表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/66

21 ここは任せて先に行け 

 ―――――――雨が、降っているかのよう。

 ぱらぱらと。なにか固いものが、地面を打ち付ける音が街に響く。


「っ!?」


 ガガガガ、と大通りに面した建物の窓が、一斉に落ちて轟音を立てた。全て、灰色になっている。()()()()()、重々しく砕け散っている。

 ……いえ、ように、ではなく。

 ――――窓ガラスも。羽根を広げたままの鳥も。雨のように落ちる、元は埃だったものも。元からそうだったものさえも。

 全て――――石化していた。灰色になって、止まっていた。


「そ、そんな……」


 信じられない。たった一瞬でこれほどの現象を引き起こすなんて。

 アイオーンの魔術は全力じゃなかった。手加減どころか、本当に、その力の切れ端を顕しただけ。それで……この威力。

 手加減した理由はわからないけれど、もしも。あの魔人が全力で今の魔術を放ったなら。


「この街は……全部……!」


 急がないと。早くアイオーンを街の外に――いえ、それ以前に今の魔術を連発されたら逃げようがない! 今、アイオーンはどこに……

 でも遅かった。判断を間違えた。街に被害が出ることを恐れ過ぎた。

 隠れた路地から大通りを窺うのではなく、すぐさま路地の奥側へ走って逃げるべきだった。


「お前。――見えているナ?」

「え……きゃあ!?」


 後ろに、アイオーンが突如として現れる。いつの間に!?

 魔人はその長い脚で私を思い切り蹴り飛ばす。人間の頭部さえ容易く粉砕する人外の身体能力。当然、反転が発動するかと思いきや……本当にふざけてる。

 なんと『境界線』が割られないギリギリの力で、ふんわりと、私を大通り側へ押し出して見せた。……嘘でしょう!?

 驚きのあまり着地に失敗。背中から石畳の上に落ちてしまうけど、これくらいの衝撃なら『境界線』は耐えられる。大丈夫、残り二回の防御はまだ――――二、回?

 逃げている時はがむしゃらで気づかなかった。あと、二回攻撃を受けたら、私は……もう……?


「まさか全くの初見で回避されるとハ。その目。……本当に余計なことをしてくれル。――だガ」

「う!?」


 またしても路地にいたはずの魔人が正面に出現した。なんなんですかこの瞬間移動!

 何がしたいのか、もう一度私を北門側へと蹴り出すアイオーン。せっかく近づいたのに、どういうつもり……いえ、逆に好都合です。

 北門はもうすぐそこ。破壊されてしまっているけど、出る分には問題なさそう。この勢いを利用して一気に駆け抜け――


「こちらも解析を終えタ。その癖の悪い足を断罪しようカ」

「な……」


 ることは出来なかった。着地した地面から、高速で迫るもの。

 それは設置型の、魔術(トラップ)


「あっ! う、こ、こんなの……」


 がちり。右足に噛みつく石で出来たトラバサミ。がりがりと『境界線』に阻まれながらも、その獰猛な歯を食い込ませていく。動けない。このままだと、いえ、だ、大丈夫。割られても反転が発動する。その後に走り出せば……なんて。

 ――本当に、私は魔人を甘く見ていた。


「ぎっ!? あ、ああああああああ!!!」


 トラバサミが境界線を砕く。反転し、その口が大きく開き――ほぼ同時に。

 ゼロコンマ一秒の間隙。その空白を縫うように、地面から生えた石の棘が、私の靴ごと足の甲を貫き。


「――――――――――」


 反転して開いた牙が巻き戻り。今度こそ私の脚にがぶりと食らいついた。


「あ、ぐぅぅ、い、いた、痛いぃぃ……!」


 生きてきた中で初めての大怪我。とんでもない激痛に心臓が踊り狂ってる。現実感のない景色と、とめどなく溢れる赤色に(いしき)が焼き切れそう。


「う、あああああ……っ!!」


 もう私は恐慌状態に陥ってしまって、ほとんど無意識のうちに右足に魔力を集中、爆発させ、石の棘を折りトラバサミを粉砕した。あまりの衝撃に私自身の体も吹き飛ばされてしまう。

 もんどりうって地面に倒れ込み、私はそのまま動けなくなってしまった。


 ――いたい、いたい……! 棘、棘が、まだ刺さって……!

