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16 崩壊する日常(前)

「ねえ、フィオレ? 久しぶりに、一緒にお出かけしませんか?」


 その日。シルヴィア様は突然そんなことを言い出した。

 朝の日課――と呼べるほどの日数は経っていないけど、ルミナ様との魔術修行が終わり、お昼ご飯を食べた後。俯きがちにして目を合わせない私の手を取って、街へお出かけしようと誘ってきたのです。


「え……あの、シルヴィア様……? 体調は……」

「大丈夫です。ちょっとした、散歩程度ですよ。……嫌でしょうか?」

「そ、そんなわけ……!」

「じゃあ決まりですね。ルミナ様もどうでしょうか。三人でお散歩しませんか?」


 私の隣に座るルミナ様にも声をかけるシルヴィア様。だけど、


「オレも、ですか? そう……ですね。…………いえ、オレは留守番してますよ。二人で、行って来てください」


 少し悩んでから断っていた。一瞬のアイコンタクト。私にはわからないことを、二人は確認し合っているようだった。


「何かあったら呼んでください。フィオレは足、速いから。もしオレの手が必要ならすぐ戻ってくるんだぞ、フィオレ。――――それじゃ、気をつけて」


 ルミナ様に見送られ。

 私とシルヴィア様は、秋の高い青空の下、デートをすることになりました。



      ◇



「本当に久しぶりですね、フィオレとお出かけするのは。貴女ったら、最近は一緒に来てくれないんですもの。……そういうのが恥ずかしい年頃、なのでしょうか」


 二人並んで街を歩く。

 私が育った街は活気が戻りつつある。普段の一割減くらい。ここ数日で一気に、魔獣の数が少なくなったと旅団の皆さんが知らせてくれたおかげで。

 誰も彼もが安堵したような顔で歩く、そんな日常の最中(さなか)。カツカツと杖を鳴らして歩くシルヴィア様が、私に話しかけてきた。


「ルミナ様との魔術修行はどうですか? ちゃんと、お勉強できているでしょうか」

「……はい。と言っても、そんな大層なことはしていませんけど……」


 ルミナ様が魔術書から一つ魔術を指定して、私が起動する。そしてその魔術に関する解説と、応用法なんかをルミナ様が語る、その繰り返し。

 つまらないなんてことはありません。

 ”一切の下地なくこれほどの魔術行使……やはり天才……”

 そんなことをルミナ様が呟いてくれたので、私の承認欲求はバッチバチに満たされています。素敵なお師匠様です。


「でも、攻撃魔術はまだ教えてもらえませんけど……」

「そうですねぇ。貴女には、まだ早いかもしれませんね。赤子に刃物を握らせるようなものですから」

「も、もう。どういう意味ですか、それ」


 そういえばルミナ様も、心労がどうのこうのと言っていたような。……私のことをなんだと思っているのでしょう。代わりに()()()()は教えてもらいましたけど。


「…………」


 ちらりと、シルヴィア様の顔を盗み見る。

 ……最近私は、シルヴィア様と上手く話せない。顔を合わせるのが、辛い。たぶんシルヴィア様もそのことに気づいている。だから、一緒にお出かけしようと誘ってきたんです。

 別に喧嘩をしたわけじゃない。大好きなシルヴィア様にそんな態度を取りたくなんてない。でも。

 ――――大好きだから。気づいてしまったから。もう誤魔化せないから。

 もう、どうしようもないことだから。……辛くてたまらない。


「あ、フィオレ。この服屋さん。いま貴女が着ているワンピースはここで買ったんですよ」

「そう……なんですか?」


 急に声をかけられて思考が中断する。

 シルヴィア様は一軒のお店の前に立ち止まった。通りに面した窓から見える店内は、とても華やか。

 友達同士なのかな。仲のよさそうな女の子たちと、朗らかに接する店員さん。並べられた服はどれもこれも可愛らしくて、私はちょっと気後れしてしまう。

 ……私、人見知りなので。こういうお店はちょっと……店員さんに話しかけるのとか無理過ぎますし。だからいつも、シルヴィア様に買って来てもらった服を着ているんです。


「ふふ……貴女には少しでもお淑やかに見えるように、と落ち着いた色合いの服ばかり買い与えてきましたけれど。……もう少し華やかなもののほうが良かったでしょうか」

「いえ……そんなことないです。ちゃんと気に入っています、シルヴィア様」

「そうですか? そういう服も、きっと似合うと思いますけどね」


 気に入っているのは本当。誰かが言っていたけれど、なんだかお淑やかなお嬢様みたいで。それにちゃんと女の子らしい、可愛いフリフリもついているし。


 私たちは歩いていく。杖を突きながら歩くシルヴィア様は、とてもゆっくり。

 今日の空には大きな雲が一つだけ。ふわふわと空を漂って、すごくゆっくり。

 なんだか、あの大きな雲はシルヴィア様みたい。不思議ですね……シルヴィア様はこんなにも。

 ――――腰も曲がって。手足も細くて。こんなにも――――小さいのに。


「ああ、ここの路地。……覚えていますかフィオレ。貴女がチンピラに啖呵を切った時の……」

「そんなこと……ありましたっけ」


 本当は覚えている。大好きなシルヴィア様とのことなら何でも覚えている。

 私がまだ九歳くらいの時のこと。この細い路地を二人で歩いていたら後ろから、


 "おいババア! ちんたら歩いてんじゃねぇ!"


