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25 星辰世界

 私たちの無事を確かめた後。ルミナ様は、今まさに氷塊を砕こうと藻掻くアイオーンに向き合った。


「一時はどうなることかと思ったけど。……フィオレのおかげだ。ありがとう、本体を見つけてくれて。危うくこの街、壊滅するところだった」


 ルミナ様はいつの間にか白い剣を仕舞っている。いつぞやの巨人の時と同じ。だけど今回は、『終炎の槍』ですらあの魔人の本体を焼くことは出来なかった。いったい、なにを……?


「それと――シルヴィアさん。この間の約束、前倒しにさせてください。ほら、誕生日にとっておきを見せるってやつ」

「――!」

 

 シルヴィア様が目を見開いて驚く。……誕生日に……二人とも、そんな約束をしてたんですね。でも、とっておきって……?

 困惑する私をよそに、シルヴィア様は何かを察した様子。


「……ええ、構いませんとも。それでは、見せていただけるのですね」


 ふっと、その表情を和らげてこう言った。


「ルミナ様。貴方様が持つ――――魔法を」


 …………え? 

 魔法? 魔法って……おとぎ話の? ()()()()()()()使()()()っていう、あの?


「それも勘ですか? ……敵わないな。――それじゃあ、ちょっと行ってきます」


 スタスタとアイオーンの方へ歩いて行くルミナ様。そして、アイオーンが氷塊を砕いた瞬間。


「――――真理・投影(イデア・アクセス)


 世界から。(いろ)と、(ふるえ)が消え去った。



      ◇



「――――――――」


 しん、と。すべてが絶滅する。何もかもが呼吸を止めた、凍るような静寂の中。私の意識は真白に染められる。

 理解できない現象に、ただ、ぼう、として。その死んだ世界を見つめている。

 まだ夕方にも遠い時間のはず。なのに暗い。真っ暗。太陽すらも命を落としたのかと錯覚する。


「――――――……」


 すごく、静か。

 風のささやきすら行方不明。感じるのは自身の鼓動と、全身を走り抜ける血液の躍動だけ。きぃん、と耳鳴り。静かすぎて――まるでどこかの霊園のよう。


「な――――なんだ、これは……」


 はじめに音が生き返る。氷塊から脱したアイオーンの呟きによって。おかげで私も呼吸を再開。危うく呆然死するところだった。魔人に助けられるなんて悔しい。

 次に光。ぱあ、と視界が開けて、私の心は色彩を取り戻す。でもやっぱり暗くて、それもそのはずだと納得する。

 見上げた空。広がっていたはずの青は、いつの間にか、深く深く沈んでいる。

 太陽は死んだまま。ソラには光が満ち溢れている。


「何なのだ、これはッ!」



 ――――つまるところ。瞬き一つ、ほんの一息の間に。

 世界は――――夜に、なっていたのです。


 

