新たなる事件
「えへへへ……アオイさん、なんやかんや言ってましたが、やりますねえ」
ワカバがニヤニヤしてそうアオイの席へやって来た。アオイはワカバが持ってきた写真に目を通し、クールな顔でこう聞き返した。
「ワカバ、やりますねえと言いますが、私が何をやったのですか?」
「もう、分かっているくせに。とぼけてもダメですよ。わたし、見ちゃったのですから」
ワカバの言葉にサインしていたペンをポトンと落とすアオイ。
「み、見たって……なに?」
「アオイさんとリュウジさん、昨日、リザードランの会場でデートしていたでしょう。お二人が一緒にいるのを偶然見ちゃいまして……」
(ほっ……)
アオイはその言葉を聞いて安堵した。もし、今朝、冒険者ギルド内のリュウジの宿泊部屋から出てきたところを見られたら、もう言い逃れができないと思ったからだ。
「ぐ、偶然だわ。たまたまよ」
「へえ……。そうなんですか。まあ、ちょっと見かけただけで、デートかどうか確かめようがありませんでしたけど……」
ワカバの言い方に何やら含みがあると感じたアオイ。机に置いてあったお茶の入ったカップに手を伸ばす。
プルプルと震えてお茶の表面が波打つ。お茶の味は全く感じとることができない。
「先輩の今日着て来た服、昨日と同じでしたよね。まさかの朝帰りですか?」
「ぶふーっ!」
思わず口に含んだお茶を吹き出した。ハンカチで拭いながら、慌てて取り繕う。
「あ、あれは気に入っているから、今日も着て来ただけよ」
冒険者ギルド内では男も女も制服に着替えている。ワカバはアオイが着替えている時に更衣室に入って来たから、私服を見ているのだ。
「ふ~ん。そうですか。珍しい……」
まだ含みのある語尾。アオイの心臓はドキドキと鼓動を早鐘のように打っている。それを落ち着かせようとさらにお茶を一口飲む。そのタイミングを見計らったかのようにワカバの目が光った。
まるでとどめを差す肉食動物のような目だ。
「先輩、今朝、リュウジさんの部屋から出てきましたよね。シャワーを浴びたいい匂いをさせて。リュウジさんの部屋でお風呂に入るようなことをしたのですか?」
「ぶふううう……」
またもや、お茶を吹き出した。
どうやら、この後輩。アオイの朝帰りの一部始終を目撃したらしい。リュウジの部屋で身支度を整え、直接。このオフィスに向かったのだが、リュウジの部屋から出たところを見られたらしい。
「ま、いいですけど。今度、おじさん趣味はないと言っていた先輩が、どうしてそうなったのか聞かせてもらえれば」
そう言って、ワカバは仕事モードの顔になった。もう一つの書類が重要な案件であったからだ。
「先輩、事件です。支配人からもクエスト調査官に依頼するよう指示を受けています。先輩の決裁をお願いします」
「な、何ですって?」
アオイはワカバの持ってきた書類に目を通す。ギルドには新しい支配人が着任しているが、その支配人の方針で案件は最初に支配人が見ることになっている。一度、ざっと見て方針を定め、細かい部分を部下に見させて詳細を決定する仕組みに変えたのだ。
今までのように受付した係官から、係長、課長と回し、統括官を通して支配人へというルートから、まずは支配人。そこから順に決裁していくというやり方だ。
「……支配人がこれを調査官案件に回せと?」
アオイはそう書類をめくって首を傾げた。確かに中堅パーティが全滅と言う痛ましい事件であるが、直接の原因が天候の変化によるもので冒険者たちは運が悪かっただけではないかと考えられたからだ。
派遣された救出部隊は冒険者全員の遺体を回収しており、検死の結果、どの冒険者も溺れて死んだとの見解であった。
(ただ、場所が砂漠地帯にある岩場。どうして砂漠地帯で溺れるということになるのだろうか……)
救出部隊の報告によると、その岩場は斜面になっており、ところどころに木々がなぎ倒されて岩に引っかかっており、まるで洪水の跡のようだったとある。
恐らく、支配人もこの不可思議なできごとに疑問をもち、クエスト調査官の調査の依頼を考えたのだと思った。
「すぐリュウジさんを呼んできてください」
アオイはそうワカバに指示した。
やがてやって来たリュウジは、内容を聞いてにやりと笑みを浮かべた。
「砂漠地帯で鉄砲水はよくあることだ」
そう答えた。アオイもワカバも驚いた。
「砂漠地帯に鉄砲水なんて起きるのですか?」
「川なら聞いたことがありますけど……」
2人がそう言うのも無理はない。砂漠地帯は雨も降らず、川もない。乾燥で死ぬことはあっても、溺れ死ぬなんてことはとても考えられない。
だが、リュウジはアオイとワカバに砂漠地帯でも鉄砲水が起き、それとは知らずにそこを移動していたり、キャンプ地にして巻き込まれて死んでしまうことがよくあると説明した。
「そ、そんなことがあるのですね……」
アオイはびっくりした。となると、死んだ原因は天災によるもので、冒険者の不注意と言うことになる。クエスト調査官を派遣する必要はない。
「いや、今度派遣されてきた新しい支配人は、かなりするどい人間だな。俺もこの事件は怪しいと思う。調査を開始したいと思う」
そう言いながら、リュウジは報告書類をペラペラとめくり、この事件の概要を確かめ始めたのであった。




