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10 墓送りの巨人、葬送

 街の北門を通り抜ける。門番さんの制止は無視した。未だ断続的に響き渡る重低音の発生源へと走る。

 道中、犬のような狼のような、体中から鉱石らしき角を生やした魔獣の死体が転がっていた。おそらくルミナ様がついでに倒していったのでしょう。この短時間ですごい早業です。


 ドオォォォォン……!


 謎の重低音はもはや遠雷などではなく、私の体中を震わす轟音となっている。……なんだか地面も揺れている気がする。本当に何が……?

 その正体は、小高い丘の向こうに隠され知り得ない。だけどもう少し。もう少しでこの丘の向こう側が見える――


「……なん、ですか、アレ」


 目を疑う。丘の向こうに見えた景色は、暴れ狂う空気の振動とともに、私の常識をあっさり粉々にした。


「――――巨人?」


 全身が岩石で構成された、人型の巨躯。

 どれほどの重量を持つのか……想像することすら放棄したくなるほどの威容。岩山に手足が生えて動き出したとでも言うような、冗談としか思えない光景。

 巨人の足元に群がるのは、十人の小人……ではなく、代行者さんたち。縮尺がおかしい。大の大人の男性でも、巨人の膝の高さにすら遠く及ばない。

 ……あれが魔獣? あれが、人形(ドール)? ……どこが?

 

「――――っ!」


 巨人が大きく腕を振りかぶる。なにをするかなんて考えるまでもなく――


 ドオォォォォン!!!


 振り下ろされる巨岩の槌。体に浸透する音の衝撃は、さっきまでの比じゃない。

 足元に群がる代行者さんたちを叩き潰さんと放たれた剛腕。誰か犠牲になったのではと、血の気が引く。

 恐る恐る強化された視力で確認してみると……どうやら、全員ちゃんと避けられたみたい。誰も欠けていなかった。


 よく見ればあちこちに大穴が見える。……さっきから響いていた重低音の正体はこれですか。

 多分、大穴に落ちないよう少しづつ移動しながら戦っているんでしょう。いま戦闘が行われている場所、私から向かって右手側に大穴が点々としていて――あれ?

 私に先行して跳んでいったルミナ様は、もう少しで巨人のもとに辿り着く。道中、魔獣の相手をしていたから時間を取られてしまったのでしょうか。思っていたほど私と距離が離れていない。でも気になったのはそれではなく。


「誰か、倒れてる……!」


 走る。ルミナ様を追ってではなく、巨人から少し離れた大穴付近に横たわる人影を目指して。

 きっと旅団の人なんでしょう。倒れたままピクリともしないその人は、今にも大穴に落ちそう。早く助けないと……!

 もしかしたらすでに……という想像は切り捨てる。そのまま全力で走り出して――ぎょっとする。

 ちらりと確認した巨人の姿。その巨体がなんと――跳び上がっていた。

 軽やかに。出来の悪い曲芸師のように。その存在と同じく冗談のような跳躍。

 重さを一切感じさせない……なんてことはなく。巨人が跳んだ瞬間に地面が揺れるのを感じた。そしてそんな重量のものが落ちてくれば、どうなるか。


「離れろッ!」


 金髪の背の高い男性……あれは確か、昨日協会で団長と呼ばれていた人。たぶん、あのパーティーのリーダーなのでしょう。

 団長さんが大声で周囲に号令を出したけれど、間に合わない。


「うおおおぁッ!」


 ズシャァァァァァァ!!!

 空から降る岩石の塊。雄大な大地がそれこそガラス板みたいに踏み砕かれ、重い地響きと共に、周囲にめくれあがった土の波を放った。


「ぎゃぁぁぁっ!」

「――――――馬鹿な……! 重すぎる……!」

「み、みんな……だ、大丈夫かっ!」


 吹き飛ばされた代行者さんたちは立ち上がろうとする。でもあまりの衝撃に、すぐには動き出せない。なにせ離れた位置を走っていた私ですら、大地を震わす一撃に脚を取られて転んでしまった。すぐさま立ち上がり、大穴付近に倒れた人物を視認する。……良かった、穴に落ちてない。急がないと!

