戦闘
「グアアアアッ……」
「ゲロゲロゲロ……」
「グフッ、グフッ……」
遠くで不気味な唸り声がする。木の上なので遠くの声をとらえることができるのだ。
その声は確実に寧音とリュウジのいる大木に近づいてきている。
「どうします、猫姉さん?」
「猫姉さんは止めるにゃ。寧音でいい。うちもお前をリュウジと呼ぶにゃ」
「急いでこの木を下りないと包囲されますよ」
「分かっているにゃ。だが、降りても奴らの追跡は受けるにゃ」
ロックトロールの戦闘力は高い。寧音とリュウジである程度は戦えるが、数が多いとさすがに負けてしまうだろう。
「とりあえず、降りるにゃ」
2人は太い枝から垂れている蔦に目を付けた。それは何本も出ていて地面まで届いてる。
「これを伝って降りるにゃ」
寧音は数本束ねると木からそれに乗り移った。リュウジも後に続く。
蔦を使って高いところから下へ降りることは、サバイバルでは必須な能力だ。足を絡ませ少しずつ降りて行くが、ここで重要なのは足。腕は全体重がかかり、すぐに乳酸が溜まって痺れてくる。そのままにしておけば、どんなに力がある人間でも疲れて転落してしまう。
そういう時は足に蔦を絡ませ、体重をかける。そして片腕ずつ休ませ、乳酸の蓄積を放出するのだ。腕は心臓よりも上にあり、血の巡りが悪くなって痺れるのであるが、腕を降ろして休ませることで、下降することが継続できる。
「なんとか降りれた……」
2人が地面にたどり着くまで10分以上はかかった。痺れた腕をマッサージしながら、そうリュウジが寧音に声をかけたが、寧音は何やら呪文を唱えていた。ネコマタは優れた戦士であると同時に、優れた召喚術師でもあるのだ。
「来たれ、冥界の鹿……うちの召喚に応えるにゃ……」
ぼうっと白い煙が漂い、そこに1頭の鹿に似た生き物が召喚された。
「これは……?」
「サイレントディアにゃ……。通常は荷物を運ばせるために召喚する魔界の鹿にゃ」
「攻撃力ほぼなし……こんな鹿、ロックトロールとの戦いには役に立たんだろ」
「元々、うちが呼び出せる召喚獣は、ロックトロールと互角に戦えるものはいないにゃ」
寧音はサイレントディアを呼ぶと、その頭にウェストポーチから取り出した小瓶の液体を振りかけた。
「それは?」
リュウジはほのかな香りを感じた。とてもよい匂いである。
「レディの身だしなみにゃ」
振りかけると寧音はサイレントディアの尻を叩いた。それでサイレントディアは走り出した。
「こいつを囮にするにゃ」
「なるほど……」
木の上からアデン湖沼地帯の方角は把握していた。それとは反対方向に香水を付けた召喚獣を走らせる。
こちらに向かっているロックトロールは、サイレントディアを追跡するに違いない。
「少しでも時間を稼ぐにゃ!」
近づいてくるロックトロールの集団が方向を変えた気配がした。森を駆け抜ける足音が、サイレントディアが走り去った方向へと向けられるのが分かった。
サイレントディアがロックトロールに追いつかれ、殺されるまで時間にして2,30分は稼げるであろう。寧音とリュウジは森の中を走った。
夜の森の中を移動するのは、人間にとっては困難を極める。しかも方向を間違えないようにしないと同じところをぐるぐる回ってしまう危険もある。
寧音が再び呼び出した風の精霊シルフを先導させて、方向を誤まらないようにしたが、シルフの移動速度はさほど早くない。
よって、時間稼ぎで生み出した時間を消化してしまい、2人は再び、ロックトロールの集団の追跡を受けていた。ロックトロールは人間の臭いを嗅ぎ取って追って来る。寧音とリュウジの体臭、鎧の金属や革の臭いを正確にとらえる。
「2,3,4……5……数は5体……どうする?」
耳を澄ませて足音からそうリュウジは判断した。寧音も頷く。
「5体なら、うちとお前で何とかなる数にゃ。ここで迎え撃つにゃ」
ちょうど、大きな岩にぶつかり、迂回しなくてはいけない場所で、二人は戦うことを決意した。
大きな岩を背にして戦えば、包囲される危険もない。ロックトロールは1体で並みの冒険者2人以上の戦闘力がある。
だが、寧音もリュウジもBランク冒険者だ。並みの冒険者以上の戦闘力があった。
「奴らには再生力があるにゃ。だけど、傷口を焼くか、酸で溶かせば再生しないにゃ。うちが火の魔法で再生能力を阻むにゃ」
「それは俺一人で5体と戦えってことか?」
「無理ならうちも戦うにゃ」
「冗談。ネコマタとか言っても女の子にあんな野蛮なモンスターの相手はさせないよ!」
リュウジは剣を抜いた。魔法剣『イノケンティウス』である。アンデッドに効果が高い魔法剣であるが、ロックトロールの固い皮膚も問題なく斬れる。
「グアアアアアアッ!」
不意に木の影からロックトロールが襲ってきた。しかし、リュウジが電光石火の剣技で袈裟斬りで仕留めた。大きな体のロックトロールが一撃で倒れる。
「これが入団試験だろ、上等だぜ!」
「ファイアーアロー!」
倒れたロックトロールにすかさず、寧音が魔法の火の矢で焼く。再生能力も火の力で止まり、斬られたロックトロールは再生できずに死んだ。
さらに1体、2体と襲ってくる。リュウジは冷静に剣を振る。1振り1振りが必殺の剣撃である。
「お前、やるにゃ」
リュウジの確実な剣技に寧音はそう感嘆の声を挙げた。馬鹿力を誇る戦士でも、一撃でロックトロールの戦闘力を奪うことはできない。力だけでなく、技で斬らないとこうはいかない。
「いや、寧音の魔法もさすがだ」
ロックトロールの濃い緑色の返り血を拭いながら、リュウジもそう応えた。寧音の魔法攻撃も正確な詠唱と命中精度で再生を始める肉体を阻んでいた。
最後の1体が焦げ臭い煙を上げて倒れたの見て、リュウジは剣を収めた。寧音も魔法の詠唱を止めた。5体のロックトロールに30本の火の魔法の矢を放ち、額に汗を大量にかいていた。精神力の消耗は肉体へも影響を与える。
ガサガサガサ……。さらに近づいてくる音がする。新手の来襲である。




