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未知との遭遇

 もしも死んだらどうなるのか。その答えは、今俺の目の前に存在していた。


 真っ白い空間から二つの道が続いている。一つはのどかな草原の中を行くような道だ。その道の入口には、『地球で人間として生まれ変わる』と書かれた看板が立っている。


 そしてもう一つはというと、まるで星の瞬く宇宙を行くような道だった。看板もなく、どこに続いているのかも定かではない。


 どちらを行くか選ぶまでもないな。そう思い、俺が草原に足を踏み入れようとしたとき――誰かが俺を呼んだような気がした。


 何かに引き寄せられているかのように、自然と足が宇宙へと向かう。進むことを止められない。そして気づけば俺は、その宇宙へと足を踏み出していた。


 その瞬間、白い光の奔流に包まれる。それと同時に記憶が抜け落ちていくのを感じた。


 昔の思い出、両親の名前、友の顔。思い出せなくなっていく。だが、たとえ他のすべてを忘れたとしても――これだけは忘れるもんかよ。


 俺は枢木(くるるぎ)、自分のために生きる枢木だ! 




 しばらくして、光の川が一瞬にして黒に塗りつぶされた後に、鮮やかに彩られた田舎の風景が俺の前に現れた。


 この澄んだ青空はどこまで続いているんだろう。そんなことを最初に思うあたり、俺は世界中を旅するのが趣味だったんじゃないだろうか。それとも狭い世界を生きていたからこそ、あの青空の先を見てみたいと純粋に思ったのだろうか。


 遠くでは異様に大きく見える木々たちが、ざわざわと大きな音を立てながら風に揺れている。それはまるで俺を手招きしているかのように思えた。手前には掘っ立て小屋が点々と存在していて、人里であることがうかがえる。そして目の前には、こじんまりとした畑があった。


『俺は……枢木。……良かった』


 名前だけは覚えていられたらしい。そして私は誰か、その確認が終われば次にやることは一つである。


『ここはどこだ?』


 そう思って辺りを見回そうとするが、首が動いたのはわずか十度と言ったところだった。後遺症だろうか。死んだはずなのにおかしな話だ。だが、首が動かないのなら体を動かせばいいのだ。


 ……動かせない。視線の先では今も変わらず木々が揺れている。なぜだろうか。痛みはないんだが。


 ……そもそも痛みどころか全身の感覚がなくないか? まさかあの白い川は俺の感覚すらも洗い流してしまいやがったのか? 視覚と聴覚だけは残っているようなのが幸いだ。


『まいったな。動けねえとどうしようもねえぞ? クソッ。誰かいねえのか!』


 そう叫んだら、なぜか俺の体が勝手に動き出した。振り返って、ほんの数メートル先にあった掘っ立て小屋に駆け込んでいく。乱暴に閉められた木のドアがガタンと大きな音を立てると、俺は崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。


『な、なんだぁ? 意外と元気じゃねえか俺の体。しかし、生まれたばっかのころって、体も思うように動かせなかったっけか?』


「だ、だれなの?」


 とても近くで、震えた声が聞こえた。少女のような声だ。姿は見えない。


『俺は枢木だ』


「……どこにいるの?」


『俺は家の中だ。ドアの前で座っている。そっちこそどこにいるんだ?』


 悲鳴を押し殺したような声が聞こえたかと思ったら、またしても勝手に俺は動いた。家の奥の部屋に飛び込んで、そこにあった何らかの動物のものだろう毛皮を被る。それから、固そうなベッドの上にうつぶせになった。


『まだ聞こえているか? 悪いな。今は家の奥の部屋で、ふさふさの毛皮を被ってる。俺からそっちに行くのは無理そうだ。だからお前が来てくれないか?』


 腕が勝手に目を拭った。その腕は、白くて華奢で、簡単に折れてしまいそうだ。そういえば、俺の体はまるで少女のもののようだ。細い手足も、目線の高さも、なにもかも。


 ……問題が山積みだな。これじゃあたとえ上手く動かせるようになっても、青空の向こうになんて行けやしない。まずやるべきなのは筋トレか。


『まだ来ないのか? もしかして、家に入るのを遠慮してんのか? 入っていいから早く来てくれ。ていっても俺の家じゃねえんだけどな』


 すぐ近くで、すすり泣く声がした。それはどこか不気味で、まるで……。俺はある考えに思い至ってしまった。背筋がぞわっとなるような寒気が、俺を襲う。


 ……もしかして、さっきから俺は幽霊に話しかけていたんじゃないだろうか?


