影だけの女神 1
「ん? なぁんか臭い、匂うなぁ」
「はぁ?」
一緒に下校している途中で、なっちゃんがあちこちに怪しげな視線を移しながら鼻をスンスン鳴らし始める。
また始まった。
彼女にはシックスセンス……というか、匂いがどうのという点で言えば野性的勘の様なものが備わっていて、直感で色々なものを察してしまう。
そして不思議な事はそれだけではなかった。彼女は学内での態度の違いも含めて不思議の塊みたいな存在で、さあ下校しようと帰路に進めば何処かでほぼ必ず、と言って良い程鉢合ってしまう引力の様な力まで持っている。
しかし彼女は決して待ち伏せているわけでもなく、その証拠に出会う場所が何処か等もバラバラで決まっていない。一度試すように期待するように裏門から出てみたことがあったが、すぐ先のガードレールに片足を乗せてフーセンガムを膨らませながら靴下を直していたり、途中にある公園の入り口を遮るポールに腰を据えて漫画を読んでいたり、様々な状況で偶然そこに居合わせた。
それで僕が音を立てずに横切っても必ずこちらに気づいて「やぁ男子、お姉さんと一緒に帰ろうか」なんてハイカラな台詞で誘われ、共に下校するのが定例になっている。
「はぁ? なんか栗の花臭いんですけどー?」
彼女は僕の台詞をを真似ながら、続けて問題発言をする。
思わず心臓が跳ね上がった。
今みたいに続けて言ったら、それは僕自身に言っているとも受け取れるじゃないか。栗の花臭いなんて、よっぽど純粋に何も知らない子供の発言でもなければ間違いなく隠語だぞ、明らかなセクハラだ。というか、公共の場でそういうのを平気で言う感性を問うてみたい。
しかし彼女は僕を怪しげにじっと見るわけでもなく、あちこち匂いの正体を探り続けていた。
どうもそれがまだ僕の物だと断定はしていない様だが、しかし凡そ目星はつけていて確証だけが欲しいのだろうと勘を働かせると、まるで彼女に脇腹ををギュッと掴まれるような恐怖心が鳥肌となって表に出る。
……ちなみに僕は脇腹のくすぐりに弱い。
「近くに栗の木でもあるのかな? 開花の時期は5月から7月らしいから時期的には今ぐらいなのかも」
「うん?」
僕の言葉を不審がるような声で返すなっちゃん。
いや違うだろ、そういうんじゃないだろう。なんて幻聴がその眼差しから聞こえてくるみたいで、しかし僕はオウム返しの様に笑って返す。
「ん?」
「……まあ、どうでもいっかー」
やがて彼女はそう言葉にすると、以降本当に興味を失って、代わりに僕の脇腹を狙い始めた。
「おりゃっ! ほいっ!」
「ちょ、なにするの。やーめーてー」
正直こんなことされつつ帰るぐらいなら、怪しんで何かを探られていた方が僕にとっては無害だった。と、脇腹をガードしつつ家まで防御に徹する。反撃は……セクハラになるからできる筈も無かった。女性はこういう時狡い。