矢印
目の前に、矢印がある。
……なんだい、これは。
左側を指している。
左の方には、何もない。
右の方にも、何もない。
とりあえず矢印の方向に進むと決め、念のために反対方向にゆっくり進んでみる事にする。
…とん。
…いきなり壁に当たってしまった。
なにもないのに、なにかある。
なんだ、矢印の方向でないと進むことができないのか。
矢印のところまで戻り、左の方へと歩き始めた。
しばらく歩くと、今度は棒のようなものが現れた。
よく見ると、まっすぐ進めという矢印の…お尻の部分だ。
真っ直ぐこのまま行くしかなさそうだ。
矢印に従い続けるのもしゃくだが、どうしようもない。
横にそれようとしても、どうせ壁ばかりなんだろう。
そのまま矢印に従ってまっすぐ進むと、右方向の矢印と左方向の矢印が現れた。
どちらに進んでもいいということらしい。
右か左か、どちらに行こうか。
右の方向は薄暗く、左の方向はなんとなく雲行きが怪しい。
正直どちらも行きたくない道だ。
さてどうするか。
悩み込む僕の目に、何か…違和感のようなものが映った。
正面に、色の違う部分がある。
……なんだい、これは。
近づいて確認してみると、隙間のようなものがあるのを発見した。
そっと指を入れると、少し空間が広がった。
そのまま慎重に、空間を広げてみる。
なんとか進めないことも…ない。
狭い空間の先に見える景色は、落ち着いた色合いをしている。
少々骨が折れるが、狭い隙間を通って行くことにした。
硬い壁、ぬかるむ足もと、息のつまる空間、深い闇、坂道、崖…道をこじ開け前に進む。
遠くに見える、居心地の良さそうな場所を目指して、ただひたすらに。
「ひろ君、おかえりなさい!」
「パパ、お帰り!」
「弘、帰ったのか? お疲れ様」
「パパー、一緒にゲームやろ!」
「わん、わんわん!!」
家族の笑顔が、僕を待っていた。
「…ただいま」
今の今まで、藻掻きながら道を切り開いていたはずなのに。
辛かったことが、全て吹っ飛んだ。
疲れがすうっと、消えた。
ああ……、癒される。
僕が切り開いた、自分の運命。
自分で選んだ、僕の未来。
ここに…来ることができて、本当に良かった。
……僕は、大切な思い出をギュッと抱きしめて。
矢印の見当たらない、晴れ渡る空に溶け込んだ。