「――――、まさ、か」


 辛うじて言葉を紡ぐ私。隣に寄り添うシルヴィア様も、何かを察している様子ではあったけど、驚きに目を見開いていた。周囲を見渡して――いえ。

 空を見上げている。シルヴィア様も。アイオーンも。そして、私も。


「なんと……こんな、こんなことが……!」


 ただ一様に、満天の星空を見上げていた。


事象変移(フェーズシフト)――――"夢幻霊廟・星辰世界アストラル・メモリースフィア"」


 不可思議な言葉を呟くルミナ様。たぶんそれが、この世界の名前。

 そして私はこの空を知っている。あの日。あの夜に、ルミナ様と見上げた星空。


 ――――幽かな光。冷たく色鮮やかに廻る星々の舞台――――


 星が一つ、涙のように落ちる。あの時と同じ。呼び起される感情も、また。


 ――――白く、青く、赤く。数えきれない光は、ただ切なく――――


 今ならわかる。この空は――――墓標。

 亡くしたもの、喪ったものを投影する星々。だけどそれは幻でしかなく。

 そこには何もない。胸を打つ切なさがあるだけ。

 取り戻せない日々は夢のように。過ぎ去った想いは心を焦がす。

 そして――――ただ、綺麗だった。


 これはきっと、そういうもの。

 眩いばかりの光を見せながら、それは一時の夢なのだと示すソラ。それこそがルミナ様の――――


「――――もう夜も深い。そろそろ眠りにつく時だ、不滅を騙る魔人」


 魔法使いは告げる。まやかしの永遠にしがみつく、愚かな求道者へと。


「此処は夜天の霊廟。眩いばかりの過去(いつか)の光。終わらないものはなく、ソラにはただ、カラの墓標だけが遺される。

 ――覚悟はいいか、アイオーン。この夜に満ちる夢幻の光で、オマエの永遠を否定してやろう!」


 ここに、ルミナ様の星の魔法が顕現した。



      ◇



 不滅の魔人は動かない。停滞した自身を守るように、精神の分け身も停止させている。


「魔法――だと? お前が、魔法使いだと!? 騙っているのはそちらの方だ、魔術師! 人間は、この世界の生命は、その真理に至らないはずだ! ()()()()()()()()()()()()()!」

視点(アンテナ)が低い。ちょっと引きこもりすぎじゃないか? この国の王サマだって魔法使いだぞ? 海の方にも確かいたハズだけどな。ただ単に、オマエが世間知らずなだけだろう。オレが魔法を使ったとしても、なんら不思議じゃないはずだ」

「それが有り得んと言っている! 奴らは特別だ、この世界の人間が魔法を使えないのは変わらな――いや、待て。まさか、貴様――!?」


 ルミナ様とアイオーン。向き合う二人は、私にはよくわからない話をしている。そしてアイオーンは、苦々しげながらも、少しだけ勝ち誇ったように、本当に間抜けなことを口にした。


「だ、だがまあいい。貴様が魔法使いだろうと、小生の体に傷一つつけられないのは証明済みだ。……ふん、確かに、美しい空だと認めてやろう。しかしそれだけだ。美しいだけの魔法など――」

「おいおい、寝ぼけ過ぎだぞ聖職者。天を仰ぐのがオマエたちの誓い(しごと)じゃなかったか? ――そら、その濁りきった目をこすって良く見てみるといい」


 ルミナ様は静かに、右の人差し指を空に向ける。


「あの星が。あの無数の瞬きが。――――オマエの終着だ」


 つられるように、アイオーンは視線を上に上げ、そして見る。


「――? なんの話だ。ただ星が、ある、だ、け……」


 数え切れない星々。無限と思えるような、だけど限りある光の粒たち。

 その全て。私たちの頭上を覆い隠す全ての星は、ただの一つの例外もなく。

 ――――ルミナ様の魔力で出来ていた。


「――――――――」


 アイオーンは完全に沈黙する。私とシルヴィア様だって、言葉を発することができない。

 だって、デタラメ過ぎる。こんなの、人間が持っていい力じゃない。でも、何も言えないのは恐ろしいからじゃなくて。

 それはきっと、敵対していながらもあの星空の正体に気づかなかった、アイオーンも同じはず。

 ルミナ様の魔法は、すごく冷たくて、とても切なくて――そしてただ、美しい。私たちはみんな、それに見惚れていただけなんです。


「オ……オオオオオオオオッ!」

「!?」


 突然アイオーンの分身体が雄叫びを上げ、ルミナ様へ魔術を放とうとし、


「動くな」


 空から落ちてきた星に粉砕され、弾け飛んだ。

 私はやっと理解する。今までルミナ様が時々使っていた、流れ星みたいな攻撃の正体。そして、いつも振るっていた星のように瞬く白い剣の材質。

 みたい、とか、ような、じゃなくてそのもの。あれもルミナ様の魔法の産物。見えないほど高速で星を射出したり。剣の形をした星を生み出したりしていたんです。


「ぐ、おのれ……ッ」


 再生する分身体。本体に寄り添い、だけど触れたら分身体が消えてしまうから、持ち上げて逃げることも出来ない。『果てなき停滞』を、解かない限りは。


「フィオレがオマエを見つけてくれたおかげで、この状況に持ち込めた。本体がどこなのかわからないと、魔法を使っても意味がなかったからな。この街を更地にしないといけないかも、と冷や冷やしたよ。……いやオレ、ここに来てから冷や冷やし過ぎじゃない? いい加減風邪引きそう」


