その後
説明が終わり部屋へと戻った千隼は、そこに海に投げ出された時に着ていた服が、綺麗に選択されて置いてあった。
どうやら、ゲームをしている七日の間に、きちんとクリーニングしてくれたようだった。
それに着替えて袖に手を通していると、この七日間が夢のように思えて来る。
最初は、ここの所有者の医師だという男の事は、恨んでいたものだった。
助けてくれたとはいえ、どうしてこんな目に合わせるんだと思っていた。
だが、いろいろ考えて、手を回してくれていた。
やった事がやった事なので、何も無しではあり得ないだろう。
だが、これから好奇の目に晒されるとはいえ、自分達は生きてここに居る。
そうして、これから先のことも、あの声の主のお蔭でどうやら何とかなりそうだった。
まだ、言っていた事が全て本当だとは思えないが、それでも信じたいと思った。
そこへ、大都が扉を開いて、覗いて来た。
「千隼?なんかもう、船がそこまで来てるから、どうするのか言わなきゃならないみたいだよ。どうする?」
千隼は、ジャージを畳んでベッドの上に置くと、振り返った。
「オレは…外国に行くほど気概もないし、日本で仕事をさせてもらう事にするよ。大学も、みんなが行くから行こうって軽い感じで入って行ってた感じだしな。大都は?」
大都は、頷いた。
「オレも、働いてほとぼりが冷めたら専門学校にでも行こうかなって。働いてお金を貯めて。千隼と同じ所で働けたらいいんだけどね。ほら、寮とか同じだったら相談し合えるだろ?」
千隼は、笑って頷いて、廊下へと出た。
「そうだな。みんなはどうするんだろう?」
大都と一緒に下へと降りて行くと、女子達が前を歩いていた。
夏菜は、本性がバレてしまってバツが悪そうに一番後ろを歩いている。
千隼が、後ろから言った。
「亜佳音ちゃん?決めた?」
亜佳音が、振り返った。
「うん、決めたよ。なんかね、腕輪で運営の、別の男の人の声だったけど、その人と話が出来てね。知っている病院の提携看護学校に、編入するための試験を受けさせてくれるんだって。だから、もう一度頑張れるんだ。そこの学校を出たら、必ず提携病院で二年は働かなきゃらならないらしいんだけど、そうしたら学費は免除してくれるんだって。寮も完備してるらしいから、そこへ入れるように頑張ってみるつもり。」
珠緒は言った。
「私は、アルバイトをして海外留学を目指そうと思ってる。外語学院に行ってるから、元々最終的には留学したいって思ってたの。だから、その英語を使うっていう職場でしばらく働くよ。奈央ちゃんもだよね?」
奈央は、頷く。
「うん、私も。学費を貯めたいと思ってるしね。夏奈ちゃんもそうするって言ってる。」
夏菜もか。
夏菜自身は、頷いただけで何も言わなかった。
特に話したいとも思っていなかったので、千隼は頷いた。
「決まって良かったね。」
リビングへ入って行くと、祐吏と由弥が振り返った。
「お、千隼!どうする?僕は留学を目指してバイト生活することにしたよ。祐吏もそうするって。」
祐吏は、頷く。
「元々海外には興味があったしね。英会話は少しできるんだ。英語学科だろ?オレ。」
大都が、何度も頷いた。
「だよね。ゲームでも海外の人と普通に話してるもんね、祐吏。いっつも通訳してもらって。」
一敬が、ソファから振り返って言った。
「だよな。祐吏は海外勢とも話せるからチーム組んでめっちゃ戦えるよな。羨ましいんだよ。オレは、とにかくアルバイトさせてもらって、英語を習得できたらいいなって。その間に金貯めて専門学校行くかなって思ってる。だから、由弥と祐吏と同じ所に行く事になりそうだ。」
理人は、頷いた。
「オレも。秀一も勇佑も同じだ。一弥は就職か?」
一弥は、しかめっ面で頷いた。
「オレは社会人だしなあ。職を失うなら、次が要る。生活掛かってるし。一人暮らししてるからさ。貯金はあるからオレの分のクルーザー代金は先に払うよ。とりあえず、もしかしてマスコミとか来たらうざいからすぐに引っ越したいし、寮がある所に就職させて欲しいって頼んでおいた。」
皆、それぞれ考えている事があるようだ。
千隼は、自分が何となく行った大学の学部で、何か違うような気がして来たところだったので、大都の考えを聞いて、自分もアルバイトをしながら、お金を貯めて専門学校にでも行き直そうか、と思った。
なので、行きたい所は英語を使うというアルバイトの職で、それで承諾してもらっていた。
後は、皆に渡された連絡先に連絡するだけだったが、後始末を終えてからだと言われているので、それがいつになるのか分からない状況だった。
『…船が到着しました。皆さん、玄関ホールから外へ向かってください。腕輪が外されます。暖炉の上にそれを置いて、順に船へと向かってください。』
その声と共に、腕輪がパチンという音を立てて、あれほどピッタリくっついていたのに、するりと抜けて床の絨毯の上へと落ちた。
慌ててそれを拾い上げた千隼は、それを見た。
ここへ来てから、ずっと腕に嵌めていたので、何やら今では愛着がある。
だが、思い切ってそれを暖炉の上へと置くと、必死に考えて戦った記憶のあるそのリビングを、皆と共に後にして、外へと向かったのだった。
玄関を出ると、美しい中庭が両脇に見えて、正面にある鉄の大きな扉が開け放たれていた。
その向こうには大海原が広がっていて、午後の日の光を受けてキラキラと輝いている。
あの夜、あれだけ怖かった海が、今はあんなに美しかった。
全員でそこを出て歩いて行く中、制服を着た人達が数人、険しい顔で18人を待ち構えていた。
厳しい現実が、そこで待っている。
だが、皆は未来がまだ希望を持って続いて行くのを知っているので、今は義務を果たそうと、その厳しい詰問を、これから耐えて行こうと前向きに思っていた。




