24 アイオーン討伐戦
「オレを前にして、星を名乗るとはいい度胸だ――――ッ!!」
激昂し、不滅の魔人へと切りかかるルミナ様。近づきながらも『指先』で貫く念の入りよう。一瞬で再び燃え上がるアイオーン。
「八つ裂きだエセ神父!」
炎上させるだけでは飽きたらず、さらに白い剣が閃いた。たぶん……言葉通り八回。速すぎてよく見えない。アイオーンは瞬きのうちに黒焦げバラバラ死体に早変わり。だけど。
「チッ――」
同じく瞬きの内に元通り。無傷のまま、でも服はボロボロのまま、魔人は変わらぬ姿でそこにいる。
「は、ハハハハ! 強いな魔術師、本当に人間か? こうも容易く裁断されると小気味いい。おかげで――喉のつかえが取れた。感謝するぞ」
「なら讃美歌でも歌っとけ! もしかしたら神サマの神託が聞けるかもだぞ? "汚ねー歌響かすなブチ殺すぞ"――ってなぁ!」
そのまま二人は街の北西方面に跳んでいく。移動するたび、街が様変わりしていく。
「小生の説教が不愉快か? ならば――殺して見せるがいい、美少年――――!!」
建物を粉砕しつつ、数え切れない石柱がルミナ様に迫る。吹き荒れる暴風がアイオーンごと、それらを細切れにする。
「ハ――! 今すぐ神のもとに送ってやるよ、コスプレ野郎――――!!」
虫の大群のような石礫が、街を穴だらけにしていく。巨大な氷塊がそれらを閉じ込め、魔人ごと粉々にする。
「な、なんという……これがルミナ様の力……! まさか、これほどとは。それに何故、変異式刻印が見えないのでしょう……」
背中から驚愕の声。そう言えばシルヴィア様は、実際にルミナ様が戦うところを見るのは初めてでしたっけ。やっぱりシルヴィア様にも、ルミナ様の魔術行使は意味不明のようです。……それにしても。
「このままだと、街が……!」
まるで砂の城のよう。最初から脆く作られていたのかと錯覚するほど、次から次へと家々が倒壊していく。どうか、避難が済んでいる場所でありますように。というか。
「な、なんかアイオーン、さっきより強くなってるような?」
気のせいかと思ったけど間違いない。強くなってる。感じる魔力がさらに増大している。
よく見れば身体能力も。歩いているだけだったのに、今は普通に走っている――のはまあ、いいとして。さっきまではルミナ様の剣に抵抗ゼロで切断されていたのに、少しだけ、受け止められている。結果は変わらないけど。
ルミナ様の『四相の指先』にも反応する素振り。なすすべなく胸の中心を穿たれていたのに、体をよじって回避しようとする動きが見えた。結末は、同じだけど。
「――――あれ?」
もう一つ、気づいたこと。――羽根の色が、変わっている。
正確に言うと輝きが違う。初めて見た時には、七枚中三枚が石のようにくすんだ色だったのに、今ではそれは二枚だけで、残り五枚は水晶のように煌めいていた。……もしかして。
「あれはアイオーンの、出力を表している?」
その可能性が高い。シルヴィア様も言っていたけど、さっきまであの魔人は、四枚羽根程度の力しかなかった。だけど今は出力を上げ、五枚羽根程度――あれ、奇数の羽根を持つ魔人は存在しないんでしたっけ? とにかく、そのくらいの力がある、ということ。
「それでも、ルミナ様のほうが強いみたいですけど……」
もはや私なんかでは近づくことすら許されない、超絶の殺し合い。優勢は未だルミナ様。羽根一枚分、出力を上げようとも、アイオーンはルミナ様に傷一つつけられない。それ、なのに。
「なんで、死なないんですか……!」
死なない。どうしても、死なない。
剣で切り裂かれようが。炎で灰にされようが。風に砕かれようが。氷に閉ざされようが。……全く死なない。
果てのない奈落を幻視する。どこまでもどこまでも落ちていく。止まっているのに落ちている。落ち続けているから終わらない。
……なんてこと。信じられない。
アイオーンは何一つ、ルミナ様に及ばないのに。
ただ死なない。
ただそれだけのことで、あの魔人はルミナ様を圧倒している……!
