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 芽依花がシャワーを済ませリビングに行くと、テーブルには夕食の準備が整っていた。


「えっ?!お兄ちゃんが作ったの?!」

「まぁ通販のミールキットなんだけどな」

「ミールキット?」

「一食分の食材と作り方がセットになってくる商品があるんだ」

「そ、そんな便利なものが……」


 しかも調理時間も15分から30分で済むらしい。なんと便利なものが世の中にあるのだろう。


「「いただきます!!」」


 折りたたみのテーブルに広げられた料理を囲んで、二人で早めの夕食だ。


「わぁ美味しい!これ美味しいね!!」


 メニューはラタトゥイユとチキンステーキ、インスタントのコーンスープ。

 パリパリに焼かれた鶏皮が美味しい。


「炊飯器を忘れていたから、ご飯はパックでごめんな」

「ぜーんぜん!!片付け楽チンでいいじゃん!」

「そうか、でもやっぱり炊きたてが食べたいから炊飯器は買おう」

「ん?蓋付きのお鍋あるならそれで炊けるよ?」

「えっ!そうなのか?!」


 理都なら何でも知ってそうなのに、それは知らなかったようだ。


「お水の分量さえ間違えなかったら難しくないよ」


 過去に叔母が炊飯器でケーキを焼こうとして、内釜パンパンにケーキ生地を流し込んで……まぁ結果壊したことがある。

 その時に困って高校時代の家庭科の先生に相談したところ教えてもらったのだ。


「芽依花はそんなことも知っているんだな!凄いな!!」


 ナデナデ。


「……あー……あはは……はは」


(お兄ちゃんは本当に私が19歳ってわかってないな……これは)


 褒めてもらっているのに何とも虚しい気持ちになる。


「あっ!そうだ。今後のことを言っておかなくちゃな」

「今後?」

「うん。とりあえず芽依花が退職したら俺のマンションに引っ越すとして、無山家の叔母を起訴しようと思うんだけどどう?」

「……キソ?」

「訴えるってことだよ」


『訴える』


 そんな事なんて考えたこともなかったので芽依花には意味が分からなかった。


「あの人は芽依花が貰った遺産を不当に使い込んでいるからな。……ただ身内ってことで罪になるかどうか……知り合いに弁護士を紹介してもらうけど実際はどうなるか……ただこのまま何もなしっていうのは……スッキリしないだろ?」

「うーん……叔母さんが刑務所に行くの?」

「それは……ちょっと……どうだろう……」


 うーんと二人で頭を捻る。


「法律関係に関してはわからないことが多いからな。訴えてみてもただの徒労に終わるかもしれないし……ただダメージは与えられるんじゃないかと思って」

「そうなのかな?」

「あの人、芽依花が成人しても通帳を渡してないんだろ?」

「うん」

「それはアウトだから」

「えっ!そうなの?」


 無山家で日々ボロボロになりながら家事と仕事に働き詰めだったので、そんなことまで考えたことは無かった。


「お給料の入る通帳も叔母さんが持ってて、毎月引き出された後で渡されて……下ろしたら叔母さんに返すみたいな……」

「それ横領だから!!」

「そうなの?!」


 とりあえずその件に関しては弁護士に相談をすることが決定したようだ。

 ただ、芽依花が訴訟を起こす事になるので精神的にしんどくなったらまたそれはその時に考えることにした。


「あと……」

「ん?何かまだあるのお兄ちゃん」

「いや……あの叔母は……今、不倫してるんだ」

「へ?……ヒデと?」

「ヒデ?」

「今の彼氏……のはず?」


 そう言うと、理都はプッと吹き出した。何がおかしいのだろう。


「そのヒデって今回の作戦に協力してもらった叔母の別の彼氏っていうか浮気相手?遊び相手?お金の話をチラつかせたら簡単にこっちに協力してくれたよ」

「ナニソレ爛れすぎじゃない……」


 しかし、そのヒデの協力があったからこそ、あの偽結婚話芝居が出来て、無山家脱出に成功した。


「あの人、彼氏的な関係の人結構いて、その内の2人が妻子持ちなんだよ」

「2人?!あの人何人彼氏いるの?!」

「それは……わからないな」


 叔母が汚すぎて吐き気がしそうだ。この話がご飯を完食したあとで良かった。


「そこで不倫の証拠を各家庭の奥様に丁重にお渡ししておいた」

「うわ……」

「俺たちが訴訟を起こす前に、近々内容証明が届くだろうな」


 ある意味これは復讐なのだろう。


「妻子持ちって言っても、もう叔母さんの相手だからな。子供は2家庭とも成人済みだった。……というか浮気自体は気づいていたみたいで、証拠を渡すと喜ばれたらしい……女って怖いな」

