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27 エピローグ・旅立ち

「――――こんばんは、ルミナ様」


 歌が止まるのを見計らって、屋根の上の星に声をかける。

 以前のように驚く様子はない。きっと、私が聞いていることに気づいていたんでしょう。

 

「よっ……と」


 私も屋根の上に登る。ルミナ様は何も言わず、自身の星空(セカイ)を見上げている。私は危なげなくその隣まで辿り着き、屋根に腰掛けた。次いで、意味がないかもと思いつつも問い掛ける。


「今の歌。……以前のとは違いましたね。なんて歌なんですか?」

「――”Zephyrs's”」

「……え?」


 あれ、あっさり答えてくれました。でもやっぱり、不思議な言葉。私にはその曲名も、歌詞の意味も全然わからない。

 そして案の定、ルミナ様はそれ以上答える気はない様子。逆に私に質問を返してきた。


「……それで? フィオレはこんな時間にどうした? ……また悲しい夢、見ちゃったか?」

「い、いえ。そ、その節は大変ご迷惑を……」


 お母さんがいなくなって、はや一か月。

 最初はもう酷いものでした。あの時お母さんに告げた強がりは、やっぱりただの強がりでしかなくて。

 とにかく泣いた。人間って、こんなに水が出るんだってくらい。


 朝起きて泣いた。だって、おはようを言うお母さんがいない。

 ご飯の時に泣いた。だって、それを作るお母さんも、食べてくれるお母さんもいない。

 外から帰ってきて泣いた。だって――――おかえりって、優しく迎えてくれるお母さんが、いない。


 ”やめてぇッ!! お母さんを燃やさないで…………!”

 

 お母さんのとの最後の別れの時も、それはもう迷惑を掛けてしまった。何せルミナ様が魔術で私を『拘束』するほど。しかも両手両足全部。ウェンディさんが何も言わずに私を抱き締めて、泣き崩れるまでずっと。

 そんなルミナ様に掛けた迷惑はもう、ちょっと、他の人には話せない。


 ”ルミナ様なんてキライ! もうどっか行ってください! 一人にしてください……!”


 …………………………いえもうホント。恥ずかしくて死にそう。

 だけどそんなみっともない私を見捨てることなく、ルミナ様は私を甲斐甲斐しくお世話してくれました。いまだ復興の途中でごたついているコルトスで、先生と一緒にお母さんの葬儀を手配してくれたり。部屋に閉じこもって塞ぎ込む私に、毎日毎食、ご飯を作ってくれたり。

 ……たぶん私、ルミナ様がいなかったら死んじゃってたと思います。冗談なんかじゃなく。

 

「なんてお詫びをすれば……」

「いいさ。誰だって、大切な人と別れれば平静でなんかいられない。ましてやフィオレにとってシルヴィアさんは、たった一人の家族だったんだから」

「ルミナ様……ありがとう、ございます。本当に」


 座ったまま、私は頭を下げてお礼を言う。むむ、しまった。屋根の上だから危なくて立てない。後でもう一回、ちゃんと真っ直ぐ目を見てお礼を言おう。とりあえず、今は。


「――ルミナ様。お話が……いえ、お願いがあります」


 この一か月泣いて過ごしていた私。……でも、不思議ですね。

 悲しいのは変わらない。一人の夜に涙することも。だけど、ずっと泣いていることはなくなって。

 いつしか私は――お母さんの死を、受け止められるようになっていた。……そういえばマイクおじさんの時も同じだった。人間は慣れる生き物、ということなんでしょう。

 そのことが少し、やるせなくはあるけれど。……みんな、そうやって生きていかなきゃいけないんです。

 そうして涙を胸に仕舞い、自分のこれからのことを考えた時に。……やらなくてはならないことがある、ということに気づいた。それをルミナ様に、お願いしなくては。

 

「聞くだけ聞いてやる。……お願いってのは?」

「はい。――――私を、ルミナ様の旅に連れていってください」

「いいよ」

「止めても無駄です。勝手に――――……あれ? いい?」

「ああ」


 あ、あれーーーーーーーー!?!?

