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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虹の王様と嘘つき勇者~本当の嘘つきは、誰なのか~

作者: 雨天音

ねえ知ってる?虹国の勇者が、死んじゃったって。

反逆罪で断頭台の露となり、三日三晩放置されたおかげでその首も骸も骨を晒しているってさ。

勇者の罪状?魔王討伐をしくじった上、寝返って国王の命を狙ったからって噂だよ。











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「嘘ばっっっっっかり!!!」

アレフが虹国王都のとある酒場で叫んだのは、そんな噂を17回聞かされた直後だった。

思いの外大きな声と打音に、一瞬酒場は水を打ったように静かになる。

その間を誤魔化すように、アレフの向かいに座った男は「悪いな、こいつ酒、弱いんだ」と手を打って苦笑する。

その人好きのする笑みと、手に握らされた地酒のジョッキに噂を教えてくれた男は気を取り直したらしい。

「兄ちゃんたち、酒も噂も程々にな」

そそくさと席を離れてゆく男に手を振る相方を、机に縫い付けた拳はそのままにアレフは睨めつける。

「……あれ、オレの酒」

「飲み過ぎなのは事実でしょ、水にしなさい」

充分に男が離れてから紡がれた抗議も、暖簾に腕押し糠に釘といった様子で男は自分のジョッキを傾けた。

その頃には他の客たちも気を取り直して、各々の会話に花を咲かせている。

それを確認してようやっと、アレフは低く小さく、それでも克明にもう一度呟いた。

「嘘ばっかりだ、勇者様が反逆罪なんて」

「アレフさん、恨み言は宿に戻ってからにしなさい。ここには情報収集に来たんですから」

喉を鳴らして酒を飲む、合間に混ぜるようにして忠言を投げた男は空になったジョッキ片手に、また別の客たちに混ざる。

心底酔ったようなふりをして、素面であることをアレフは知っている……そうして溶け込んで、勇者の情報を集めてくれていることも。

自分の我儘に付き合ってくれていることも承知で、それでも恨めしく睨んでしまう。

アレフだって、焦っているのだ。

自分に残された自由な時間は残り少ない。

虹国にその人ありと謳われた、今は大罪人とゴシップの種に落とされた勇者の真実を探すための時間は、今夜を除けばあと二日。

それまでに勇者を探し出し、必要ならば助けたい。

だってアレフは知っているのだ、勇者がきちんと役目を果たしたのだと。

魔王を倒し、その首をとったのだとこの目で見たから、疑いようもなく。

それは相方とて同じこと、あの最終決戦に勇者の傍で共に戦った……残念ながら、あまり役には立てなかったが。

それでも勇者は笑いかけてくれたのだ、「これで平和が訪れるよ」と。

国王に報告したらすぐ戻ると約束し、旧魔王城の傍で別れたというのに。

彼の帰りを待つアレフたちの耳に届いたのは、勇者の凶報だった。

「嘘に決まっている。勇者様は言っていた、虹国の賢王の素晴らしさを、何度も」

彼の治世になってから民草がどれだけ救われたか、勇者となる前は農民だった自分も見下すことなく接してくれたこと。

『こんな私をあの方は朋友(とも)と、呼んでくれたんだ』

内緒だよ、と照れくさそうに笑って教えてくれたこと。

あんなに慕っていた主君に殺されたなどと、浮かばれまい。

「なにより反逆なんて、有り得ない」

「―――それでも、簡単に他人(ひと)を裏切れるのが人間、なんですよ」

「っ、ダム。話は終わったのか」

「ええ、そちらは酔いは覚めましたか?」

嫌味っぽく尋ねる相方に唸りつつ、首肯と「悪い」と短い謝罪を送る。

と、毒気を抜かれたと言わんばかりに目を見開く。

その瞳は虹国には無い、漆黒だ。

ややあって目の色も表情も隠すようにダムは目深に、帽子を被り直す。

「とにかく、もう夜更けです。宿に戻って話しましょう」

取りなすようにダムの唇は弧を描く。

会計を済ませる相方を見るでもなく見ていると、背中に視線を感じたので振り返った。

アレフの背後を取っていたのは、先刻17回目の噂話をくれた男だ。

中肉中背の特徴の無い容姿に不似合いな、虹色の瞳は感情が伺えない。