「叔母さんの未来は無いも同然じゃん」


 彼女は、自業自得だがこれから勝手に地獄に向かっていくのだろう。


「そうだな。……で、あのユニークな名前の従姉妹」

「あぁ夢綿果子(ぷわりん)だね。ぷりんでいいよ」

「……本当に本名だったのか……そのぷりんさんだけど……」

「ん?」

「フリーターなだけで何も出てこなかった……ごめんな」


 何がいったいゴメンなのだろうか。


「そりゃそうだよぷりんちゃんは単にアホで面倒くさがりなだけで、叔母さんみたいに悪意を煮詰めたような人じゃないからね」


 その言葉に理都は驚いた顔をした。


「えっ……あの人に虐められていたんじゃないのか?」

「いや……パシられたりバカにされたりはしてたんだけど……そこまで何かされたかと言えば……」

「そうなのか?」

「んー、寧ろぷりんちゃんも叔母さんから殴られたり罵られたりしてたし……」

「マジか……」


 夢綿果子(ぷわりん)も実は叔母の被害者である。

 11歳で無山家で同居することになった芽依花は、家に連れられていった当日、20歳の従姉妹が叔母に怒鳴り散らされているのを目撃した。


 芽依花が大丈夫かと夢綿果子(ぷわりん)に聞いたところ『いつものことだから』と言って頭をポンポンっと優しく撫でてくれた。


 その後芽依花は、叔母を叔母さん呼びして酷い目にあうのだが、それは見て見ぬふりをされた。叔母が怖いのだろう。


 まぁ、なのであのアホな従姉妹が根は悪い人ではないことを知っている。


 ただ一緒に暮らすうちに段々と叔母に前ならえで芽依花を家政婦か何かのように扱っていく様になる。

 しかし、扱いがそれなだけで叔母のように芽依花を不幸にさせてやりたい等とは考えてもいない様子だった。


「今は39歳の歌い手を夢見る彼氏とラブラブみたい」

「そ……そうか……」

「まぁでも、良い扱いは受けてなかったからぷりんちゃんに対してなんの感情もないけど……あの人アホだからな……叔母さんから逃げ切れたらいいんだけど……」


 なんの感情も無いんだけどね……と芽依花はもう一度だけポツリと呟いた。


「……なら……叔母を孤独にするのも……復讐になるかもな」

「えっ……」

「……貧困と孤独っていうのはある意味死と同じかもしれないからな」


 そう言った理都の顔はちょっと悪い顔で、こんな話の最中なのに思わずドキドキしてしまった。


(うぅ……ちょっと黒いお兄ちゃんも格好良いよぉ……)


