異星人が求めるものとは
※しいなここみ様主催『宇宙人企画』参加作品です。
ある日、人類の元に初めて異星人からの通信が届いた。
驚いたことに、実に流暢な日本語の音声によるものだった。
『我々は、地球から500光年離れたジャルカ星の住人です。地球の皆さんと友好関係を結び、文化や技術面で交流をしたいと考えています』
そして、半年後に地球に10人ほどの使節団を送るので、会見の場を設けてほしいとのことだった。
まったく予想もしていなかった異星人からのファースト・コンタクトに、人類は大いに沸き立った。
もはや、狭い地球の中で戦争なんてしている場合ではない。野蛮な国だと思われては、異星人との交易で他国に後れをとってしまう。すべての戦争が停戦となり、領土紛争なども当面棚上げとなった。
また、異星人にみすぼらしい姿など見せたくないと、貧困に苦しむ国々には先進国からの支援が行き渡り始めた。貿易摩擦や宗教紛争、民族紛争なども一気に沈静化した。
そう、人類は一丸となって『ええ格好しい』に専念し始めたのだ。
人々の暮らしは穏やかになり、この事態をもたらしてくれた異星人の来訪を大いに歓迎する機運が高まっていた。
だがそんな中、ただ一国だけ手放しでこの事態を喜べないでいる国があった。
使節団との最初の会見場所、会見の相手に指定された国──『日本』である。
「皆さんの率直な意見を聞かせてください。万一にもこの会見が不首尾に終わっては、我が国が世界中から非難を浴びかねません」
集まった閣僚や有識者たちの前で、総理大臣の小松田が神妙な面持ちで頭を下げた。
「そうですな、彼らが日本語をマスターしていたことから考えて、偵察UFOなどで日本文化をある程度調べていたと推測できますな」
そう口火を切ったのは大御所のSF作家だ。
「しかし、他のいくつかの大国についても同じように調べていたでしょう。わざわざ日本を選んだ理由は何なのか──」
文化人類学者も困惑気味だ。
「日本が他国に誇れる文化と言うと、日本料理や、アニメなどのコンテンツ産業でしょうか」
「いや、他国の料理を独自にアレンジする多様性も大きな特色だと思うが──」
「『侘び寂び』や『禅』、『武士道』などの精神文化も他にはないでしょう」
色々意見が出されるが、総理の顔色は冴えない。
「皆さん、静粛に! 文化については色々候補もあるようですが、それぞれの分野で最高のものを提供できるように万全を期しておきましょう。
それより、むしろ問題は『技術』の方です。我が国に、異星人が欲しいと思うような独自の先進技術があるでしょうか?」
総理の問いかけに、議場の空気が一瞬で重くなる。
「うーん、そんなもの、ありますかねぇ」
「軍事技術なら、アメリカとかを選ぶはずですわな」
「──原子力の技術とか?」
「馬鹿な。500光年をこともなく乗り越えて来るような文明ですよ?
