11 そして正座刑へ……
岩の巨人による街の危機は消え去った。ルミナ様の尋常ならざる魔術の一撃によって。
もしもルミナ様がいなかったら……なんて想像は、無意味でしょう。考えるだけで震えてしまうし。
それに、あの人たちも。
いまだ衝撃収まらぬといったふうに、墓送りの巨人が消滅した大穴を見つめる、代行者さんたち。彼らがいなければ、きっと――と、そこで。
「さてと。怪我人の手当てを……って。……んん? あそこにいるのって……」
――――あ。
後ろを振り返ったルミナ様が、離れた場所に座り込む私の姿を見つけたらしい。見る見るうちに表情が驚きに染まって……ではなく。
「フィオレーーッ! なんでそこにいるんだーーッ!」
あれはきっと、怒っている顔ですね。
……そ、そういえば! ルミナ様は先に帰っているようにって!
まずいです。ルミナ様の言葉を全然忘れてなかったけれど。
それを無視して追いかけた後のことを……見つかった時のことを。
全然考えてなかった。
「あん? なんだって……ん? あの嬢ちゃんは……?」
「ああっ! 昨日の薬草の……!」
突然大声を上げたルミナ様に面食らい、『なんだなんだ』とほかの人たちもこちらを向き始めた。どうやら、私が昨日協会で話しかけてきた少女だと気が付いたらしい。私を指差しながら驚いた顔をしている。
……これ、どうしよう。
なにか上手い言い訳を……! い、いえまずはこの人の治療を……!
いまだ目を覚まさぬ女性を見る。
女性の体からはあちこち出血が見られる。だけど、ほとんど血は止まっていた。すぐに危険な状態になることはないはず。
とはいえ、もしかしたら骨折などをしているかもしれないし、早く治療をしてもらわないとと思い……気づいた。
あれ? 私もしかして、治癒魔術が使えるのでは?
森でルミナ様に魔術で傷の治療をしてもらった時や、今日、ひったくりさんを治した時。当然……というのは自分でもおかしいと思うのだけれど、その時に治癒魔術の変異式も見えていた。
それなら同じようにすれば、私も魔術で傷の治療が出来るわけで……あっ! そうですそれです!
聡明な私の頭脳が解答を導き出した。
そう、ルミナ様の言葉を無視してこんな危険な場所まで追いかけてきたこと、それは言い訳できない馬鹿げた行為。なら――
この人の治療にかこつけて、勢いでごまかしちゃえばいいんです!
ルミナ様は優しい人。私が人助けをしていたと知れば、きっと怒ったりはしないはず。しませんよね? なんだか利用するようで、この青髪の女性には申し訳ないけれど……そこは傷の治療でトントン、ということで一つ。
よし、と気合いを入れて治癒魔術を使おうとして、そのままでは出来ないことに思い至る。
いけない。私が同時起動出来る魔術は二つまで。今のままじゃ他の魔術は使えない。
それなら、と起動中の強化魔術を解除し――
「っ!? フィオレ――――!」
「え?」
――ようとして、驚いてしまう。
ルミナ様が突然放った大声に、ではなく。
私から少し離れた場所から、何かが高速で近づいてくる気配に。間違いなく先ほどまでいなかったものが、今この瞬間、純粋な殺意と共に出現したことに。
最初にルミナ様の方を見た。みんな、武器を手に必死の形相でこちらに駆けだしている。
次に首を回し、自らの後ろに視線を向ける。……まあ、何がいるかなんて、わかりきっているのですけど。――――そこには。
『ガァァァァァッ!!』
犬のような、狼のような四足歩行の生き物。だけれど、自然の生物では決してないと一目でわかる、殺意の塊そのものの、体中から突き出た鉱石のような角。
「……ぁ」
そんな、ここに来るまでの道中、死体として転がっていた魔獣が。
私の体に喰らいつこうと大きな口を開け、跳び掛かって来ていた。
「――――――――」
思考が空回りする。
魔獣の牙はもう目と鼻の先。走る代行者さんたちも、それをはるかに越える速度のルミナ様でさえ、間に合わない。
躍る死の爪牙。日の光を反射してきらめき、私の目を奪う。
まるで研ぎ澄まされたナイフのよう。振るうは獣に倣う暗殺者。呼吸は荒く、殺意は鋭く、最短で私の息の根を絶つと意志無き目が告げている。
……ああ。私、なんでこんな所に来ちゃったんでしょう。
私に魔獣と戦うすべはない。剣も盾も持っていないし、この状況を打開する魔術も教わっていない。なのに……いえ、それはただの泣き言ですね。
私はただ、謝りたかった。
あの人たちに。わがまま言ってごめんなさいって。
こんなにも恐ろしい魔獣相手に、命を懸けて戦っているのに。街のみんなを守ってくれているのに。……マイクおじさんの仇を取ってくれているのに。
もしかしたら戦いの最中に命を落とし、謝ることが出来なくなるかも……なんて焦ってこんな行動にでたけれど。よく考えなくても無謀でしたね。ごめんなさいシルヴィア様。
間延びした時間の中で愛しい人を思い出し、迫る死の恐怖に目を閉じそうになって……ちらりと、青いものが見えた。
視界の端に映るもの。
私の傍で、倒れたままの青髪の女性。私と一緒に死を待つだけの。
「――――!!」
それを見た時、私の中で、何かが燃え上がった。
そうです。このままだとこの人も死んでしまう。
私が無力なばっかりに。何も出来ないと諦めたせいで。
――――それは、嫌です。
無理。そんなの絶対に許せない。
私自身が死ぬのだって嫌。だけど――それ以上に。
何もしないまま。蹲ったまま。
目の前で誰かが死んでしまうのはもっと耐えられない!
