23 不滅の凶星
「シルヴィア様っ!」
難なく聖教会に辿り着く。もしかしたら大通り沿いの建物が崩落してたりするかも、なんて思ってたけど杞憂だった。……北門付近にあった三人の遺体に、ほんの少ししか祈れなかったことが悔やまれる。
「……ああ! フィオレ! 無事だったのですか!」
騒ぎを聞きつけてシルヴィア様も避難しているかと思いきや、別れた時と変わらず聖教会で待ってくれていた。ほっと一安心。というか、他にも避難してきたと思しき人たちがいる。さっきはいなかった神父様や修道女さんも。
「怪我はありませんか――そ、その足! 血まみれではないですか! 靴に穴が……!」
「だ、大丈夫ですシルヴィア様。ルミナ様に治していただきましたから」
私の惨状を見て泣きそうな顔をするシルヴィア様。よほど驚いたのか、私の無事を確かめるように抱き着かれた。……心配かけて、ごめんなさい。
「ああ……良かった。貴女に何かあったらと思うと……寿命が縮みそうでした」
「こ、怖いこと言わないでください!」
さっきここでした話を思い出し、私も泣きそうになる。……いえ、今はとにかく避難を!
「ここは危険です。ルミナ様が今、街の北側で魔人と戦ってますけど、どうなるかわかりません。もっと南側へ避難を!」
私の声に、聖教会へ避難していた人たちがざわめき出す。だけど、
「皆さん! 落ち着いてください! あの子のいうとおり、ここは危険のようです! なにか嫌な気配がします!」
神父様がみんなを落ち着かせて、外へ出るよう誘導し始めた。――さすがは本物の神父様です。どこぞの、みすぼらしくて寝不足なの丸分かりで私の足に穴を開けてくれた、なんちゃって神父とは大違いです。頼りになります。
「さあ、シルヴィア様も。一緒に避難しましょう」
神父様のいうとおり、確かに嫌な感じがする。その正体は判然としないけれど、魔人の強大な魔力がここまで漂ってきてるのかもしれない。さっさと離れるのが吉でしょう。
「……ルミナ様は、たった一人で魔人と戦闘を?」
「ええ、すごいんですよ。とんでもない魔術であっという間に魔人を倒しちゃって。すぐ再生されちゃってましたけど、あの様子なら……」
「なんと。この魔力の気配だと、四枚羽根の魔人でしょうが……だとしても、単騎で圧倒するなど異常なことです。もはや恐ろしいほどのお力ですね、ルミナ様は。恐らく、ここ最近の魔獣大量発生は、その魔人が街の近くにいたからでしょう」
私の説明に驚嘆しきりのシルヴィア様。昔、魔人とも戦ったことがあるというシルヴィア様なら、それがどれほどのことなのか良くわかるんでしょう。でも……
「あ、あの。シルヴィア様、この街に現れた魔人は、四枚羽根じゃなくて」
「? ま、まさか、六枚羽根ですか!? だとしたら、街の南側に避難してもどうなるか……」
「い、いえそうではなく」
私の否定に、魔人の力を知るシルヴィア様は明らかな恐怖の色を顔に表している。……もしかして羽根の枚数が違うと、そこまで強さが変わるものなのでしょうか。あれ、私もなんだか怖くなってきました。
――――だって、アイオーンの羽根は。
「今ルミナ様が戦っている魔人は――――七枚羽根、だったんですけど……」
その、私の言葉に。
「――――――――なん、ですって?」
シルヴィア様は恐怖を通り越し、完全に思考が停止したように、呆けた顔をした。
「七、枚? そんな……だって……有り得ない。い、いえそう言えば、あの資料には――フィオレ!」
「は、はい!?」
突然大声で呼びかけられ、びくっとする。構わずシルヴィア様は私を問い詰めるように、
「今、ルミナ様が戦っているという魔人。それは、まさか――ズタボロの神父服を、纏ってはいませんでしたか!?」