 だけど状況は最悪。巨人は小人の奮戦なんて省みない。足元を這いずる虫なんて、無感情に叩き潰すだけ。

 立ち上がろうと藻掻く団長のもとへ、巨大な石槌が振り下ろされる――


『団長ッ!』


 叫ぶ代行者さんたち。このままでは団長は叩き潰されてしまうと、必死で駆け出す。

 だけど、遅い。その行動は無意味に終わるでしょう。

 なぜなら、もう――


「あ……!」


 あの人が、間に合ったから。


 巻き上がる粉塵を吹き払う、一陣の風。

 巨人と小人の間に麗しい夜の(とばり)が下りる。

 迫り来る巨岩の拳に恐れもせず。避けえぬ死の圧力に屈しもせず。

 ただ凛と立ち、その手に握るのは星光顕す白き剣。

 まさに星の軌跡のように。絶対の死を覆すべく、瞬く剣閃(ひかり)が駆け抜ける――――!


「――ふっ!」

 

 でも有り得ない。ルミナ様と巨人の体格差なんて測るまでもない。

 ただの剣の一振りで、あの巨大な腕を受け止めることなんて出来ない。――だけど、事実として。


 ガキィィィィィン!!


 岩の巨人は振り下ろした腕を弾き返され。それどころか。

 

「嘘……だろ……?」

 

 呆けたように呟く団長さんの視線の先で、巨人は轟音を響かせながら仰向けに倒れてしまった。


「な、なんだ……ありゃあ……」

「――――――馬鹿な……! 強すぎる……!」

「オマエさっきからそればっかだな!?」


 ほかのメンバーも、今起こった有り得ない事態に目を丸くしている。当然です。何故なら、ルミナ様の強さを知る私ですら、目を丸くしてしまったのだから。

 ……だ、大丈夫だとは、信じていましたけど。まさかあんなことができるなんて……!

 巨人はまだ死んではいない。倒れただけ。立ち上がろうと藻掻いている。流石にあの巨体だと、身じろぎするだけですごい振動です。私は転ばないように気を付けながら、何とか倒れている人のもとに辿り着いた。


「し、しっかりしてください! 意識は、ありますか!?」


 倒れている人は青い髪の女性だった。多分、年の頃はウェンディさんと同じくらい。……あ、そういえば昨日、協会での一件の時に私のことを心配そうに見てくれていた人だったような。

 意識はない上、体中傷だらけ。でも……ちゃんと呼吸している。

 あの巨人の攻撃が当たっていたら即死するに決まっているので、恐らく攻撃の余波で吹き飛ばされてしまったんでしょう。見たところ、命に別状はないようだった。うんしょと穴から体を遠ざける。

 ほっ……とりあえずは、安心です。


 だけどまだ、戦いは終わっていない。あの巨人を倒す術を、ルミナ様は持っているはずですけど……どうするんでしょう。そして団長さんは私とは逆に、目の前の人物には巨人を倒す術はない、と判断しルミナ様に逃走を促した。


「あんたは……いったい……。い、いやそれよりも! 今すぐここから逃げてくれ! あれは墓送りの巨人(グレイブドール)だ! こんな辺境に出現するような魔獣じゃない!」


 団長さんは岩の魔獣の名を告げる――墓送りの巨人(グレイブドール)

 なるほど、確かに。あの魔獣が穿った穴はまるで、墓穴のよう。その拳に叩き潰された犠牲者は、そのままお墓行き、というわけですね。……全く笑えないけれど。


「本来なら魔機技研(ラボラトリー)の管轄だ! 俺たちの手に負えるようなやつじゃ……!」

「その割には、けっこう頑張ってたみたいだな、あれ」


 ルミナ様は巨人を指差した。いえ、巨人の脚を。

 左脚の一部が大きく削れていた。……え、もしかして……あの人たちが削ったんでしょうか。あの岩の塊を?