この国の人間は皆、眩い七色を宿す瞳だが、男のように凡庸な顔立ちに合わさると瞳だけが浮いているな、とアレフは他人ごとのように思う。

アレフもダム同様に闇色の瞳を持つ以上、素性を隠すためのフードを目深に被り直す。

面倒事は避けたい、時間もない事だし。

内心だけで独りごちて、酒場の2階に借りた今夜の宿にダムと連れ立って向かった。








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「で、集まった情報は結局『勇者様、反逆者説』を補強するものばかりってか」

「王都に近付けば近付くほど、勇者殿の断罪風景や罪状、死後の遺骸の様子が顕になっていくばかりですねぇ」

魔王城からはるばる、ひと月かけて尋ねた勇者を求める旅では十割、勇者を巨悪とする話ばかり聞かされた。

王の妻や娘を誘惑したとか、褒賞に満足が行かず王に刃を向けたとか、はじめは笑い話にしていた国民たちも都に近付けば近付くほど、その死に様を克明に話すのだ。

先の男とて口調こそ軽けれど、表情は深刻なものだった。

「処刑を実際に見たって証言も出てきちゃいましたし……」

「それが本当に勇者様だったって保証は無い」

安宿のベッドにそれぞれ腰掛けて、ダムは窓の外を見、アレフは膝を抱えている。

決して明るくはない部屋と二人を、月光が照らしていた。

アレフの奥歯が、ミチリと音を立てる。

「処刑台の場所は、分かったのか」

「明日には着く距離でした……本当に、見に行くのですか?」

「当たり前だ、勇者様でないことをその遺体を一目見れば、証明できよう」

「でももし、本当に勇者様だった時は―――」

「くどい!!!!!」

そう叫んだアレフの声は、もはや獣の咆哮に近い。

否、それは正しく獣声であった。

そのかんばせは崩れ、長い牙と切れ長の瞳孔を隠せなくなっている。

それどころか服が弾けんばかりに矮躯も変貌し、二足歩行の狼と化していた。

「アレフ様、変化が解けていますよ。それに声も、」

「お前が下らないことを言うからだろう!」

文字通り噛み付くアレフの牙を、ダムは姿を無数の蝙蝠にすることで交わした。


「あーもー、うるさっ。僕の結界だって万能じゃないんですから、程々に暴れてくださいって何回言えば分かるんです?このポンコツあるじ!」

混血(ダンピール)のくせに万能なお前の結界が、人間ごときに破れるわけないんだから大丈夫だっつーの!その点信頼してるわバーカ!」

「褒めるか貶すかどっちかにしてくれませんかね!?!?」

言い争いというにはあまりにお粗末な掛け合いをして、肩で息をするのもこの度で何度繰り返したことか。

「……で、勇者様の遺体は噂通りなら骨と化しているみたいですけれど。どうご本人だと判断するつもりで?」


蝙蝠を集めて再度人型をとったダムを、獣姿のままふんぞり返ってアレフは鼻で笑う。


「オレを誰だと思っている?そこらの猟犬よりもいい鼻をしている自信がある」


「自分で言いますかねぇ」


「勇者様が褒めてくださったからな!」


言いながら、誇らしげに鼻の下を擦る姿にどこか眩しいものを見るようにダムは眺める。


「卑屈だった奴隷時代から、随分変わりましたねぇ」


あるじに聞こえぬよう、呟く。


それも、アレフに言わせれば『勇者様のおかげ』なのだろう。


二人を含めた異種族を隷属させる市場を取り潰し解放した英雄、それがあの場にいたものたちの見解だ。


ダムたちのように、そのうちの複数人が勇者の旅に同行し、魔王討伐に一役買った。


同志たる彼らは旧魔王城とその領地復興に奔走しているはずだ。


その旗頭としてアレフと側近のダムは、明後日には虹国の王族へ謁見しなければいけない。


「それまでに勇者様を見つけてお助けするのだ。そうでなければ、とても平和協定など結べない」


勇者の凶報と同時に虹国王から届いた協定申請の書状を見て、同じ台詞と共にアレフは勇者探しの旅に出た。


止めるものはいなかった。


みな、アレフと同じ気持ちだからだ。


「あなたの朋友を信じさせてくれよ」


祈るように月に、狼人間は呟いた。








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「旧魔王領より、アレフ・スタンフィールドが御挨拶申し上げます」


