これ、吸っても大丈夫なやつなの?
サモの背中を追って歩くボク。数秒の沈黙があった後、辿りついたのは先程までボクが埋もれていた死体の群れだった。
「……ここでボクの傷を治せるの?」
追いついたボクがサモに尋ねてみるが何も答えてくれない。不機嫌そうに頬を膨らまし、ただジッとボクを睨んでいた。
「どうしたの? もしかして虫歯とか?」
「んな訳ねぇだろ! お前がさっきから照れてるとか可愛いとか茶化しまくるから怒ってんだよッ!!」
「……別に茶化してないんだけどなぁ。本当に可愛いと思ってるから言ってるだけだよ? ほっぺたプクっとさせてるのも可愛いし」
「だから可愛いとか言うんじゃねぇってッ!! ったくもぉ……!」
心底腹立たしい気持ちが込み上げてくるが、ボクに何を言っても伝わらない事はこの短期間で十二分理解した。人生には時に諦めが肝心であり、サモは怒りをため息に混ぜて吐き捨て、可愛いと称された頬を萎ませた。
「…………おいボク、これ見えるか?」
気を取り直したサモが指差したのは倒れている死骸達ではなく、その少し上だ。
そこには生前の彼らを包んでいた黒い霧が、まるで召されていくように薄っすらと立ち昇っていた。
「これをよぉ、鼻から思いっきり吸うんだよ。そしたらあっという間にそんな傷治っちまうぜ」
「ほんと? これ、吸っても大丈夫なやつなの?」
「大丈夫だって。騙されたと思って一回吸ってみ? な?」
「えぇー、ほんとかなぁ……」
いかにもな文言で催促してくるサモに若干の不信感を覚えながらも、ボクは恐る恐る鼻を近づける。
そして禍々しい不気味な霧を、ゆっくり、ゆっくりと吸い込んでみた。
すると。
「お? おお……!」
黒い霧が全身を駆け巡る感覚を、確かにボクは感じた。
力が身体の奥底から湧き上がってくる。漲る活力、不気味な霧を吸い込んだのに不思議と感じる心地良さ。
「あれ? 何か見えやすくなってる……?」
そして見えづらかった筈の視界が広がる。触ってみると無くなっていた右目が復活しており、何の気なしに動かした腕も元通り治っていたのだ。
「これ凄いじゃん……! どうなってるの?」
にわかに信じがたい現象に驚きを隠せないボク。そんな彼女の反応が嬉しいのか、サモは得意げに鼻を鳴らしてから。
「へっこんなんで驚いて貰っちゃあ困るぜ。他の箇所も見てみなッ!」
完全にサモを信じきったボクは、彼女の言うとおり他の傷箇所も確認する。
すると先程吸った霧が、ボクが失った傷箇所に駐留していた。それが段々形を成していき、ボクの身体の一部になっていく。
「おお、ほんとに治っちゃった……! ほら、サモちゃん見て、いえーい」
そう言って再びピースサインをするボク。勿論、取れ落ちたりだなんて展開にはならない。二本の指はしっかり強くブイの字を作っている。
「な? だから治るっつったろ? どうよボク、すげぇだろ? びっくりしただろ?」
「うん、びっくりしたよ。サモちゃんって色々物知りさんなんだね」
「当ったり前だろ? だってアタシは先輩なんだからなッ!」
サモは誇らしげな表情を浮かべ、えっへんと胸を張る。ボクからは自然と拍手が起こり、より一層サモの自尊心を高めていった。
「よし、この調子でバンバン吸ってこうぜッ! 早くしねぇと風でブッ飛んじまうぞ」
「え? まだ吸うの? もうボク治っちゃったんだけど……」
「この霧はよぉ、ただ傷が治るってだけじゃねぇんだよ……。お前も感じなかったか? なんつーか、強くなった気分がよぉ」
そう言われてみると、確かにボクも感じていた。湧き上がる力、不思議な心地良さ。何か一つ上の段階へレベルアップしたような、覚醒したような感覚があった。
「うん、そんな感じがするかも……。でも何でなの?」
当然の疑問をサモに問いかける。
魔法だなんてメルヘンなことは出来ないとサモは言っていた。しかし、彼女は夜を爆破させて殺していたし、黒い霧を吸えば強くなる、傷が治るだなんて、それこそ魔法の様な出来事が次々と起こっているではないか。
これが魔法以外なら何なのか。果たして、物知りサモちゃんは何と返答するのだろうか。
「…………何でって言われても、そりゃあ良く分かんねぇけど」
さっきまでの自信は何処へやら、バツが悪そうにボクから顔を逸らし、物知りだなんて称号を取り消さなくてはいけないような事をごにょごにょと言っていた。
「え? サモちゃんでも分かんないことあるの? 先輩なのに?」
「う、うるせぇよ! 世の中にはよぉ、別に知らなくても生きていけるような事いっぱいあんだよ!」
「ふぅん、そうなんだ」
急にソワソワし始めたサモが面白くて、つい凝視してしまうボク。その視線が恥ずかしくて、サモは大袈裟に咳払いをした。
「ほら、そんな事気にしてねぇでさっさと吸うぞ! 折角いっぱいブッ飛ばしたんだからよッ」
そそくさと踵を返し、辺りに漂う霧を吸い始めるサモ。何となく腑に落ちないがボクもそれに続く。
大量の死体から放出されている黒い霧を、二人は一生懸命吸うのであった。