22 魔を穿つ指先
「――ありがとう。フィオレを、助けてくれて」
倒れる団長さんのそばに屈み、感謝を伝えるルミナ様。私には聞こえなかったけど、団長さんが何かを口にして、
「……そっか」
ルミナ様は微笑み立ち上がった。……たぶん、団長さんは、もう……
へたり込む私に近づいて、右足の怪我に気づくと後悔の表情を浮かべるルミナ様。
「こんな怪我を……ホントごめん。二人の邪魔をしないようにと思ってたけど……裏目に出た。ずいぶん無茶をさせたみたいだ。今すぐ治すから」
「ちがっ……! 違うんですルミナ様! わた、私のせいで……!」
一生懸命、言葉を紡ぐ。ルミナ様は悪くないと。
「ごめんなさい……ごめんなさい! 私のせいで団長さんたち、死なせちゃって、守れなくて、ごめんなさいぃ……!」
泣きながら謝る。必死に、私の罪を懺悔する。
涙が止まらない。団長さんたちの死が悲しくて。だけどルミナ様がいることに安心して、張りつめていたものが緩んで。もう、感情がぐちゃぐちゃだった。だけど。
「……貴様」
今はまだ、戦場の最中。左腕を吹き飛ばされたアイオーンは、苦々し気に――あ、あれ?
腕が、ある。さっき間違いなく、ルミナ様の不思議な攻撃で、千切れ飛んでいたはずなのに!
そういえば確か、魔人は一度殺したくらいじゃ死なないくらいしぶといって……
「おっと。もう再生したか。ごめんフィオレ。ちょっと熱いかもだけど我慢して」
「えっ、あの…………あ、熱っ!?」
治りきっていない私の右足に、ルミナ様が触れたと思うとあっつーーーーい!
ほ、ホントに熱いです! もうヤケドしそうなくらいで……る、ルミナ様なにを!? と溢れ出ていた涙も吹き飛ぶくらい混乱していると。
「い、痛くない……治った?」
背筋が冷えていくような痛みも、心がささくれ立つような熱も、綺麗さっぱり無くなっている。驚きつつ足を見れば、固まった血はそのままだけど、傷口らしきものは何も見えなかった。
「よし。フィオレはそこにいるように。ちょっと――――」
「あ、ルミナ様!?」
私の傷が塞がったことを確認すると、ルミナ様は魔人の方に向き直り、
「アレ。――――殺して来るから」
傷の痛みとは別の、全身が凍るような、冷たい声で告げた。
◇
「よう。神父サマ。こんなところでお祈りか? ずいぶん、自然派なんだな」
「貴様ハ……なるほどナ」
魔術師と魔人は向かい合う。その距離、十メートルほど。
ルミナ様はいつも通り、いつの間にか白い剣を手にしている。剣の間合いじゃない。だけどルミナ様なら一瞬で魔人を切り伏せられることは、これまで見たあの人の強さから察せられた。
「貴様が、もう一人カ――!」
「ん? なんだ、オレを探してたのか?」
「あ、あの人。私を殺しに来たって……」
最初にアイオーンと遭遇した時に口にしていたこと。確かあの時。
「お前たち、って言ってました。だから私と、それ以外にも……」
「……フィオレを? 私のせいってそういう……今の口ぶりからするとオレもか。……全然知らないヤツだけどな。フィオレは?」
「わ、私も、なにがなんだか……」
そう、さっぱりわからない。魔人に命を狙われる理由なんて全くこれっぽちもない……はず。
ああでも。なんか、よくわからないことを言っていたような……?
「まあいいや。そこのオマエ。お祈りは終わったか? 神サマは"人でなし"だからな。なんのお告げもくれなかったろ。そしてお生憎様。オレがくれてやれるのも――――殺意だけだ」
「……人間ガ。小生を殺せるとでモ? 大した魔力だガ、思い上がるナ――!」
「ああ、そういうのいいから。それにさ。悠長に喋ってるけど……いいのか?」
そうしてルミナ様は。自然体で立ちつつ、左手の人差し指を魔人へと向けて、
「そこ。――――オレの指が届くとこだぞ?」
私にも魔人にもわからない、不思議なことを言った。
「……? なにを――――グ、ガァッ!?」
「!?」
刹那現れる不可思議現象。目に映るものが理解できない。理解できるけど理解できない。
突然――本当に突如として、アイオーンの胸のど真ん中から、真っ黒な杭のようなものが生えてきた。
というか、ぶち抜いていた。
「な、なんダ、これ、はガァァァァァァァァ!?!?」
「えっ? えっ?」
混乱、ここに極まれり。真っ黒だった杭が急に灼熱色に染まったかと思うと、魔人の体はとんでもない勢いで発火した。火柱の中で踊る人影……じゃなくて魔人影。
もう私は、さっきまで殺されかけていたことなんて忘れて、ぽけーっとそれを見つめるしかない。
……いえ、理解できない、と言ったけどそんなこともない。あれはルミナ様が放った魔術。
あの真っ黒な杭みたいなものの正体は――結界。杭状に形成した結界をアイオーンの胸に出現させ貫いた。光すら通さぬ結界の内側には四つの属性。今は火の属性を顕したようだけれど、状況に合わせて火、氷、雷、土の属性で貫いた対象を破壊し尽くす。
そう。あれはルミナ様が、魔人を効率よく殺すために開発した魔術。
――世界にあふれる害悪ども。刮目するといい。
お前たちがどれほど膨大な魔性であっても、ただ四つの指先にて応じよう。
あれこそはルミナ様が持つ、凄絶なる魔人殺し。
攻性結界――――『万魔応殺す四相の指先』。
拘束魔術と同じく、空間を指定して発動する魔術。魔人に当てるのは至難の業のはず。それをルミナ様は、発生地点をあらかじめ決め打ちして、その地点に対象が触れた時に発動させていた。……いえ、違う。
違う違う。困惑したのはそんなことじゃなくて。私が、魔人すらも驚いたのは。
「ど、どうして――――変異式が、見えなかったんですか?」
そう。本来あるべき変異式刻印。それが、発動するまで全く見えなかった。
不愉快ではあるけど、おそらく私と魔人の目は同種のもの。発動前の変異式を見て解析する。どれだけ変異式刻印が速くとも、魔術の発動までにはタイムラグがある。あんな複雑怪奇な変異式なんて、たとえ発動地点を決め打ちしていたとしても、一瞬で発動できるわけがない。
だけど事実として。発動してから、あの魔術がどういったものか見ることができた。それはアイオーンも同じはず。……ルミナ様、いったいなにをしたんですか……?
