11.5 幕間 緩やかな夜話
「――ああ、心配せずとも明日になればケロッとしていますよ。あの子、あれで単じゅ……心の強い子なので」
「えぇ……」
ルミナがこの街に着いてから二回目の夜。
何の因果か、滞在中の宿を提供してもらった女性の寝室でのこと。
「いやまあ、確かに単じゅ……心が強い子なのかな、とは感じましたけど。まだ少ししか一緒にいませんけどね」
「でしょう?」
魔機具の魔力光が照らす中。シルヴィアはベッドの上で体を起こし、ルミナはベッドの横に据えられた椅子に座り言葉を交わし合う。
ルミナが向き合う白髪の女性は、なんというか、儚いのに頑強な印象だった。目を離せば陽炎のように消えてしまいそうなのに、同時に、目を離せない力強さを備えている。
それは外見の強度ではなく、内面の純度の話。
強い意志、固い決意。過去と、結末。
それがこの女性の中で揺るぎないものだから、自分の目にそう映るのか、とルミナは思う。
その代わり壁の上に投げられた細い影は、まるで溶けゆく蠟燭のよう。身じろぎするたびに揺らめくさまは、まさに――風前の灯火、といった風情。ソレを視界に納めつつ雑談に興じる。
今日の『応急処置』は終わった。ルミナとしてはこのまま自分にあてがわれた部屋に戻りたいところだが。
”少し、お話をしませんか”
そう、曲がりなりにもお世話になっている人に請われては、断れるはずもないというもの。とりあえず今日の出来事を、夕食時には話せなかった分まで報告する事にしたルミナだった。
「ふう……わかってはいましたが、やはり貴方様に大変なご迷惑をお掛けしたようで。……あの子ったら。夕食の時はやけに断片的な事しか話さないな、とは思っていましたが……」
可憐な狂犬ことフィオレは、家に帰るなり部屋に閉じこもってしまった。かと思えば夕食時には普通に顔を見せていたので、ルミナは特に心配などはしていなかったが……とはいえ。
一応、保護者であるシルヴィアに報告をしておくべきか、と話してみれば。
「突然、木を殴り出す。考えなしに盗っ人に突っ込む。戦闘力ゼロで戦場まで駆けてくる。……何をやっているのでしょう、あの子は……ふふふ」
呆れつつも誇らしげな声が返ってきたのである。シルヴィアは怒っている風を装っているが、その声色の明るさは隠しきれない。
「まあ、何とかなったので。実際、フィオレのおかげで代行者が一人、助かりましたし。……正直オレも油断しきっていました。あの子が来ていなかったら――死者が出ているところだった」
そしてルミナ自身も実のところ、そんなにフィオレを怒るつもりはなかった。正座はさせたが。
魔獣は魔力の集合体。生物を模した外見でありながら、それらから大きく逸脱した性能。その機能は――『人間を殺す』、ただそれだけ。
当然、自然の生態系から外れた存在であり、繁殖によって増えるわけでもない。あれらは本当に、突然発生する世界の異常と呼ぶべきもの。
強大な力を振るうルミナであっても、まさかあのタイミングで生えてくるとは思いもしなかった。離れた距離からでも瞬殺は容易、だけどそれはルーリィの死と同義――そんな、冷や汗ものの状況だったのである。
「墓送りの巨人が出現したことも驚きですが……あの子が起動していた防御魔術。あれはルミナ様が?」
「ええ、まあ」
「何から驚けばよいのやら……あの子の才能には気づいていましたが、まさかあれほどとは。私、これでも昔はブイブイ言わせていたもので。……なんだか恥ずかしくなってしまいますね」
「言わせてたんですか、ブイブイ」
意外と面白い人だな、とルミナの中でシルヴィアへの親近感が急上昇。
「いやなんか、魔術書の内容が簡単だ、なんて言うものですから。ちょっとイジワルするつもりであの変異式を見せたんですが……あっさりと」
ファインプレーである。あの時ルミナがイタズラ心を発揮しなかったら、フィオレはもう死んでいただろう。
あの特に使い道のない変異式を取っておいたことを、過去の自分に感謝するルミナだった。
「ちなみにフィオレ、魔術を学ぶことを嫌がっていたみたいですけど。なんでですか? とんでもない才能の塊なのに」
「それは私にもわからないのです。あの子が小さい時に、"夜におトイレ行くの怖いです"と泣きつかれて、明かりを灯す魔術を教えたことはあるのですが」
”おっと。この人、本人がいないとこで恥ずかしい話を暴露しはじめたぞ”と思いつつ、聞かなかったことにする心優しい少年。シルヴィアはそれに気づくことなく会話を続けた。
「ただ、もしかしたら……いえ。これは私が言うことではないでしょう。――ルミナ様。今日一日あの子と過ごして、察することがあったかもしれませんが。あの子がそれを打ち明けたいと思った時には、そばにいてあげてもらえますか?」
「え? まあ、それくらいなら」
「良かった。それならあの子のこと、これからもよろしくお願いしますね」
「はあ…………ん、これからも?」
「安心しました。貴方様が、これからもずっとあの子のことを見てくれるなんて。なんだか申し訳ないです」
「い、いやっ、ずっとなんて言ってな……」
「ルミナ様はやはり優しい方ですね。ああ、良かった良かった」
「――――――――」
絶句。とっさに言葉が出てこなくなる。だが。
「――シルヴィアさん、ちょっとオレを信用し過ぎですよ」
あまりにも流れるようにフィオレのことを任せてきたので、逆に心配になる。
流石に忠告をしなくては、と強めの口調で言葉を紡いだ。
「自分のことを何も話さない、どこから来たのかも明かさない。男のクセに外見は美少女そのもの。……こんな得体のしれないヤツなんですよ?」
「今の発言で貴方様のことが少しわかりましたよ? とんでもない自信家なんだ、とね。……まあ、そうですね。私が貴方様を信用する理由なんて、そうたいしたことではないのですよ」
そうして、白髪で皺だらけで痩せ細った見るからに老婆なその女性は、
「昨日、初めて出会った私に、貴方様がしてくれたこと。……それだけなのです。それだけで、私がルミナ様を信ずるに足る、理由になるのです」
柔らかい微笑を湛えて、奇跡に感謝するように、そんなコトを口にした。
「――――――はあ」
べつの意味で言葉が出てこなくなるルミナ。照れ隠しのため息しか。
この場は自分の負けだ、と諦めて、
「いいですよもう。……言っときますけど、あの”箱入り暴走花"を制御出来る自信は、ないですからね」
だけど文句くらいは許されるだろう、とシルヴィアをジト目で見つめる――ただの迷子の少年だった。




