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食い作り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは燃やされた脂肪が、どこへ消えるか知っているかい? もちろん、焼き肉とかで脂身を金網であぶることじゃないよ。

 僕たちの身体にくっついている体脂肪。人によっちゃ体調を崩すほどの過ぎた腐れ縁で、目の敵にしていることもしばしばだ。少なきゃ少ないで、やはり命があぶないけどね。

 

 ――最終的に水や二酸化炭素となって、空気中へ排出される?

 

 わはは、ごもっともな答えで返されちゃったよ。

 そうだね。細胞とかで大切なエネルギー部分が使われ、あとは汗とか呼吸とかで外へどんどん追い出される。僕たちを取り巻くこの空気、必要なものを取り入れる場所であるとともに、広大なトイレともいえるかな。目に見えないレベルだから、みんな問題にしないだけで。


 目に見える。こいつは本当に大切なことだ。

 受け取る情報のほとんどを視覚に頼りがちな人間にとって、認識や感情へダイレクトに響く。先も話した体脂肪だって、たくさんあると答えた人が太った人か、痩せている人かで、受ける印象がだいぶ違うだろう。

 見えないから気にしない。でも、見えちまったら意識の片隅にとどまり続けてしまう。

 普段は見えないものを目にしてしまったばかりに、やっかいごとを抱えてしまったひとつのケース、聞いてみないかい?



 やせの大食いな人、君の近くにいただろうか?

 僕の知り合いにはいないのだけど、僕の父親のクラスメートにはいたらしい。

 小柄な女子だが、給食では率先してお代わりしていくばかりか、足りないとばかりに休み時間になると、机の横にかけていた通学カバンの中から弁当箱を出す。

 都合、3分間の早弁だ。おにぎりやサンドイッチなら、父親も同じ芸当ができないわけじゃない。しかし彼女の場合、箸も使って食べないといけない、きんぴらごぼうやブロッコリー、半分に切ったハンバーグなどのおかずも含まれている。


 そいつを食べた。机の上には、屏風のように広げて立てた教科書のガード。彼女自身もうつむいて、ひざの上で広げた包みの布の上に置いた弁当の中身を、ぱぱぱと口へ書き込んでいく。

 すでに何度も見ている光景で、もう突っ込む人は多くない。ただたまたま隣の席に座った時、ご飯をかきこんでいく彼女の顔をチラ見して「大丈夫かなあ」と不安になったそうだ。


 彼女の顔が、ぜんぜん楽しそうじゃなかったんだ。

 普通、メシを食うといったら、それが人生指折りの快感なのが学生の年代。特に男は、授業が終わると、ふたこと目にいうのが「腹へった〜」だ。

 家で何を食うか、帰り道で何を食うか。先ほどまで勉強に使われていた思考回路が、にわかに本能へシフトしていく。その場その場で、美味いものを味わってこその人生だ。

 それが彼女の場合は違う。ほとんど目を閉じながらの仏頂面で、残像でも生まれそうな速さで、口元と弁当箱の間を箸の先が行きかう……まるで漫画の一コマのようだ。

 とある力士がかつて、相撲取りを志したときに行った、大食いのエピソードは聞いたことがある。毎日、テーブルいっぱいに山盛りの料理が出されて、それを食べ終わるまで学校へ通うことが許されなかったとか。


 ――彼女は女。土俵にあがることは許されない。だが力士でないとしても、それに似た事情があるんだろうか?


 とんとんとん、と不意に胸のあたりを叩き出し、弁当と同じくカバンから取り出した水筒の中身をあおる彼女を見て、父親はぼんやりそんなことを考えていたそうだ。



 それから数カ月後。

 食欲の秋を迎えて、通学路の途中にある田畑にも黄金色の稲穂が姿を見せ始めた。

 父親も自由下校になったのをいいことに、帰り道に学区の外まで足を伸ばして、最近開店したばかりの定食屋でマーボー豆腐定食を食べ終わったところだった。

 休みの日には行列ができてしまうほどで、並ぶことをよしとしない父親は平日にうかがうことにしたんだ。昼と夜の間で、いったん閉じてしまうこの店では、学校帰りのこの時間帯は、奇跡的な空き具合だと先駆者の友達から聞いていたらしい。


 カウンター席で、残りのお冷をくぴくぴやっていた父親だけど、ふと自分の横を例の彼女が通り過ぎていくのが見えて、目をやってしまう。

 学校で見る制服姿じゃなく夏向き半袖ワンピース。着替えているということは、学校の近くに家があるのか。確かに秋にしては暑い日ではあったが、いささか季節遅れの感は否めない。