「長旅御苦労であった。顔を上げて楽にせよ、我等は同盟国となるのだから」


勇者が仕込んだ貴人への挨拶で、勇者と揃いのファミリーネームを朗々と名乗るも王に反応は無い。


旧魔王城よりも圧倒的に広大な虹国の白亜の城を、自分たちとは別ルートで正式な手順を踏み虹国へ入国した仲間たちとアレフは落ち合い、登城した。


空は腹の立つほど晴れ渡り、城は不気味なほど静かに異種族の集団を迎え入れた。


城務めの老若男女も皆虹の瞳を持ち、整っていたり崩れていたり銘々の容姿に例外に、揃っているそれは無関心に無感情に、アレフたちを受け入れている。


そうして通された王の間は、十余名の一部巨躯たる彼らを受け入れてもまだ広く、しかし勇者に聞いていたような煌びやかさは無いように、思う。


道中とてそうだ、広さこそ旧魔王城に勝つが大理石造りのシンプルかつ堅牢なイメージで、装飾といえば床にしかれた絨毯のみ。


―――或いは、使用人たちの眼が、宝石とでも言おうか。


内心で冗談めかすアレフはもう、フード付きのローブも着ていないし人間の姿に化けてもいない。


爪と牙は、隠さない。


「しかし、噂は本当だったのだな」


「……恐れながら、噂とはどのようなものでしょう」


壁には二手に二十名、あと二人の若い男が王の両隣りに立っているが容姿や動作から文官と判断する。


七割思考に割きながら尋ねたアレフの問いに、賢王に相応しい穏やかな声音で王は答えた。


「魔王軍を陥落させたのが、奴婢の集まりだと。それまでは軍人でもなかった者たちが一丸となれば崩れるほど、あの魔王軍は脆かったのかと唖然としたものよ」


「……ひとつ、訂正させて頂きたいのですが」


「貴様、発言の許可を取ってから……!」


「よい、楽にせよといったのは私だ」


そばにいた男の1人が怒鳴ろうとしたのを鷹揚に、王は止める。


その一人称も憧れから真似たのだと言っていた、勇者の姿をアレフは幻視した。


彼も虹国の民らしく虹の瞳で、王と同じ黄金の髪だったから、重ねているのか。


「我等は勇者様のお手伝いをしただけのこと。露払いはできても敵の軍勢の殆どは、何よりあの憎き魔王の頸を落とせたのは勇者様の、美しくも苛烈な太刀筋のみ」


「随分と褒めるでは無いか」


喉の奥で笑う笑い方は、旅の途中で幾度も勇者も見せてくれていた。


虹の瞳を細めて笑う、笑い上戸な勇者がアレフは、好きだった。


密やかではなく腹を抱えて笑い合える、世の中をつくりたかった。


「言葉を尽くして尊ぶに足る御仁です。だから、一緒に頑張れたのです。家族になろうと家名もくれた彼女を、慣れない武器の振るい方を教えてくれた彼女を、地獄から救ってくれた、勇者様を……返して、頂きたい」