 てっきり、”なにをバカなこと言ってんだキミはこの街で幸せに暮らしていくんだそしてオレはこの街をクールに去るぜキリッ”みたいなことを言われると思ったのに!


「お、お願いをしておいてなんですが。ホントにいいんですか?」

「だってそう言われるのわかってたから。シルヴィアさんも、フィオレがそういう行動に出ることを予想していたし」

「お母さんが……?」


 どうやら私の知らない間に、二人で内緒の話し合いをしていたらしい。ひどい。

 少し膨れてしまう私に、だけどルミナ様は真剣な声で問い掛けてきた。


「連れていくのはいい。でもそれは、”どうしてそうしたいか”を自分の口で言えたらの話だ。ああ、誤魔化しても駄目だぞ。それももう、わかってるから」


 ……お母さんもルミナ様も、私のことわかり過ぎじゃないですか? 嬉しいような、恥ずかしいような。

 でも……うん。それなら、誤魔化すことなく。


「――――私は。お母さんに死の魔術を……いえ、()()()()()()()()()()()()()


 私の、きっと好ましくないだろう本心をさらけ出した。


「………………はあ」

「やっぱり駄目……ですか? 私を止めますか?」

「いや予想通りだなって」


 本当に二人には私がそういう行動に出る、ということがわかっていたらしい。……お母さんの、仇討ちをする、ということが。


「……仇を取る、か。オレは別にそれを止めようとは思わない。……本当は止めるべきなんだけどな。そもそもそんな魔人、生かして置く必要なんてないしな。世のため人のためにも必要なことだ。

 ――――だけど確認。別にフィオレがそれをする必要はないんだぞ。オレもその魔人を見つけたら容赦なく殺すつもりだし。なんなら他の誰かでもいい。オレと一緒に旅をしても、もうすでに討伐されていた――なんてこともあり得る。無駄足だった、ってな。それでも、一緒に来るのか?」

「はい」

「この街で平和に暮らしていくことも出来るのに?」

「もう、決めましたから」


 そうです。もう、覚悟を決めたこと。

 絶対に呪いの魔人を殺す。そのために強くなる。魔人とだって、戦えるくらいに。ルミナ様に鍛えてもらうことで。


「えっと、その。ルミナ様のことを利用するようで、申し訳ないのですが……」

「利用? 違うだろ、忘れたか? フィオレはオレの弟子なんだから。師匠が弟子を鍛えるのは大自然の摂理、らしいぞ」

「なんですかそれ……」


 どうやらそれは、世界が決めたことらしい。なら、遠慮する必要はない……んでしょうか。


「それなら、お願いしますルミナ様――っと、そうです。ルミナ様の旅の目的、聞いてませんでした」


 お母さんから断片的なことは聞いていたけど、ルミナ様の口からちゃんと聞きたい。……ふふん、さっきのお返しです。


「……………………まあ。一緒に旅するなら、言わないとか。だけどそんな大層な理由じゃない。オレはただ――――家に、帰りたいだけだ」

「……家に、ですか?」

「ああ。だけどどうしても、帰り方がわからなくてさ。……それで旅をしてたら、見つかるかもって。それだけの理由だよ」

「……その。詳しいことはわかりませんけど。探すアテはあるんですか?」

「ない。……ってわけでもない。”魔王様”に、会いに行こうと思ってる」

 