 怖いことを冗談混じりに言うルミナ様。そして何を思ったのか、アイオーンを挑発し始めた。


「さあ。その分身体じゃ、オレの星を避けることも防ぐことも出来ないぞ? 石化を解いて、本体で挑んでみたらどうだ? それとも――」


 自らの停滞(ちかい)に、殉じるか。

 それを受け、不滅の魔人は、


「――――ハ」


 なぜか笑い出した。


「ハハハ、ハハハハハハ! いいだろう魔法使い! 小生の願いは変わらない。小生の墜落は終わらない! 我が"不滅"をもって、貴様の夢幻の光を越えてやろう!」


 分身体が消える。精神を本体に戻したらしい。

 そして本体たる石像の魔力が、世界がひび割れそうほど膨れ上がる。もしルミナ様の魔法の中でなければ、それだけで気を失ってしまうくらい。

 七枚の羽根の石化が解ける。ぱきり、と砕け散ったそれは水晶の輝きを宿し、さらにその魔力を増大させていく。……よく考えてみたら、幻想の産物である魔人の羽根も石化していた、ということは。

『果てなき停滞』は本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょうか……?


「ならばその誓い。真正面から討ち果たしてみせる。安心しろ、これを防がれたらオレに為すすべはない」


 アイオーンの全魔力を込めた『停滞』。対するルミナ様は、ただそれに人差し指を向ける。その瞬間。


「……だけどそうなったら、オマエに救いはない。ただ一人、暗闇の果てへと落ちていくことになる。――だから」


 星が、廻転する。


「ここで、終わらせてやるよ。アイオーン・アタナトス」


 数多の星々が渦を巻き、星天の写し手の元へと集っていく。


「――ああ。なんと、美しい」


 まるで流れ星の海を泳ぐよう。私とシルヴィア様の周囲を光が舞い踊り、素通りしていく。私たちの体にはなんの影響も及ぼさない。こんなに近く、掴めそうなのに届かない。

 まさしく夜空の星そのもので。過ぎ去った日々を想うような光景だった。


「――本当に。きれいです」


 集束が終わる。ルミナ様の指には、一つの星。それがどれほどの力を持つのか、もう私にはまるで理解できない。――だけど、これで終わりだと確信する。


「ソラの彼方へ送ってやる。――――"星廻り示す終の灼光スタートレイル・ノヴァ"」

 

 閃光。白い光が世界を染め上げた。

 ルミナ様の指から放たれた星はアイオーンの元で弾け、眩い光で包み込む。

 目が潰れそうなほどの眩しさ。なのに全然、痛くない。

 それはたぶん、あの星は目を焼くものではなく、心に焼き付くものだからでしょう。……きっと、アイオーンも。


「……救いなど。この世に生まれ落ちた時に置き去りにしている。――だが、まあ」


 私の耳に届く小さな音。それは。


「小生は終ぞ、眠ることが出来なかったから。

 その果てがこんな、綺麗な光の中だとは、夢にも思わなかったな――――」


 とても静かな、墜落の終わり。


 そうして。不滅を願い、永遠を目指し。

 死を恐れ、眠ることすら忌避し続けた魔人は。

 ソラへと昇っていくように、立ち上る光の中へと消えていった。



      ◇



「……わからないことがあるんです」


 魔人襲撃から、一週間。

 北部の大半が崩壊したコルトスの街は、復興を目指して日々励んでいた。

 街の外にある私の家は被害を免れて一安心……なんて、さすがに言えなかった。

 家を失った人。逃げ遅れて大怪我を負った人。不運にも命を落とした人もいた。……ミゲール団長や、ハインツさんたちも。

 死者八十余名。負傷者五百人超え。だけど、魔人の襲撃を受けてこの数字で済んでいるのは奇跡らしい。……あまり、受け入れたくはない事実ですけど。

 

「どうしてアイオーンは、私を狙ったんでしょう? ルミナ様ならわかるんですけど……」


 そして私とルミナ様は今、街の復興に協力しています。

 具体的にいうと瓦礫の撤去とか。『境界線』を使えば重いものを運ぶことも出来るし、ちょっとやそっとじゃ傷一つつかないので、危険な場所にも率先して手伝いに行ったりしている。ルミナ様は魔術を使って負傷者の手当てをしたり、すごい速さで瓦礫をどかしたりしていた。