アイオーンの特徴を言い当てた。
「え、あ、はい。そうです。神父服を着た、灰色の髪の背の高い男性で……ってシルヴィア様? どうしてそれを……」
「――! や、やはり、"不滅の魔人"……!」
どうして出会ってもいないアイオーンの服装がわかるのか。私のその疑問には答えず、シルヴィア様は私から手を離し、
「こ、こうしてはいられません。早く、ルミナ様に伝えなくては……あっ! う、うう……!」
一人で聖教会の外に出ようとして、ふらりと、その場にうずくまった。
「し、シルヴィア様!? く、苦しいのですか!?」
「はあ……はあ……だ、だい、丈夫です。少し、眩暈が……」
「む、無理しすぎです! とにかく今は、早く避難を……!」
「で、ですが……」
それでもシルヴィア様は、どうしてもルミナ様に伝えたいことがある様子。実際、シルヴィア様の体調ではまともに移動する事も難しそうだし……よし。
「わかりました。それでは私が、シルヴィア様をおんぶします。農作地まで避難したら、私がルミナ様にお伝えしに行きます」
「そ、そんな……! それでは貴女が危険……って、フィオレ!?」
文句は無視する。シルヴィア様の前に回り、自分の体を押しつけるようにして強引におんぶの体勢にもっていく。困惑しきりのシルヴィア様は、されるがまま。よいしょ、と私は細く軽い体をおんぶする。
「まさか、貴女におんぶされる日がくるとは……」
「しっかり掴まっててくださいね」
最後の『境界線』は起動したまま。強化も問題なく機能している。さあ、急がないと!
同じように避難する人々。みんな、大通りを避けるように路地側を移動しているので走ることはできない。それなら。
「ちょっ、フィオレ何を……ひゃあ!?」
背中から悲鳴。すごく珍しくて微笑ましくなる。私は人がごった返す路地を避け、ぴょんと屋根に跳び上がったのです。そのまま屋根の上を跳び、移動していく。
「――!」
しがみつく細い体。耳をくすぐる吐息。愛しい温もり。大切な人との非日常に、なんだか心が弾んでいく。そんな状況じゃないのに、不謹慎でしょうか。
シルヴィア様はしっかりと私に体を委ねている。
……ああ。私、あなたを支えられる人間になれたでしょうか。
あなたが胸を張れるくらい、立派な人間に育ったでしょうか。
だけどそんな一時も終わりを告げる。大通り付近の屋根を跳んでいた時。
ズガシャァァァァァァァ!!!
街の北側の街壁の一部が、轟音とともに砕けて崩落した。
「――え!?」
そちらに目を向けると、二つの何かがそこから飛び出してくるのが見えた。あれは……ルミナ様と、アイオーン!?
ルミナ様は空中でアイオーンを蹴り落とす。すかさず追撃。乱立する石棘の森を砕きながら大通りに叩き落とされたアイオーンに、天から雷撃が降り注ぐ。
バチバチィ!! と凄まじい炸裂音。魔人は土煙の中、黒焦げになり絶命した――かと思いきや。
「オマエ――――なんで死なない!」
強化された聴力が、石柱の一本に降り立ったルミナ様の、うんざりした声を捉えた。
そう。大通りに落ちたはずのアイオーンは、いつの間にか、同じように石柱の上にいる。――無傷のままで。
「く、クハハ。クハハハハハハ! そう言えばまだ、名乗っていなかったな魔術師」
魔人は告げる。自らの願いを。
「小生はアイオーン・アタナトス。――母より別れし不滅の凶星。死を超克する永遠の災厄。果てなき墜落の先、此処に臨終は停止する。
……どうか生き急いでくれるな、悍ましき仔羊ども。その脆弱さでは瞬きの間に――――朽ち果ててしまうぞ?」
災厄は、未だ終わりが見えない。




