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巨大生物は住処もデカい

 青空の下、助けを呼ぶ声に誘われて俺たちが出くわしたのは、三匹の化け物だった。その背格好は人と同じようだが、一目で人間ではないことが分かる。なぜならその化け物の肌は、どす黒い緑色をしていたからだ。


 その化け物は人よりも細長く筋肉質な体つきをしていて、三本しかない指の先には5センチはあろう汚れた爪がついている。一匹ずつ違う武器を持っており、こん棒と鉈と、あれは……何かの骨だろうか? 大人の足ほどの長さがあり、肋骨のように湾曲している。身に着けているのは粗末な腰蓑のみで、みすぼらしい格好だ。


 そんなやつらに囲まれているのは、ネルルと同じくらいの歳だろう幼げな少女だった。川を背にちっぽけなナイフを掲げて、一生懸命に化け物を近づけさせまいとしている。よく見るとその少女も普通の人間とは違う部分があった。腕から白い羽が生えているのだ。ただそれで飛ぶには、体に対して小さすぎるように見える。


『なんだ、ただのゴブリンじゃん』


『知っているのか?』


『この森にはうじゃうじゃいるからね。あれに怯えてたらこの森じゃ生きていけないよ。でも、最下級だけど一応魔物だから、油断は禁物だよ』


『チュウの魂術の見せどころですの!』


『やりすぎないでよ、チュウ。ここは平等に一匹ずつで行こ』


 ネルルとチュウに慌てた様子はない。二人はあの化け物と何度も遭遇したことがあるのだろう。俺も負けていられないな。


 猛スピードに接近するネルルにゴブリンどもも気づいて、こちらを振りむく。その化け物と目が合ったとき、俺は心臓を絞められたような感覚を覚えた。


 小さい洞窟のような空っぽの目で、確かに、ネルルの中に潜む俺を捉えている。そしてそいつらは、口を耳まで切り裂いて笑った。ギザギザの歯と真っ赤な歯茎がむき出しになり、それがとんがった耳と鼻に合わさって醜悪な表情を形作る。


『気をしっかり持って。カッコいい魂術を私に見せてよ』


 ネルルの声で俺は我に返った。いつの間にか、化け物の気に吞まれていた。だが、もう大丈夫だ。


『もちろんだ。ちゃんと見とけよ!』


 ネルルは走りながら、剣に手をかけた。距離が縮まっていき、残り10メートル。


『我が魂に宿りし闇色よ。醜悪なる魔の、命を貪れ!』


 ネルルの体の内から立ち上った黒い霧が、旋風となってゴブリンの一体を覆い隠す。その横では、火炎がもう一体を捉えて――。


「ラストは私」


 ネルルはすれ違いざまに剣を抜き放ち――最後の一体の頭は胴体と別れを告げた。


「剣は一撃で仕留められていいね。木の棒と違って」


 そう呟いて、ネルルは剣を鞘に納めた。


 黒い旋風が過ぎ去った後には、灰色に染まった死体が。火炎が消え去った後には、黒焦げの死体が残されている。


『我ながら完璧な術の制御だったな』


『クルルもチュウも、すごい魂術だったよ』


『ありがとうですの』


 俺たちは互いの健闘を称えあう。それからネルルは爽やかにウインクをしながら、呆気に取られて固まる少女に話しかけた。


「大丈夫だった?」


 少女はこくこくと頷いて肯定する。


「そっか。ならよかったよ。じゃあね」


 ネルルは少女の無事を確認すると、あっさりと別れを告げて、川の下流へと歩き出した。


『それだけかよ! もうちょっと心配してやっても良いんじゃねえか?』


『少しかわいそうですの』


『そう? こんなところに一人できたんだから、危険な目に遭うことくらい予想できてたでしょ。これからまた同じような目に遭うとしても、私の知ったことじゃないよ』 


 ネルルの言う通りではあるのだが、やっぱり心配だ。後ろに視線を向けると、少し距離を置いて、少女がついてきているのが見える。背丈に合っていない大きなリュックサックを背負って、とぼとぼと……。


 そんな少女の様子を見て、俺は気づいてしまった。疲れ切った様子の少女でもついてこられるほど、ネルルの歩みが遅くなっていることに。


『ほーん。身を守るために勝手についてくる分には構わないってことか?』


『そりゃあね。私の手間はかからないわけだし』


『素直じゃねえなぁ』


『うるさい。クルルのくせに』


 そんなしょぼい罵倒など、今の俺には効くはずもない。なにせ、珍しく頬を赤らめているネルルを見れたのだから。ネルルでも恥ずかしがることってあるんだな。


『進む方向も同じようですし、一緒に行けばいいと思いますの』


『そうだよな。でも、誰かさんは嫌みたいでよ。もしかして、同年代の子と話すのが恥ずかしいのかぁ?』


『そんなわけないでしょ。もう、分かったよ。一緒に行けばいいんだよね』


 ネルルは噛みつくように言い返すと、少女の方へ振り返った。そのときにはすでに、いつもの飄々とした笑顔に戻っている。恐ろしいやつだ。


「こっちに来なよ。私が守ってあげるからさ」


 置いていったくせによく言うなと俺は思ったが、少女はそうは思わなかったみたいだ。嬉しそうに小走りで駆け寄ってくる。


「私はネルル。あなたの名前は?」


「ナリナ。……剣技と魂術、すごかった」


 ナリナは本当にそう思っているようで、羨望の眼差しをネルルに向けている。彼女からは穏やかな雰囲気が感じられた。落ち着いた感じの緑色の髪と、ネルルのものより少し淡い黄色の瞳のおかげだろうか。