「よう」と声をかけるも、気づいていないようで彼女はそのまま店の出口へ。ただ引き戸を開けるときに、ふいに手を腹に当てながら前かがみ気味になっていくのを、父親は見逃さなかった。


 代金は先払いしている。あとを追って外へ出た父親は、ほんの数軒先で街灯の柱に寄りかかりつつ、肩で息をしている彼女の姿を認めた。

 もう一度声をかけつつ近づいて、ようやく彼女も父親の存在に気づく。顔が真っ青で息を荒くしているが、その口をついて出る言葉は、父親の予想だにしないものだった。


「セロリ……一本、ちょうだい。それで済むから」


 後はもう、はっきりとした言葉として聞こえない。正直、救急車なり家の人なりを呼んだ方がいいかと思ったが、そういって離れようとする父親の腕を、彼女はぐっとつかんでくる。

 これもまた想像以上の強さ。つかまれた個所を中心に、じんじんと痛みと熱さが広がってきた。人を呼んだりするな、というわけだろう。

 やむなく彼女を連れたまま、要望をかなえるべく近くの八百屋へ。包装されたセロリを一本だけ買う学生カップル、しかも女子の方は見た目にも体調が悪そうなのにと、店の人も内心で首をかしげたがったかもしれない。


 すると、今度はぐいぐい彼女が引っ張って、父親を路地へ引き込むパターン。

 互いに向かい合って家の塀へ背中を預け、一息ついたと思ったら、「ちょうだい」とセロリへ手を伸ばしてくる彼女。

 ほい、と手渡すや、彼女は包装を破くのもそこそこに、あらわになったセロリの葉の方からもそもそと口へ含んでしまう。

 そこからは早い。小動物が草の種などをかじるときのように、両手でパセリを握りつつ「パリパリパリ」と葉を小気味よくかじり、どんどん口の中へ突っ込んでいくんだ。

 学校で嫌な顔をしながら、もくもく弁当を食べている姿に比べたら、どこか可愛らしさすら感じるしぐさだった。


 パリパリパリはやがてシャクシャクシャクに変わり、セロリの茎もみるみる彼女の身体へおさまっていって、ぺろりと一本平らげてしまったとき。

「おぎゃあ」とひとつ、赤子の声が聞こえたんだ。どこかの家かと思って周囲を見回すも、そこへもうひとつ「おぎゃあ」。

 自分が立つ位置よりも、高くから聞こえてくる声。家の二階を見やっていた父親は、ある一軒で目線を止めた。


 瓦を敷いた屋根。そのてっぺんに立つアンテナのわきに、布ひとつ巻かずに寝そべる、赤子の姿があったんだ。

 一瞬、理解が及ばない父親をよそに、三度「おぎゃあ」と泣いた赤子は、急に屋根へと身を投げ出し、ゴロゴロと転がり出してしまう。

「受け止めないと……!」と、父親が塀を乗り越えかけるも、赤子はその姿を転がる途中で、ふっと消してしまったんだ。


 もう、泣き声も瓦の上を転げる音も聞こえない。混乱しかける父親の耳へ、代わりに飛び込んできたのは「間に合った……」という、彼女のため息交じりの言葉だった。

 見ると、先ほどまでの体調不良っぷりはどこへやら。すくっと背筋を伸ばして、かったるそうに首に手を当てて回し始める。あらためてお礼もいわれる父親。


 迷惑をかけた詫びついでに教えてもらったところ、彼女はたくさん食べることで、あの屋根を転がった赤子を作り続けているのだとか。

 ただドカ食いすればいいってものじゃない。ときどきに応じて量や種類を調整せねばならず、今回はあそこの定食屋で大半を賄えたが、最後はセロリだけだったのだとか。


「本当は家帰ってから食べるつもりだったけど、思ったより早く来ちゃって。あのままじゃ本気でやばかったよ」


「来るって、何がだ?」


「赤子のお迎え。君も見たでしょ、転がる赤子が消えちゃうところ。あれね、ちょうどお迎えに連れていかれたんだよ。この世からいなくなっちゃうんだ」


「いやいや、わけわかんないんだけど。

 赤子ってその……お前のおなかにいたんじゃねえの? どうして屋根に現れんのよ?

 なんで赤子をさらってくんだ、そいつら? どうしてお前がそんなことしなきゃいけない?」


「いつもおなかに抱えるのが、母親ってわけじゃないよ。見えないだけで、別に生まれる子もいるってこと。

 詳しいことは話せないけど、神隠しの予防とだけ言っとくよ。私たちの家がずっとやってることだし、私たちがあの子たちを産む限りは大丈夫。誘拐の犯人はみんな、『見つかる』相手だよ」

 


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