「……! シルヴィア様さっき、あの魔人のこと、知っているふうでしたよね!?」
ルミナ様がどれだけ強くとも、永遠に戦い続けられるわけじゃないはず。現に、ほんの少しだけ呼吸が荒くなっているようにも。このままじゃジリ貧で、いつか押しつぶされてしまう。
だから、打開策を見つけないと。それを知っているかもしれないシルヴィア様に、私は問いかけた。
「知っている、というよりも……資料を見ただけです。王都の魔機技研にいたころ、そういう事件があった、という」
「事件、ですか?」
「はい。今から百年以上前の資料です。……当時、魔術の天才と評された代行者がいたそうです。その人物は人よりもはるかに強大な魔力を持ち、魔獣、ひいては魔人の討伐部隊にも参加を請われるような、英雄的存在だったらしいのですが……」
そこで一拍置かれ、予想していた通りの結末が明かされる。
「そんな猛者が、ある街に滞在していた時のこと。――突如として出現した魔人に殺されてしまったのです」
「……!」
「街中での出来事なので、辛うじて目撃者がいました。事件後、当時の魔機技研の調査によると、殺されたその人物は仲間とともに必死の抵抗をし、何度もその魔人を殺せていたそうです。ですが――」
「……死ななかった?」
「魔人は人間よりもはるかに強大な魔力を持ち、死に至る傷ですら一瞬で完治します。ですがそれは、己の魔力の続く限り、というもの。最も強大と言われる六枚羽根ですら、多くとも四回。それで消滅します。……そのはず、なのですが」
埒外の魔人ですら、蘇生には膨大な魔力を消費してしまう。つまり、倒すほどに力が弱まっていく。だけど、どう見ても。
アイオーンは。――――十回以上死んでいるのに、力の減衰も蘇生の停止も、まるで起こる様子がない。
「目撃者の証言により、その魔人は灰の髪とボロボロの神父服、そして石の魔術を用い、目的の人物を殺したら忽然と姿を消した、と記録されています。そして――七枚の羽根を持つ、とも。そのため魔機技研ではこう呼ばれていたのです。――――”不滅の魔人、アイオーン”と」
「…………」
「あ、ちなみに名前は聞いたら答えてくれたそうです」
「え、あ、そ、そうですか」
意外と律儀な魔人だった。そういえば確かに、初めて現れた時も聞かれて答えていた。神父だから、問いかけに応じずにはいられないのでしょうか。まあとにかく。
「でもシルヴィア様。死なないとしたら、どうやって倒したら……」
「落ち着きなさいフィオレ。不滅の存在なんて、この世にはいませんよ。いたとしてもそれは、最初から生きていないものだけでしょう。大丈夫、魔機技研はあの魔人の謎について、ある推測を立てています」
「ある、推測?」
そうしてシルヴィア様は、心底驚くコトを口にし、
「はい。あのアイオーンという魔人は。――――おそらく本体ではありません」
私は、なんとかなるかもしれないと希望を抱いた。
◇
屋根の上を走る。遠くで響く、この世の終わりみたいな音を耳にしながら。
「……本当に、一緒に来るつもりなんですか、シルヴィア様」
「ええ、もちろんです。貴女を一人になんてできませんし、それに……」
「それに?」
「もう、私を置いてどこかに行かないでください」
「――――はい。シルヴィア様」
背中には変わらない温もり。そのことに安心感と、同時に不安も抱きながら、最後までそばにいると誓う。
ルミナ様とアイオーンの戦闘は続いている。天秤はルミナ様に傾き、なのにそれが拮抗状態。いつアイオーン側へと傾くかわからない。急がないと。
「多分、あるはずなんです。あの場所に、アレが――」
今ルミナ様と戦っているアイオーンは本体ではない。シルヴィア様のその推測を聞いた時、驚きながらも脳裏に引っかかるものがあった。
それはこの二か月間、コルトスの街を脅かしていた魔獣大量発生事件。この数日で、それがピタリと止まったこと。それは多分。
「多分アイオーンの本体は、街の中に入ったんです。魔獣除けの、魔獣の発生を阻害する、この街の結界魔機具の中に」
事件の原因は間違いなく、街の近くにアイオーンの本体がいたこと。でも団長さんたちがいくら探しても、魔人の姿は見つけられなかった。なら、どこにいたのか。音が、少し近づいてくる。
「本当は、見つけていたんです。魔人を。それがそうだとは、気づかなかっただけで」
ハインツさんのあの時の言葉を思い出す。……本当に悔やまれる。私かルミナ様、どちらかがそれを見ていたら、この状況にはならなかったはずなのに。崩れる音が、どんどん迫ってくる。
「シルヴィア様は離れていて下さい」
「大丈夫なのですか……? やはり、ルミナ様に……」
「――いえ。もう時間がありません。今すぐ確かめないと」
おんぶしていたシルヴィア様を下ろし、身を隠しているようお願いする。
私が辿り着いた場所。それは――聖教会。その敷地内にある物置小屋。そこに運び込まれた、という話はウェンディさんから聞いていた。走る。終わりの音が近い。小屋の扉を開け放つ。もう時間がない。だけど。
「――――――――やっぱり」
手近にあった棒を掴む。たぶん、聖教会にやってきた不逞の輩を撃退するための物でしょう。それに残りの魔力を全力で、込める!