 ――――魔王様。

 字面だけだとまるで、魔獣や魔人を統べる王様、みたいに感じてしまうけれど何のことはない。

 『魔法使い』で『王様』だから、魔王様。その言葉は、この国を治める一番偉い人のことを指すのです。


「いや、たぶん知ってるはず、知ってなきゃおかしいってくらいで他にアテなんかないだけなんだけど」

「魔王様……それなら、王都に?」

「ああ。……まさか王都がこんなに遠いとは。いろいろトラブったのもあるけど、二年位彷徨ってまだ着かないなんて思いもしなかったぞ」

「に、二年ですか!? それはまた……」


 どこから旅してきたんでしょう? 国の端っこ近いこの街からでも、馬車で半年もあれば……って、それは真っ直ぐ進めた場合の話ですね。きっと、いろいろあったのでしょう。


「あ、そうです。それともう一つ。……私の失くした過去を、探してもいいですか?」

「ん、シルヴィアさんの日記に書いてあったやつ?」

「はい。お母さんが昔の知り合いにお願いしていた、っていう」


 ルミナ様が渡されたという日記。そこには私と暮らし始めた以降のことと、魔機技研(ラボラトリー)時代のこと。その時の後輩さんと文通をしていたことも書かれていた。たぶん後輩というのは、私たちがコルトスに来る時一緒に来てくれた女性のことでしょう。その人に、私の素性を調べてもらうよう頼んだらしい。

 日記にはその後輩さんからの手紙も挟まっていた。一番新しい手紙は、ちょうど一年前。そこに書かれた文言に、私とルミナ様は首を捻ってしまったけれど……王都に行けば、直接話が出来るはず。


「んじゃ、それも目的の一つ、ということで。――――"明日の朝"とはいかないけれど。フィオレの旅の準備、明日からしていくか」

「はい!」


 空を見上げる。ルミナ様の世界は本当に美しくて、切ない。


 ”人は死んだら、夜空のお星さまになって残された人を見守ってくれる”

 

 そんな、子供だましみたいなおとぎ話を思い出した。

 人は死んでも星にはならない。土に還るだけ。……だけど、何かの本で読んだ気がする。

 星の光はずっとずっと、遥か遠くから届いていて。あまりにも遠いから、今の姿を映したものではないって。それは、過去の光なんだって。

 ……お母さんも、そうなのかな。私はこれからも生きていく。だけど、お母さんはもうどこにも行けない。もう、あの時間に残されたまま。私はそれを振り返ることしかできない。

 どれだけ伸ばしても届かない星と同じ。遥か遠くで、綺麗に輝いている。

 夜になれば見上げて悲しくなって。朝になれば胸に仕舞って、一日を頑張っていく。

 きっとみんな同じ。そうやって人は、今日も、明日も、その先も生きていく。

 

 ああ、それなら。

 お星さまになる、というのも、あながち間違いじゃないのかもしれませんね。


「あ――――流れ星」


 涙のように落ちる光。私たちはそれを、ただ、見送った。



      ◇



「――――それじゃあ、行ってきます。お母さん」


 二週間後。旅の準備を終えた私たちは、ついに街を発つことに決めた。

 街の復興はまだまだこれから、というところ。心苦しくはあったけど、周辺の街からの支援も届き始めている今、もう大丈夫だろうとルミナ様が判断した。

 お世話になった人たちへの挨拶も済ませた。ウェンディさんは素敵な笑顔で応援してくれた。先生はこの家の管理を買って出てくれた。いつか私が帰ってきたときのために。そして、友人の家を守るために。

 私はルミナ様に買ってもらった旅装束に袖を通し、お母さんの寝室にいる。机の上には、小さな箱。


「フィオレ。準備は……それ。置いて行っていいのか?」

「……はい。これは、ここに在るべきものですから」


 その箱は、お母さんの誕生日に渡したもの。箱の中には、変わらぬ愛を誓う指輪が二つ。

 刻まれた文字はもちろんお母さんの名前と――――


「……まったくもう。私、ちょっと不満です。もっと早く勇気を出してくれていたら良かったのに。……ホント、不器用な人なんですから」


 でも、最後にはちゃんと間に合ったので、許してあげます。――――お父さん。


「それじゃあ、行きましょう。忘れ物はないでしょうか」

「それオレの台詞。…………いや待てよ。そういえばあれが……」

「……? ルミナ様?」


 街へ向かって歩いていると、ちょっと野暮用、とルミナ様が森を引き返してしまう。……なにか忘れてしまったんでしょうか。

 少しだけ郷愁に浸る。もう、次にこの道を通るのがいつになるかわからない。あの家も先生が見てくれるけど、人が住まないとすぐに家は駄目になる、って聞きますし。……たぶん、ボロボロの廃墟みたいになっちゃうでしょう。