 涙が溢れる。自分の脚がズタズタで、そのうえ異物が刺さっている。まっすぐ伸びたそれは、なんだか鉢に立てた支柱のよう。ぬらり、と絡む血は蔓みたい。そこから私という花が咲いていて――あ、はは、は……私、なにをバカなことを。

 現実逃避しかけながらも、とにかく逃げなくてはという一心で、這いずるように体を魔人から遠ざける。


「やっと止まったカ。……圧縮した魔力を炸裂させ逃れるとはナ。足を貫かれながら大した反応ダ。意識的にか無意識的にかはわからんガ――解せんナ。なぜ、反撃をしてこなイ?」


 魔人の訝る声。私にそれを気にする余裕なんかない。


「まさかとは思うガ。……素人、なのカ? 戦うすべもなく攻撃魔術も使えない、ただの人間だト? ただ才能のみで――()()()()()()()()()()()()()というのカ」


 嘲るようなため息。恐らくそれは私にではなく。

 ただの人間に過大すぎる評価を下していた自分自身に向けたもの。そして、


「……無駄な時間だった、とは言うまイ。長ずればどれほどの力をつけるか。お前はここで、排除しておくべき人間に変わりはなイ」


 いきなり。

 空が、暗くなった。


 恐る恐る上に視線を向ければ、そこには。

 私の体なんかゆうに超える、巨大すぎる、岩の塊が――――


「ふン。稚拙な舞踏会もこれにて閉幕。では告解の(とき)ダ。なに、神に許しを請う必要はないとモ。ただ、速やかニ――――」


 魔人の手が、邪悪なるものに裁きを下すように振り下ろされる。


「地の底に、墜ちて行ケ」


 間に合わない。こんな、這いずる速度じゃ絶対に。

 だけど諦めたくなくて、必死で前へ進むけど。

 ――あ、これ。私、押し花になっちゃいますね。

 やっぱり無理だと、目を閉じそうになった時。


「うおおおおおおおおおおッ!!!」

「!?」


 真横の路地から、誰かが飛び出して来た。

 謎の人物は駆け抜けながら、倒れる私をガシッと拾うと、


「くそがあああああああああ!!!」


 空から落ちる大岩の範囲外へ、全力で跳んだ。

 ズガシャァァァァァァァ!!!!

 耳がおかしくなりそうな轟音と粉塵を巻き上げ、大岩は街を砕く。その衝撃で私たちはさらに吹き飛ばされるけれど、間一髪、押しつぶされるのだけは回避できた。

 呆然とする。落ちてきた大岩はまだ形を保っていて、その向こう側にいるだろうアイオーンの姿は見えない。そして私を窮地から救い出したのは、


「だ、団長さん……?」


 住人の避難とルミナ様を呼びにいったはずの、ミゲール団長だった。


「ど、どうして……」

「おーい、嬢ちゃん! 無事か!」

「!? は、ハインツさん!? それに……」


 ハインツさんだけじゃない。オスカーさんとビクトールさんも、屋根の上から飛び降りてきた。どうやら大通りを避けつつ、屋根の上を移動してここまで来たみたい。


「み、みなさん。街の人の避難は? ルミナ様は……」

「話は後だ! とにかく逃げ……って、その足!?」


 団長さんは私のズタズタの足と、刺さった棘を見て顔をしかめる。


「フィオレ、治癒魔術使えただろう! 早く治せ!」

「で、でも、この状態じゃ……」


 そう、棘が刺さったままでは治療できない。これを抜かないと――あれ、なんか嫌な予感。


「わかった。なら、歯を食いしばれ!」

「え、いや、ちょっと待――――いぎっ!?!?」


 なんということでしょう。団長さんったら、私の足に刺さった棘を、力任せに抜いてくれやがりました。

 目の奥で火花が飛び散る。あまりの激痛に意識飛びそう。っていうか吐きそう。そして『境界線』の再起動を確認。……あ、あれ? もしかして、さっきまで起動してなかった?

 まさか棘が――異物が、私の体に刺さっていたから。『境界線』の機能に不具合が生じていた? そんな弱点が……


「これでいいか!? 早く治療して逃げるぞ!」

「~~~~~~っ! わ、わか、り、ました……」


 なんとか耐えきって治療を開始。助かりましたけど恨みます団長さん。


「……ああくそ、まじかよ。団長! 早くずらかったほうが良さそうですぜ!」

「な、なに?」


 治癒魔術を使いながらも、ハインツさんの焦る声に顔を上げる。そこには。


「――――な」


 ぴし、と。私たちと魔人を隔てる大岩に、縦に線が走ったかと思うと。

 バキバキ。バキン。見上げるような大岩が真っ二つに裂け、そのただ中を、神父服の魔人が悠々と歩いてきた。

 まるで神に祝福された聖者の行進を、阻めるものなどないと示すように。


「……! ……フィオレ、俺が抱えて走るから治療を続けてろ」

「え? きゃっ!」


 言うが早いか、団長さんは私を小脇に抱えて走り出した。ハインツさんたち三人もアイオーンを警戒しつつ、私たちに続いて、


「へっ、そんなトロトロ歩いてちゃ追いつけ」


 どぐしゃ。何かが固いものに押しつぶされる音がした。


「…………ハイン、ツさん?」


 団長さんに抱えられているので後ろが見えない。団長さんは足を止めない。また声が聞こえる。


「テメエ……! よくもダチを……! ぶっ殺してやグボッ!?」

「……ビクトールさん?」

 