 そういえばみんな、入れ替わり立ち替わり手にした武器を――剣や槍の形をした魔機具(マギア)を振るっていた。それは、あの一点に集中して放たれたもので……あの巨人の脚を砕いて、倒そうとしていた? 一歩どころか半歩でも間違えたら即死する状況で? ……信じられません。


「あと少しだったのに。惜しかったな。……一人、手が足りなかったか」

「ああ? ……いや、その声。もしかして、昨日協会にいたフードの……?」


 ルミナ様がなんだか嬉しそうにしながら前へ進み出る。

 なぜだかわからないけれど、白い剣を仕舞っていた。素手のままで墓送りの巨人(グレイブドール)と戦うつもりのよう。


「とどめを横取りするようで悪いけど……その代わり」

「ちょっ!? アンタ、逃げ……!」


 藻掻いていた墓送りの巨人(グレイブドール)が立ち上がり、またしてもその拳を振り上げ始める。狙いはもちろん、一人だけ前に出たルミナ様。

 みんな、ルミナ様のその行動に困惑し身動き出来ないでいる。そしてそれは、たぶん正解。無闇に近付けば巻き込まれてしまう。でも、ルミナ様。どうするつもりなんですか……?

 私も気が気でない。ルミナ様がどうやって墓送りの巨人(グレイブドール)を倒すつもりなのか、全くわからない。

 そんな不安に囚われていたのも束の間。ついに巨人の拳が振り下ろされ、


「――――ひとつ、派手にぶちかましてやる!」


 ルミナ様を叩き潰してしまった……かと、思いきや。


『な、なにィィィィィィ!?』


 みんな驚きのあまり、同じように叫んでいた。……私も、思わず叫びそうになった。

 ルミナ様が潰されてしまった、と勘違いしたことと、そして。

 振り下ろされた墓送りの巨人(グレイブドール)の拳を、ルミナ様が()()()()()()()()()()ことに、気が付いて――ってえぇぇぇぇぇぇ!?

 い、いえ、いくら何でも有り得ないのでは!? いったいどれほどの重量を受け止めて……!?

 よく見ればルミナ様の体が沈み、足が少しだけ地面に埋まっている。でも、それだけだった。


「どうした? 木偶(デク)人形。ずいぶん軽い拳だな?」


 そこで気づく。ルミナ様が魔術を使っていることに。

 私の目が捉えた変異式(コード)。あれは、対象の重量を軽くするもの。それを使って……いえ、でもそれだけじゃ全然足りない。高速で迫り来る拳の慣性を殺しきれるものではないはず。いったいどうやって?

 それに一瞬だけど、大気が揺らいだと思ったら巨人の拳が()()()()()ように見えたのは……?


「次はこっちの番だ。集束、解放、一撃のもとに砕く。殴るってのは――――こうやるんだよッ!!」


 言い放ち、その両の足が大地を掴む。

 巨人に負けず劣らずの重い踏み込み。巨人をすら圧倒する高速の拳閃。地面を砕きながら、ルミナ様は自らの左の拳を巨人へと叩きつけた。……いやもう。何も言葉が出てこない。

 ルミナ様の拳が当たった瞬間、響き渡る破砕音――バキバキ、ガシャンと。

 墓送りの巨人(グレイブドール)の右腕は、砂糖菓子のように脆く粉砕されてしまった。

 降り注ぐ巨人の腕の残骸。耳がおかしくなりそうな岩の悲鳴とともに、巨人は殴られた勢いのまま、再び後ろに倒れこんで動けなくなる。


 先ほどから連続する目を疑う光景の数々に、私も代行者さんたちもポカーンと見守ることしかできない。いえ……私は昨日、同じように驚いていたはず。すでにルミナ様の力は知っていたはずなのに。それでも、この光景を上手く受け入れることが出来ないでいる。でも、やっとわかった。

 

 魔獣を蹴り飛ばしたり、砕いたりした力の正体。

 それは、物理現象を引き起こすほどに圧縮された魔力です。

 

 圧縮した魔力を、対象に接触した瞬間に一気に放出する。それがあれほどの破壊力を生み出している。まさか魔術の燃料として使うのではなく、魔力そのものを攻撃手段にするなんて……