原子力なんかよりはるかに効率の良いエネルギーを確保しているでしょう」
「ips細胞とかでは──?」
「そういう分野でも、地球より劣っているとは考えにくいですな」
「何十年か昔なら、我が国が世界のトップを行く産業も色々あったんですけどねぇ……」
「いや、むしろ刀鍛冶や宮大工など、伝統技能などの方も考えてみては?」
意見は百出するものの、これといった際立った意見も出ず、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
そして半年後。いよいよジャルカ星使節団が到着する日がきた。
あれから日本政府はさんざん会議を重ねたあげく、『やっぱり彼らの求める技術には見当もつかない』という答えしか出せていなかった。
もうこうなっては、相手の出方を見て柔軟に対応するしかない。
雲ひとつない青空に忽然と銀色の円盤が出現し、徐々に高度を下げてくるのが見える。
この半年ほど、国内外から『絶対に会見を成功させろ』とのプレッシャーを受け続けてきた総理は、すっかり慢性化してしまった胃痛にひたすら耐えながら、それを見守っていた──。
政府関係者や世界中のマスコミの前に現れたのは、少し肌が青味がかっているものの、地球人とほとんど変わらない容貌の異星人たちだった。
日本流の挨拶を交わし、会見場となる建物へと歩き始めた彼らに、各国の記者たちからの質問が次々に浴びせられる。
『会談相手に日本を選んだ理由は何ですか!?』
『偉大なる我が〇〇国にどのような印象をお持ちですか!?』
『地球侵略が目的ではないかと恐れる声も少なくないのですが──』
ここで質疑応答をする予定はなかったのだが、異星人のリーダーらしき男が総理に何事かささやいて足を止め、笑顔で記者たちに振り返った。
「何もお答えしないのもご不満でしょうから、我々が最初の交渉相手に日本を選んだ理由だけお答えしておきましょう。
それは、日本では宗教的な制約がゆるやかで、古来から異文化の受け入れに比較的寛容な国民性だったからです。──もっとも『クロフネ』の時代だったら話は別ですけどね?」
歴史に絡めたジョークに、記者たちがどっと笑う。
確かにいくつかの宗教では、神の被創造物ではない異星人など断固排斥すべしという過激な意見もあるらしいが、今の日本ではそこまでの反発は起こらないだろう。
「まず日本との良好な関係を築いた後に、その他の国とも徐々に関係を築いていこうと考えています。
ご期待ください。私たちの提供する技術の数々は、あなた方がより豊かで平和な世界を作るのに大いに役立つはずです。
今、不安を抱いたり反発を覚えていらっしゃる方々も、どうか、まずは日本と我が国がどういう風に交流して、どのように変わっていくのかを見守っていただきたいと願っています。
その上で、私たちとどう付き合うべきかを、改めて考えていただきたいのです」
記者たちの温かい拍手に送られて、会見場に一行が入って扉が閉められると、総理が相好を崩してジャルカ人のリーダーの手を握った。
「いやぁ、実に素晴らしいスピーチでした! ここまで我が国のことを知っていただいた上で評価していただけたとは、実に誇らしいことです!」
「いえ、お安い御用ですよ。
──あ、総理大臣閣下。この先の発言はオフレコでお願いしますね?」
そう言って、リーダー氏が少し声をひそめる。
「我々の星では、娯楽と言えば『音楽』と『踊り』くらいしかありません。
私たちは、無人偵察装置から送られてくる地球のドラマや映画などの様々なコンテンツに、すっかり魅せられてしまったんです。
特に『ジャパニメーション』は素晴らしい! 私たちが日本に来たのは、『聖地巡礼』の意味もあったのですよ」
「は、ははは、それはそれは。お気に召していただけて何よりです」
愛想笑いをしながらも、総理たちはひそかに胸を撫でおろしていた。
これなら、インバウンドでやってくる日本びいきの外国人旅行者に近い感覚で、フランクに接することが出来るのではないか、と。
どうやら、ジャルカ星の文化には『フィクション』というものがほとんどないらしい。
『物語』といえば、過去の英雄や偉人の事績について語るもので、『娯楽』というよりも『学問』『教養』に近い位置づけなのだとか。
もちろん、幼いうちは色々な物語を夢想したりもするのだが、それを他人に披露するのはとても幼稚で恥ずかしいことだという感覚が強いという。
「ですので、地球から送られてくる映像の数々を、初めはみな実際の出来事を再現したものだと思い込んでいたんですよ」
リーダー氏が冗談めかして語ると、他のジャルカ人もどっと笑った。
「地球人は幾度となく異星人の侵略を撃退したり、宇宙へどんどん移民を進めたり──。
我々よりはるかに進んだ文明なのではないかという説もあったくらいでして」
「は、はあ、それはその、誤解を招いてしまったようで、まことに遺憾に思うとでも言いましょうか──」
「ああ、もちろん今では、地球の科学技術のレベルについて、かなり正確に把握していますよ?