 ずぶり。怒声が途中で止まり、湿り気を帯びた音が響いた。団長さんは足を止めない。また声が聞こえる。


「――――――団長! ここは、俺達に任せて先に行け……!」


「……!! だ、団長さん! 止まって下さい!」


 それでもやっぱり止まらない。小脇に抱えられている私は後ろが見えない。必死に体をよじって、なんとか視線を後ろに向けると。そこには。


 ハインツさんはいなくて。建物の壁にめり込んだ、ピクピクと震える赤い何かがあって。

 ビクトールさんもいなくて。大きな槍に高く高く吊り上げられ、赤いものを滴らせる何かがあって。

 だけどオスカーさんはいて。背中をこちらに向けていて……


「!!! 団長さん、止まって下さい! 戻って……!」

「――――それは、出来ない」

「お願いします! お願いだから……」

「オスカーが言ったろう。俺達に任せろと」


 確かに言っていた。いつもみたいにカッコつけて。でもそれは。


「……っ、でもオスカーさん―――足が、震えてました! 怖いって! 死にたくないって! いつもみたいに、ただカッコつけてただけなんですっ!」

「……わかっている」


 団長さんの唇から血が流れ落ちている。自分で噛んでいる。振り向かないよう、必死に耐えている。でも私は耐えられなくて、またしてもわがままを言ってしまう。なにも出来ないって、わかってるのに。


「お願いですから……戻ってください……戻って……」


 そしてそんな私の耳に。


「―――ありがとな親友たち。カッコつけてないと戦えもしない、こんな臆病者(おれ)といてくれて」


 命の終わる、悲しい音が届いた。



      ◇



 破壊された北門を抜け、街の外へ出る。

 私の足は血も止まって、痛みもマシになったけど、まだ治療は完全じゃない。団長さんに抱えられたまま街壁沿いを西側へ走っていく。


 どうやら団長さんたちは、ルミナ様がどこにいるかわからなかったようです。なので他のメンバーに住人の避難を任せ、私を追いかけてきたらしい。

 そういえば確かに、ルミナ様は私の家にいるとも、私の家がどこかも伝えていなかった。

 もしかしたら騒ぎを聞きつけて、ルミナ様は街に出たかもしれないけど……他に目指す場所はない。

 街の北西部に面した森へ行き、ルミナ様を呼ぶ。そんなに大きな森じゃないから、大声で叫べば私の家まで届くはず。もしルミナ様が家にいなくても、森の木々に紛れて逃げれば時間を稼げるはず。そう、楽観していた。


「!? な――!?」

「え!?」


 私を抱えて走る団長さんの足元。何の変哲もない地面が、()()()()()()()()

 さっきのトラバサミの比じゃない。もはや人間なんて丸呑みにできるほどの大地の顎が、まるで生きているかのように私たちに噛みついてきた。


「ぐ――お、オオオオオオオッ!!」


 咆哮。団長さんは抱えた私を思いっきり――放り投げた。


「きゃあっ!?」


 私は驚いて、受け身も取れずに体を地面に打ちつける。あと一回分の『境界線』は消費されずに、怪我もしていない。治りきっていない右足は痛むけど。

 倒れた私のそばに団長さんも倒れ込んだ。良かった……団長さんも逃れることができ、


「――――団長、さん?」


 …………小さくなっていた。

 私よりもずっと背が高かったのに。倒れる団長さんは、なんだか小さくて、それは単に。


「団長さんっ!!!」


 下半身が、なくなっていたからだった。


「ああ、ああ……!」


 仰向けに倒れた団長さんは、ごぼり、と血を吐いて、びくびくと体を痙攣させている。視線は虚ろで、胴体の断面からは夥しい血と、内蔵が零れて、つまり。

 もう――どうしようもなかった。


「――――――」

「っ! な、なんですか!?」


 きっともう、何も見えていない。そんな団長さんが何か言った気がして、口もとに耳を寄せる。視界の端に、アイオーンが歩いてくるのが見えたけど無視する。


「――――――すまな、かった、な」

「…………え?」

「あの日。助け、てやれな、くて」


 …………あの日? それって、私が薬草を取ってきてほしいと、お願いしたときのこと? そんなの……


「いいん、です……! いいんです、そんなの、全然……!」


 ずっと、気にしていたんですか? こんな、世間知らずな小娘のわがままを、聞かなかったことを。


「ありがとうございます……! こんな私を、助けてくれて……優しく、してくれて……!」


 アイオーンが左手を掲げるのが見える。私の足は完治していない。一撃目で『境界線』を割られ、二撃目で死ぬ。もう、打つ手なしです。でもそんな絶望的な状況で。

 団長さんがかすかに、口を動かして。


「――――ああ、しかし。本当に美しいな、あの星は――――」



 ――――真昼の空から、お星さまが落ちてきた。



「――!? ガァッ!?」


 魔術を放とうと掲げていた、アイオーンの左腕が千切れ飛んだ。瞬間見えたのは、あの日と同じ一条の光。

 私と団長さんのそばに誰かが降り立つ。街の壁の上から飛び降りてきたであろう、その人物こそ。


「――ごめん。遅くなった」


 待ち望んだ、私のお師匠様だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