 その合間。ウェンディさんとの雑談で、答えを求めていたわけじゃないけど、疑問に思っていたことを相談してみた。


「ああ、確かあの魔人、強い奴を狙うんだっけ? それなら簡単ね。フィオレさん、あなたの魔力がこの街で一番強いからよ。あ、ルミナくんは除外してね?」

「…………はい?」

「もっと言うと、この街どころか世界中見渡しても、あなたほどの魔力量を持つ人がどれほどいるか、ってくらい。街を襲った分身体ってやつ? あれ、私も協会の中から見てたんだけど。たぶん、それから感じる魔力にちょっと届かない、くらいじゃないかしら」


 ……え? 私が?

 アイオーンの分身体は四枚羽根くらいの力を持っていた。と、いうことは……


「ぶっちゃけ、あなたすごく怖いわ。街の皆も無意識の内に、あなたの強大な魔力を感じていたんでしょう。だから、不必要に怖がられてたのよ」

「………………えー」


 そ、そうだったんですか!? 今明かされる衝撃の事実!


「で、でも代行者の皆さんは普通に……」

「ああ、あれはただ単に見栄張ってただけよ。"魔獣と戦う俺たちがこんな女の子にビビってたまるか"みたいな。バッチリ、ビビってたわよ。最初にあなたのお願いを断ったのも、あなたがただ者じゃないと思ってたからじゃないかしらね」


 そ、そんなぁ……うう、シルヴィア様もルミナ様も教えてくれればいいのに――い、いえ、それはいいです。わからないことはもう一つ。


「なんであの魔人は、わざわざ強い人のところに姿を表したんでしょうか? 死にたくない、本体に気づかれたくないなら、何もせずにじっとしてれば良かったのに」


 それがいちばん謎だった。

 アイオーンは慎重だった。行動を開始したのは私がルミナ様と離れた時。私たちがどれくらい強いかわからなかったから、なるべく各個撃破したかったからでしょう。……まあ私、ただの街娘だったわけですが。

 最初の分身体も、聖教会から離れた位置に出現させていた。狙っていたはずの私がそこにいたのに、です。

 たぶんそこで私を殺していたら、もう一人のターゲットであるルミナ様に本体の居場所がばれてしまうから。それを避けるために、さも街の南側から侵入してきたと思わせるように大通りをまっすぐ歩いてきていた。……でも、そもそもの話。


 ――――死にたくないなら、ずっと石化して(ひきこもって)いれば良かったのでは?


「さあ。魔人の考えることなんてわからないけどね。自分を殺しうる存在が近くにいること自体が耐えられなかったんじゃない? ――もしくは」

「……?」


「一人でいるのがイヤになったのかもね。永遠に生きるってのは、そういうことでしょ?」


 ……ルミナ様は言っていた。そのままだと救われないと。アイオーンもそれをわかっていた……のかな。最期の言葉を思い返す。

 "救いなど"。もしかしたらあの魔人は、ただ一人きりで暗闇の果てに墜落するのではなく。

 自分が納得出来る着地点を探していたのかも……なんて。まあ、もうわからないことですね。

 何にせよ、はた迷惑なことには変わりない。

 それこそが魔人。この世の理不尽の象徴たる所以なのでしょう。


「だけど――七枚羽根かー。まさかホントに実在するとはね。しかも襲われて生き残ってるし。ルミナくんサマサマね」

「ウェンディさん、七枚羽根の魔人のこと知ってるんですか?」

「ん? あーまあ、ウワサ程度だけどね。王都でも一部の人間にしか周知されてない、って話よ」


 何でそんなのウェンディさんは知ってるんでしょう……と思ったけど。そういうウワサ話、私も好きです。周囲を気にしつつ顔を近づけるウェンディさんに、耳を傾ける。


「本来存在しないはずの、七枚の羽根を持つ魔人。それを王都ではこう呼んでいるらしいわ」


 そうして、協会の受付嬢さんは教えてくれた。


「星より生まれし七つの残響。災厄が残した遺言(こえ)。――――"凶ツ星(ディザスター)"、と」


 ――――この時の私には知る由もない、因縁浅からぬものたちの呼び名を。

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