ローランド迷宮
「ぷふぁあ~っ。仕事した後の一杯はたまらないにゃ~」
なみなみとジョッキに注がれた黒ビールをごくごくと3秒ほど流し込んだ寧音は、口の周りに着いたきめ細やかな焦げ茶色の泡を手の甲で拭いた。
「仕事と言っても、お前はギルドに行って依頼を眺めていただけじゃないか」
リュウジもジョッキに注がれた黒ビールを口にする。こちらは1秒ほどで胃に流し込むのを止めた。
リュウジも寧音も冒険者パーティ『梟の巣』のメンバーとして、難しい依頼をこなしているが、いつも『梟の巣』のメンバーと行動しているわけではない。
団長であるブライトンの招集がないときは、それぞれのメンバーは単独行動をしていた。貴族であるクルーベは城勤めがあるし、司教であるリリーゼは教会での仕事。薬剤師であるテルーは、自分の店で新しく開発した薬の調合をしている。
ラノンは助っ人で他の冒険者パーティに参加して、腕がなまらないようにしているが、簡単な依頼でラノンが本気を出すことはほとんどない。
みんな金には困っていないので、ブライトンの招集があるまで時間つぶしをしていると言った方がいい。
リュウジも寧音も同様である。町で優雅な生活を送るのも退屈なので、2人でギルドの依頼を受けて過ごしていた。
ここ最近は2人の冒険欲を満たすような依頼がなく、朝から張り出される依頼の紙を眺めては、昼から酒を飲んで過ごしていた。
リュウジが新しくメンバーに加わり、1年ほどが経つ。あのロックトロールとオロチのデビュー戦は、リュウジと寧音はロックトロールの森から生還。他のメンバーは、予定通りオロチを退治し、無事に依頼をこなすことができた。
あれから困難な依頼も10ほど受けて、すべてクリアし、リュウジも『梟の巣』の一員として欠かせないメンバーとなっていた。
「リュウジは黒ビールが好きかにゃ?」
寧音は2杯目のジョッキに口をつけ立ち上がると、対面のテーブルに座っているリュウジの方へ移動する。
「俺はいろんな酒を飲みたい。だが、ここ最近、お前に付き合って黒ビールばかりだ。特に好きなわけじゃない」
そう応えたリュウジだが、寧音が座っているリュウジの膝にお尻を乗せて座ってきた。
「おい、寧音、もう酔っぱらっているのか?」
「うるさい、ちょっと、いい気分にゃ」
「俺が飲みにくいだろうが!」
くいくいっとお尻を可愛く振る寧音、3本の長い尻尾はだらりと地面まで垂れているが、この尻尾の毛並みは触るとかなり気持ちがよかった。
「にゃにゃ……もふもふしたいにゃら、していいにゃ」
「ば、ばか、こんなところでできるか!」
「じゃあ、宿屋へ帰ってするにゃか?」
「まだ、早い。飯を食ってからだ」
リュウジは給仕が湯気を立てている大きな皿をもち、こちらにやって来るのを見て、腹を満たす方を選択した。別の欲は後でも十分楽しめる。
「いけず……にゃ~」
「これを見てもお前はそう言うか?」
ドンっとテーブルに置かれた皿にはこんがり焼けた骨付き肉が山ほど積まれていた。
この店の名物である『スペアリブ』である。
スペアリブとは、骨付き牛肉に様々なたれを塗り、炭火で豪快に焼き上げた肉料理のこと。肉に塗るたれによって、店の味が変わって来る。
今、リュウジと寧音がいる『オックスハウス』は、ビールとスペアリブが名物で、特製マーマレードをベースとしたたれに漬け込まれた味に惚れ込み、最近、よく出没していた。
「う~む、旨いにゃ、いつ食べても肉が柔らかいにゃ」
香ばしく焼かれ、肉からこそぎ落とすようにかぶりつく固いスペアリブも魅力的だが、ここオックスハウスのスペアリブは、噛んだ瞬間にじゅわっと肉汁が出て、同時に骨から肉がごっそりとれる軟らかさがたまらない。
「ここのスペアリブは、焼く前に1時間下茹でしてある。炭火でじっくり焼き上げる店もいいけど、これはこれで食べる価値がある」
リュウジもがぶりと肉にかぶりつき、骨から離れた肉を噛む。肉汁とつけ汁のハーモニーを堪能すると、苦みのある黒ビールでリセットする。
「ここは焼き野菜の付け合わせも絶品にゃ……」
パプリカ、ズッキーニ、カブをスペアリブと一緒に焼いたものに、クリームチーズとマヨネーズで和えたものだ。
これが脂っこいスペアリブと絶望的によく合う。
「リュウジ、寧音、ちょっといいか」
リュウジと寧音がスペアリブと黒ビールで至福の時を過ごしていたところに、無粋にも声をかけて来た人物がいる。
その人物に会うのは1か月ぶりである。
「団長、もう戻って来たのですか?」
リュウジは男の顔を見てそう言った。リュウジと寧音が所属する『梟の巣』の団長、ブライトンである。
「他のメンバーも招集してある。間もなく、ここへ来る頃だ……」
ブライトンは給仕に目で合図すると、自分の分のビールを運ばせた。そして隣にテーブルを動かし、リュウジたちのテーブルとくっつけた。
「団長、俺たちが挑むクエストをゲットできたか?」
酒場のドアを開けて入ってきたのは、上半身は鍛え抜かれた筋肉の鎧。巨大な戦斧を背中に背負った重戦士である。
「ラノン、久しぶりにゃ」
「おう、お前ら相変わらず仲がいいな……リュウジ、お前、酒は一人で飲むに限るとか言って、俺の誘いを断ったのに、猫耳女とは飲むとはな」
ラノンはそう皮肉を言った。リュウジは一パーティメンバーとは酒を飲まない。作戦会議が酒席であっても飲まず、会議が終わったらさっさと退室する。
パーティメンバー以外でも誰かと飲むことはなかった。酒が嫌いと言うわけでなく、一人で飲むのが常であった。
それなのに最近は寧音と飲んでいるのだ。皮肉の一つも言いたくなる。
「俺一人では飲んでいるのだが、こいつがいつも加わって来るのだ」
そうリュウジは言い訳したが、ラノンには惚気以外には聞こえない。
「はいはい……そういうことにしておこうか」
「あら、リュウジさん、寧音さん、お久しぶり」
次に現れたのは司教のリリーゼ。彼女と会うのは1か月ぶりだ。さらにクルーベ、テルーとメンバーが到着する。
「集まったようだな。次の依頼はこれだ」
『梟の巣』のメンバーが全員揃ったところで、ブライトンは依頼の内容を発表した。
『ローランド迷宮の隠し部屋のガーディアン討伐』
都の西方に発見されたローランドと呼ばれるダンジョン。地上3層、地下7層にもなる広大なものであった。発見されてから10余年の月日がたち、冒険者によっておおよそ、その全容は明らかになっていた。
しかし、未だに新しいエリアが発見され、隠された秘宝もあって未だに挑戦する冒険者が絶えない。
今回の依頼もそんな中で発見された隠しエリアのものだ。
「それでガーディアンの情報は?」
そうクルーベが聞いた。ブライトンはガーディアンの情報が記された紙を広げる。
「ガーディアンはマジック・ミノタウルス」




