第11話 暴れ……熊?
翌日の早朝。
登山服から、キャミソールドレス一枚の姿になった俺は、御輿のような、板の上に乗って、四方から担ぐもの……に乗って、熊さんたちに運搬されていた。
ドン、ドン、と、一定のリズムで太鼓が打ち鳴らされる。
これも、人食い熊は、普通の熊と違って人間の立てる音に怯えない、むしろ獲物がいるということで近づいてくる、という習性をあえて利用している。
それと、地上でエンキについて行われていた『生け贄の儀式』に似せようということである。
俺を乗せた御輿は、ゆらゆらと揺れながら、上にと登っている。
俺と魔王がこれまで登ったのが、山の1/3ほどだったので、これは若干楽だ。
まるで、本物の祭りのように、俺の後ろにはぞろぞろと蚊遣り熊が列を成している。
皆で痛ましいような表情をしているが、俺には内心、「生け贄キター! 」と喜んでいるんじゃないかと勘ぐってしまう。
その中に、ニーヤンはいる。
相変わらず顔色は真っ青なので、どういう心境なのかは、地上人の俺にはわからない。
「ここで」
と、長老熊が指示を出した。
そこは、山道の中でも少し拓けた場所のある、ちょうど御輿を置けるような場所だ。
「失礼します。メア姫様」
俺は別にお姫様ではないのだが……。
と思いつつ、姫とか言われると、まんざらでもなくなる。
「姫かあ……うふん、姫だって。やっぱ俺の美貌って、高貴な感じが出てるのかなあ? どう思う、ニーヤン? 」
「もちろんだよお。メアの美貌は魔界中を虜にするね。ほんっと綺麗、オレにぴったり」
「……まんざらでもねーけど、お前に言われると、やっぱ戻らなきゃって気持ちが大きくなるわ」
「辛辣! 」
駆け寄ってきたニーヤンと、そんなやりとりをする間に、俺の体に鎖が巻かれる。
そして、両腕を御輿の一端に固定されてしまった。
「すみませんのう……。こんなことを旅の人にやらせてしまって……」
「全然大丈夫! 熊さんたちは早くここから離れた方が良いよ」
そう、安請け合いしたのだが……。
……エンキは、1時間しても、来なかった。
ニーヤンと俺は、暇を持てあましすぎている。
「金物の匂いとかで遠巻きに見てるのかなあ」
「でも、オレら金物とか持ってないし。この鎖は一応金物だけど、鎖に反応するかな? 」
「『とらわれの姫君』って、案外忍耐要るんだな」
そう言って、俺は、くあっとあくびをした。
昨日は、久々の人質案件に、なかなか眠れなかったのもある。
「あふ……早く帰って、車の中で居眠りしてえな」
「うちのベッドじゃなくていいの? 」
「そりゃあ、それが最高だけどよ。贅沢は言ってられねえから、車で良いって言ってるんだよ」
「そっかあ……『目隠しポーカー』でもやる? 」
「俺、頭悪いから、遠慮するわ」
そして、俺はぶるっと身震いする。
「さみい~~!! 山でこの格好は寒すぎる!! 」
「え、そうなの? 人間って結構厄介だなあ」
「お前もキャミソール一枚で放り出されてみろよ!! マジで寒い!! 」
「え……メア、オレのキャミドレス姿を見たい……? そういう性癖? オレは別に……うふん、良いけどさ……」
「気色悪いこと言うな! あー、なんで脇の下全開なんだよお。寒い! 」
「フェロモン腺……というか、臭腺のある場所だからだろ? 人間の匂いを敏感に感知する熊の習性を理解してるんだよ」
「俺は臭くな~~い!! 」
俺はそう言って激昂しそうになったが、ただ鎖がじゃらじゃら音を立てただけに終わった。
ほ、本当に臭くねえよ!? 男だった頃は……そうだったかもしんねーけど、今は美少女だから!! フローラルな匂いしかしねえから!! 当たり前だろ誰だ臭いって言ったヤツ、ぶち殺すぞ。
と、そのときだった。
「そこにいるのは、人間の女か、男か」
そう、バリトンボイスの良い声が聞こえてきた。
俺は、ひゅっと息を潜めたが、ニーヤンは何か呪文を唱えると、ぱっと消える。
「インビジブル(透明)」の魔法だ。
「……女か、男か」
そう繰り返され、俺は喉をごくりと鳴らす。
「……女です」
「そうか、そいつはいい」
そこで、現れたのは、体長5mはあろうという、巨大な蚊遣り熊だった。
こいつが……暴れ熊・エンキ!?
「ふん、ふん。さっきまで男の匂いがしていたが、逃げたか? 今はしないな」
空中で鼻を鳴らすと、エンキはそう言った。
そして、御輿にくくりつけられている俺の周りを、ゆっくりと一周した。
「ふん、ふん。確かにこれは、人間の女の匂いだ。しかも、かなりの上玉だな」
「う、うふん」
俺は、つい、いい気になってしまった。
何だよ! 自分のことを「美人」って言われて喜ばないヤツがいるのかよ!!
そして、エンキは、どっかりと俺の顔の横辺りの地面に腰掛けた。
「……さて。何から話したらいいかね」
「へ? 」
てっきり、すぐに襲いかかってくると思われたエンキの行動に、俺は目をぱちくりさせる。
エンキは、片腕で顔をぬぐった。
「旅人を拉致ったか、それとも口八丁で騙したか……情けねえ。お前、あの熊どもに騙されてんだよ」
「え……」
俺は、息を呑んだ。