「こ、のぉぉぉぉぉぉ――――っ!!!」
見つけたそれに、渾身の一撃を見舞う。魔力放出による物理破壊。その、瞬間。
「きゃあ!?」
バチバチ!! 叩きつけたその物体から、とんでもない魔力が溢れ出し。私の体は開け放たれた扉から、思いっきり外に吹き飛ばされた。
「あぐっ!」
地面にしたたかに体を打つ。五十メートルは優に超え、何と聖教会の敷地の端まで飛んでしまった。パリン、と最後の『境界線』が砕け散る。これでもう、私の身を守るものは何もない。
「フィオレ!」
「! シルヴィア様、来ちゃだめです!」
倒れて動けない私に駆け寄ってくるシルヴィア様。そこへ。……ああもう、空気読んでください。
「なにをしている貴様ァァァァァァァッ!!!」
物置小屋の扉付近。何もなかったはずの場所に、突如としてアイオーンが現れた。今まで何度かあった、瞬間移動。倒れた私目掛けて跳びかかってくる。距離、五十メートル強。魔人ならばほんの一息。
よほど焦っているのか、魔術ではなく直接私を攻撃するつもりのよう。すごく助かる。でも。
「――――っ」
もう私を守るものはない。即死確定の、まさしく絶体絶命。駆け寄ってくるシルヴィア様も、このまま殺されてしまう。……だけど頭が弱いですね魔人さん。そんなにそれが大事なら、様子を窺うように近づいて来るのではなく、すぐさま私を殺しに瞬間移動するべきだった。見上げた青空に、夜の帳。
でも出来なかった。ルミナ様に気づかれるリスクを冒せなかった。そして、そんなあなただから――
「ルミナ様ぁーーーーーーーっ!!!!」
「!?」
私のこの言葉は見過ごせない――――!
「その小屋の石像が、魔人の本体です!!」
「なっ!?」
瞬間アイオーンは驚愕に止まり、空から『終炎の槍』が物置小屋へと落ち来る。周囲に被害を出さないよう範囲は極小、その分威力が凝縮されている。
「ぐ――おのれッ」
一瞬迷う素振りを見せるけれど、私に構う余裕はないと判断したらしい。反転しつつ、炎渦巻く結界を破壊するべく魔術を放つ。すでに灰燼に帰した物置小屋、その地面から石柱が伸びあがり、そこにあったものを天へと押し上げる。かき消える炎。そしてそこにあるものこそ。
――――跪き天を仰ぎ、祈るように両手を組み。
手の中の眼球らしき物体を自らに向け、背中から七枚の羽根を生やした悪趣味なモノ。
さっきまでイヤというほど見てきた姿に似た――魔人像。
それこそが、魔人アイオーンの本体だった。
不思議に思っていたことがある。どうしてあの時の魔術を一度しか使わなかったのか。
何もかもを石化させた、理解不能の魔術。あれを連発していればあっという間に私を殺せていたはずなのに。それをほんの一瞬、牽制のためだけに使った理由。だけどそれは単純な話。
使わないのではなく、使えなかった。別の場所で全力で起動していたから、ほんの一瞬、ほんの一端しかその力を顕せなかったんです。
石柱の上の魔人像を見る。あれは今、二つの魔術を使っている。
一つは私を追い詰めルミナ様と戦った、自らの精神を宿す分身体を作る魔術。時折視線を離した隙に瞬間移動していたのは、分身体を一度消して再出現させていたからでしょう。そしてもう一つが。
――『永劫墜落果てなき停滞』。そう、あの魔術は敵対者ではなく、自分自身に使うための、自己保存の魔術なんです。
その魔術に込められた想いは単純明快。――――『死にたくない』。
それがあの魔人の全て。自らを殺しうる強者を襲い、正体がばれることを恐れる臆病者。
死を忌避するあまり自らを停滞させ、世界の終焉へと墜落し続ける求道者。
それこそが。――――『不滅の凶星』アイオーン・アタナトスの正体です!
