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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第4話 梟の巣団全滅事件 前編
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ネコマタの恋

「よ、よかろう……そっちへ行くにゃ……」

 

 ずるずると体が動いてくる音がして、そして軟らかくて温かい感触をリュウジは感じた。座っているリュウジに背を預ける様に寧音が座る。リュウジはそれを抱きかかえる。寧音の手が抱きかかえたリュウジの腕にかかる。

 お互いのぬくもりをじわじわと感じるが、寧音は心臓の鼓動が抑えきれず、それをリュウジに聞かれるのではないかと思うと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

 

 頭上の猫耳がぴくぴくと動く。リュウジはリュウジで、ここまで強気で接してきた寧音の妙にしおらしい態度と恥ずかしがりように、こちらも心臓が不用意に鼓動を早く打ち始めた。

 しかも抱きかかえた腕に感じる寧音の柔らかい胸の感触に心地よさを感じてしまい、思わず手で鷲掴みしたくなる衝動を抑えるに必死であった。

 

 リュウジとて女を知らないわけではない。これまで付き合った女は数知れずだし、冒険で町を訪れるごとに娼館通いもしていた。

 女には手慣れたはずなのに、まるで初恋のような感覚にとらわれてしまっている自分に気が付いた。


(ネコマタ族という珍しい女だからか?)


 自問自答する。人間ではない部分は尻尾と猫耳。この世界では獣人族は珍しくはないが、ネコマタほど保護欲を掻き立てる容姿はなかった。


「リ……リュウジ……何か……固いにゃ……」


 ギュッと寧音がリュウジの腕を強く掴む。そして首を曲げてリュウジを斜め下から見上げた。

 目がとろんとして、夢心地な感じでピンクの唇が少し開いている。


「寧音……」


 リュウジは寧音の後ろ頭を掴むと唇を合わせた。寧音も目をつむる。

 外の静けさと体の中から湧き出る躍動がコントラストをなす。


(むっ……)


 口づけを続けながら、リュウジは音に反応した。これは寧音もだ。猫耳が音のする方へ動く。


「グアグアグアッ……」

「グヒグヒグヒ……」


 ロックトロールの気配である。恐らく、川に落ちたリュウジと寧音を追ってきたようだ。脱いだ服や装備を見つけて興奮しているようだ。


「……2、3……4……4体ってところか……」

「4体は間違いにゃい……周辺を探しているにゃ」

 

 Bクラス冒険者の寧音とリュウジは、足音から数を把握できる。ロックトロールはリュウジたちを探して周辺をくまなく捜索しているようだ。


「見つかったら、まずいにゃ」

「ああ……現時点では戦う術がない……」


 武器は全て放棄している。ほぼ全裸状態で岩の裂け目に身を潜めているのだ。4体のロックトロールと対峙するにはあまりのも無防備過ぎた。

 だが、そんな2人を一瞬だけ、希望に満たされる出来事が起きた。光がすっと岩の裂け目の空間に差し始めたのだ。


「リュウジ、朝になったにゃ。これで助かったにゃ!」


 小声だがうれしさに満ちた寧音の言葉。リュウジもその瞬間は(助かった)と安どした。

 しかし、入り口付近で足音がする。それも複数の足跡。


(ま、まずい。ロックトロールが入ってきた!)


 太陽光線に弱いロックトロールは、昼間になれば光の届かない森の奥か、自分たちが作った粗末な小屋、洞窟などに身を潜める。川の探索に来たロックトロールがこの岩の裂け目で太陽を避けようとしたのは、当然な行為であった。


「グアッ、グアッ」

「グフグフ……」


 リュウジたちのいる岩の裂け目は暗い。裂け目や天井に挟まっている岩の隙間から、細い太陽光が差しているだけである。

 この中ならロックトロールは普通に動ける。そしてリュウジたちを殺すことも可能だ。


「リュウジ、うちらはここでおしまいにゃ……」

 