 すぐ近くで聞こえる泣き声。一向に見えない姿。怪談でしかありえないような状況が、今まさに起こっている……。


『な、なあ、聞いていいか? ……お前は一体、何者なんだ?』


 風が吹きすさび、森がざわめく。木造の掘っ立て小屋は、ガタガタとまるで俺の心情を表すかのように震動した。


 すすり泣く声に、押し殺したような笑い声が混ざるようになる。俺は無意識に逃げようとしたのか、くるまっていた毛皮を脱ぎ捨て、窓の前に立った。


「ねえ、窓から逃げようとしたって、無駄だよ」


 それはさきほどまでと同じで、少女のような声だ。ただ、俺にはそのかわいらしい声が、得体のしれない化け物の声のように感じる。


「あなた今、なんで俺の場所が分かるんだって、思ったでしょ」


 やばいやばいやばい! 俺は致命的な勘違いをしていた。俺は生まれ変わったんじゃない。ここはきっと地獄というやつで、そしてこいつは……。


 これが金縛りというやつだろうか。俺の体は一ミリたりとも動かなくなってしまった。俺はもう、地獄の沙汰を待つしかないのか!?


「……さない。許さない。許さない許さない許さない許さないッ!!!」


『ひゃあああああああッ! ゆるっゆるして……!』


 俺は何もした覚えはねえ! きっと人違いだ! 頼む。見逃してくれ……。


 ただひたすらに、信じたこともない神様に祈る。そんな悪いことをした覚えはない。記憶なんてねえけど。俺は天国に行くべき人間だ!


 ずっと鳴り続けていた風の音が、小さくなっていった。木々が揺れる音も聞こえなくなっていき、やがて、完全な無音となる。


「……ぷっふふふふっ。アッハハハハハッ。うん、許す」


 それはとても、朗らかな声だった。


『へっ?』


「私を驚かせたこととか、その他もろもろを許してあげるって言ってるんだよ。居候さん」


 まるで話が見えてこない。俺はいつの間にか、姿の見えない少女に何かしてしまっていたのだろうか。それに……。


『居候ってなんだ? ここはお前の家なのか?』


 そんな俺の言葉に反応したのは、俺の指だった。勝手に動いて、壁をなぞる。どうやら文字を書いているようだ。


 バーーーカ まだ気づいてないの


 なるほどな。完全に理解したぞ。俺が自分の体を動かせなかったのはつまり、そのときにはすでに俺の体は操られていたってことか。


「違う! もともとこれは私の体だよ」


 まるで俺の思考に反論するかのように、少女の声がした。それでようやく、合点がいく。そう、もともと俺はバカではない。決して。ここまで状況証拠がそろえば、嫌でも気づける。この少女が俺の思考を読めたのは、同じ体に存在しているからだろう。つまり、こいつは俺の体に勝手に住み着いた侵入者だということだ。


「だから違うって。私があなたの思考を読めるのは、あなたが分かりやすいからだよ。それに侵入者はそっちだから」


『そんなバカなことがあるか! 俺は生まれ変わった瞬間からこの体にいたんだぞ』


「でもこの体を動かしたりはできないでしょ? それにこの体は赤ん坊じゃない。それはね、あなたが生まれるより早く、私が生まれてこの体で十年もの間、生きてきたからだよ」


 ……悔しいが、反論の余地は見つからなかった。



 


 



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