部屋
千隼たちが自分のご飯を温めたりとキッチンで忙しなく動いていると、出て行ったはずの女子達が戻って来て言った。
「ちょっと!凄いの、めっちゃ凄い建物なの!ここから出たら廊下があって、そこを歩いて行ったら大きなシャンデリアが吊ってある玄関ホールがあって、広い階段があるのー!」
男子達は、振り返った。
そういえば、あの大きなリビングだけでも暖炉はあったし、かなり豪華な造りだった。
さっきは心に余裕もなかったし見ていなかったが、暗くなっていた女子達が興奮してしまうほど、そんな大変な建物なのだろうか。
大都と千隼は顔を見合わせた。
そして、皆を見て、言った。
「…ちょっと見て来る。」
そうして、大都と千隼は、呼びに来た女子達と共に、居間から廊下へと出た。
廊下は、薄暗いが黄色い照明が灯っていて足元が見えないほどではない。
その廊下を抜けて目の前に、大きなホールと、言っていた通り天井から大きなシャンデリアが吊り下がっているのが見えた。
そこが玄関だろうことは、大きな重厚感のある両開きの扉が嵌まっていたので分かった。
その扉の正面に当たる場所にあるのが、広い幅の床と同じ絨毯が敷き詰められた階段で、それはぐるりと左に折れて向きを変え、上階へと続いていた。
玄関ホールと階段はとても明るく、高級なホテルか、想像するお城のような形だった。
「ほんとだ…すごいな。」
千隼が思わず言うと、大都も頷いた。
「ほんとにな。こんな屋敷が、どうしてこんな孤島の上に建ってるんだろう。それとも、普段はホテルとかなのかな?」
珠緒が、言った。
「上の部屋も、金色のプレートで部屋の番号が書かれてあってね、凄く綺麗。廊下の幅もすっごく広いし天井も高くて、もしかしてと思ったらね、部屋も凄いの!洋館の部屋ってこんな感じなんだって思った!ベッドがキングサイズで天蓋ついてて、それを一人で使うのよ?普通に泊まったら、きっと物凄く高いと思うわ!」
だから興奮していたのか。
女子達に早く、早くと追い立てられながら二階へと上がると、確かに広い廊下に、重厚な扉、金色の番号プレートが着いている部屋が、正面に六つ、その対面に階段を挟んで四つ並んでいた。
正面、右端から1号室、2号室と並んでいて、階段の目の前の部屋は4の奈央の部屋だった。
「ほら、見て!」
奈央が、扉を開いた。
入ると、両脇にクローゼットとバスルームの扉があり、そこを抜けたら広く美しい部屋が広がっていた。
正面にはカーテンの掛かった窓が幾つかあり、左側には机とドレッサー、窓の脇にはテーブルと椅子が二脚、右側の壁には天蓋付きのキングサイズのベッドが設置してあった。
「うわ…キングサイズってこんなデカいんだ。」
大都が言う。
噂には聞いていたが、千隼も初めて実物を見て、その大きさに驚いた。
「一人で寝るには広すぎるよな。三、四人ぐらい寝られそうだし。」
千隼が言うと、大都は頷いた。
「だよな。こんな時でなければ、満喫するところだけど。」
すると、亜佳音が言った。
「それだけどね。」二人が振り返ると、亜佳音は続けた。「もう、どうせこれからの人生で、こんな所に泊まれるような機会って無さそうだし、帰れても必死に働く未来しか見えないでしょ?就職先だってそんなにいい所見つかり無さそうだし。だから、今回だけでも楽しもうって。少しでも長く追放されずに、ここに泊まってゲームを続けたいなって話してたの。これを思い出に過ごしたいじゃない?」
そういう考え方もあるのか。
千隼は、頷いた。
「それで気持ちが上がるならいいんじゃないか。落ち込んでばかりも居られないしな。村人だったらみんなで頑張らないと、帰りたくないからとかで頑張ってくれないと、オレ達が困る。寒い海はごめんだし。」
それには、珠緒が頷いた。
「私もそう思う。もうあの冷たい水は懲り懲りよ。段々に体が動かなくなって来て…今考えても怖いわ。」
確かに、あの時はもうダメだと思った。