「――――」


 想像して悲しくなる。でももう、決めたから。成し遂げるって。


「お待たせ――どうかしたか?」

「いえ、何でも。忘れ物はありましたか?」

「ああ。ここが使い時かなと。張り紙もしたし。まあとにかく行こう」

「……?」


 ルミナ様はよくわからないことを言っていたけど、スタスタと歩いて行ってしまう。慌てて追いかける。


「…………え、っと……」


 そこで私は重大な事実に気づく。――――私これから、ルミナ様と二人旅なんですか!?

 ど、どうしましょう!? ふ、二人っきりなんて……いえ、お母さんが亡くなってからも二人で暮らしてましたけど! でもでも私、塞ぎ込んでる時間が長かったから、特に意識してなかったし……!

 ちらり、と隣を歩くルミナ様の横顔を盗み見る。ドキドキ。胸が高鳴る。

 相変わらず女の子そのものな美しいお顔。でも本当は男の子で、私のこと、守ってくれて……うう!

 あ、あんなに八つ当たりとかしたのに! それでもずっと私のことを気にかけてくれて……そんなの、意識しない方がおかしいってもんです! ルミナ様めー、よくも私のオトメゴコロをかき乱してくれましたねー!


「――――はあ……ふう……」


 落ち着こう。はい、深呼吸。……うん、よし。大丈夫。私は冷静です。ちらり。ドッキン。ああ! もうどうしたら! このー、ルミナ様めー!


「…………」


 ……ルミナ様、か。私の命の恩人ですし、お師匠様だし、尊敬もしているからそう呼んでいるけど……もうちょっとだけ、親しみを感じる呼び方とか、距離を縮めちゃってもいいかも、なんて。

 ルミナさん? それともウェンディさんに倣って、ルミナ君? …………うーん?

 なんか、しっくりこない。ルミナ様はルミナ様だからルミナ様以外の何物でもないのです。これは想定外。

 ……やっぱりいつも通りに……あ、それなら。


「……あの。今更、なんですけど」

「ん? なに?」


 隣街に行くという馬車へ、便乗の交渉をしてきたルミナ様が戻ってきた。……深呼吸をひとつ。よし。

 他の呼び方がしっくりこないなら。――想いを込めよう。

 尊敬と、それ以上の親愛の気持ちを。


「どうかこれからも、よろしくお願いしますね――――ルミナさま♪」


 これから先、ずっと。

 仇討ちとか自身の素性とか、それよりも何よりも。

 私は、あなたのおそばを離れません。


「――っ。あ、ああ。よろしくフィオレ」


 いつもと変わらない音。そこに込められた色にルミナさまが気づいたかどうかは……まあ、どうでもいいことですね。


「それじゃ行こうか。隣街まで乗せてってくれるってさ」

「はい。ルミナさま」


 ……正直な話。不安がないとは全然言えない。

 これから先、どんなことが待ち受けているのか。私は強くなれるのか。そもそもどこのどちら様なのか。わからないことだらけで足が竦みそうになる。

 でも、と隣を歩く少し赤い顔を見る。旅の行方と同じく、何一つその正体は知れないけれど、私にもわかることがある。

 この人と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる。それだけは絶対だと確信している。だって、私のお師匠さまは。


 誰よりもカッコ良くて。誰よりも優しくて。誰よりも可愛い男の娘(オトコノコ)

 世界最強の、星の魔法使いさまなんですから!



      ◇



 そして私は旅に出る。

 振り返ればそこには、心安らぐ故郷の姿。

 多くのものを得た。多くのものを失った。

 二度と取り戻せない日々。その輝きは星のように。

 手の中の温もりはもう、消えてしまったけれど。

 思い出はいつだって私を照らしてくれる。

 この体は、いとおしい両親の愛で出来ている。

 だから大丈夫。私は幸せになれる。

 涙は胸に仕舞い、まっすぐ顔を上げて。

 私は力の限り、その一歩を踏み出した。

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