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第三頁 自殺志願少女の過去

「それじゃ、まず話を聞かせてもらおうか」


 エルエスは紅茶を飲みながら、優雅に椅子に座って宥子に尋ねる。

 名無之世図書館にある庭にて、司書と自殺志願者の少女は、数多の植物に囲まれながら会話の場を設けた。


「まず、ナイフを刺そうとしたのは……ごめんなさい、謝るよ」

「気にしていないよ、君が死を覚悟した決意に比べればね」

「……私のこと、全部知ってるなら話しても意味ないんじゃない?」


 宥子は警戒してかクリードの淹れた紅茶には手を着かず椅子に座っている。

 クリードは無表情に、エルエスのカップに紅茶を注ぐ。


「こういうことは過程が大切なんだ。君が君自身の口から、君の世界のこと、そして君自身の苦悩を教えてほしい」

「……こんなところにつれてきたのは、誘拐ってことなんじゃないの?」

「誘拐とは違うさ。ここに来れる存在は必ず苦悩がある。どんなんな苦痛もどんな悲痛も、ここでは君が口にすることができる……とある子からは、人生相談所、のような場所とも言われたことはあるけれどね」

「人生相談所、なんて……期待したって無駄に決まってるじゃん」

「……ほら、喉が渇いちゃうよ?」


 エルエスは宥子に微笑みながら紅茶を勧める。

 宥子は、恐る恐る紅茶のカップを手に取る。

 ぼうっと、澄んだ紅茶の水面を眺めながら、宥子はぽつりと口にする。


「……私がいたのは地球で、日本の田舎に当たる場所出身なんだけど……言わないと駄目?」

「言いたくないならいいよ」


 宥子は口に紅茶を含んでからゆっくりと自分の過去を吐露していく。


「……私、保育園のお昼寝の時間に男子にセクハラ、されて……指で、あそこを触られたことがあるんだ」

「……それは、嫌だったね」

「最初はねぼけてたりしてるだけかなとか思うでしょ? お尻とか手とか足とかぶつかるとか、その程度なら笑い流せたんだけど……指で中を突っ込んでいじってくるの」

「同じ男として許せないな、それは」


 クリードは不快そうに顰めた。

 宥子は言葉を詰まらせながら、ゆっくりと自分の過去をエルエスに話していく。


「でも、あの頃の私我儘で暴力的だったし? お父さん死んだのも間もなくてさ、むしゃくしゃしてたのはあるんだけど……きっと保育士の人にも信じてもらえないと思って、お母さんにも言えず黙ることにしたの。あの頃から、ずっと私の身体の中であの男子に触られた感覚がして、気持ち悪くて……」

「……他の女子の子たちは、どうしてた?」

「さっき言ったでしょ? 私、我儘で暴力的だったって。言おうとしても、他の女の子たちにもそんなことすぐ口にできるわけないじゃない。もしかしたら、他の女の子たちもそんなことされてたかもしれないけど……言われたくないことかもしれないから、黙ってなるべくその男子の隣でそうされることにしたの」

「…………辛い、決断じゃなかった?」


 エルエスは紅茶のカップをソーサーに置いて、宥子に尋ねる。

 宥子は静かに首を横に振った。


「我儘で暴力的な奴なんてどんな時代だって好かれないじゃん」

「……君の世界での年代的にはゼロとは思わないけど」

「あはは、でも馬鹿なこともしてさ。小学生の低学年の頃にお風呂場で自分で自分の処女膜を破ったの、笑えるでしょ?」

「……僕は、笑えないかな。だって、それは君は性的なモノに目覚めた興味でした行為ではなかっただろう?」

「……うん。それでも、まだあの気持ち悪さが消えてくれなくて……まるで体が付きまとわれてる感がさ、抜けなくて」

「そうしなくちゃ、頭がおかしくなりそうだった?」

「………うん。大人になってきたらそういう行為があるのも知るじゃん? 自慰、とかさ。それをして無理やり感覚を消そうとしたけど……男の人が逆に苦手になっていく一方で、恋愛なんてできるわけもなくてさー? 少女漫画とかで好きな人とはじめてをー、って奴、自分からダメにしちゃった。馬鹿でしょ常識的、に? さっ」


 宥子は紅茶を一口、口に含んで体の中に流し込む。

 溢れ出した激情を、彼女は抑えつけられることはなかった。


「まあ? 保育園から高校まで一緒の同級生の奴は私のしたこと知らないわけじゃないから、近寄りたくないのもわかってるけど。けどさ、けどさ? 性的なことを知らない保育園児だよ? 誰だって男性恐怖症になるのは普通でしょって、訴えたかったりとか当時はしたかったよ、本当は」

「……」

「小学生になってからはそんなことしないように反省してさ、でも気に食わなかった男子とかはやっぱいたみたいでさ……あの日から私の人生めちゃくちゃ。もし我儘だったり、暴力的じゃなかったりしなければ違ったのかなって、思ったこと何度もあったくらい。そんなことしたら、どんな奴だって報復が来るの、わかってなかったのかもねぇ……」

「今も、性暴力をされてるんだよね。学校のいじめで」

「……そうだけど。アンタは、このことも知ってたってことで合ってる?」

「言わせてごめんね。でも、僕がこの図書館の司書として大切なことでもあるんだ」


 エルエスは椅子から立ち上がる。


「……君の過去は変えられない。けれど、君の今の現状を変えることの手伝いなら僕にはできる」

「本、当……?」

「ああ、報酬として先に君の苦悩と、世界のことも教えてもらったからね」


 エルエスは、手を宥子へと差し出すとその手には濡羽色の黒い本が現れる。

 宥子は驚いて、本をじっと見つめる。


「さぁ――――――君の未来を変えよう、君がそれを望むなら」


 エルエスの言葉に宥子は頬に涙が流れる。

 まるで、それは彼女にとって救いの神のように、目の前にいる司書がそう映った。 

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