千隼は思った。
珠緒の濡れた悲壮な顔、夏菜の死んだように動かない体。
真っ暗な海に、波に煽られる板だけが命綱だった。
あの状況で、全員がここに揃っているのが奇跡だった。
「…とにかく、頑張ろう。」千隼は言って、部屋の外へと歩いた。「行こう、大都。飯食って明日に備えなきゃ。」
二人は、また階下へと戻って行ったのだった。
キッチンへ戻ると、もう男子達は椅子に座って食事をしていた。
一弥が言った。
「おう。どうだった?」と、自分の隣りの椅子を示した。「お前らが温めようとしてたの温めといたぞ。」
千隼は、そこへと座りながら言った。
「ありがとう。ほんとにあちこち豪華だった。ベッドがでかいのなんのって。」
大都も、頷いた。
「逆に落ち着かないぞ、あれは。天蓋付きって初めてだよ。」
太月が言う。
「多分、誰かの別荘か会員制ホテルかなんかなんだろうな。たまたま居たとか言ってたと思うから、普段は居ないんだろう。オレ達は本当に運が良かったんだ。」
由弥が、言った。
「運が良かったって言うの?ほんとに運が良いのは多分、港に戻れた時だと思うよ。こんな所に閉じ込められて、ゲームに勝たなきゃ帰れないなんてさ。」
それには、眞耶も頷いた。
「そうだよ。帰っても大変なんだから、すんなり帰してくれてもいいのに。そりゃ、やったことは後悔してるよ…死んでた方が良かったかもと思うぐらい。でも、こうなると生きたいとも思うし…。」
太月が咎めるように言った。
「死んだら親に迷惑がかかるんだぞ。オレ達は帰ってやった事の始末は付けなきゃ。やり過ぎたんだ、酒に酔ってたとはいえ。」
眞耶は、下を向いた。
「…小さい時から、叔父さんのクルーザーに乗るのは楽しみだったんだ。ちょっと運転させてくれたりして、ほんとに楽しかった。今回の大きめのクルーザーを買った時は、それこそ嬉しくて…叔父さんは、子供が居ないから乗れなくなったらオレにくれるって言ってたのに。オレも船舶免許取ろうって決めてた。今回の事で、もう終わりだ。」
千隼は、目の前の解凍されたオムライスを食べながら、それを聞いていた。
憧れの叔父さんだったのだろう。
その叔父のクルーザーを沈めて、行方不明になり、叔父も少なからず騒ぎに巻き込まれているはずだった。
今あちらで何が起こっているのか、全く分からなかった。
「…鍵、付けたままだったんだもんな。」秀一が言った。「少なからず責任がどうの言われてるよな。」
それを聞いて、眞耶は泣き出した。
いきなりだったので皆が戸惑っていると、眞耶は叫ぶように言った。
「違うんだ!あれは…オレが、最初からみんなに操縦できるって自慢したくて!」え、と皆が目を丸くした。眞耶は続けた。「成人式の後でみんなで集まる前に、叔父さんちに報告に行った時に鍵を取って来たんだ!場所は知ってたから…!」
そうだったのか。
皆は、合点がいった。
あんなに大きな船を、鍵付きで放置しておくはずがなかったのだ。
ということは、この中で一番あちらに帰った後大変なのは、眞耶かもしれない。
鍵を持ち出したのが、眞耶なのだと皆にバレてしまっているだろうからだ。
「…仕方ない。それに乗ったのもオレ達だよ。」涼太郎が言った。「太月も言ってたけど、代わりばんこに操縦して楽しんでたじゃないか。夏菜さんが怖がるのも可笑しくてさ。思ったら夏菜さん達はほんとに被害者だよ。オレ達が悪い。そもそもあのクルーザー、18人も乗るには小さかったんじゃないのか?」
眞耶は、嗚咽を漏らしながら頷いた。
「叔父さんは、定員10名って言ってた。」
千隼は、それを聞いて目を丸くした。
8人もオーバーしてたのか。
こうなって来ると、本当に無謀な事をしていたのだ。
太月は、ため息をついた。
「もういい。何を言っても元には戻らないんだ。今はできることをしよう。」
皆は無言で頷いて、それぞれにペットボトルの飲料を持って、その日は部屋へ帰ったのだった。