鉄砲水の原因
「リュウジ、リュウジ……あの女、完全にリュウジに惚れているにゃ」
「バカ言うな。統括官殿は仕事熱心なだけだ」
「くくく……リュウジは変なところで鈍感だにゃ。その割には誘いに乗って食っちゃったにゃ」
「あれは成り行きだ」
「最低だにゃ」
寧音に最低だと言われてリュウジは考えたが、自分もアオイも大人だ。しかもアオイの方から誘ったのだから、据え膳食わぬは恥というものだ。
寧音とそんなことをしゃべりつつ、リュウジは砂漠地帯を進んでいる。リュウジが歩いているのは、岩場のルート。冒険者パーティ『ヒノカグツチ』が選択したルートだ。
岩場とはいっても、カラカラに乾燥した場所で太陽は容赦なく照り付ける。岩山なので登ったり、下ったりとかなり足に負担がかかる。
それでも休憩時には岩陰に体を滑り込ませて、少しでも体温を下げることができるので、岩場ルートは砂地よりも安全とも言えた。
(少なくとも大砂蟲は出現しない……)
モンスターと言えばこの地に生息する亜人間の部族。ロックトロールやオーク、オーガ等が現れるとの情報もあった。
大砂蟲も厄介だが、それら亜人間が集団で襲ってきたら、これも脅威ではある。但し、彼らとて強烈な暑さは体に堪える。そうそう出会うことはないだろう。
「これだな……」
岩を登りながら、リュウジは岩と岩の間に葉を付けた木が多数挟まっているところに出くわせた。
明らかに水が流れた後である。砂漠地帯の岩場ではこういう光景がよく見られる。砂漠では突然の雨が降ることがある。それが遠く離れた上流地帯であっても下流地域に影響が出る。
岩場の地面は固く、水が染み込まない。それは少しの雨でも表面を流れ、小さな流れを作り、それが集まって大きな濁流となる。
いわゆる砂漠地帯の鉄砲水である。
砂漠だからと言って安心して、こういう水が流れた跡にキャンプすると、再び起こる鉄砲水で命を落とすことがあるのだ。
(だが、おかしい点もある……)
そもそも全滅した『ヒノカグツチ』のリーダーは、経験豊富で砂漠の鉄砲水のことを知っていたはずだ。
もし、知らなくてもパーティメンバーの誰かが知っているはず。世間の評判では、リーダーのヘイゾウは頑固な性格で、メンバーには頭ごなしの命令しかしなく、仲間の進言は全く聞かないとのことであった。そこから、全滅の原因は仲間が止めたにも関わらず、頑固に危険地帯にキャンプをして鉄砲水で全滅してしまったとされる。
愚かなリーダーという烙印が押され、これまでの名声は地に落ちている。
(本当に頑固さが原因で、パーティを全滅に追いやったのであろうか?)
これがリュウジの疑問だ。
その疑問を解明すべく、パーティがキャンプ設営をした場所から、流された場所まで丹念に調べる。
そして気づいたことがある。
(川が流れるところにベースキャンプを張ったが、周りの岩にトラップが仕掛けてある……)
これは救出部隊が見逃していた事実。キャンプ地の両側の岩場に『マジックマイン』とトラップと鳴子が仕掛けられていた。キャンプ地を襲うモンスターを想定して、防御を固めた節がある。
押し流された下流には、柵と思わしき木の枝とロープ。逆茂木に使ったであろう木の根もあった。
岩場のあちらこちらに引っかかっていた木々を集めて来たようだ。
(何かを警戒したようだな……)
この岩場地帯で気を付けないといけないのは、デザートリザード。岩場に住む体長5mを越えるオオトカゲだ。動くものを追い、油断すれば一飲みで食われてしまう。
さらに恐ろしいのはサラマンダー。これは大変レアなモンスターであるが、出会えばベテラン冒険者でも死を覚悟しないといけない。
サラマンダーは高熱のブレスを吐く。その炎に焼かれて死んでしまう冒険者や旅人は後を絶たない。
(あと、警戒するのはロックトロール……)
岩場に住むトロールは集団で行動する。この砂漠地帯を越えた山岳地帯にいくつかの集団が確認されており、時折、この岩場で人間狩りをするという情報があった。
砂地のエリアはロックトロールにも過酷で、さらに大砂蟲がいるから、彼らもこの岩場ルートを使って移動していると思われた。
(だが、アオイの情報によるとロックトロールの集団はここ数か月確認されていない……)
「リュウジ、キャンプ地の選択はそう悪くないとうちは思うにゃ」
「ああ……俺も現場を見て確信した。左右の岩場ではゆっくり休めない。ましてや、ロックトロールに夜間襲われることを考えれば、要害の地にキャンプする」
冒険者ギルドでは、判断の失敗とか、リーダーの無知とか言いたいように言われていたが、全滅した冒険者のリーダーの判断が全面的に間違っていないとリュウジは感じた。
「俺がリーダーでここにキャンプを張るとしたら、2つの条件が満たされた時だ」
「それはなんなんにゃ?」
「1つはロックトロールの集団が岩場地帯を移動していると言う情報があった時。川の通り道でも要害の地ならばキャンプをする。岩場で個々に休んでいたら、全滅は必死だ」
「なるほどにゃん」
「2つ目は雨の情報が確認できる状況だった場合だ」
鉄砲水は乾燥した岩場地帯の上流で突然の雨が降った場合に起こる。もし、上流地帯に観測者がいて、雨の兆候を掴んでいたのなら、川の通り道にキャンプしても安全だと言える。
「実際に上流地域で雨が降った形跡は確認されていない」
これはリュウジが事前にアオイに調べさせた。雨による鉄砲水が起きたのなら、岩場の上流地帯に雨が降ったはずだ。
それなのに上流にある村人に聞いても、その日に雨が降ったと言う情報はなかった。上流地帯の岩場のくぼみにも水がないか丹念に調べたが、もう1か月以上雨がなく、どこもカラカラに乾いていた。
「だけど、リュウジ。実際に鉄砲水が起きたのなら、雨がどこかで降ったと言うことだにゃん……」
「いや……雨が降らなくても鉄砲水が起きることもある」
そう言うとリュウジはキャンプ地からさらに上流へと登っていく。そして、キャンプ地から300mほど登った場所でそれを見つけた。
大きなくぼみと壊れた岩。
そこには水が1滴もない。だが、リュウジが地面を掘るとすぐに黒い土が出てきた。土には水分が含まれ、触るだけでひんやりとしている。
くぼみは縦が25m。横が15mもある。周りは岩に囲まれている。周辺の岩のくぼみには水が溜まっていた。
「リュウジ……ここは……」
「ああ。ここに水が溜まっていたことは確実だな」
そしてリュウジは破壊された岩を見る。水を蓄えていた石の壁を何者かが破壊した跡だ。
「どうやらこの事件。事故ではなく、事件だな」
リュウジはそうつぶやいて、右上の岩場に視線を移した。なぜなら、そこで這いずるような音を聞き取ったから。
「リュウジ、何か近づいて来るにゃ……」
「ああ……嫌な予感しかしない」
リュウジは岩陰にじわじわと移動し、その場でじっとしている。下手に動くと自分位置を察知されかねない。




