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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第4話 梟の巣団全滅事件 前編
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岸辺の隠れ家

 ザブン……ザブン……。

 暗闇の川へ飛び込んだ2人。水深6m以上あったから、底に激突することもなかった。下方向の運動エネルギーが水の摩擦で失われると、リュウジは急いで水面へ向かう。

 顔を出して空気を吸い込む。一息つく間もなく、状況把握に努める。まずは寧音。泳げないと言っていた寧音が水面に浮かんでいるか確認する。


「ぷはあ……うぐ……うぐ……」


 わずかな月明かりで辛うじて自分の近くに寧音がいることが分かった。すぐにリュウジは怒鳴る。


「力を抜け!」


 ビクッと体を震わせる寧音。リュウジがわざと怒鳴ったことで、パニックにならなかった。


「手も足も動かさず、顔だけ出せば人間は浮くようになっている」


 短く、リュウジはそう次のアドバイスをする。水に落ちた場合、慌てて体を動かしても何も好転しない。体が水に沈み、体力を消耗し、そして水を大量に飲んで死ぬだけだ。

 力を抜いて顔を水面から出しておけば、自然に体は浮く。そうやって助けを待つのが生き抜くコツである。

 寧音はリュウジの指示に従った。こういう危機的な時に冷静になれるのは、寧音も修羅場を潜った冒険者だからだ。

 リュウジは少し泳いで寧音の肩を掴んだ。立ち泳ぎしながら、次の危険に備える。


(どうやら、川の淵のようだ……流れは穏やかなのは幸いだが……)


 周辺は崖と岩場である。登れそうもないから、岸には上がれない。そして淵で流れは穏やかながら、それでも本流へ向かって水の流れはある。

 飛び込んで浮かんでいるリュウジと寧音は、その流れに逆らえない。徐々に流れが加速していく方へ吸い込まれていくのが分かる。


「寧音、俺に掴まれ……」


 浮かびながら、自分のシャツを掴むように指示する。川の流れはどんどん早くなり、二人は流されていく。リュウジは体をうまくコントロールし、浅瀬の方へ向かう。

 飛び込んでから20mほど流されたが、リュウジは岸の岩を掴んだ。そこは辛うじて流れが淀み、掴んだ手で体を引き寄せて安全地帯へ体を潜り込ませた。

 だが、この僅かな場所は人間2人分の十分な広さはなかった。リュウジのシャツを掴んでい寧音の体は流されそうになる。


「こ、怖いにゃ!」

「寧音、手を掴め!」


 リュウジは手を伸ばし、寧音の手首を掴む。そして渾身の力を振り絞って、自分の方へ引き寄せた。そして岩に手をかけさせる。


「先に登れ……」


 寧音も必死で岩を掴む。リュウジにお尻を持ち上げられ、辛うじて体を岩の上へと動かした。

 寧音が岸に上がったことを確認して、リュウジも最後の力を振り絞り、岸へと上がる。もう体はクタクタである。その場で倒れたい気持ちに鞭をうち、体を起こす。


(周辺は岩場……森へ続く斜面もある……まずいな)


 川の脅威から逃れられたとはいえ、ロックトロールの縄張りである。奴らの追跡は終わっていない。この岸辺にもやって来る可能性は高い。

 リュウジは目を凝らし、岸の岩場に岩の裂け目があることに気づいた。それは2人が身を隠すにはちょうど良い広さの空間がありそうだ。


「あそこに身を隠すか……夜明けまで粘れば助かる」


 ロックトロールは太陽光線に弱い。朝になれば追跡を止めるはずだ。夜明けまであと2,3時間というところであろう。

 リュウジは裂け目の中を覗いて確認する。どうやら、隠れ家としてはよさそうだ。


「寧音、あの岩の裂け目で身を隠そう」

「……あんなところ、すぐに見つかってしまうにゃ」

「分かっているさ」


 リュウジは地面を見渡した。岩と岩の間にこの川特有の泥がある。


(ロックトロールは人間の体臭、金属の臭いを察知する……)


 リュウジは来ているシャツを脱ぐ。ズボンも脱いだ。川に飛び込んだ時に装備のほとんどは捨てたから、何も身に着けていない全裸である。


「寧音、お前も脱げ」

「……脱いだだけじゃ、察知されるにゃ」

「だから、これを塗る」


 リュウジは手で地面の泥をすくい取ると体に塗りたくった。これなら臭いを遮断できる。


「分かったにゃ……」


 寧音も服を脱いだ。そして泥を体に塗る。首に付けたチョーカーだけは外さず、その上から泥を塗る。


「このチョーカーは植物の蔓でできているにゃ。飾りも木製だにゃ」


 そのチョーカーには木彫りの猫の飾りがくっついている。そして寧音は腰に下げていた短剣2つを岩陰に隠し、泥で埋めた。


「この短剣は一子相伝にゃ。無事に明日まで生きられたら持っていくにゃ」


 そう言って岩の裂け目へと入っていた。リュウジは寧音が脱いだ服と持ち物の中にトラップ魔法の玉があるのに気付いた。


「リュウジ、早くするにゃ……。いくら臭いを消しても姿を見られれば、見つかってしまうにゃ」

「ああ……」


 リュウジも岩の裂け目と体を隠す。

 岩の裂け目は入り口は高さ2m、幅は1mほどであるが、そこから10mほど通路が続き、中は直径15mほどの広い空間が広がっていた。

 まるで洞窟のようであるが、空間から先は行き止まりであった。昔、土砂崩れでできた岩と岩の間にできた自然の空間なのであろう。

 天井や壁には岩と岩の隙間やひび割れから、外気が入ってきていた。今は夜だから分からないが、日が登れば光が差してくるようであった。

 その証拠に暗い洞窟内に植物がところどころ生えていた。わずかな光で生育しているのであろう。

 リュウジと寧音は奥の壁にもたれて、じっと体を動かさない。声も出さずじっと外の様子に耳を傾けていた。

 そのまま、1時間ほど経っただろうか。不意に寧音が小声でリュウジに話しかけて来た。


「……今までいろいろな修羅場をくぐって来たけど、今ほどのピンチは経験したことはなかったにゃ」

「……俺もだ」


 リュウジは短くそう応えた。そして、そのピンチはまだ続き、さらに厳しいものへとなるかもしれない。


 ガタガタガタ……。静かだけに寧音の息と体の震える振動が伝わってくる。川に落ちて冷たい泥を体に塗りたくっている。体温は奪われ、体が冷やされ過ぎている。気温は高いとはいえ、このままでは低体温症に陥る危険があった。


「寧音、体を寄せ合おう。このままではまずい……」


 リュウジの提案には迷いがない。あくまでもこの危機を乗り切るための的確な判断だ。しかし、一瞬だが寧音の返事まで沈黙があった。


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