ボクは“ボク”だよ?
夜、星が綺麗な夜。
夜空の光景を一人の少女が眺めていた。
だだっ広い草原に寝転び、薄桃色でボサボサな長髪の後ろで手を組んで、ポカンと小さな口を開けながらぼんやりと眺めているのだ――。
「――んで、結局誰なんだよ、お前。アタシに何か用か?」
見て見ぬ振りも限界が来たのか、少女は横目でチラリと“ソレ”を見て質問をした。
ソレもまた眺めていたのだ。だだっ広い草原にも関わらずわざわざ隣に寝転び、夜空を眺める少女の横顔をただじっと、その生気の無い瞳でまじまじと眺めていたのだ。
「…………え? 誰って、ボクは“ボク”だよ?」
ボクと名乗ったソレは質問の意図を理解していないのか、不思議そうな顔をしながら言った。当然少女も回答の意味が分からず、先程より大きく口を開け困惑している。
「いや、それって僕とか私とかのボクだろ? アタシが聞いてんのは名前だよ、名前っ!」
「えぇっと、だからボクはボクなんだけど……」
「だーかーら! アタシはお前の名前が知りたくて…………はぁ、もう面倒くせぇからいいわ」
ボサボサの髪を掻き毟りながら立ち上がる少女。それにつられる様にボクも立ち上がった。少女は顎に手を添えて、今度は彼女の方がまじまじとボクを観察する。
少女より頭一つ分背が高く、黒髪ショートの中性的な容姿。しかしその声音や慎ましいながらもふくらみがある胸から察するにボクは女性であることが分かる。
そして体温を感じられない程色白な素肌に生気の無い瞳、それが何処か不思議で不気味だった。
「あの、ボク何か変かな? ずっと見られるの恥ずかしいんだけど」
「あ? あぁ、悪りぃな。まぁ、確かに変わった奴なのは間違いねぇけどよ……って、お前もさっきアタシのこと見続けてたじゃねぇかよ!」
「あー、口が小さくて可愛いなって思って。手突っ込んだらびっくりするかなって」
「そりゃびっくりするに決まってんだろ! 何で可愛いから手突っ込むって発想になるんだよ!!」
「……ふふっ何か面白いね」
「いや、知らねぇし! 何だ急に笑いやがってよぉ……はぁ、ったく」
少女の心底疲れた時に出る重く深いため息が、静寂な夜の中に溶け込んでいく。その様が面白かったのか、ボクがクスリともう一度笑った。
そして。
「…………アタシの名前はサモってんだ。まぁどうせアタシとお前は“同じ奴”なんだし、これから仲良くやっていこうや」
「同じ奴?」
「そう、同じ奴。んで、アタシはお前より暦が長いから先輩ってことになるよな。だからアタシを呼ぶ時はサモ先輩って心を込めて呼ぶんだぞ? 分かったな?」
「ん、分かったよ。サモちゃん」
「おい! 早速分かってねぇじゃねぇか!」
「んー? だってサモちゃん、ボクより背が低いし可愛いから“ちゃん付け”の方が似合ってるかなって」
「だからさっきから全然理由になってねぇから! 後お前、可愛いで色々誤魔化そうとしてるけど全部分かってんだからな? あんま舐めてるとブっ飛ばずぞ?」
「ん、分かった」
本当に分かっているのかは謎だが、これ以上何を言っても無駄なので今日何度目か分からないがサモの方から話を折ることにした。
ここまで色々あーだこーだ言ってきたが、ボクの印象に付いては悪くは無い。変わった奴なのは間違いないが、全く悪意を感じさせない所が取り敢えずは合格点だ。
一人で過ごすのも飽きてきたし、話し相手くらいには丁度良い。とは言え、上手く会話が弾むのかどうかは限りなく怪しいのだが……。
「ねぇ、サモちゃん」
そんなことを考えていると、早速ボクの方から話しかけられた。
「ボク、ずっと気になってたことがあるんだけど質問して良いかな?」
「お? おう、いいぜ! 先輩なんだから何でも答えてやるよ! 先輩だからな!!」
「ん、ありがと。でね、あそこ見て欲しいんだけど……」
二度目の先輩アピールも見事スルーされ意気消沈だが、何でも答えると言ったからにはしっかりと対応しなくてはいけない。サモはボクが指差す方向に視線を向けた。
そこ等は二人が居る場所より草の背が高く、夜風に吹かれ揺れる様は少し怖い印象を受ける。
「…………あそこで寝ている子もボク達と同じ奴なのかな?」
ボクがそう言い終えると夜風が強さを増して草原を揺らす。揺れた草の隙間からは一瞬寝ている少女の姿が見えた。
少女は何も見えていなかった。
下顎から上が無かった。剥き出しになった舌が力無く垂れ、死臭に引き寄せられた蝿が不快な羽音を立てて群がる。
少女の死体が、そこにはあった。