「おっと」
「え?」
火柱の中で消えていく魔人。これで終わり、と安堵したのも束の間、ルミナ様は突然地面を蹴り、
「ぐ、グオォッ!?」
「ひっ!?」
私のすぐそばまで迫っていた、一切傷を負っていないアイオーンの右腕を手にした白い剣で切り飛ばした。
大きな戦斧ですら傷一つつかなかった魔人の腕を、まるで不要な枝を剪定するようにスパッと切断する。断面からは――はらりはらりと、赤黒い魔力光。魔人の体は人間にそっくりだけれど、その内部には血液ではなく、凝縮された魔力が駆け巡っていると何かの本で読んだことがある。
ルミナ様は止まらない。驚愕の表情を浮かべ後退するアイオーンに追い縋る。
「ふ――――!」
そのまま流れるように思い切り蹴り飛ばした。当然、魔力放出付き。胴体部分が笑えるくらいひしゃげた魔人は大きく吹き飛び、
「ギャァァァァァァァァ!!!」
ルミナ様の『指先』に触れ、またしても炎上する。
この一瞬で二回……いえ、三回? とにかく圧倒的なまでの強さで、私のお師匠様は魔人を殺害していた。
「……弱いな。七枚羽根なんて初めて見たから、どれほどのものかと思ったけど。良くて四枚羽根くらいだな」
呼吸ひとつ乱れていない。ルミナ様強すぎです。……だけど。
今度こそ終わりかと思ったのに、再びアイオーンは無傷で出現する。ま、魔人ってこんなにしぶといんですか!?
「き、貴様……! いったイ、何をしていル……!?」
「ん? なにって?」
「とぼけるナ! その魔術……いやその剣もダ! 小生の体を易々と……いったい、何で出来ていル……!」
「――えーー、わっかんないのぉ? だっさーーい! それがわからないのは、二枚羽根までなんですけどぉ?」
「急になんだその金糸雀のような声ハ! おちょくるなよ少年……!」
「ハッ! 悪かったなぁ美少年で!」
「大した自信家だな貴様ァ!」
……アイオーン、ルミナ様の性別がわかってるんですね……
めちゃくちゃ可愛らしい声で魔人を煽ったルミナ様は、だけど視線は恐ろしいほど冷たい。
目の前の魔人を殺す。金の瞳はそれを雄弁に語っている。だけどほんの一瞬、雰囲気を和らげて私に視線を向けた。
「フィオレ! シルヴィアさんは!」
「え、あ、えっと! せ、聖教会で別れて……」
「なら迎えに行って避難するといい! ちょっとコイツ、しぶとそうだ!」
だ、大丈夫なんですか!? と言いかけて。それは愚問だと思い直す。
これほどの強さを持つルミナ様なら、何も問題ない。私がアイオーンから逃げ始めて、まだそんなに時間は経っていないけど……その間に、街は大きく様変わりしてしまった。
聖教会がある地点は大通りからそれなりに離れている。被害はないでしょうけど、シルヴィア様が心配です。ここはお言葉に甘えて、避難することにしよう。
「わ、わかりました! ルミナ様、お気をつけて……!」
「オッケーオッケー。任せろぉ!」
アイオーンの動きを警戒するけれど、どうやらルミナ様一人に集中することにした様子。私の動きには目もくれない。
恐る恐る立ち上がる。右足は完全に治っているみたい。こびりついた血と、靴に穴が開いているので変な感じだけど……うん、走れる。急ごう。
北門へ向けて走り出す。シルヴィア様のことが心配で焦りそうになるけれど、一度だけ、振り返ってみる。
ちょうどその時。ルミナ様の剣が、アイオーンの首を切り飛ばすところだった。