 多分、巨人の拳を受け止めた時も、魔力を放出して拳の速度を減衰させたのだと思う。


「えっとゴーレム……じゃなくてドールか。墓送りの巨人(グレイブドール)。……なかなか潔い名前をしてるな?」


 ルミナ様が右腕を天に掲げ……そうして溢れ出すのは、強大な魔力。

 圧倒的な力が、大気を歪ませる。

 魔術に疎い私でも分かる。これは――異常です。

 人間が持ち得る魔力量を、遥かに超えている。


 まるでルミナ様の体が、墓送りの巨人(グレイブドール)よりもさらに巨大になったと錯覚する。魔術でも何でもない、ただ秘められた力を解放しただけのことで、私は……いえ。

 その場にいた全員が――墓送りの巨人(グレイブドール)ですらも――圧し潰されそうになっていた。

 私の目が再び、変異式(コード)を刻まれたルミナ様の心象(スフィア)が魔術となり、世界に顕れるのを捉える。

 上空に渦巻くのは――炎。さらにそれが収束していき、一本の槍の形態を取り始めた。

 絶大な熱量を誇る炎の槍。周囲の温度が上がり、私のいる場所まで熱が伝わってくる。


「墓人形ね。自分の体が墓石だなんて、手間が省けていい」


 上空にある炎の槍の穂先は、倒れたままの巨人へと向けられている。その場の誰もが理解したはず。あの槍の穂先を向けられたものは、絶対の死を約束されているに等しいのだと。


 それを見て、私は――また、あの感覚に襲われる。

 私にはその魔術が、どういう式によって構成されているのか。

 どういった効果をもたらすものなのか。

 なんとなくだけれど……理解できていた。

 そして、もう一つ。『境界線』と同じく、ルミナ様があの魔術に込めた『想い』も、私の目は読み取っていた。つまりあの魔術の、名前。

 その魔術が世界に(もたら)すもの。『そうであれ』と、ルミナ様が願い刻み付けたもの。


「安心しろ。墓穴はこっちで用意してやる。……ああ、お代はいらないぞ。その代わり――」


 ルミナ様の腕が、敵対者の終わりを告げるべく振り下ろされ――炎の槍が、哀れな墓人形に向けて放たれた。

 

 ――――これは一つの終わりを示すもの。

 たとえ目の前の存在がどれほどの強さ、どれほどの速さであろうと関係ない。

 それを超える炎。それを凌駕する速度でもって捉え、貫き、殺す。その終焉から逃れることは許されない。

 そう。あの炎の槍の銘は――”貫き焦がす終炎の槍(ガングニル・ブレイズ)”。


「お前の墓標(からだ)が粉々になっても、文句は言うなよ――――――!!」


 神速。終焉は天を焦がし疾走する。

 寸分違わず、墓送りの巨人(グレイブドール)の中心に着弾する槍――溢れ出す灼熱の業火。

 巨人の拳槌など可愛いもの、と思えるほどの爆発音とともに、天地すべてを焦がさんとする火柱が上がった。

 爆風は……ない。襲い来るだろうと覚悟していた熱波も。

 槍の着弾地点、たった今火柱が上がっている場所。その周囲を、円柱状の光の膜が囲っていた――結界です。

 恐るべきことにルミナ様は、あれほどの火力の魔術を使いながら、結界魔術を起動して周囲の被害を押さえて……あ、違いますね。

 たぶんあの結界まで含めて『終炎の槍』なんでしょう。……あれ、ということは、あの時の疑問の答えも……

 結界の内側に炎が留められているため、さらに破壊力が増している。炎の中に微かに見える巨人の姿が、あっという間に消えて行った。


「……マジかよ……」


 誰かが呆けたように呟いている。

 いつの間にかここは、戦場ではなくなっていた。

 魔術を行使したルミナ様も、代行者たちも……そして、私も。

 ただ炎に焼かれる人型を見送っている。そう、ここはもう。


 ――――死者を天に還す、火葬場だった。


「……ん。ちょっと……火力、上げすぎたか。粉々どころか――」


 火柱が消え、囲っていた結界も解除されたその場所には。

 恐ろしいほどの熱を発し大気を歪ませる、巨大な墓穴があるばかりで……


「――跡形も、残らなかったな」


 かくして人形は荼毘(だび)に付された。

 ――――小さな墓標ひとつ、残すことはなく。

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