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YOU START OVER  作者: 非定形
4/5

4話:やばいかもしれない。そこではじめて直感した

 異世界転生もの。何気ないことがきっかけで、時空を超えた見ず知らずの場所へと迷いこむ。

 還る手段や持ち物、ときには記憶さえも失って、そこで生活を営むことを強いられる。それゆえ「転生」だ。


 もちろんそんなものは妄想のなかにのみ存在するお伽話、なんなら一種の桃源郷ですらある。日常のしがらみや倦怠感から逃げることができて、そのうえ魅力的な人物との出会いやファンタジックな体験が待っているとなれば、いよいよ焦りに快哉が勝ることだろう。



 私が今しがた遭った出来事は、パターン化された異世界転生もののようでありながら、少しだけ具合が異なっている。


 ここは見ず知らずの場所なんかじゃない。毎日通学で過ぎていて、何度か降りたこともある駅と、そこより広がるいつもどおりの建物群。自動車学校のロータリー、駅前チェーンの牛丼屋。ほのかにただよう駅構内のパン屋の香り。財布さえあれば、家まで簡単に帰ることができそうだ。


 いつもと異なるところといえば。

 この世界には音がなかった。人もいない。


 それだけで、見慣れたはずの駅前は、私にとっての異世界に化けた。



 不思議とそれでも私のなかに、焦りの気持ちは生じない。それがどうしてなのか考える余裕は、さすがに持ち合わせていなかった。


 * * *

 

 のどかな昼下がりの静けさは、数分前まで私を弛ませていたけれども、今や身の毛のよだつ不気味さに転じた。

 降りる自宅の最寄り駅はまだ先だというのに。あの車内にひとりでいることに耐え切れる気がしなくて、次の停車駅でそそくさと脱け出してしまった。


 東郷橋駅。半年前の四月、新しい高校三年のクラスで集まり、食事会を催したときに使った駅だったように思う。あこがれだった七宮さんと同じクラスに入って、一言二言くらい交わせるものかと少しばかり期待したのだけれど、実際のところ割り当てられた席から異なっていて、常に誰かと会話している優等生に私が関わる余地はなかった。彼女と私は生きている世界がちがうのかな、と悟ったのはあのときに他ならない。


 (生きている世界、か……)


 この世界は、いったいなんなんだろう。

 ルーティーンに固められ、ただ消費されるだけのあの世界とは、果たして異なるところに来たのだ

ろうか、私は。



 朝起きて、学校行って、やり過ごして、勉強するポーズをとって、帰って、夜ご飯食べて寝る。一行でカンタンに要約できてしまうような日々にうんざりしていた。絵柄のわかっている10ピースほどしかないジグソーパズルを延々と組み立てているようなつまらなさが、私にとっての世界。つづいていくだけの世界。それが今しがた終わりを告げたのだとすれば、非日常に集る高揚感が、この異常事態への憔悴とうまい具合に中和したのだろう。



 その結果が、世界を独り占めていることへの昂ぶりと……焦ったところで仕方がないという、身分不相応な余裕、なのかもしれない。


 無人で無音。そうかと思うと、無機質な車掌のアナウンスが時折、遠い海鳴りのように聞こえる。それがかえって物悲しくて、さまよい歩く気力を奪われたように感じた。


 東郷橋駅のプラットホームに備えつけられた、横長いイスに腰をおろす。腕にかけていたスクールバッグを脇におく。



 ――今度の、二番線の電車は、十六時、四十分、発…… 



 次の電車を知らせるアナウンスが、この世界でも時が流れていることを証明する。そういえば……と思い、ブレザーのポケットからスマホをとりだした。ホーム画面を見る。デジタル時計は1、6、3、7を映していた。そのままぼうっと眺めていると一番右の7が8へと変わったので、この世界でもやはり時は流れているのかな……とわずかながら実感。そんな気づきが何かの役に立つとは思えないけれど。


 スマホとアナウンスによると、それから二分後、甲高い音を響かせながら黄色い車両が飛んできた。あれに乗れば、おそらく自宅の最寄り駅まで着くのだろう。図書館でだらだらしていないで勉強しないと……という数十分前の決心は、いまだ私のなかで弱くない主張をつづけている。


 それでも、どうしたことか、私の身体は電池が切れたように横長のイスから動かない。動いてくれない。



 電車内は相変わらず無人だった。

 風景はそのままで、生気だけをごっそり失ったような静寂を、私はまるで鏡映しみたいだと思っ

た。


 「鏡の世界」。誰に共有することもなく、私のなかだけでこの空間をそう呼ぶことに。


 無人の電車が、私を置いて東郷橋駅を去るのを見届けながら、心のなかでつぶやいてみる。

 鏡の世界……うん、なかなか悪くない語呂だ。


 * * *


 せっかくだから、この無人の世界をもっと見物してみたい。この期に及んでそんな現金な考えが私のなかに生まれた。

 イスからおもむろに立ちあがり、プラットホームを降りて、自動改札をくぐる。ほとんど無意識にICカードを読みとらせたあとに、そういえばここは無人なんだっけ、別にタッチしなくても無理やり乗り越えられなくもないのかな、というよこしまな発想が浮かんだ。試してみようとは思わないけれど、試してみたいと一瞬背中がざわついたことも事実だ。