でも、どうすれば。私に魔獣を倒すすべはない。
出来ることなんて、自分の体を盾にするくらいしか――って。
なんだ。それでいいじゃないですか。
覚悟を決める。ちょっと怖いけれど、きっと大丈夫。なぜなら――
「っ! ……うぁぁぁぁッ!」
剣も盾も持っていないけれど。
鎧なら――――すでに纏っている!
迫り来る魔獣の口めがけて、左腕を突き出した。
私に覆いかぶさるように、がちり、と腕に喰らいつく魔獣。左腕を走り抜ける上下からの衝撃。だけど、予想通り。
ひ弱な私の腕を嚙み砕こうとする牙も、柔らかい胴体を貫こうとする爪も、私の肌を傷つけることはない。痛みさえも。
私が同時に起動出来る魔術は二つが限界。一つはルミナ様を追いかけるために使った強化魔術。そして、もう一つ。
――そう。なんと私は。
今朝からずっと、防御魔術である『境界線』を起動したままだったのです。
なんでそんなことをしていたかというと、自画自賛のためだったりします。ルミナ様自作のすごい魔術を使う私、すごい! ルミナ様の一番弟子! って。まあそれはいいです。とにかく。
確信したとおり。魔獣の牙程度の害意では、この『境界線』を越えることは出来ない。
よし! あとは、ルミナ様たちが駆けつけてくれるのを待つだけっておもーーーーい!
「う、ぐぐぐっ」
お、重い! この犬、すごく重いです!
さっき強化魔術を解除していたら、一瞬で押し倒されていただろう重さ。……危なかった。
もちろん、それでも私には傷一つつかないだろうけど……私のそばで倒れている人は、違う。
このまま私が倒されてしまったら。
魔獣の体から突き出た角の一本がこの人に突き刺さってしまう。そうなれば、この頑張りも水の泡です。
何としてでも耐えなくては、と踏ん張る。あ、ダメですね限界です。あっさり諦めかけた。
何せこの犬は、体中から鉱石みたいなものを生やしているんです。その分の重さも加わって、魔術で強化していてもなお耐えられない重量となっていて……ううっ!
は、早く! なんとかしてくださいぃ! ルミナ様ぁ!
涙目になりながら心の中で懇願する。もう数秒も耐えられない。
尋常でない速度で走るルミナ様。だけどその脚が魔獣を蹴り飛ばすまで、多分あと三秒はかかる。
魔術による攻撃でも、重さを軽くしたとしても、きっと駄目。魔術の起動まで私が保たない。……もう、手詰まりです。
こうなれば私が気合を入れるしかうおーーっ! と火事場の馬鹿力を発揮しようとしたその時。
「フィオレ! そのまま動くな!」
ルミナ様が、こちらを指差しながら立ち止まるのが見えた。
まさか魔術を? でも、もう……無理です。
あと一秒しか耐えられない、とそれでもなんとか頑張ろうとして――
「――――あれ?」
魔獣が、いきなり軽くなった。……えっ? どうして?
何が何だかわからなかったけど、とにかく最後の力を振り絞って魔獣を押しのけた。
「んん~~っ……よい……しょぉ!」
なんとか女性の体から、魔獣の角を遠ざけることに成功する。そして魔獣の追撃に備えようとして……驚いてしまう。
魔獣が既に、息絶えていることに気が付いて。
なにがどうなって……? と、というか。
魔獣の体が胴体から千切れて半分になっていた。急に魔獣が軽くなったのは、そのせいでしょう。魔獣の下半分は、へたり込んだ私の足元に転がっている。
「……ひぇぇ……」
「間に合ったか……! 怪我は!?」
ルミナ様たちが駆け寄って来た。無事かどうか聞かれたけれど、事態の把握が追い付かなくて上手く喋れない私。
「ちょっと腕見せて!」
それを痛みに耐えていると勘違いしたのか、魔獣に噛まれていた左腕に触れるルミナ様。かなり恥ずかしい。
男の子にこんな風に触れられたのは、初めての経験です。顔が熱くなる。
「……あ……あの……ルミナ様? だ、大丈夫……ですので……」
辛うじて、消え入りそうな声で怪我が無いことを伝える。それでもルミナ様は、じっと私の腕を見ていたけれど……
「……怪我は、ないか。まあ、あんな魔獣の攻撃じゃ、傷一つ付くはずないな。なんでそれを起動したままなのかは知らないけど、何はともあれ良かった」
そう言って、やっと私の腕を離してくれた。
は、恥ずかしかった……! 絶対、顔が赤くなってます……!
