13番目の通路
リュウジはギルドの酒場で今日も一人酒をしている。つまみは茹でた枝豆。それだけでビールをちびちびと飲んでいた。
鷹の巣団が全滅してから半年が経とうとしてしていた。ケガも治ったリュウジは団長のブライトンを捜して旅をしていた。
各地のギルドを回り、裏切り者のブライトンを見つけ出そうとしていたのだ。
(団長がどういうつもりで俺たちをあの場所へ誘い込んだかは分からない。あの強力なデーモンと何か関わりがあるのか……)
リュウジたちが遭遇した『クゲ』というデーモンの情報は全くなかった。魔法も剣も効かないと証言しても、そんな魔物はギルドの情報にもないと言う。
「ちくしょう!」
リュウジはジョッキをテーブルに叩きつけた。大きな音がして周りがリュウジを見るがやがて会話へと戻る。
(あれから酒の味がしない。この枝豆もだ……。まるで砂をかんでいるかのような感じだ)
味覚が奪われたわけではない。これまでずっと寧音と一緒に飲んでいた。楽しかった思い出は今は灰色。リュウジの心境が味覚を狂わせているのだ。
「知っているか、あのダンジョンの話」
「ああ……あの13番目の通路の話だろ……」
「今日も全滅したと言うぜ……」
「ありゃ、ランクA案件だろ」
そういう声がリュウジの耳に届いてきた。
(全滅……)
その言葉がリュウジの耳に残る。
(そうか……。パーティが全滅したという場所へ行けば、あのクゲに出会えるかも……。団長もいるかもしれない)
パーティが全滅するなどと言う話はたまにある話。珍しくはない。その中にあのクゲが関わっているケースもあるかもしれない。
リュウジはそう考えた。手がかりが全くない以上、パーティが全滅した案件を調べることは1つの取るべき方法であろう。
「全滅案件にはクエスト調査官が派遣されるだろう」
「ああ……。でも、そのクエスト調査官が帰って来てないという話だぜ」
「マジかよ……」
リュウジは話している冒険者のテーブルに行く。
「その話、聞かせてくれないか?」
「な、なんだお前は……」
突然話に割りこんで来たぶしつけなリュウジに冒険者のグループは驚いた。しかし、酒に酔っているわけでもなく、必死な形相に自分たちが知っている情報を話したのであった。
南西部にあるダンジョン。そこは途中で13本に分かれる通路がある。そのうち12本は攻略済み。最後の1本に何グループかの冒険者たちが挑んだが、未だに帰って来たものがいないという。
そして噂ではその冒険者グループに共通する冒険者がいるらしい。最初に全滅したグループの生き残りで戦士だと言う。
その戦士は2つ目のグループでも生き残り。仇をとるために3つ目のグループと合流してついに帰ってこなかったという。
そんな困難なクエストで短期間に3つも全滅したということで、中央から クエスト調査官も派遣されたが、これも消息を絶ったらしい。
「まもなく、ランクA冒険者が向かうらしい」
「おい、あんた。まさか、一人で行くんじゃないだろうな」
「一人じゃ確実に死ぬぞ」
冒険者たちから話を聞いたリュウジは酒場を出た。
もちろん、ギルドでクエストを受ける手続きをしても許可は得られない。だから、モグリでこのダンジョンへと行こうと決めていた。
(そうだ……。全滅している現場に行けば何か分かるかもしれない)
リュウジは一途の望みをかけた。
(裏切り者の団長……奴の行方を追う)
13番目の通路のダンジョンは、イシズエと呼ばれていた。12本の通路は探索済みで、残り1本の探索クエストに冒険者たちが挑戦していた。
今、このダンジョンに臨んでいるのはランクBばかりで構成されたベテランパーティ。前任の2つのパーティが帰ってこない事態にギルドも危機感を感じ、フリーで実績があるこのパーティに依頼したのだ。
このパーティにはカーランという名前の戦士が加わっている。年齢は30台後半。前回生き残ったパーティの生き残りだ。
「カーランさん、前回の失敗原因はアースドラゴンなんですよね」
そうパーティのリーダーは聞いた。彼も30台後半の戦士。これまで修羅場をたくさん潜ってる。
「ああ。ただ1匹じゃない。戦闘中に背後から2頭が現れて、我々は囲まれてしまった」
そうカーランは説明した。後方に位置した僧侶と魔法使いが襲われ、火力と回復力を喪失したパーティは、アースドラゴンの力任せの攻撃に徐々に傷つき、倒れて行ったというのだ。
(……ギルドへの報告や証拠品からカーランの証言は正しいとされている。しかし……)
不審な点はいくつもある。カーランだけがどうして生き残れたのか。そして、全滅したパーティの死体は一つも残っていないこと。