「返すとはおかしなことをいう。元々は虹国の人間だぞ。それに、反逆者として中央広場に今も晒し首となっている。死人を返しは出来んよ」


「あの首は勇者様ではありません、彼女が討ち取った魔王のものだった!!!」


耐えきれず叫んだアレフに、刃を向けて飛びかかろうとした衛兵たちの影からぬるりと、黒い影法師がそれぞれ縫い止める。


「骨となっても分かる、これでも鼻は良い方です。何よりあの人は貴方と同じ黄金の髪と虹の瞳、あれは魔王領のものたる黒髪に黒の瞳だった……!」


跪いたまま拳を床で打つアレフの風圧で、侍女や侍従たちは卒倒する。


「勇者様が女性であると知る我々からは王の妻や娘を誘惑なんて戯言は通じません。あなたを信望する姿を見続けたから反逆なんてありえないとも、断言してみせます」


後ろの仲間たちも殺気立ち地獄絵図の様子に、しかし王だけは不気味なほど変わらなかった。


「ほとんど鴉が啄んだが、まだ瞳の色が識別できる程度には残っていたか……忌まわしいな」


「では認めるな、あれは魔王のものだと……なら、本物の勇者様はどこへ!?」


「魔王の首をな、なぜ持ち帰らせたか聞いたか?お前は」


アレフの問いに答えず、王は傍の臣下になにか指示をしながら質問で返す。


臣下の警戒は仲間に任せ、アレフは眉間に皺を寄せた。


「討伐の、証拠だろう」


「否、それは討伐後の国の様子を見れば分かること。私はね、魔王が魔王たる理由を確かめるために、その首を望んだのだよ」


そう言って王は、アレフに微笑む。


どこか、疲れを感じる笑みだった。


「魔王を倒した勇者は私の指示通り内密に帰国した。凱旋するのは両国が安定してからという言葉を信じ、たった一人で戻った端女を門兵すら勇者とは気付くまい、私の指示で男の身なりをさせていたからね。登城した彼女が見せた魔王の首は、黒髪黒目という以外は我等と変わらぬ人間の姿で……確信したよ。魔王を名乗るこの首は、ただ異種族を蹂躙する狭量な愚王と言うだけだった、と」


そういって玉座に身を沈める王は、その美しい瞳を閉じるとなぜか、魔王と呼ばれた男に似ている気がした。


ふと、勇者に聞いた虹国の歴史を思い出す。


賢王には年の離れた兄がいたが、傲慢で野蛮な性格から王位に就くことを先代が認めず、遠くの領地へ幽閉したと。


その位置こそが、旧魔王領と呼ばれる故郷だったのではないか。


「やはり、ただの奴隷とは思えぬ賢しさよな」


まるでアレフの気付きを見通したように言葉を発する虹国の王は、けれど肝心の勇者の行方は答えていない。


「それで、彼女はどこにいるんです」


「体の方も残しておくべきだったか。そうしたら匂いで分かり、お前も希望を持たずに済んだろうに」


「何を……っ、え?」


賢王が、虹国の王が、臣下に持ってこさせたのは。


赤子を乗せる揺りかごに入れられた、勇者の首だった。


「誘惑したという罪状は間違いではないさ、それとも誘惑されたのかな?真相は分からんが、彼女はお前の子を孕んでいた……全てを終えたら妻にしようと思っていた女の裏切りは、死罪に値するだろう?」


断面を隠すように大きな金剛石を嵌め込んだ首輪をつけて、虚ろに虚空を見上げている。


朋友(とも)だと思っていたのにと、最後に組み伏せた時に泣いていたよ、お前以外は愛せないとも。それが許せない、私がどんな思いで君を魔王領へ、兄の元へ送り出したかも知ろうとしないで……ならもう、どこにも行かないように大事にしてあげるしかないだろう?」


そういって王は、死してなお紅い唇に口付ける。


勇者になる時に自分で切ったと笑っていた、旅の果てには肩まで伸びていた黄金の髪も、特筆する美しさは無いが整った顔立ちもそのままだけれど。


「だから殺した。処した。身代わりの首は丁度よく転がっていたからね。……だから、もう邪魔しないでくれるかな」


文字通りの虹彩に、魔王より異種族より黒い光を宿し、喉の奥で笑っている。


彼女の愛らしさは生に煌めく双眸と、朗らかな笑みにあったのに。


そんな置物にされては、台無しだ。


己のの咆哮を他人事のように聞きながら、アレフはそう、思った。








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ねえねえ!知ってる?


新しい魔王が産まれたって。


虹国の王様を殺そうとして返り討ちにあったけど、逃げられたって。


大事な宝を盗まれたのだって。


金の鎖と虹の双子石、金剛石も添えた世界に一つだけの品。


『ウソツキ』って、呼ばれていたよ。

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