リュウジは寧音を自分の後ろに隠した。ロックトロールは男は殺し、女は凌辱してから食べる。丸腰のリュウジは瞬時に殺され、寧音は犯されるだろう。

 背中に触れている寧音の手が小刻みに震えている。リュウジはじっと前を見つめ、やがては姿を表すであろうロックトロールを待つ。

 細い太陽の光がまるで聖剣のように、上から暗い地面に突き刺さり、地面が円状に光のリングとなっていた。


「寧音、心配するな」


 リュウジはそう寧音に言葉をかけた。


「ど、どうするにゃ。いくらお前でも素手ではロックトロールは殺せないにゃ。うちの魔法もまだ使えないにゃ……」

「グアアアアアアアッ……」 


 凄まじい叫び声が洞窟内に響き渡る。ロックトロールがリュウジたちを見つけたのだ。多くの仲間を殺され、一晩中、その行方を捜しまわっていたのだ。復讐心とその何倍にもなる嗜虐心が満たされることを思い、歓喜の咆哮でもあった。


「ロックトロールは4体。俺たちを殺す気満々……だが……」

「リュウジ、どうするにゃ?」

 

 寧音はリュウジの右手が何かを握りしめていることに気が付いた。


(そう言えば……あのアイテムだけ、リュウジが持っていた……)


 寧音は思い出した。人間の臭いを消し去るために、丸裸になって泥を塗ってこの岩の裂け目の洞窟に隠れた。服や防具、武器、バックやらは全て外に捨てて来た。身に着けているのは寧音の首にはめられたチョーカー。そして、リュウジがこれは持っていくと言った寧音のもっていた魔法のアイテム。


「そうだ、これが切り札。そしてこれで俺たちは勝利する!」


 そう言って掴みかかろうと走り始めたロックトロールたちの前に球を投げつけた。


「魔法トラップ、ミラーオブジェクト!」


 姿を映し出す魔法の鏡が、ロックトロールたちとリュウジたちに間に現れた。それは防具にもならない、ただ、姿を映す、光を反射するだけの鏡。

 しかし、この岩の裂け目では絶大なる効果があった。


『光』。


 一筋の光。それは天井の裂け目から降り注ぐ、か弱い光。暗い洞窟内では希望にもならない光。

 しかし、ミラーオブジェクトには光が反射すると、それは洞窟内に幾筋もの光の光線を発散させた。

 無数の光の筋は洞窟の壁にあたり、さらに反射を繰り返す。それは前方にも光の束になって発射された。


「くらえ、サンシャイン・ビーム!」


 そうリュウジは名付けた。前方から走り出て、リュウジに掴みかかろうとしたロックトロールたちは、まともにこの光を浴びる。


「ギャアアアアアアアッツ~」

「ウグアアアアアアアアアアッ~」


 断末魔の叫び声を上げて、たちまち、石になっていくロックトロールたち。致命的な弱点である太陽光線の前に、強力なモンスターもなすすべなく全滅である。

 追跡してきた4体のロックトロールを倒したリュウジは、寧音を連れて外へと出た。

 朝の光がまんべんなく、川面を照らす清々しい景色が広がる。昨晩の恐ろしい森が嘘のようである。


「リュウジ……リュウジには感謝するにゃ」


 隠してあった短剣2本の泥を拭い、脱いであった服を着た寧音は、同じく、服を着ているリュウジにそう礼を言った。


「俺の実力は認めてくれるようだな」


 そうリュウジは寧音に返す。今回の件で防具や魔法剣を失ってしまったが、命と代わりのものを得たとリュウジは考えた。


『仲間の信頼』。


 冒険者にとっては、もっとも大切なものだ。

 しかし、この時のリュウジは、それとは別のものを寧音からもらうことになる。


 それは『恋』。

 つり橋効果もあって、寧音はリュウジのことを意識するようになったのだ。それは時間が経つにつれて大きくなっていくことになる。



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