現代の日本を舞台にしたアニメなども見まくりましたからね。現代日本人の感覚についても、おおよそ理解していると自負しています」
そう言ってリーダー氏が指を鳴らすと、日本側の出席者たちの前の空中に、ずらりと日本語で書かれたリストが表示された。
「これらは、今の地球に存在しないと我々が推察する技術の一覧です。こちらからは、これらの技術を提供する用意があります」
そのリストを見て、日本側の面々は思わず唾を呑み込む。
そこに書かれていたのは『超光速宇宙船』『超光速通信』をはじめとして、原子力より安全ではるかに高効率なエネルギーシステム、ほぼ万能に近い再生医療技術や、放射能の完全除去技術など、空想の産物でしかなかったハイパー・テクノロジーの数々だったのだ。
確かにこれらの技術を手に入れられれば、地球の文明は一気に百年単位──いや、千年単位で前進することは間違いないだろう。
何と素晴らしい申し出か。──いや、あまりに素晴らし過ぎる。
これほどの技術供与の対価としてこちらから提供できるものなど、まったく思い当たらない。
「あ、いえその、確かにそのお申し出はありがたいのですが──こちらからそれに見合うようなものが用意できるとは、とても思えないのですが……」
おずおずと総理が発言するが、ジャルカ人たちは気にした様子もない。
「は? いやいや、またずいぶんとご謙遜を」
「そうですとも、総理閣下。あんな技術、どの星の文明にもありませんよ?」
口々にそう言ってくるが、日本側の面々には皆目見当もつかない。
「いや、そう言われましても、何についておっしゃられているのか、まったく思い当たるふしがないのですが──」
「──なるほど。当事者であるあなた方には、それがどれほど貴重で独特な技術なのか、自覚されておられないようですね」
リーダー氏が、ため息まじりに確認するように呟いた。
「確かにジャルカ星の科学は進んでいます。地球以外にもいくつかの惑星で文明を発見しましたが、地球で言うところの『中世』くらいの水準が関の山です。
しかし、我々ほどの進んだ技術をもってしても、多少の寿命は延ばせても、結局『個人の死』という運命からは逃れられない。
でも──あなた方は違いますよね?」
「──はぁ?」
総理は混乱していた。彼らは、何のことを言っているんだろうか。いや、これはもしかして──?
「あ、あのう、それはもしかして『輪廻転生』のことを言っておられるんですか?」
「いいえ。我々が求めているものは──『異世界転生』なのです」
な、何なんだそれは。何となくそういうジャンルのアニメなどが流行っていると聞いたことはあるのだが──。
「他の国のフィクションにはほとんど見られないのに、日本のフィクションには『異世界転生』の物語が山のようにあるではないですか!
日本人にとって、『異世界転生』はすでに当たり前のことなのでしょう?
科学技術によるものではないですよね? もしかして『禅』や『瞑想』などの精神的な修練によるものなのですか?
──そんな素晴らしい技術を日本人だけで独占するのはズルいですよ?」
ま、まさか彼らは、その手のヨタ話を本当の話だと信じているのだろうか?
「ああっ、何て素晴らしいっ! 死んだ後にも生前の記憶を保ったまま、別の世界で第二の人生を送れるとは!
我々は多くは望みません。ただひとつ、『異世界転生』の技術さえ提供していただけるのなら、我々の持てる科学技術の全てを提供いたします!
どうです? 悪い話じゃないでしょう?」
──うっとりとした顔で語るリーダー氏の声が、なんだか遠くに聞こえる。あれほどひどかった胃痛も、まったく感じられない。
ああ、ついに胃が限界を超えてしまったのだなぁ……。
小松田総理の身体が、ゆっくりと床にくずれ落ちる。
そして意識が途切れる直前、総理の口からはこんなつぶやきが漏れていたのだった。
もう、いっそこのまま異世界に転生できたらいいのになぁ──。