
「いやダメだろ。部屋は別々だ」
「わ、私はっ、構わない、んですけど……」
声が尻すぼみになる。単に恥ずかしくなってきたからです。顔が熱い。
なぜ私が、恥ずかしさを堪えながらこんなことを口走ったかと言いますと。……わ、私は、そのぅ。る、ルミナさまにこ、ここ、こここい、こいこいこいここコケコッコーーーーッ!!!! …………ふう、落ち着きました。こほん。では改めて。
私はルミナさまにこ、恋っ、をしちゃってるんですきゃーーー!!!
お師匠さまにして、世界に数えるほどしか存在しないという魔法使いさま。強く、カッコよく、可愛く、落ち着いていて、すっごく優しい! 時々厳しい! あと実はノリがいい。
少女と見まごうほどの美貌を持つ、年齢不詳の男の子。そういえばいくつなんでしょう? ちゃんと聞いたことがなかったです。まあとにかく。
命を救われ、辛いときにそばにいてくれて、今もこうして一緒に旅をしてくれている夜色の髪を持つ少年のことが、私は好きになってしまったのです。なのでこうしてアピールの機会は逃さないようにしてるのです。
「な、なんなら、二人用の部屋を取りませんか? ほら、旅人も多いようですし、あんまり部屋を占拠するのも悪いかなぁ……なんて」
「すみませーん。一人用の部屋、二つ空いてますか?」
「…………………………」
聞いてません。いつの間にか宿屋の受付にいるルミナさま。宿屋の外で立ち尽くす私。
うう、いつもこんな感じです。のらりくらりと、私の渾身の一手を躱されてしまう。……あの容姿だから女性に興味がないのかな、と疑ったりもしたけど。協会の受付嬢、ウェンディさんに羽交い絞めされた時にドギマギしている風だったし、ルミナさまの仕草から女の子に興味があることは間違いないんですけど……
そんな風に、相手にしてもらえなくてしょぼくれていると。
「……そ、そうですか。わかりました」
ルミナさまが戻ってきた。なんだか浮かない顔をしている。
「どうしたんですかルミナさま? 部屋、空いてなかったんですか?」
「ああ、そうなんだけど……ちょっと、面倒なことになったかも」
「面倒?」
「……ひとまず、この町の協会に行ってみよう」
……協会? ほかの宿屋ではなく? どうしてでしょう。宿屋の人に協会の場所を聞いてきたらしく、迷いなく歩くルミナさまの後ろをついて行く。
ほどなくして『エクスマキニア国共同国民生活安心推進会』――通称、協会の看板が見えてきた。やっぱりコルトスにあったそれよりも、建物はこじんまりとしている。ルミナさまは迷わず扉を押し開き、中に入った。私も続く。協会の中を確認するとそこには。
「わ、あ……」
人が、いっぱいいた。
恐らく代行者の方々でしょう。武器型の魔機具や鎧を身に着けた筋骨隆々な戦士。魔術書を手にし、フードで顔を隠した魔術師と思しき女性。パーティを組んでいるのか、固まって雑談をしている四人組。などなど。
「……なんか、多いですね。ここってそんなに依頼に事欠かない町、なんでしょうか」
「ちょっと受付の人に聞いてみる。……すみません、伺いたいんですが」
こんなにたくさん人がいるのに、誰も受付に並んでいない。依頼を受けに来たわけじゃないんでしょうか? 特に待つことなく、ルミナさまは受付の女性に話しかけられた。
「はい、なんでしょうか」
「どうしてこんなに代行者が? この辺りって、魔獣が頻出する地域なんですか?」
「ああ、この町に来られたばかりの方ですね。いえ、そういうわけでもないのですが……少し、問題が発生してまして」
そうして受付嬢さんが語った内容は、私たちにとってかなり困るものだった。
なんでもエルド山の山道の途中に、とても大きな魔獣が住み着いてしまったらしい。その魔獣は峠を越えて向こう側へ行こうとする旅人を襲うのだそう。
「報告ではかなりの巨体を持つ"リザード"とのことです。討伐依頼も出てはいるのですが……」
「誰も倒せていない、と」
「残念ながら……」
討伐に向かった代行者のパーティーが戻って来ない、という話もあるようです。
「近頃巷では、山賊に町を襲われた、なんて噂も聞きますし……皆さん、不安がっているんです」
「山賊? 山賊なんて出るんですか?」
すごい。初めて聞いた。実在するんですね、山賊。物語の中だけかと思ってました。
「あー、いるところにはいるらしい。山賊やら盗賊やらが。そういうのは大体、代行者崩れだったりするんだってさ。問題を起こして代行者としてやっていけなくなって、堕ちるとこまで堕ちたヤツ」
ルミナさまの解説になるほど、と思う。
以前ウェンディさんに聞いたことがある。協会では代行者ひとりひとりの情報を保管していて、問題がある人はすぐにわかるのだそうです。よっぽど酷い人は代行者の資格を剥奪されたり、犯罪を犯せばすぐに指名手配され、他の代行者に捕まえられる事態にまで発展するとか。
噂の山賊さんとやらも、そういう手合いなんでしょう。……ちょっと、悲しいですね。困りごとがある人を助けるのが代行者の仕事なのに。
「そういうわけで、ここにいる皆さんは向こう側に行きたいけど行けない人、山に住み着いた魔獣を倒したいけど倒せない人で溢れかえっているわけです」
「ちょ!? いやいや待ってくれよ受付嬢さん。その言い方だと、俺たちが山の魔獣にビビってるみたいじゃんか!」
協会内にいた代行者さんが食ってかかる。
「べ、別に俺たちは意味もなくここにたむろってるワケじゃなくて……」
「そ、そうだぜ! "誰か早く倒してくれないかなー"なんて情けねーこと、考えてるわけねーだろ! い、今は準備期間って言うか……!」
「あたしだって、その、む、向こう側へ行きたいなんて、言ってないんだからねっ! 魔獣なんてホントはちょちょいのちょい、なんだからっ!」
「じゃあ誰か、山の魔獣討伐依頼を受けてくれるんですか?」
「…………………………」
すごい。一瞬で静まりかえりました。音、消し飛んだのかな? と疑っちゃいました。きっと町長さんが"えー、皆さんお静かに"って言って演説を始めても、こんなすぐに静かにはならないでしょう。
「る、ルミナさま……どうしましょう」
隣に佇むお師匠さまの様子を窺う。きっとルミナさまなら山に住み着いた魔獣を倒せるでしょう。ですが……
「……いやまあ、魔獣を倒すのはいいんだけど。何の準備もなく山に入るのは避けたい。オレ、あんまり山にいい思い出ないんだよなぁ。それに……オレたちには魔獣なんかよりも、もっと困ったことがある。フィオレも気づいただろ?」
――――うう。やっぱり、そうですよね。
受付嬢さんに町の現状を聞いた時から脳裏をよぎっていたけれど。
「みんな、ちょっと聞きたいんだけどさ」
ルミナさまが代行者さんたちに問いかける。
「今。――――どこで寝泊まりしてんの?」
その、聞きたいような聞きたくないようなルミナさまの質問に。代行者さんたちは全員、いい笑顔で親指を立てながらこう言った。
『――――町の外!』
………………そう、今、この東エルドヴィレッジでは。
向こう側に行きたいけど行けない、旅人が溢れかえっているせいで。宿屋がどこもかしこも――――満室なのでした。
要するに。このままだと町にいながらに野宿する事に…………え? 冗談ですよね?