 出会えて一緒に住めただけでも幸せな筈なのにと、再び自身を諌めなければと軽く反省した芽依花であった。


 翌日。


 今日の芽依花の勤務も早番だった。

 昨日と同じくクタクタになりながら職場を出たところ。


「あっ!!やっと仕事が終わったのね!ブス!!」

「……うわぁマジかぁ……」


 昨晩、理都との話に出てきた従姉妹が待ち構えていた。


「勝手に出ていくってどういう事?!許さないんだから!!昨日の夜なんて半額弁当だったのよ?!」

「いいじゃん半額弁当」

「半額のシール貼られる時間まで弁当キープさせられて最悪だったんだから!!」

「本当にそういうの迷惑だからやめなさいよ」

「……私だってしたくなかったけど……ママが……」


 話的に夢綿果子ぷわりんは、叔母にパシらされたと思われる。


「はぁ……ねぇ……ちょっと話そうか」

「え?何で?アンタが帰ってきたら良いだけなんだけど!!」

「良いから……叔母さんについて話そう」

「!!……その呼び方したら……ママにまた……」


 バツが悪そうに視線をそらしながらも、ほんの少しだけ芽依花を気遣ってくれているようだ。


「大丈夫。私はもうあの家には戻らないから」

「……ママがさ……アンタはもうヒキニートのキモいやつに嫁にやったって……お金も貰ったって……言ってた」

「……うん」

「……本当にそうなの?」

「それについても話したいからさ……ちょっとお茶でもしようよ」


 そして、2人は近くのカフェに入った。


「……こんなとこに2人で来るなんて初めてだね」

「うん。……てゆーかゆっくりアンタと2人で話すなんて初めてかも……」


 一緒に暮らしていた従姉妹なのに何だかおかしいなと芽依花は思った。

 あの家は叔母の支配下で、姪の芽依花も娘の夢綿果子ぷわりんも叔母に縛られている状態だった。


「ぷりんちゃん、私ね。お兄ちゃんと再会して一緒に暮らすことになったの」

「えっ?!マジで!!お兄ちゃんってあのお葬式の時に騒いでた人でしょ?」

「あー……うん」


 両親の葬式の後、芽依花と離れたくないと猛抗議をした理都は相当印象に残ったのだろう。夢綿果子ぷわりんでも覚えていたようだ。


「でも義理じゃん……他人じゃん!……あっ!結婚するってその人と?」

「結っ……いや、違っ……普通に……家族として……」

「でも血繋がってないじゃん。それって同棲じゃん!」

「うぐっ……」


 そうなのだ。傍から見ればそれはもう同棲なのだ。薄々芽依花はそうじゃないかと思ってはいたが、理都は露にも思っていないだろう。


「お兄さんってロリコンなの?」

「19歳はロリコンに入らないよ!……それにお兄ちゃんは、私のこと妹としか…………」


 ちょっと歳が離れ気味なだけだし、理都は芽依花にそういう感情は持ってなさそうなのだ。

 それを自らの口で言うのはマジでしんどい。


「ちょっと!脱線してる!!そういうことは別に置いといて!!……あー、だからさ……私はもう無山家には戻らないって事!」

「…………そう……なんだ……でも、それじゃ……私……私……困るし!そんなの困るよぉ……」


 夢綿果子ぷわりんは、軽く取り乱しながら頭を振っている。

 叔母と2人きりは怖いのだろう。


「じゃあ、ぷりんちゃんも家でたらいいよ」

「えっ……」

「叔母さんから……一緒には行けないけどさ……同時に逃げよう?」

「そんなこと……」

「出来るよ……あのさ、まず叔母さんについてなんだけど……」


 芽依花は、昨日の理都とした叔母の話を夢綿果子ぷわりんにした。

 最初は半信半疑でその話を聞いていた彼女も段々と詳しい話を聞くにつれ表情が険しくなっていった。


 そして……。


「私も……家出たい……でも……」

「それについてだけど、ちょっと人を呼んでいい?」

「誰?」

「お兄ちゃんと……」


 その時、ちょうど店内に理都が入ってきた。


「わぁ……ここに入る前に連絡してたんだけど……タイミング良すぎだよお兄ちゃん」


 理都と一緒にもう一人。


「えっ……キョークン?」


 そう、39歳歌い手志望の夢綿果子ぷわりんの彼氏。


(えっ!?39歳っていうから、もっとこう……おじさんっぽいと思ってたんだけど……)


『キョークン』とは初対面だが、想像と全く違った。


 流行に倣って適度に染められた髪、服装も清潔な無地のシャツにジーパンでよく似合っている。靴も履き古してはいるが汚くはない。

 顔はまぁフツメンといったところか、でもきちんと手入れされていて好感の持てる雰囲気だ。

 スタイルもアラフォーとは思えない締まった体付き。


 正直、歌い手志望なんて言うヤバめのおっさんを想像していた芽依花は心の中で反省した。


「こんにちは。話すのは初めてですね。芽依花の兄の志貴島理都といいます」

「ども……えっと……無山ぷ……ぷりんです」


 夢綿果子ぷわりんは、本名を名乗ることを回避した。


「えっと……で、何でキョークンがいるの?」

「あ、あのさ、俺……動画制作関連で就職することになった」

「えぇっ?でもでもキョークン夢は?!歌い手になるんじゃないの?!」

「うん。それも続けるんだけど、その為にちゃんとしたスタジオが近くにあるWEBの動画制作関連の会社に再就職することに決めたんだ」

「そうなんだぁ!!スゴイね!!スゴイ!!」


 彼女は、きっと何も考えずにスゴイを連発しているに違いない。


「えーと……結局どうなったのお兄ちゃん?」

「ん?あぁ彼『井ノいのもと恭一きょういち』さんは、元々システムエンジニアとして働いていたらしい。ただ勤めていた会社がブラック過ぎて体調を崩して退職、現在に至る……と」


 どうやらキョークンは元はちゃんとした会社員だったらしい。


 実は今日、理都は夢綿果子ぷわりんの彼氏に話を聞きに接触した。

 叔母を孤立させるために、まずは娘の夢綿果子ぷわりんを自立させようと考え、彼氏が2人の将来をどう考えているか問いかけた。


「そしたら思いの外いい人材で、ちょうど人材不足の知り合いの会社を知ってたから紹介したんだ。するとトントン拍子にね」

「へぇ……縁ってわからないね」

「だな」

 

 元々パソコンに強い上、自身のチャンネル編集もしているキョークンはその会社では即戦力になるとのこと。


「それでさ、ぷりん……」

「ん?」

「俺、県外に引っ越さなきゃいけなくなったんだ」

「えっ……」

「だから……」

「えっ、ヤダヤダ!離れたくないよ!キョークンの側に居たいよぉ」

「うん。だから一緒に行かない?」

「うん!!行く!!ついてく!!」 


 即決だった。


 そうして夢綿果子ぷわりんは、28歳にしてようやく実家から離れることになったのだった。


    ︙

    ︙

    ︙


「じゃあぷりんちゃん……元気でね」

「……うん……アンタ……芽依花も元気で…………あと…………いままで悪かったわ……幸せになりなさいよ」


 それだけ言って我儘な従姉妹は、プイっとそっぽを向いた。

 それがあまりにもいつも通りの彼女の姿だったので、芽依花はつい苦笑いを浮かべた。


「ぷりんちゃんもさ、家出たらもう叔母さんと連絡取らない方がいいよ」

「うん。家出るのも黙って手紙だけ置いて出るってキョークンと約束した」


 なるほどキョークンは、何だかんだで大人ということだろう。彼に任せていれば大丈夫そうだ。


「じゃあね」

「うん。あ、あと」

「何ぷりんちゃん」

「キョークンのチャンネル登録よろしく」


 そして従姉妹同士はお互い別々の道に向かって進みだしたのだった。


 後日。キョークンのチャンネルを覗いたら、歌が滅茶苦茶上手くて驚愕したというのは別の話。

拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。

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