顔を見られないように伏せ気味にする私だった。
「ルーリィ! しっかりしろ!」
団長さんが倒れた女性を介抱している。幾度か団長さんたちが声を掛けると、ようやく。
「……う……うぅ……ん」
ルーリィさんというらしい青髪の女性が、目を覚ました。
みんながホッとしたように息を吐き出す。そして――私も。
……良かった。あの人が、死ななくて。
安心したせいで、なんだか力が抜けてしまった。すぐには立てそうにないので、へたり込んだまま先ほど起こったことを考えてみる。
さっき私は間違いなく、力尽きる寸前だった。ルミナ様ですら間に合うタイミングではなく、ルーリィさんは魔獣の角に貫かれて絶命していたはず。……なのに。
今度は息絶えた魔獣を見る。胴体部分が千切れて半分になった死体。その傷口は、鋭利なものに切り裂かれた――ようには見えない。
どう見ても、千切れた、としか形容出来ない断面。もしくは……弾けた、かな。
ルミナ様の剣や風の魔術による切断面ではないのは確実。でも間違いなく、ルミナ様が起こした現象だと確信する。
あの時ルミナ様は、人差し指をこちらに――魔獣に向けていた。ということは、魔獣に何かを放ったのでしょうか。私の目では何も捉えられなかったけれど……あ、そう言えば。
私が魔獣に押し倒されそうになっていた、あの一瞬。
きらり、と何かが光ったような……あれはいったい?
何故だか、以前にもどこかで似たようなものを見た気が……どこでだったっけ……と、思い出そうとしていると。
「さて。それじゃあ、フィオレ?」
ルミナ様に声を掛けられて、思考が中断する。
……まあ、思い出せそうにないし、いいか。今はとにかくルミナ様に感謝を――
「なんでここにいるのか……ちゃんと説明してもらおうか?」
伝える前に、言い訳を考えないといけないみたいです。
どうかルミナ様、反省しますのでなにとぞ、正座だけはご勘弁を。ダメ? そんなー。
◇
「俺はミゲール・ロックバード。このパーティーの団長、リーダーをしている。……フィオレ、だったか。昨日は本当にすまなかった。疲れていたとはいえ、あんな対応を……しかも森が危険なことは知っていたというのに。もっと話を聞いてやるべきだった、すまん」
びりびりの足を治してもらい街へ帰る道すがら。私たちは簡単な自己紹介をした。
わがままを言ったのは私の方なのに、団長さんがいきなり頭を下げてきてびっくり仰天。ちっちゃな声で『私も困らせてごめんなさい』と言うしかできない。情けないです。
「俺はハインツ! よろしくな、嬢ちゃんたち!」
「――――――我が名を求めるか。…………だが今はまだ、その時ではない……」
「ああ、こいつはオスカーな。良いやつなんだけど……ちょっと、アレなんだ。おっと、俺はビクトールだよ」
「私はルーリィです。本当にありがとう、フィオレちゃん。あなたは私の命の恩人です。……昨日はこの非モテ野郎のせいで不快な思いをしたでしょう? このクソ野郎に代わり謝罪するわ。ほんとクズなんだからこのクソみたいな非モテ野郎」
「ルーリィさーん? ちょっと、当たりキツ過ぎません? い、いやあの時は酒が入ってたからさぁ……!」
他の皆さんとも挨拶をする。そのあと団長さんがルミナ様に話しかけた。
「それとルミナ、だったか? お前にも助けられたな、感謝する。今日のことだけじゃなくて、昨日協会で俺たちの傷の治療をしてくれたことも、フィオレを助けに向かってくれたことも、な」
「それこそ気にしなくていい。オレも代行者だからな。困った時は助け合い――だろ?」
「ふっ……そうか」
ルミナ様と団長の会話が聞こえる。
傷の治療……? ってそうです、昨日旅団の人たちは魔獣退治をしてきたばかりだったから……!
森でルミナ様が言いかけてたのは、そのことだったんですね……
そんなこんなで誤解も解け、和やかな雰囲気で街に帰り着く。……良かったぁ。だいぶ無茶しちゃいましたけど、皆さんに謝ることが出来て。――――なーんて、緩んでいたら。
「なっ!? お、お前はまさか、”繊細さの粉砕者”フィオレ!? 学校中の窓ガラスを叩き割って一日で出禁になった、あの!?」
「また俺たちの繊細なオトコゴコロをバッキバキにするつもりかよ……! 俺たちはただ平穏に過ごしたいだけなのに……同じ街に暮らしてるからチクショウ!」
昔の事件を知る人たちに出くわしてしまいました。
『……………………えー』
ドン引きする皆さん。呆れ顔のルミナ様。オスカーさんだけ"かっこいい……"と呟いている。私は恥ずかしくなって逃げ出した。
――もうお家かえりますぅ! だから私、街に出るの嫌なんですよぅ……!
神さま、どうか世界から、この過去をお消しください……! 私は家に帰って不貞寝した。でもおなかは空いたので、ちゃんとお夕飯はいただきました。ごちそうさまです。




