第7話 山歩き開始
「……なあ。ニーヤンは、なんで俺の旅についてきてくれたんだ? 」
こつんと、膝を立ててたき火の近くに座っていた俺は、頭をその膝に載せる。
ちょうど、首をかしげたような格好だ。
「だから、君たちが生まれたてのカルガモのヒナみたいに、二人で旅をするとか、危ないでしょ? だから、オレもついてきたんだよ」
「でも、ニーヤン魔王じゃんか。行方不明扱いとはいえ、大丈夫なのか? 」
「それとこれとは別です!! オレは、その、あ、愛に生きるって決めたし……フヒヒ」
「だから、そのキモい笑い方やめろ」
俺は、正面に向き直ると、自分の長い髪をくるくるともてあそんだ。
「……こんな絹みたいな髪、俺は、どっかのお姫様で知りたかったよ……」
「いいじゃん。今の君は、どんな貴族令嬢より、どんなお姫様より美人なんだから! 」
「うっせえな! そもそも、こういう状況になったきっかけって何だっけ!? ……珠の枝だよ!! 俺が最後の願いで、『魔王が絶対に攻撃できない姿にしてください』って願ったからだよ!! ……うわああああああ、情けねえ!! 」
そんなことを話していると、ニーヤンが急に、俺の頭を撫でてきた。
あっ……これ、誤魔化される予兆だ!
ちょっとだけ頭の足りない俺でも、これはわかる。
「いいんだよ、難しいこと考えなくて。君は、オレが守るから」
「守るだと!? 」
俺は、思わず、ニーヤンの下あごをアッパーで殴り飛ばしていた。
「痛いっ!! 」
「俺は……俺は勇者だ!! 誰かに守って貰わないと生きていけないような男じゃない!! みくびるな!! 」
「……でも君、今は女性じゃん……」
意外と早く復活してきた魔王に、そう言われる。
……そう。俺は今、外見が良いだけの、ただの女なのだ。
ぎりっと、俺は拳を握りしめる。
「俺は、今は普通の女だけど! 絶対に元の姿に戻って、地上に戻ってやるんだ!!そして魔王・ニーヤデル!! 今度こそお前を討つ! 」
「……はは……楽しみにしてるよ」
いいようにあしらわれた感があって、俺は、悔しさにニーヤンを睨むことしかできなかった。
――
「ここからは、歩きになるね。車、ここに停めておこう」
そう、ニーヤンが言ったので、俺は、真っ正面からその景色を見た。
「ふええ……」
そんな、情けない声が出てしまう。
ニーヤンの運転でかかること3日。
目の前には、ものすごい山がそびえている。
「……ていうか、この赤い霧、どうにかならないのかよ……ぜんっぜん山の頂上が見えないじゃん」
「そうはいっても、魔界の瘴気だからね」
「車で移動してた時は、霧は出てなかったし!! 」
「それは、瘴気を出しているような上位魔族がいなかったからだよ。こういう、魔族の聖地には、瘴気が漂ってるんだよね」
俺は、うっすらと霧をかぶった山頂を覗き見た。
断崖絶壁……というほどではないが、そこそこ難易度が高そうな、霊峰である。
「私、車にいるから。山登りなら2人で勝手にどうぞ」
リーチェは、ブランケットの下からむくりと起き上がると、そんな、薄情なことを言い出した。
しかし、車酔いの激しいリーチェを、無理矢理登山に連れて行くわけにもいかない。
「……わかった。リーチェ、何かあったらよろしく」
「ふん」
鼻を鳴らしただけで、嫌そうな顔をしたリーチェだったが、やはりごろりと後部座席に寝そべって、四角くて薄いコンピュータのようなものを引きだし、ぱたぱたと足を動かしている。
……ちょっと、それっていいなと思ったが、勇者であり、珠の枝の所有者である俺が行かないわけにはならない。
俺は、気合いを入れて、そっと山の中に足を踏み入れたのであった。
――
しかし、その山歩きも、一筋縄ではいかなかった。
俺は普通の女だ。
心こそ男のままだが、体力はどうしても物足りない。
ひょいひょいと前を歩く魔王についていくのがやっとである。
しかも、何度も「置いていくなよぉ」と涙目で懇願した結果、ニーヤンは「しょうがないなあ」と、デレデレしながら俺の胴に、赤い帯のようなものを結び、その片端を自分の胴に結びつけた。
一応、命綱のつもりなのだろうが、このヘタレが足を踏み外しでもしたら、と考えると、心許ない。
しかし、ニーヤンはやっぱり、俺の涙に弱いようだ。
これは、今後とも積極的に使用していくことにする。
「ふう、ふう……ニーヤン、ちょっと休もうぜ? 」
俺は、疲労で頭がくらくらしつつ、そうニーヤンに伝えた。
「えっ、もう? 今日中に先に進んでおきたいんだけど……モンスターも出るかもしれないし、夜は危険だ」
「でも、足が……」
「えっ!? メア、怪我したの!? 」
やっぱり、俺のピンチになると、ニーヤンは慌てて降りてくる。
そして、一応運動靴を履いていた俺の靴を脱がせて、その素足を検分する。
「まめだらけで、血が出てるじゃないか、メア……。どうして、もっと早く……」
「おめーがとっとと先に行くからだろ!! 」
パカンと、脳みそ軽そうなニーヤンのざんばら頭を叩く。
ニーヤンは、それで、目に見えてしょんぼりと肩を落とした。
「……ごめんね」
「……ふん」
俺は、鼻を鳴らしたが、いつの間にか、ニーヤンは俺を助けてくれる、と考え始めていたのだった。