異世界を見た 1
「貴方の思うが儘に力を授けましょう」
純白の衣に乳白色の肌。
ウェーブのかかった長い金色の髪。
背中に翼の生えた姿の女神様が僕にそう答えた。
「本当に……本当に何でもいいの?」
「ええ、何でもおっしゃて下さい」
辺りは真っ白で何もない。
でもそんなのに構っていられない程、伝えられた言葉は甘美で魅惑的だ。
「いくつ頼んでもいいの?」
「はい、なので願いを百個に増やせなんてお願いをしなくても大丈夫です」
僕は少し悩んで、その後こう答える。
「それじゃあ……貴方が欲しい、とかは?」
「はい、結構ですよ。共に参りましょう」
彼女は顔を崩さず即答した。
思うがままの能力が授けられるなら、いっそ僕について来て貰って逐一叶えてくれれば良い……なんて、そう思って言ったんだけど本当に大丈夫なんだろうか。言葉の意図は伝わってるんだろうか。
と疑いながらも、女神様の言葉がふと引っかかる。
「共に参る……どこに行くんでしょうか?」
すると女神様はこの世のものと思えぬ程の祝福を笑みで表し、僕を迎え入れる様手を差し出して、遠い彼方に輝かしい未来を馳せる様言い放った。
「勿論異世界です。貴方はそう望んだからこそ此処に立っている、違いますか?」
……そうだ。彼女の言葉で思い出したが、僕は異世界に行きたいんだった。
「いや、その通りだ。一緒に冒険の旅へ出よう、そこで俺の力になってくれ」
彼女の手を取ると、光が瞬く。
背中の羽が輝きを放ち、大きくゆっくりと羽ばたいていく。
「では、貴方の物語を紡ぎましょう。きっと皆さんも待っていますよ」
2人の体が宙に浮いた。
「皆が待っている……?」
声さえも白みを増す中、僕はまた彼女の言葉が気になり言葉を零す。
するともうすぐ光の中に溶け込もうかという中、辛うじて返事が耳に届いた。
「ええ、あなたが残す物語を待つ読み手達が――」
「待って!」
途端に僕は声を張り上げる。
急に辺りは暗くなって、足はいつの間にか地面についていた。
「はい? 如何しましたか」
「読み手って何?」
「はい、書籍の購入者の事です」
「それって、僕の冒険が本になるって事?」
「そうです、物語は多くの方に読まれなければ伝説には成り得ません」
彼女の最後の言葉に僕は合点がいった。
色々都合が良すぎると思ったけど、成る程そういう事か。
「つまり僕に冒険をさせて、その物語を売ろうって訳?」
「はい、でも心配には及びませんよ。売れればその分はペイ致しますから」
「冗談じゃない……」
チート能力、女神の加護、無双、ハーレム、英雄譚。
楽しむ分には大歓迎だが、それが本になるっていうなら話は別だ。ましてや僕の物語だって?
「売るって事はそれ相応のクオリティを要求される筈だ、その辺はどうするの?」
「それは物語の紡ぎ手である貴方が考えることで、私は一切干渉致しませんが?」
女神は相変わらず笑顔でしれっと答える。
「それって要するに変な能力の使い方を指摘されたり、頭の悪さを露呈する羽目になっても全部あなたの性ですよ、って事ですよね?」
女神は何も言わずにニコニコとこちらを見ているだけだった。
「……行かない」
少し悩んで、僕は答える。
「そうですか、残念です」
すると彼女はそう言葉にしつつも一切顔に出さず、手に取っていた僕の手を何の躊躇も無く離した。
「……っ!」
途端に僕は下へ下へと物凄い速度で落ちていく。
――これで良かったんだ。
凡作だ何だと言われる程度ならまだ大丈夫かもしれないけれど、低い評価なんかつけられた日にはもう耐えられない。
体感にして僅か3秒から4秒の間、僕は自分が選んだ道への後悔を押さえる様、心に言い聞かせる。
しかし、朝になってもその後悔はなかなか消えなかった。