アースドラゴンに食われたと考えられているが、その割には現場には血の流れた跡がなかったということだ。
(丸呑みにされたという報告だが……)
アースドラゴンの生態に詳しいわけではないが、爬虫類系のモンスターは鋭い歯をもっている。それでかみ砕くのが彼らの食事方法なのだ。
(まあ、不審な点があってもこちらは7人。奴が何かことを起こしても対処できる)
そうリーダーは考えていた。可能性として、このカーランが盗賊団の一員で、パーティを盗賊たちの元へ誘い出たのではないかという仮説だ。
この仮説はパーティの信頼できるサブリーダー2人に伝えてあり、カーランの動きに注意を払っていた。
「リーダー……今のところ、奴に動きはありません」
「斥候のスカウトからも通路の先には、人の気配はないとの報告」
「うむ……。13番目の通路に入ってすでに1時間。出くわせたモンスターはなし。ついでめぼしい宝もない。そしてこの広い空間。前の2つのパーティが全滅したのが嘘のようだ」
広場で休憩しているカーランと残りのメンバーを見ながらリーダーはそう答えた。
広場はダンジョンマスターが設置した光の永続魔法で昼間のような明るさを保っている。他の12本の通路にもところどころ、このような場所があり、それがこのダンジョンの難易度を下げていた。
「このまま行けば、俺たちがこの13番目の通路を攻略してしまうんじゃないか」
そんな軽口が出てしまう。そうだとしても前任の2つのパーティの全滅理由が分からないと解決したことにはならない。
「リーダー、このまま何も起こらないと思っているのか?」
不意に後ろから声がしてリーダーの戦士は驚いた。いつの間にかカーランが立っていたのだ。
(気配に気づかなかった……)
思わず、背筋に冷たいものが走った。
「それはどういう意味だ?」
リーダーはいろいろと聞かれてしまったのかと焦って、思わずそう聞いてしまった。カーランは笑みを浮かべた。それはこれまでに経験したことのない、気持ち悪い笑み。人間ではないと心の中で警鐘がなる。
「これから起こりますよ。我が主に贄を捧げますので……」
「贄だと!」
カーランが笑う。
同時に白いものが空間に浮かび上がった。
「な、なんだ、あれは!」
パーティのメンバーたちが叫ぶ。
「頭が高い……我が主様のお出ましだ」
カーランがそう言った。
*
「くくく……これで十分な贄を差し出した。これで俺も……」
一人ダンジョンでたたずむカーラン。
10分ほどの戦闘で全て終わった。
パーティは一人残らず全滅。魂はカーランが仕える主が食った。
これで100名の冒険者の魂を差し出した。この功により、ついに位階を与えられた。まだ最下位ではあるが、カーランが望んだものになることができた。
「それに主様の沙汰によると、あのネコマタのおかげで位階が上がる。従7位から一挙に従5位になれる。まさか、あの女が女御に取りたてられるとは……」
「どういうことだ、ブライトン!」
カーランは振り返った。
いつの間に紛れ込んだのであろう。
人間の男が怒りの炎を目に宿し、剣を抜いて近づいてくる。
「やあ、リュウジじゃないか」
そうカーランは手を上げた。あまりに気さくな態度にますますリュウジの怒りは膨らむ。
「どういうことだ、説明してもらおうか?」
「くくく……君は全て見ていたのではないのか?」
そうカーランこと元梟の巣団の団長ブライトンはリュウジに尋ねた。
「お前がパーティの一団とこのダンジョンに潜ったのは知っている。その後を追ってきた。仲間はどうしたのだ……まさか……」
「そうだろうなあ。見てないよな。見てればあのお方はお前を見逃すはずがない。運がよいというべきか、事が終わってからここへ来たらしい」
「何を言っているのだ、ブライトン」
「まあよい」
話がかみ合っていないのでリュウジはますます怒りを膨らませる。この男が梟の巣団を強力なデーモンの前に誘い出し、全滅させたのは間違いがない。
一体、なぜそんなことをしたのか、そして今も同じことを続けている理由はわからないが、仲間の敵討ちをしないといけないことは分かった。
「貴様、なぜ裏切った。貴様の目的はなんだ?」
「くくく……いいねえ。お前のパーティのメンバーの魂は美味であったとあの方は申していた。特にあのネコマタの女の魂は献上されてお上の女御に取りたてられたそうだ。おかげで俺も位階が上がり、高貴な身分へ上る道が開けた」
「な……何を言っている」
リュウジはブライトンから発せられる禍々しいオーラに思わず立ちすくんだ。
人間でない者へと変貌しつつある。
「死ぬがよい。俺は従7位クゲである。非力な人間よ。俺の最初の贄となれ」
リュウジは剣を握りしめた。
あの白い化け物が目の前に現れつつある。




