第2話 魔王ニーヤデル(愛称ニーヤン)
さて、ひょんなことから美少女になってしまった俺だが、まず、やることは決まっている。
俺の部屋の隣の部屋……つまり、魔王の寝室の前に立つと、すうっと息を吸い込んだ。
一応、コツコツ、と2回ノックする。
返事はない。
だろうな。
「ニーヤあああああああ!! 朝だぞ、朝あああああああ!! 」
俺は、魔王の寝室のドアをばたんと乱暴に開けた。
魔王・ニーヤデルは、ベッドの上で、「ううん……」とうなり声を上げる。
「ニーヤン!! 朝だって言ってるだろ!! グッモーニン!! また昼まで寝るつもりじゃねーだろうなお前!! 」
「……ああ、メアか……。勘弁してよ~、昨日は夜2時に寝たんだよ……まだ6時間しか寝てないよ……」
そう言って、ごそごそと毛布を被ろうとする魔王に、俺こと勇者・メアは「むう……」と少し考えてから、ギシッとベッドを軋ませて、寝そべる魔王にまたがる形になる。
そのまま、毛布を半分まではぎ取った。
その光景に、ぎょっとしたのは魔王……通称ニーヤンである。
「ち、ちょっと止めて止めてメア、パンツ見えそう……それに、なんか卑猥!! 」
「別にいいだろ、パンツくらい見えても。俺、1週間前までは男だったんだぜ? ニーヤンだって、手加減なく顔殴ったりしてきたじゃねーか」
「そうだけど、そうだけど違う!! メアの今の姿じゃ、オレ、少しもそんなことできないよ!! 」
「まあ、とりあえず起きて、朝飯にするぞ! 」
「うう、鬼嫁だ……」
そう言って、ベッドから下りた魔王は、銀髪の髪がざんばらに肩の辺りまで伸びている。
毛先がばさばさな上、トリートメントにも気を使っていないようで、髪は傷み放題だ。
顔は青白く、しかし、造作は整ってはいる。
ただ、その三白眼の青い瞳は、印象をきついものにしていた。
身長は180cm以上はあるだろうか。
……男の時の俺より背が高い。腹が立つ。
決して筋肉質ではなく、足も腕も細い。
並んで歩いていると、魔王が急にもじもじし始める。
「……なんだよ」
「い、いやあ……今日もメアは綺麗だと思って」
「ふん、そんなこと言ったって、俺は嬉しくもなんともねーよ」
「うふふ、中身が勇者とはいえ、オレの理想のお嫁さんが来てくれるなんて……ニーヤデル幸せ……」
「いやいやいや、中身は男だからな!? しかも、勝手に嫁にしてんじゃねーよ殺すぞ気色悪い! だいたい、俺はお前と付き合うなんて一言も言ってないんだからな! 」
「え、そうなの? 」
「ほんっと人の話聞かねえよなお前」
そんなことを言い合いながら、俺とニーヤンは食堂についた。
食堂の扉を開けると、こざっぱりとした円卓が目に入った。
俺がここに来たのは1週間前だが、俺とニーヤン以外の、たとえばニーヤンの部下が一緒にこの卓を囲むことはなかった。
この豪邸に住むのは、ニーヤンと俺、それから、幽霊のようにふよふよとしたニーヤンの手伝いをする半透明の奇妙な生き物だけである。
卓に付くと、そのふよふよがナプキンと食器を俺たちの前に置く。
俺は、1週間前からニーヤンに教わった通り、そのナプキンを半分に折って膝に載せ、出てきた料理をきちんとスプーンとフォークで頂く。
……本当に恥ずかしいことだが、俺はこれまで、食事マナーというものを知らなかった。
なので、最初は手づかみで料理を頬ばり、ニーヤンを呆れさせたものだ。
「んっ! これなんだ!? すげージューシー! パンじゃねーの? 」
「フレンチトーストだよ。パンを卵液に漬けて、焼いて、メープルシロップで食べる、甘い朝食メニューだね」
「うめえ!! これで毎日朝飯食べないなんて、ほんっと損してるよなニーヤン」
「オレは好きなだけ寝ていられればそれでいいんだけどね……」
そう言って、ニーヤンはあくびを一つする。
夜中2時までニーヤンがなにをやっているのかはわからないが、この魔王はどうやら夜行性であるらしい。
けど、俺は美味い飯が食えるのと、どうせなら1人で食うより2人で食った方が美味いと思うので、こうして毎朝ニーヤンを起こしているわけだ。
「……ところでさ、ニーヤン」
「ん? なんだい? 」
「『珠の枝』って魔界に生えてるんだよな? 俺、それで元の姿に戻りたい!! 」
「え……」
俺の一世一代の要望に、ニーヤンは持っていたフォークを取り落とす。
なんなんだこいつ!!
「なんだよ!! 俺がずっと女の格好してる方が良いのか!? 」
「いや……だって、君、可愛いし」
「ありがとう。って、そんな話じゃねーよ!? 大体、この格好になったのも『珠の枝』のせいなんだから、珠の枝で元に戻るんだろ!? 」
「うん……まあ。で、でも、君が元に戻っちゃったら、その、こ、交際の約束は……」
「してねー!! 何だよ『交際』って!! 『付き合う』とか『コクる』とかじゃねーのかよ! 」
すると、ニーヤンは「そうか……」と下を向いてしまった。
付き合ってもいねーのに嫁扱いしてくるとか、マジでこいつ思考が童貞臭えと思ったが、そもそも俺も女との経験人数はさして多くないので、馬鹿にはできないのだった。