 とガラの悪い男性が因縁をつけてきたことがあった。なので私は、


 "シルヴィア様はババアじゃありません! シルヴィア様はシルヴィア様です! そんなこともわからないなんて……はっ! もしかしてそのツンツンした髪の毛。脳みそに突き刺さってるんですか!? だから頭が……"


 と返したんです。


「ふふふ……今でこそ笑い話ですけれど、あの時マイクが来てくれなかったらどうなっていたことか。でも……すごく、嬉しかったですよ。あんまり無茶はしないでほしいのも、本当ですけどね?」

「はい……気をつけます」


 マイクおじさんは本当に、私たちが困っているとすぐに助けに来てくれた。不愛想で、口数は少なかったけれど……私にはすごく優しかった。……シルヴィア様にはよく怒られてましたけど。


 私たちの歩みは止まらない。仲良く寄り添って歩き続ける。

 目的地の見当はついている。この道の先にあるのは……聖教会。



      ◇



「よい……しょ、と。……ふう。ここはいつ来ても静かですね」


 いつかのルミナ様と同じことを口にしながら、シルヴィア様は手近な長椅子に腰掛けた。私も隣に座る。


「そういえば貴女、あの魔法使い様の像がお気に入りでしたね。"すごくキレイな人……”って目をキラキラさせて。……ふふ、だから(わたくし)も……」

「シルヴィア様?」

「……いいえ、なんでもないのです」


 そのまま、シルヴィア様は静かにおとぎ話の石像を見つめ続けた。……なにも、話さずに。なにかを決意するように。

 私は何だか居心地が悪くなって、でもなにを言えばいいのか全然わからなくて。

 きっと、この後。私にとって決定的なことをシルヴィア様が口にする。それがわかっていてなお、なんの覚悟も出来ずに、ただ怯えて待つことしか出来なかった。

 

「――――フィオレ」

「っ! …………」


 私は返事をしない。出来ない。

 体が震える。全身から嫌な汗が噴き出る。いっそ耳を塞いでしまおうとすら。

 でもシルヴィア様の言葉を無視するなんて、そんな悲しいこと、したくなくて。

 手を握ったり開いたり、これから起こることへの不安から意味のないことを繰り返していると――ついに。

 その時がやってきた。


(わたくし)は、もうすぐ――――死にます」

「――――――――――」

「もうすぐ、貴女の前からいなくなります」

「――――――――ぁ」


 間の抜けた声が出る。

 聞き取れなかった? 言葉の意味が理解できない? ……違う。

 違う違う違う違う。全部、わかってる。わかってた。

 本当は、とっくに――――


「貴女にも()()()いるのでしょう? この――」

「………な………で」

「――? フィオレ?」

「なんで……! そんなこと言うんですか!!!」


 私は叫び声を――いえ、悲鳴を上げて、隣に座るシルヴィア様に抱き着いた。


「なんで……! なんで……っ!! そんな酷いこと言うんですかぁ!!」

「…………フィオレ」


 泣きじゃくりながら強く、強く。シルヴィア様がどこにも行かないように、強く抱き締めた。

 でも泣いているのは酷いことを言われたからじゃなくて。

 ――……ああ、やっぱりそうなんだ……って。心のどこかで、受け入れてしまっている自分に、気づいたからだった。


「いや、です……いやです……っ! いな、いなく、ならないで……おねがいです……!」

「……ごめんなさい。本当に……っ。本当に、ごめんなさいね……フィオレ……っ!」

「う、うぅぅぅ……あ、うぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「本当ならもっと、貴女を抱き締めてあげたかった……。もっと、貴女の将来を見守ってあげたかったのに……。ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 シルヴィア様も泣いていた。その細く折れそうな腕で、しっかりと私を抱き締めていた。

 珍しく、私たち以外に祈りを捧げに来た人はいない。聖職に就く方々も、教会内のどこかで務めを果たしているのでしょう。


 ――だから、その大切な人とのお別れの儀式は。

 ただ二人。勇者様と魔法使い様だけが、見守っていた。

 

「……フィオレ。お話しをしても、いいですか?」

「ひっ……く、う、うぅ…………は、い……」


 少し落ち着いてきたころを見計らって、シルヴィア様が私に話しかけてくる。私は頷き、でも抱き締める力は緩めない。


「ふふ……ちょっと苦しいですね……。それでは――フィオレ。貴女はいつから、()()()()()()()()()()()()?」

 

 私をあやすように、優しく背を撫でながら問い掛けるシルヴィア様。


「……その。ルミナ様が来た翌朝には、違和感がありました。はっきり見えるようになったのは、さらにその翌朝からで……」

「……やはりそうでしたか。貴女の様子がおかしいとは思っていましたが。恐らく貴女の目が"開いた"のは、ルミナ様の魔術を目撃したから、でしょうね」


 ルミナ様の魔術。常識外れの風の牙と、炎の槍。そしてそれを見ただけで解析してしまった私の目。

 たぶんもともとあった私の才能が、あまりの衝撃に強制的に開花してしまった、ということでしょうか。


「シルヴィア様……それは、いったいなんなんですか? その胸の――魔術は」


 ようやく核心を尋ねることが出来た。

 ……そう、私の目に映っていたもの。ここ数日、私の心を苦しめ続けてきたものは――魔術。

 シルヴィア様の胸に刻まれたそれこそが、私が特殊な病気だと勘違いしていた、シルヴィア様の命を奪うモノの正体だった。


「なにか、と問われると(わたくし)も答えるすべを持たないのですが……はっきりしていることがあります。この魔術は私の心臓まで食い込んでいること。そして誰がこの魔術を、(わたくし)に刻んだのか」


 そうして告げられた真実に、私は困惑した。


「――――魔人です。魔人が、(わたくし)()()したのです」

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