「ルミナ様! お願いします!」
だけどもうタネは割れた。墜落は終わり、地の底に激突するときです。――さあやっちゃってくださいお師匠様!
駆け寄ってきたシルヴィア様の手を取りその場を離れる。聖教会の尖塔の上に降り立ったルミナ様。とん、と尖塔を蹴り、石柱の上の本体に迫る。分身体も跳び上がるけど遅い。
ルミナ様の『四相の指先』が、ガキン! と本体を貫いて――ガキン? あれ?
ぴょん、と。アイオーンの本体がおかしな動きをした。まるで押し出されるように、石柱の上から飛び出す魔人像。そして真っ黒な杭は空中で霧散していって……刺さって、ない?
「ぐ、おぉっ!?」
落ちてきた本体を必死で避けるアイオーン。え、避けちゃうんですか? ……って、ああ! あの分身を作る魔術、本体に触れたら戻ってしまうみたいです!
分身体で本体を運べないなんて難儀な魔術――ってそうではなく!
どがんと地面に落ちる石像。跳び上がってきたアイオーンを脳天唐竹真っ二つにしながら、ルミナ様はさらなる魔術を起動。その数――五個!? 炎、氷、雷、風、土。様々な属性の魔術の矢が石像を穿つ。だけど……
「な、なんで……」
遠目でよく見えないけど、魔術の矢が当たったところに傷は見えない。変わらぬ祈りを捧げている。
瞬時に再生した分身体を蹴り飛ばして粉砕、ルミナ様は一瞬で石像に間合いを詰め白い剣を幾度も閃かせる。
「ふ――――!!」
恐ろしく固いものを、恐ろしく速い剣が、数えきれないほど打ち据える。剣戟の嵐が魔人像を飲み込む。
絶え間ない斬撃は速すぎて稲妻にしか見えない。響き渡る音はまさに雷鳴のそれ。思わずシルヴィア様と一緒に耳を塞いだ。
「オオ――――ッ!!!」
裂帛の気合とともに大上段から放たれる振り下ろし。爆発音。あまりの威力に周囲の地面が陥没し、石畳が弾け飛んだ。
あれを受けて生存できる生命体は存在しない、そう確信させる一撃を受けて――それなのに。
「そんな……!」
無傷。魔人像には傷どころか、汚れ一つ付いていなかった。変わらず、停止している。
「ハ……ハハハ、ハハハハハハハ!! どうした魔術師! かすり傷一つ付けられんとは! やはり人間に小生の不滅は――」
「やかましい」
パキン。またしても蘇生した分身体ごと、魔人像を巨大な氷塊の中に閉じ込めるルミナ様。そうして私たちの方を見て、こちらに駆け寄ってきた。
「フィオレ! シルヴィアさん!」
「る、ルミナ様!?」
「二人とも、怪我は?」
一切攻撃が通らなかったのに、特に慌てた風でもなく私たちの心配をする。ルミナ様のその姿に、私たちの方が焦ってしまう。
「わ、私たちはなんとも。ですが、ルミナ様……」
「そ、そうです! ルミナ様の攻撃でも駄目なんて……それじゃあ、アイオーンを倒す手段は……!」
いまコルトスの街にいる人間で最も強いだろうルミナ様でも、手も足も出ないとすると……もう、なすすべが……そう、悲観する私たちの耳に。
「ああうん。まあ、大丈夫だよ」
ルミナ様の落ち着き払った声が届いた。
「――――あれくらいなら、何とかなる」