 駅を出る。東郷橋駅前は、高校の最寄り駅である北條駅の周辺と比べると低い建物が多くて、風景も開けている。数軒のコンビニに駅前ロータリーがあって、すこし歩くと自動車教習所がある。ふだんは人通りも少なくないのに、一切の人影が失せていることがすべてを台無しにしていた。


 駅施設の向かいにあるセブンイレブン。傍目に見れば明かりも点いていて営業中のようだけれど、実際入店してみると客はおろか、レジも無人だった。深夜帯でもないのだし、悠々と店員が休憩を決めこんでいるとも考えにくい。電車と駅に限らず、やはり世界まるごと、鏡映しに遭ってしまったようだ。


 陳列された商品を見て、誰も見ていないから……などといってそういう行為に走ることができないくらいには私は律儀だし、悪く言えばチキンだ。諦めて自動ドアへ近づき、セブンを後にしようとする……と、そこで、今更といえば今更なのだけれど、本来入り口をくぐれば待っているはずの電子音がないことに気づいた。もっといえばドアが開閉する際に風を切る音や、地面とドアのこすれる音もあるはずだけれど、それもなく。


 いつも当たり前のようにある環境音。無意識のうちに受け入れていたそれが存在しないことを、一旦それなりに意識してしまうと、なんだか身体がむずがゆくなってきた。


 見慣れたオレンジと緑の看板のもと、私は地団駄を踏むように、靴底をアスファルトに叩きつけてみる。こん、こん、と小気味良い音。


「……あ、あー……」


 あるはずのない周囲からの目線を感じつつ、今度はマイクチェックの要領でおそるおそる、声を出してみる。久々の発声はかすれてしまったけれど、確かに耳に届いた。……無音なのかそうじゃないのか、よくわからなくなってくる。駅構内のアナウンスも普通にあったわけだし。基準はどこにあるんだろう。


 誰がこの世界を設計したのか、はたまた妄想したのかは存じあげないけれど、そのあたりの設定は抜かりなく詰めておいてほしいものだ。


 (……ていうかそもそも、私の妄想なのかな、ぜんぶ)


 あるいは、夢?


 そう自問できる時点で夢見ではありえないというのは、もはや創作もののうえでお約束だ。こうも全身まるごと妄想にのめりこめるのだとすると、我ながらとんでもないオツムをしている。器が大きすぎて小説家にすら収まらない。



 いずれにせよ、音のことについては考えるだけのれんに腕押しみたいだし、きっと朝の電車の混み具合と同じく、気にしたら負けの類のものなのだろう。私はセブンイレブンの脇に伸びる小道を進むことにした。ここを何分か歩くと国道沿いに出て、かつてクラスの食事会でも使ったファミレスがある。そこへ行ったからどうなるんだ、というと多分どうにもならないのだけれど、何のアテもないよりはましだと思うから。


 意識するとわかる、足音を欠いた状態で歩くというのはなかなかどうして難儀だった。身体がぽうっと熱にうかされているような感覚に陥る。

 ともあれ、ファミレスを目指そう。七宮さんとは生きる世界がちがうのだと認識した、思い出のあの場所へ……



「……あ」



 大切なことを忘れていた。そして思い出した。


 私があの電車内で本来期していたのは、七宮平乃との邂逅なのだった。それが七宮さんはおろか車内の乗客ごといなくなってしまい、今の鏡の世界へ至るわけだ。


 七宮さんとこの無人の空間に、何らか関連があるのかはわからない。それでもアテになることは確かだ。……七宮さんならば、この世界のどこかに居るかもしれない、というのはまったく無根拠な希望だけれども、私の行動に強い指針を与えてくれた。久々に見つかった、小説家を諦めた私のやりたいことだ……さすがに言いすぎかな。



 (七宮平乃を、捜そう)


 私の直感、そして身体がそう告げている。


 他方、そんな感性のあずかり知らぬところで……危険が身に迫っていた。


 * * *


 ぱりん、と食器を割ったような音と、ずがん、と雷が落ちたような地響き。それらが混ざったような衝撃が、私の背後でとどろいた。先ほどまで辺りは静かだっただけに、衝撃はいっそう破滅的に感じられて、頭の奥まで染み入るような手合いだ。


 なにが起こったのかわからず、無意識に背後を振りかえる。前方数メートルほど、つまり私が今しがた後にしたばかりのセブンイレブンの看板が、あるべき場所からごっそり脱け落ちていた。オレンジと緑の電飾は、熟れた果実のようにぐしゃぐしゃだ。なおも煙る土ぼこりが、衝撃の余韻をぞんぶんに主張する。


「……なに、これ」



 驚きにひたる間もなく、今度はセブンの店内で立ち続けに音が飛び散りはじめる。まるでここ一帯だけ巨大地震にでも遭ったかのように。



 やばいかもしれない。そこではじめて直感した。


(つづく)

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