「ありがと。それで、ナリナはなんでこんなところにきたの? それだけの荷物を持ってるってことは、迷子ってわけじゃないんでしょ」


 俺はナリナがはぐれて迷い込んだのかとも思っていたが、確かにそれだと子どもがこんな大荷物を持っていることに説明がつかない。ネルルは良く気付いたな。


「……なんとなく。でも、もう帰るところだから」


『なんとなくでこんなところに来るやつがいるか!』


 そう突っ込んでみたが、ナリナは何の反応もしない。聞こえていないのか?


『普通の人間に魂話が聞こえるわけないですの』


『そうなのか? でも、ネルルは聞こえてるぞ』


『だからチュウもあのときびっくりしたんですの。もしかすると、クルルがいるからかもしれませんわね』


 ということは、俺がネルル以外の人と話すことはないってことか。それは少し残念だな。


 そんなふうに俺とチュウが話している間に、ネルルはナリナについて、おおよそのことが推測できたらしい。


「言いたくないならいいよ。渓谷の集落まで、私が送ってあげる」


 ナリナがどこからきたのかすら決めつけて、自信満々にそう言った。


「なんで分かったの?」


「私の目的地もそこだからね」


 どうやら俺たちの目的地は、渓谷の集落だったらしい。そもそも本当に人が住んでいるのかと半信半疑だった俺には、驚きの目的地だ。


『チュウは人の集落に興味ないですの』


『行けば竜の情報も手に入ると思うよ』


『なら行くですの!』


 チュウが意見を変えるのは恐ろしく早かった。


『そういや、チュウは人の言葉が分かるのか?』


『そもそもこの言葉は人だけのものじゃないんですの。発声できるのが人間しかいないってだけですわ』


 そうだったのか。それならネルルが念話で話す必要はなかったわけだ。


 チュウは念話で話しているとき、ときおりチュチュッと鳴き声を上げる。それがナリナの気を引いたらしい。ネルルの肩に乗っているチュウに、ナリナは手を伸ばした。しかし、その手がチュウに触れることはなかった。


「ふわふわそうだったのに……。そのリス、ネルルちゃんによくなついてるんだね」


 素早く身を躱したチュウは、ナリナとは反対側のネルルの肩に乗っている。


「そう? ついさっき会ったばっかなんだけどね」


 そう言いながらネルルは、素早い動作で、毛並みに逆らうようにチュウを撫でた。


『自慢の毛並みが台無しですの!』


『ふふん、念話って普通に話すより疲れるんだよ。だから早く教えてくれなかった罰』


 ナリナは毛づくろいをするチュウを見て、顔をほころばせた。ネルルもそれを見て、ニヤリと笑う。


「元気になったみたいだし、休憩は終わり。早くいこ」


 こうしてまた一人道連れを増やして、俺たちは再び歩き出した。


 何気ない会話をしながら、砂利道を辿っていく。


『気のせいか? 水音に挟まれてる気がするんだが』


『気のせいじゃないよ。何本もの、川の音がする』


 好奇心で、足取りが早くなっていく。それに合わせて、水音も大きくなっていって――。


「待って! ネルルちゃん!」


 背後から聞こえるナリナの声も、いつの間にか置き去りにしてしまった。代わりに聞こえるのは、まるで嵐の中にでもいるような、とてつもない轟音。水の音か、それともその水に押しやられた空気が生み出した、風の音か。


 森を抜けて、とうとう俺たちは音の在り処に辿り着く。開けた視界の先に俺たちが見つけたのは――。


「こんなに、大きかったんだ……」


『こりゃあ確かに、巨大生物が住み着いてもおかしくねえな……』


 ――滝だ。1000メートルはありそうな幅の渓谷に、何百本もの水流が流れ落ちている。俺たちが辿っていた川は、その中の一つでしかなかったのだ。


 崖先から覗き込むように、俺たちは滝つぼを見下ろそうとした。しかしその滝つぼを、俺たちは見つけることができなかった。なぜなら俺たちの真下にあったのは、太陽光を反射して輝く水流と、その輝きごと飲み込んでいく大穴だったからだ。


 そんな圧倒的な光景に、俺もネルルも呆れた笑い声を出すことしかできない。


『おいおい、おかしいだろ。どんだけ深いんだよ』


「こんなところが住処って、竜ってどんな生物なんだろ。ちょっと楽しみだね」


『もし落ちたら、死んでしまいますの』


 そりゃあそうだろと心の中で突っ込みながら、俺は一つの疑問に辿り着いた。


『ところでこれ、どうやって降りるんだ?』


「さあ。どうやってだろうね」


 他人事のようにネルルが言う。まいったな。……本当に、どうやって降りるんだ?






 

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